食いしん坊の虫
雨上がりの山は、
妙に腹が鳴る。
ぬかるんだ山道を歩きながら、
わらびは何度目かのため息を吐いた。
「なんで俺まで腹減るんだよ……」
きゅるっ♪
隣で、
よしろが嬉しそうに鳴る。
「おなかへったケ」
「お前はいつもだろ」
「だんごケ?」
「さっき食った」
山の奥。
村外れの祠へ続く石段は、
雨で黒く濡れていた。
昨日の少年。
腹へ取りついていた白い内蟲は、
ただの寄生じゃなかった。
『腹減る……!』
泣きながら飯を掻き込んでいた顔が、
まだ頭へ残っている。
「最近、山の祠で菓子拾ったって言ってたな」
「イヤなケ」
よしろの仮面が、
かたん、と揺れる。
わらびは石段を登る。
湿った風。
苔の匂い。
そして。
微かに混じる、
甘ったるい匂い。
「……菓子か」
崩れた小祠の前。
そこには、
大量の包み紙が散らばっていた。
饅頭。
落雁。
飴。
全部、
食い散らかされている。
きゅるるる……
腹が鳴る。
わらびではない。
祠の奥。
暗闇の中から、
妙な音が響いていた。
よしろが、
ぴたりと止まる。
「……いるケ」
ぞわり。
わらびの腹へ、
嫌な感情が流れ込んだ。
飢え。
寒さ。
寂しさ。
「腹の虫が立ってるな」
草むらが揺れる。
次の瞬間。
白い虫が、
ぶわっと溢れ出した。
米粒みたいな小さな腹虫。
きゅるきゅる鳴きながら、
菓子へ群がっている。
「うわ……」
わらびが顔をしかめる。
よしろは逆に、
少し前へ出た。
「たべるケ」
「食うな」
「おいしそうケ」
「絶対ダメだ」
キュッ!!
「いてっ!!」
腹へ鋭い痛み。
わらびが顔を上げる。
その瞬間。
祠の奥で、
何か巨大なものが動いた。
ずるり。
白い腹。
六本腕。
赤い舌。
ぬるりと暗闇から這い出てきたそれを見て、
わらびの喉が止まる。
「……は?」
巨大だった。
祠を埋めるほどの、
異様な内蟲。
その姿はまるで――
御園堂の暖簾に描かれた、
腹虫紋そのもの。
よしろの仮面が、
かたかた揺れる。
「イヤケ……」
巨大腹虫は、
ゆっくりこちらを見る。
赤い目。
その奥にあったのは、
殺意ではなかった。
飢えだった。
きゅるるるる……
巨大腹虫の腹が鳴る。
同時に。
村中の腹が、
ぐぅ……と鳴った気がした。
「おいおい……」
わらびの額に汗が滲む。
「どんだけ腹減ってんだよ」
巨大腹虫が、
ずるりと前へ出る。
その身体には、
黒い染みみたいな“ケ”が浮いていた。
感情が濁っている。
化蟲化しかけている。
「わらび」
よしろが低く言う。
「このコ、
ずっと捨てられてたケ」
その瞬間。
感情が流れ込んできた。
冷たい雨。
誰も来ない祠。
捨てられた供物。
食っても。
食っても。
腹が減る。
独りだった。
「……っ」
わらびの腹が痛む。
苦しい。
孤独が流れ込んでくる。
巨大腹虫が、
ゆっくり口を開いた。
まるで。
『見つけてほしかった』
そう言っているみたいだった。
わらびは静かに、
管鍼筒へ手を伸ばす。
「暴れんなよ」
すぅ、と息を吸う。
毫鍼が指へ滑り込んだ。
「腹減ってるなら、
少し整えてやる」
パシュッ!!
放たれた鍼が、
巨大腹虫の腹へ突き刺さる。
ぶわり。
濁った“ケ”が、
雨みたいに揺れた。




