流れすぎた心
白い繭が砕け散った。
無数の青い光が夜空へ舞い上がる。
峡谷全体が淡い蒼に染まった。
川が震える。
流注が荒れ狂う。
悲しみ。
孤独。
怒り。
後悔。
数え切れない感情が一気に溢れ出していた。
繭の中心。
白い少女が静かに立っている。
長い髪。
透き通るような肌。
青い瞳。
しかしその目は何も映していなかった。
ただ感情だけが流れ続けている。
「下がってください!」
花蓮が叫ぶ。
白鍼が放たれる。
パシュッ!!
一直線。
正確無比。
少女の額を狙う。
しかし。
ぶわり。
青い流注が広がった。
白鍼は弾かれる。
「なっ……」
花蓮の目が見開かれる。
「流注障壁……!?」
少女は動かない。
ただ立っているだけだった。
それなのに近付けない。
流注そのものが彼女を守っていた。
ガンジが鼻を鳴らす。
「面倒だな」
三稜鍼を抜く。
巨大な鍼。
月光を反射する。
「悪い血は出さねえとな」
ズドッ!!
三稜鍼が地面へ突き刺さる。
岩盤が震える。
次の瞬間。
暴走していた流注の一部が地中へ流れ込んだ。
轟音。
川が大きく波打つ。
「そんな使い方ありかよ!?」
わらびが叫ぶ。
ガンジは平然としている。
「適当だ」
「絶対嘘だろ」
「絶対違います」
花蓮まで即座に否定した。
しかし効果はあった。
溢れていた感情が少しだけ逃げた。
ほんの少しだけ。
それでも焼け石に水だった。
流注は止まらない。
少女の身体から次々と噴き出している。
よしろが前へ出る。
仮面が鳴る。
カタン。
白い帯腕が六本広がる。
「たべるケ!!」
ポンポコポン!!
虫化。
白い巨体が飛び出した。
よしろは流注へ噛み付く。
黒く濁った感情を食う。
食う。
食う。
食う。
しかし。
「ぐっ……!」
動きが鈍る。
量が多すぎた。
何百年も蓄積された感情。
一匹で食べ切れる量ではない。
「よしろ!」
「まだいけるケ……!」
だが仮面に黒い筋が浮かぶ。
無理をしている。
その時だった。
おねむが前へ歩き出す。
静かに。
ゆっくりと。
いつもみたいに眠そうな顔ではない。
少女を見つめる。
「……やめるやん」
少女は反応しない。
流注だけが吹き荒れる。
「もうええやん」
おねむは続けた。
「ずっとやったやん」
「ながいことやったやん」
「もうええやん……」
返事はない。
だが。
少女の瞳が僅かに揺れた。
わらびは気付く。
戦おうとしているわけじゃない。
怒っているわけでもない。
誰かを傷付けたいわけでもない。
ただ。
抱え続けていただけだ。
悲しみを。
孤独を。
誰かが置いていった感情を。
ずっと。
一人で。
「……そういうことか」
わらびは呟いた。
花蓮が振り向く。
「何ですか」
「倒しても意味ねぇ」
「え?」
「この流れを戻さなきゃ駄目なんだ」
少女を見る。
青い瞳。
その奥にあるものが見えた。
疲れ。
ただそれだけだった。
おねむが小さく言う。
「みんな」
「かえりたいやん……」
その言葉が胸へ落ちる。
わらびは鍼筒へ手を伸ばした。
黒い毫鍼。
御園の鍼。
静かに構える。
少女はわらびを見る。
初めて目が合った。
どこまでも寂しい目だった。
「一人で抱えるな」
わらびは言う。
「半分持つ」
パシュッ!!
黒い鍼が放たれる。
一直線。
少女の胸元へ刺さる。
瞬間。
どくん。
流注が震えた。
どくん。
どくん。
少女とわらびを結ぶ一本の流れが生まれる。
感情が流れ始める。
悲しみ。
孤独。
涙。
後悔。
胸が潰れそうになる。
だが。
わらびは鍼を離さなかった。
「……重いな」
歯を食いしばる。
「当たり前だろ」
何百年も抱えていたのだから。
少女の瞳が揺れる。
そして。
初めて。
一筋の涙が頬を伝った。
青い光が静かに揺れていた。




