湯けむりケ
夢喰い事件の翌朝。
わらびは死んでいた。
「……むり……」
宿の広間。
机へ突っ伏したまま、
ぴくりとも動かない。
昨日の反動が、
まとめて来ていた。
「無茶しすぎだ坊主」
ガンジは焼き魚を頬張りながら笑う。
白飯。
味噌汁。
卵焼き。
朝から食欲全開だった。
「人のこと言えねぇだろ……」
「俺は元気だ」
「化け物かよ」
その隣で。
よしろも死んでいた。
「……ねむいケ……」
机へ顔を潰し、
帯腕がだらんと垂れている。
「主蟲も寝るんですね」
花蓮が真顔で言った。
「寝るケ」
きゅるっ。
「あと腹減るケ」
「いつものことだろ」
わらびが呻く。
宿の女将が苦笑した。
「裏に温泉がありますよ」
「温泉……」
わらびが顔を上げる。
「行きます」
「復活したな」
数十分後。
露天風呂。
山奥の湯気が、
静かに揺れていた。
「はぁ〜……」
わらびが肩まで沈む。
「生き返る……」
「風呂はいいぞ坊主」
ガンジは完全にくつろいでいた。
肩や背中には、
無数の傷跡。
旅鍼師というより、
戦場帰りだった。
「……あんた何者なんだよ」
「旅鍼師」
「雑だな説明」
ガンジは豪快に笑う。
湯気の向こう。
花蓮は離れた岩場へ座っていた。
白髪が湯気に揺れている。
だが。
距離だけはしっかり取っていた。
「なんでそんな端っこいるんだよ」
「主蟲がいるので」
「聞こえてるケ」
よしろは湯に浮いていた。
ぷかー。
「お前溺れてないか?」
「だいじょうぶケ」
仮面だけが湯面から出ている。
よく見ると、
少し流されていた。
「だいじょうぶじゃねぇだろ」
わらびが引き寄せる。
しばらく静かな時間が流れた。
山の風。
鳥の声。
温泉の湯気。
夢喰い事件が、
少し遠く感じられる。
その時。
花蓮がぽつりと口を開いた。
「……なぜ主蟲が白いんですか」
空気が少し変わる。
わらびは湯へ沈む。
「知らねぇよ」
「普通の主蟲は」
花蓮がよしろを見る。
「化蟲に近い存在です」
静かな声だった。
「ですが、それは違う」
よしろは少し考え込む。
そして。
「……がんばってるケ」
一瞬。
全員が黙った。
「……お前頑張ってたのか」
「たいへんケ」
よしろは真面目だった。
「えらいケ」
「自分で言うな」
きゅるる……
わらびの腹が鳴る。
「腹で共感すんな」
その時だった。
「やだぁぁぁ!!」
子供の泣き声が響く。
ばしゃん!!
誰かが転ぶ音。
慌てる大人達。
わらび達が振り向く。
露天風呂の入口。
小さな女の子が、
泣きながら湯を指差していた。
「む、虫ぃぃ!!」
その先。
湯面に何かが浮いていた。
小さな丸い影。
ふよふよ揺れている。
白くて。
眠そうで。
頭に湯桶を乗せている。
「…………」
よしろが固まった。
白い影が、
ゆっくり振り返る。
半分閉じた目。
ふにゃふにゃの帯腕。
気の抜けた顔。
頭には湯桶。
そして。
見覚えのある主蟲の姿。
「……ねむいケ……」
沈黙。
わらびが瞬きをする。
花蓮も固まる。
ガンジだけが吹き出した。
「ははははは!!」
「おい」
わらびが指差す。
「なんで増えてんだよ」




