第42話 開戦
開戦まで間もない頃、東京は、パニック映画のような状況に陥ってしまっていた。
田舎に逃げようとするもの。海外へ高飛びを目論むもの。
混乱が混乱を呼び、火事場泥棒は余裕綽々と盗みを働き、市政は完全に機能を麻痺させてしまっていた。
そんな中、統率を持って走り回った組織がただ一つ。
探索者協会である。
あくまで挙手制で緊急体勢を敷き、アステリア学園小春の開発品によって門の生成と同時に現場に急行する体勢を構築。朱雀商会の後援を活かし、決して潤沢といえぬ人的資源を、技術によってカバーする市政を見せた。
しかし、その誰もが、これが負け戦になりかねないことを覚悟していた。
ダンジョンのモンスターがどれだけ強いかを彼らは身を持って知っていたからだ。
死をも覚悟すべきこの状況。たとえ東京を守りきったとしても、報酬なんて期待できない。防衛戦というのはそういうものだ。
しかし意外にも、その戦に立ち上がった探索者は少なくなかった。
ランク3の参戦率6割、ランク4は8割。そしてランク5は全員が、この戦に手を挙げた。
彼らはわかっていた。これはただの戦ではない。生存戦争なのだと。
覚悟は決まっていた。
あとは、戦いの火蓋が切られるのを待つだけだ。
だれかがゴクリとつばを飲み込む。緊張が高まりつつある。
開戦まで、あと数時間。
<=>
「来ないな」
俺は都内一高いビルの屋上で、腕を組んでそうボヤいた。
「セナさん、ここでしたか」
「莉子会長」
「来なかったな。結局」
「ええ、来なくて良かったです」
小春ちゃん製レーダーは、未だ異常な数値を検出していない。
手元の端末に目を向けながら、街の様子を眺める。
「あと3時間ですか」
「ああ。あと3時間で『始まる』」
この3日間で最も恐れたこと。それは、ネネが宣戦布告を無視して、約束の期日より先に開戦させることだった。
その対策のために奔走したのだが、取り越し苦労であった。
まあその分避難やら体勢構築やらが進んだから、決して悪いことではなく、むしろ良かったことである。
「しかし、何を考えてやがる」
この戦は、ダンジョン側が一方的に有利なはずであった。
戦いの数、場所、そして時間、その全てをダンジョン側が握れるからだ。
しかし現状、その有利なはずの時間を逃している。
あのネネとかいう野郎。手加減のつもりか?
「セナさん、私もそろそろ」
「ああ、また終わってから……勝ってから会おう」
莉子会長が屋上から降りていく。彼女も配置場所がある。
アステリア学園の皆はバラバラで戦うことになっていた。
紬ちゃんは救護班の一つで、小春ちゃんは作戦本部でレーダー周りの管理。そして莉子会長は重要区域の一つの最前線。
俺の役目は、戦線が崩れそうだったり、なにかしらトラブルが起きた場所へと急行して援護する遊撃係だ。
一応遊撃の足としてバイクが渡されている。しかし俺はそれを丁重に断った。
俺にも、この戦にかける覚悟があった。
「アーマー、展開」
誰も居ない屋上で、そう呟く。
幾何学模様の魔法陣が辺りに広がり、俺の身体を不思議な光が包み込む。
「誰も殺させはしない。全てを救いきってみせる」
俺は機甲に包まれた拳を、ぎゅっと固く握りしめた。
<=>
「始まるっす……」
私は、時計を見てそう呟く。同じ班のメンバーも、その声につばを飲み込んだ。
ビーッビーッ
「ちゃんと鳴ったっすね」
レーダーから、門の出現警告が鳴り響く。
確認すると、私の担当地域内にも複数の門が出現していた。
「……もどかしいっす」
本音を言えば、私も最前線で戦いたかった。しかし、今回最前線組としてアサインされているのはランク4が主だ。ランク3の自分では足手まといだと言われているようで、しかしその事実を受け入れるしかなくて、歯を噛み締めた。
「……っ!救難信号!?早すぎるっす!」
しかし驚いている暇はない。班の中で免許持ちが車のアクセルを踏み込んだ。
「間にあえっす!」
窓から入り込む風をいっぱいに受けながら、私はそう願って現場へと向かった。
現場は、ひどい有様だった。
「救護班到着っす!」
「お早い到着で」
救護班の中でも戦闘のできる私は、すぐに戦線に加わり、負傷者の変わりを引き継いだ。
「何が起きたっす?」
「あっちでもうランク5様が対応してくれてる。フロアボス級が現れたのさ」
「なっ!手助けするっす」
「バカ言え。お前が言ったところで焼け石に水だ」
「そうっすけど!」
「役目を全うしろ!お前が言ったらだれが救護班守るんだよ!」
「……っ!」
そうだ。救護班には非戦闘員も含まれている。
もしも移動中に襲われたら、移動先がモンスターの巣だったら。
そのときのために私は配置されている。
「わかったっす。君も早めに交代するっす!」
「ああ、ここを殲滅したらな!」
見ず知らずの探索者とそう言葉を交わし、私は車に戻った。
「負傷者通知がこんなに……、いや、ビビってる場合じゃないっすね。皆、次行くっす!」
乗り込んだ矢先、車は急発進する。
救うんだ、一人でも多く。
車に乗り込んでいる救護班の皆が、そう覚悟して任務にあたっていた。
余計なことなど考えている暇はない。
端末に表示された負傷者通知を、一つ一つ掬っては本部の医療施設に運びを繰り返す。
喜ばしいことに、まだ死者は出ていない。
「この任務、やり遂げてみせるっす……」
次の負傷者通知場所へと車を走らせながら、そう呟いた声は風の中へと消えていったのだった。




