船生と義人
何度も船生の家に訪れた義人。間取りは大体知っているし棚の中身にも詳しくない。昼食の準備にキッチンに立つ。後ろの冷蔵庫に飲み物を取るよという仕草を見て頷く。バタンと扉が閉まる音。なんとも思わず調理の下準備をしていると。
にんじんを支える左手にそっと手が重なる。
「あぶないな。そういう冗談はやめてくれ」
「すまない。つい」
「ついって。ってちょっと待て」
「ん?」
「なんだ体押し付けて。どういうつもりだ。切りづらいじゃないか」
「こういうの。きらい?」
「嫌いも何も。まぁ知らないとか今更いう気はないがシタいのか?」
「できるならね」
「そうか。じゃあ俺はこれで帰る。あとはお前が片付けろ」
「ごめん。ちょっと浮ついてた」
「だとしてもだ。俺にはそういう意図はない。たまたま通院仲間でたまたまお茶してる間にお互いの家を行き来する仲になったくらいで。一緒に住もうと言われたのは正直驚いたけど、収入が少ない状態でのルームシェアは助かるとは思ったさ。だけど、こういうのを求めるようでは俺は」
「ごめんね。このままゆっくりと進むのもいいけど、どこかで一歩踏み出さないとズルズルと長引くのが。ごめんね。耐えられなくなってきてたんだ。自分勝手で悪いと思ってる。だけど、義人にも知ってほしかったんだ。この気持ちを。さ」
ここまで清い関係の友人関係だった。
帰ると口にしたもののキッチンから一歩も動こうとしない義人。思わぬ言葉が帰ってきて驚く船生。
「だってさ、俺今休職中なんだぜ?職場のみんなは仕事してると言うのに。俺はお前とイチャイチャしてるっておかしいだろ?申し訳ないと思うもんだろ?だから、そういうのは悪いけど」
徐々に声が小さくなる。
「まさかそんな事考えてたの?」
「考えちゃ悪いかよ」
「義人くんさ。もっと考え方を楽にしたほうが良いよ。たしかにさ、職場の人たちは仕事をこなすのに必死な人もいたりしてそれを引け目に感じるのはわからなくもないさ。だけどね。会社に休職願いを出して病状も知っている。義人くんは休んで体を癒やすための期間という権利を持っているんだよ」
「そんなのわかってる。だけど、遊んでて良いわけじゃない」
「じゃあなに?義人くんは家にずっといて布団の中で過ごすことが休職中のあり方だとでも?」
「それはさすがに。でも、友人宅で知見を広めるのは悪いことじゃないと」
「知見。ねぇ。そっか。そう考えてたか。喫茶店でコーヒーを飲むのも知見を広めるため?」
「うん。まぁ」
キッチンで立ち話もなんだとして、テーブルに移動しお互いに向かい合う。
「あのね。そう堅苦しく考えなくて良いんだよ。これは説教じゃないからね。もっと気を楽にして生活して良いんだよ。じゃないと治る病気も治らないよ。ほら、前に言ってた弟くんと近所の公園を散歩したっていうの。あれだって知見を広めるのもあったかもしれないけれど、肩の荷を下ろして空を見上げてたんでしょ。きっと楽しかったと思うよ。弟くんも」
「うん。まぁそうだね。心に爽やかな空気が入ったような気がした」
「それ!そういう感覚があって良いんだよ。休職中だからと身を小さくして籠もらなくても良いんだ。職場の人と街中で出会ったとする。たぶん、隠れるように過ごすと思う。だけれど、職場の人からしたら近況とか聞きたいし顔色も見たいと思うだろう。その時に逃げるような仕草をしたらどう思う?なににしても悪い印象しか持たないだろうね。堂々と話しをして近況を語ったりお互いの情報を聞きあうのはなにも問題はない」
「わかってるよ。それくらい。だけどさ。なんか。うしろめたいというか」
「その後ろめたさが、特定の場所だったらわかるんだ。たとえば、競馬場やパチンコ店で出会った。もしくは義人くんが出てきたところでバッタリ。ラブホから出てくるのも何してんだ?って。これは気まずいよね。そういうのだったらどんな理由でも後ろめたさを強く感じるだろうね。要は、そういう場所に行くのは極力控えるべきだよね。というだけの話」
「行かないよ!行ったこともない!あっ大学2年の頃に1回連れてかれたな」
「そっか。それはいい経験で知見を広げたよね。その後行ってないんでしょ?必要な人だけが行く場所だから義人くんにとって行く必要のない場所だってことだね」
「そう。あまり楽しくなかったし、そこ行くなら別のとこが良いなと思ったし」
「うんうん。競馬場やパチンコ店はあくまでも例えだけど、義人くんをまた1つ知ることが出来て嬉しいな。でね。みんなが仕事してる時に遊んでるのが気が引けるのだとしたら、遊びにもレベルがあるんだって考えたらどうかな。俺とこうして家を行き来したり喫茶店でコーヒーを飲むのがレベル1だとしたら、例えに出した競馬場やパチンコ店はレベルいくつ?レベル10までで考えたら」
「そりゃ10だよ。行きたいと思わないし仮に行ったとしても苦痛だ」
「うんそうだね。じゃあ、俺と触れ合うのが嫌じゃなかったとしたらレベルはいくつ?」
「嫌じゃ。ないけど。あのときはビックリしただけというか。レベル。か。3か4くらいかな」
思わぬ答えに、両手は口元を抑える。
「思ってたより低かった。いつかは1か2くらいまで下げてもらえると嬉しいな」
「そ。そんなに。高くしたつもりは。ないけど」
「うんうん。ありがとう。それでね話は戻すけど、会社としてはしっかりと休養して体調を戻して復帰してほしいと願ったから休職を許可したんだよ。もちろん、書類に不備がないから自動的かも知れないけれど。それでも会社の意図としては、戻ってくることを願っている。その休養中に、気晴らしや経験を深めたり楽しいと思うことが増えれば、今抱えている病気も治りが早まるとその筋の方々は言うよ。それを俺で利用してくれたらと思うんだ。俺は、義人のことが好きだ。愛してる」
それまでの言葉がかき消されるように最後の言葉が強烈に聞こえた。
「急になんだよ!急にそんな事言われても」
「ずっと前から好きだったんだ。初めて出会って話をした時に好きの感情がじわっと来たんだ。そこからは下心を見せないようにとだけで何度も義人くんを誘った。じゃなきゃ、家に上げたりしないよ。もう俺達大人なんだぜ?学生じゃないんだ。気が合うから家に招くのはおとなになったら無くなるだろ?極力個人情報は」
「わかった!わかったから!待ってくれ。ごめん。頭が薬であまりまわらないんだ。ちょっと落ち着かせて欲しい」
立ち上がり洗面所へ駆ける。
それから数分リビングに戻るとテーブルには温かいココアの湯気を昇らせる。
「落ち着いた?ちょっとでも心落ち着いて欲しいからココア淹れといたよ」
「ん。ありがと。いただく」
両手でマグカップを持ち指先を温める。
「ココアもあったんだ。知らなかった」
「めったに飲まないから上の棚にしまっておいたんだ」
上の棚であろう位置をふと見上げる。そこには時計と壁紙の白さ。
「ああもうこんな時間か。そろそろ帰るよ」
「待って。送らせて。今の義人くんをそのまま帰らせるのは怖い。送らせて」
「いいよ。ちょっとひとりになりたいんだ」
「だけど。せめて駅まででも」
「駅までだったら家まですぐそこじゃないか」
「そうだよ。本当は家まで送り届けたい。じゃないとなにかあってからじゃ」
「そんなことしないよ。ただ、ひとりになりたいんだ」
「じゃあさ!俺がしばらくここを出ていく!近くの喫茶店やファミレスにいるよ。気が済んだら鍵。これ渡しておくから鍵かけて帰って」
「そんな。できないよ」
「いい。今の精神状態で外を歩かせるのが恐ろしくて敵わない。自由に使っていいから。ね。俺!出掛けてくるよ」
そう言い終えると鍵を押し付けるようにテーブルの上に置き、そのまま部屋を出ていった。
「押し付けんじゃねえよ。。。ごめん。優しすぎて。下心なんて俺にもあるよ」




