完璧な策
翌日、馬車を走らせた私達は、その日の昼頃には目的の地へと辿り着いていた。
「⋯⋯着いた。」
そう言って小高い丘から見下ろした先にあったのは、穏やかな川と水車が中心にある、長閑な街の景色だった。
「ここがプアルの街か。」
今から魔物の襲撃があるとは思えないほどに静かで落ち着いた街の風景に、私達は小さく息を吐き出す。
街は活気に溢れ、民の営みは何一つ変わらず続いている。
しかしその中に一つ、違和感を見つける。
「来ちゃったのはいいけど⋯⋯。」
「帝国兵がすでに到着していたか。」
鎧を纏った騎士達の姿が、遠目から見ても視界に映る。
アレスの言う通り、帝国兵はすでに到着し、防衛の体制を整えているようであった。
「これなら私達の出る幕はないわね。」
「一概にそうとも言えないだろう。魔物の数次第だ。」
安堵しながら呟く私の言葉に、アレスは淡々と反論する。
「これだけいたら充分でしょ。」
「それなりに強そうなのもいるじゃない?クシャトやエリサンほどではなさそうだけど。」
配備されている騎士達の中には、聖女時代によく見た顔もあった。名前を覚えるほどではないにしてもある程度腕の立ちそうな者もいるように見える。
そんな言葉に、アレスは複雑そうな表情を浮かべてため息をつく。
「そうだな、彼らに匹敵しそうなのは、強いて言えば、後ろに一人。」
「後ろ?⋯⋯⋯⋯うげっ。」
そんな言葉に反応して振り返った瞬間、私は思わず腹の奥からそんな声を吐き出す。
視線の先には仮面のような無表情が映る。
「再会して早々その挨拶とは、随分と失礼ですね。」
言葉とは裏腹に、氷のような無表情を一切変える事なく、彼女は呟く。
「お、お久しぶりですね。フロスティア様。」
彼女の名はフロスティア・フォンテーヌ。
帝国の魔法師団の副団長。
「お久しぶりです。ルシア様。そして初めまして、アレス・イーリオス様。」
彼女は微動だにしない表情で答えると、私とアレスの順番にそれぞれ深く頭を下げてくる。
「⋯⋯先に言いなさいよ。」
頬を引き攣らせながらも短く会釈をすると、私はそのままアレスの方へと視線を向けて呟く。
「すまない、敵意も殺気もなかったもので。」
その言い分に、私は思わず舌を鳴らす。
敵意がないからと言って、放置していい相手ではないだろ、という思考が視線を通して彼に突き刺さる。
「お二人はどのようなご用で?」
こちらのやり取りなどどこ吹く風と言わんばかりに、彼女はマイペースな問いを投げてくる。
「魔物のたいじ——」
「——魔物の大量発生がありましたので、早々に避難をと思いまして。」
あまりにも素直に、そして勝手に目的を口にしようとしたアレスへ、私はコンパクトに肘打ちを叩き込んで割り込む。
「主君、何故⋯⋯っ。」
文句を言いたそうなアレスの脇腹に、私は人差し指を突き立てる。
「⋯⋯どういうつもりだ?」
「余計なこと言ったらラスティ・ネイルするわよ。」
困惑するアレスへ小声で警告しながら黙らせる。
「なるほど、では避難のついでに魔物の駆除を手伝ってもらってもいいですか?」
案の定、彼女はそんな面倒な提案をこちらへ向けてくる。
「⋯⋯我々では足手纏いかと。」
私は即座にそんな言葉を返すが、彼女の表情は一切動かない。
「そんなことはありません。ルシア様の実力は私もよく理解しています。それに、アレス様はきっと私よりも強い。」
声色一つ変えずに彼女はそう呟くが、私はそれに抗う。
「我々にメリットがありません。」
遠回りながら確実に「やりたくない」と意思表示をするが、それでも彼女は動じない。
「ですがその力で多くの民が救われる。」
メリットの話をしてるのに、答えになってない。
昔から彼女は本当にやりにくい。
「共にこの国を守る者として、どうか戦っていただけませんか?」
「私は元聖女です。今は守る立場にありません。」
彼女の言葉を論理的に否定する。
それでも彼女は引き下がらない。
「ですが貴女はヴィルパーチを救い、先の事件ではモルドレッド卿の救助も主導したと聞いています。」
「人を救いたい気持ちはあると、信じています。」
論理的には間違っているが、あまりにも倫理的に正しい。何より頑固すぎる。
「⋯⋯はぁ、分かりました。けど、やるにしても別行動にさせて下さい。」
真っ直ぐに見つめられたその視線に、私は深くため息をつきながら肩を落とす。
「⋯⋯別行動?」
「ええ、こっちのやり方とそちらのやり方を無理に合わせるより、互いの強みを活かせる策があります。」
ある、とは言ったが、ぶっちゃけ会話中に思い付いた策だ。粗はあるが押し通そう。
「それは頼もしい、ぜひ聞かせてもらっていいですか?」
「はい、作戦は——」
それから数時間後、日が傾き、世界が黄昏色に染まる頃、私達は再びその丘へと戻っていた。
ただし今回は、馬も荷物も全部街に置いてきて、だ。
視線の先は先程とは真逆の向き、街を背にして見つめる地平の先には、蠢く影が現れる。
「——はぁ、やっぱこうなるわよね。」
そんな中で、私は今日何度目かのため息を吐き出す。
「なんというか、クシャトとはまた違った個性というか、変わった人だったな。」
一方で隣に立つアレスは、これ以上ないほどに気の抜けた態度でそんな言葉を呟く。
「まあちょっと天然入ってるわね。」
「天然?」
私の言葉に、アレスは不思議そうに首を傾げる。
「あれ全部、素で言ってんのよあの人は。」
「なるほど、通りで悪意が感じられなかったわけだ。」
皮肉が通じない上にくそ真面目、ある意味ローラやミーティアよりもやりにくい。
私の天敵といってもいいタイプだ。
「まあいいわ。こっちはさっさと終わらせるわよ。」
しかし、起こってしまったことは仕方ない。しっかりと帝国に功績を伝えると話がついた事だし、その分くらいは働こう。
いや、働かせよう。この男に。
「作戦はさっき話した通りよ。最初の一撃で魔物の群れごと吹っ飛ばす。撃ち漏らして散った奴らは帝国側が処理する。」
「私はほぼ働かずに一番でかい成果を出す方法よ。」
面倒ごとに巻き込まれたのだ、可能な限りサボってやろうじゃないか。
そのための作戦なのだから。
「なるほど、効率的だ。」
「分かったらサクッと働きなさい。」
そう言うと、私は納得するアレスの後ろに回り込む。
「⋯⋯仰せのままに。」
アレスも短く答えながら瞼を閉じる。
そして私達の周りには、空と同じ黄昏の光が満ち溢れる。
『浄化、創造、破壊、消尽――』
『四天に坐するその刃は、大地を進む民へと還る。』
『栄光は彼方へ、伝説は終焉へと帰結する。』
『それでも、此処に残りし魂と共に、この道を歩もう。』
『女神アルテイナの名のもとに、祝福を捧げます。』
詠唱の中、遠目に見える帝国の騎士達の視線が刺さる。
それを無視して、私は最後の一節を口にする。
『——満たせ。』
一ヶ月ぶりの〝聖女の祝福〟が、空と大地を同じ色に染め上げていく。




