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腹黒聖女の仰せのままに〜追放された聖女と呪われし英雄の復讐譚〜  作者: 八映たすく
第七章

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80/80

口先八丁


 聖女の祝福を受けて、柔らかな光を纏うアレスは、私から離れてゆっくりと歩みを進める。



「⋯⋯行きなさい!アレス!」



「⋯⋯ああ。」



 そして私の指示に従い、駆け出すと、近くの地面が爆ぜる。


 瞬きの間に彼方へと舞う英雄の姿を、私は目を細めて眺める。





『哀れなる魂よ、猛り迸る紅蓮へ沈め。』





「——ブレイジング・アルマ」



「⋯⋯っ!!」



 直後、太陽を思わせる火球が、魔物の群れの中心に落ちる。


 その余波が少し遅れて強烈な熱風となって私の肌を焦がさんとする。


 余波だけでこの熱量、この温度。相変わらずとんでもない威力だ。


 魔力による肉体強化がなければ、この距離ですら火傷してる可能性がある。




「はぁ!!」



 舞い上がる煙を、アレスは即座に振り払うと、こちらと目が合う。




「主君、各個撃破に切り替える。」



「おっけー、そっちは南側をよろしく。」



 その言葉と共に、私は背を向けて駆け出す。





——今回の作戦はシンプル。



 アレスが蹴散らし、その後に全員で撃ち漏らしを殲滅する。


 アレスは戦場の中心で魔物の意識を引き付けて継戦。


 フロスティアを中心とした魔法師団、騎士団の連合はプアルの街を守る。


 そして私は、聖女の祝福ののち、彼女らとは別の位置で進行する魔物を横から落としていく。



「ラスティ・ネイル」



 高所の位置から狙いを定めると、私は真横を駆け抜ける魔物の足元を狙い撃つ。



「⋯⋯ガッ!?」



 体勢を崩した魔物がそのまま地面に衝突すると、そこを皮切りに魔物達の群れの進行は一気に乱れる。


 そして、その隙を突くように魔法師団の魔法が降り注ぐ。


 それを始めの合図として、帝国兵と魔物の衝突が始まる。



「⋯⋯よし。」


 ここまでくればもう私のするべきことはない。


 あとは悪目立ちしないようにそこそこ魔物を倒してそれでお終いだ。



「——ギャァ!!」



 そんな思考の直後、背後から甲高い魔物の鳴き声が響く。



「⋯⋯っ、やば。」



 振り返り、咄嗟に構えた瞬間、私の身体は激しく揺れ動く。



「⋯⋯っ。」



「——油断し過ぎだ、主君。」



 顔を上げた私の視界には、先程まで戦場の中心にいたはずのアレスの顔が映る。


 一瞬遅れて、私に迫っていた魔物が背後で鈍い音を立てて倒れる。



「あら、早いじゃない?」



 私は抱え上げられた体勢のまま答えると、アレスの視線は街の方に向かう。



「魔物はもういない、あとは俺も合流する。」



「そこまでしなくていいわ。あとは彼女に任せましょう。」



 私はアレスの腕から抜け出して地面に着地すると、街を守る帝国の部隊へと視線を向ける。


 その先頭に立つのは、本来後衛から戦場を支えるはずの魔法師の女性、フロスティア・フォンテーヌ。



「⋯⋯魔法師団の副団長、か。」



 私の視線を追って、アレスが口を開く。



「下がるわよ。」



 この距離にいても巻き込まれない。それほどまでに彼女の魔法は危ないのだ。



「⋯⋯ァァァァァァ!!」



『——シュトローム』



 私の言葉と同時、彼女の口から一節の詠唱がこぼれ落ちる。


 直後、彼女が構える杖の先から濁流の如き水が溢れる。



「⋯⋯っ、水か!?」



 戦場を丸ごと包み込まん勢いで制圧する濁流が、魔物の侵攻を物理的に押し返していく。


 そして濁流が魔物の群勢の自由を奪った後、彼女は小さく指を鳴らす。



『——フロス』



 その詠唱の直後、戦場全体に溢れていた水は瞬きの間にも満たない一瞬で凍り付く。



「⋯⋯ッ、カ!」



 そしてそこにいた魔物も同様に、氷河の世界の中でその命を散らす。



「⋯⋯水が⋯⋯これは⋯⋯。」



 水を発生させて凍結させる魔法。


 水や氷を操るのでも、水を凍らせるのでもない。その全てを一瞬のうちに切り替えて自在に使役している。



「フロスティア・フォンテーヌが使う魔法は『瀑氷魔法』。」



「氷と炎と水の複合魔法で、水で追尾し、敵を捕らえたら凍結させて拘束する。回避も防御も困難な魔法よ。」



 それが彼女の魔法なのだ。



「なるほど、随分と珍しい魔法を使うな。」



「本当よ、あんな性格しておいて、使う魔法は容赦ないんだから。」



 まあそうでなきゃ、あの癖の強い帝国の魔法師団で二番手を張れるわけがない。



「ほら、終わったみたいよ。」



 そう言って私達は騒動の収まった戦場へと降りてゆく。







 その後、帝国兵達と合流した私は、本隊と少し離れた位置でフロスティアと落ち合う。



「——お二人とも、ありがとうございました。」



 汗一つかかぬまま、涼しい表情を浮かべる彼女は、開口一番そう言って頭を下げる。



「いいえ、このくらいで宜しければ。」



 遠目に見える帝国兵の視線に居心地の悪さを感じながら、私は空返事をする。



「お二人のおかげで民間の被害はゼロに抑えることができました。」



「改めてご協力感謝します。」



 そして同時に改めて深い礼。


 相変わらずこういう所は律儀な人だ。



 そんな風に呆れていると、私達の耳に忙しない声が響き渡る。




「⋯⋯報告、報告ー!」




 言葉と共に現れたのは、鎧を纏った帝国の騎士。



「どうしました?」



「フロスティア様、先程帝都から伝令あり。」



 フロスティアが問いかけると、騎士の男は片膝を突いて声を張り上げる。



「⋯⋯帝都南西部、カモミール領、帝国東端地域の制圧は完了したとの事。しかし、新たに西部に未確認の魔物の異常発見が確認されたとの事。」



「⋯⋯西、ですか。それならば南西部で事にあたっているエリサン副団長の部隊が制圧出来るのでは?」



 兵士の言葉に、フロスティアは眉を顰めながら問いを返す。



「⋯⋯そ、それが、魔物の集団は急激な勢いで帝都に進軍しているようで、征伐部隊は引き返すように命令を受けています。」



「⋯⋯なるほどね。まずは何より城を守る、と。合理的じゃない?」



 本丸が落とされれば元も子もない。この指示自体、かなり冷静なものだと思う。


 しかし、そうなると一つ懸念点もある。




「しかし、それでは道中の街が被害に遭う可能性があります。」




 そうこの決断は、帝都は守れてもそれ以外を切り捨てる選択とも言えるわけだ。



「⋯⋯待ってくれ、オルドランはどうなった?」



 直後、アレスがそんな言葉で会話に割り込む。


 彼の言葉で、何かを忘れていた私の思考もそこに向けられる。



「⋯⋯確かに、今聞いた話だと、オルドラン監獄はノータッチなんですか?」



 そんな問いかけに対する答えは、意外にもあっさりとしていた。



「⋯⋯オルドラン?⋯⋯ああ、空新聞の情報ですね。あちらは問題ありませんよ。」



「⋯⋯問題ない?」



 どこか冷めた表情で返ってくる答えに、私達は首を傾げる。



「確かにあちらにも魔物の異常発生は確認されていますが、他のエリアほどではありません。規模は他と比べてもせいぜい三分の一、オルドランの地形や防衛能力的にも、派兵なしで十二分に対応できます。」



「⋯⋯新聞の発表が少し過激だったというわけか。」



 彼女の説明を聞いて、私達は帝国の対応や現状に納得する。



「ええ、それよりも今は西部の対応を急ぐべきかと。⋯⋯本部からの指示は?」



「⋯⋯はい、至急帝都へ帰還せよ、と。」



「⋯⋯なるほど。」



 兵士から返ってきた言葉に、フロスティアの顔が僅かに引き攣る。


 彼女の考えは分かる。


 指示さえなければ、きっとすぐにでも西部のエリアへと直行したいのだろう。


 しかし、帝国の軍はそういったイレギュラーな対応を許さない。


 その徹底した統率が帝国を大国たらしめているから。



「⋯⋯彼女らも動けない、か。⋯⋯主君!」



 それを空気で感じ取ったアレスは、まるで昨日と同じようにこちらに視線を向ける。



「⋯⋯⋯⋯。」



 が、しかし私は答えない。



「⋯⋯主君?」



 静まり返る空間の中で、私の思考は別の方へと向いていた。



——オルドラン監獄。


——帝都西部の街の被害。


——帝国兵の動きは制限されている。


——新聞社の過剰な報道。


——どう動くべきか。


——どこまでやれば目立てるか。



「⋯⋯⋯⋯。」



 私の中で、繋がりすらない様々な情報が波のように溢れ出す。




 そして、一つの結論へと辿り着く。



「⋯⋯ルシア様?」



 そうして顔を上げた私に、フロスティアが眉を顰めて問いかける。


 私はそれを無視してアレスの方に振り返る。



「⋯⋯どうせ行きたいんでしょ?」


「⋯⋯ああ。」


 視線が交わると同時に、私たちの意思は短い言葉で共有される。



「じゃあ行きなさい、貴方一人でね。」



 しかし、次の私の言葉までは予想できなかったのか、アレスは隣に立つフロスティアと同じように目を見開く。



「貴女はどうする。」



「私はオルドランに行くわ。」



 投げかけられる問いに即答する。



「⋯⋯どういう?」


「フロスティア様、帝国が確認したオルドランの魔物の規模は、確かに他よりも少ないのですね?」


「⋯⋯ええ、報告ではそう聞いています。」



 返ってきた答えは予想通り。


 だから私は彼女の思考を誘導するように言葉を重ねる。




「ではもし、オルドラン周辺の森林部に、未確認の魔物の集団が潜んでいたら?」



「⋯⋯そんなことは⋯⋯。」


 そんなことはありえない。フロスティアの言う通りだ。


 だから更に仮定を重ねる。




「⋯⋯万が一の話です。もしも、オルドランの魔物の規模が、帝国の観測した以上のものであったら⋯⋯帝国はどう動きますか?」



「ここと同じように、兵を⋯⋯。」



「帝都が危ないこの状況で、犯罪者のためにわざわざ帝都の守りを捨てて、ですか?」



 彼女の言葉をあえてかき消すように、私は淡々と、それでいて念を押すように問いを重ねる。



「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯だから私が行く、帝国の指示を受ける必要のない私が、監獄を守るために。」



 黙り込む彼女に、私はすかさずそう言い放つ。


 これはあくまでも、考えうる限りの最悪が起こった時の想定。


 しかし、性格上彼女がそれを無視できないことは、私も良く知っていた。



「ですが西部の街は⋯⋯。」



「そちらにはアレスを行かせます。実力は見てもらった通りかと。」



「⋯⋯よろしいのですか?」


 彼女の懸念は全て潰した、その先でフロスティアは申し訳なさそうにこちらを見上げる。



「最悪を潰して、全部守りましょう。共にこの国を守る者として。」



 そんな彼女に、私は渾身の演技でそう答える。



「⋯⋯分かりました、どうか、オルドランをお願いします。」



 すると彼女は、地面に頭がつかんばかりに深々と頭を下げる。



「ええ、任せて下さい。⋯⋯アレス、出発の準備をするわ。」



「⋯⋯ああ。」



 そんな彼女に背中を向けながら、私は宿の方向へと歩き出す。


 そしてしばらく歩いた先、遠目で彼女の姿が見える距離で、後ろをついてきていたアレスが僅かにこちらに歩み寄る。



「⋯⋯何を企んでいる?」



 ギリギリ私にだけ届く声でそう問いかけるアレスの顔を見上げる。



「⋯⋯あら、企んでるなんて失礼ね。なんにもないわよ。」



 しかし、そう答える私の顔を見たアレスの表情が露骨に引き攣る。




「——悪いことは、なんにもね。」



 そんな私の言葉に、アレスはいつものように深いため息をつきながら頭を抱える。




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