選択の結果
ザイオン・グランツに続き、図らずもローラ・ギルバートにも復讐を果たした。
想定外の成果、しかしそれには小さくない代償も存在した。
「⋯⋯ぷはっ。」
しんどい。
カッコつけたは良いけど、もう一歩も歩きたくない。
「⋯⋯主君。」
そんな折に耳に響くのは、アレスの声。
「⋯⋯ずいぶん余裕そうね。もっと早く来れなかったわけ?」
あれだけの衝撃波を作り出しておきながら、傷一つすら見えない彼の姿に私は恨み言を吐き出す。
「⋯⋯すまない、森を守りながら戦うには相手が強過ぎた。」
「⋯⋯森より優先してわたしを守りなさいよ。」
「いや、森を守りながら戦うのが主君を守ることにも⋯⋯すまなかった。」
私の圧に屈したのか、アレスは言葉を紡ぐのをやめて静かに謝罪の言葉を述べる。
言い分も分かるが、そのくらいサラリとやってもらわなくては困る。というか現に困るどころか死にかけているのだから。
「⋯⋯彼女、生きてるのだな。」
そんな中、アレスは遠くの方で倒れるローラの方に視線を向ける。
「生きてるわ、殺したら後々面倒だし。」
正直自信はないが、致命傷になるようなダメージは入れてないはずだ、このままほっといてもそのうち起きるだろう。
「生かした⋯⋯のだな。」
そんな問いかけに、私は乾いた笑みを浮かべる。
「ただの気まぐれよ。気が変わる前に離れましょ。」
そうだ、これはただの気まぐれだ。こんな小物、殺そうと思えばいつでも殺せるから、今回だけは見逃してやるだけだ。
「そうか、気まぐれか。」
するとそれを聞いたアレスが、クスリと鼻を鳴らして反復する。
なんかムカつくが、今は折檻する体力も残っていない。
「⋯⋯とりあえず馬拾ってきて。逃げるわよ。」
私は大きなため息を吐いて、そんな指示をアレスへ与える。
「⋯⋯ああ、少し待っていてくれ。」
————
暗く、深く、闇の底へと落ちていく感覚。
無限に続くようなそれは、暖かな緑色の光によって、緩やかに解けていく。
「⋯⋯ん、ん。」
静かな闇の中から、騒がしいベッドの上へ、モルドレッドは目覚める。
全身の重苦しさを自覚しながら、彼女は僅かに首を動かして周囲を見渡す。
そしてその右手側には、無表情で治癒魔法を使う青髪の聖女の姿があった。
「⋯⋯おはよう。モルドレッド。」
二人の視線が交わると、聖女は表情ひとつ変えることなく、そんな言葉を投げかける。
「⋯⋯ミーティア様?」
「⋯⋯っ、起きた!起きました!」
モルドレッドがそう呟いた瞬間、反対側にいた銀髪の聖女がそう言って声を張り上げる。
見るとこちらもまた、同じように回復の魔法を両手で施しながら、額に汗を滲ませている姿があった。
そして耳の奥から微かに、ドタバタと様々な音が周囲に響く。
「⋯⋯こ、こは?」
血の味がする口を動かす。
喉の奥から掠れた声が響き、小さく問いを投げると、彼女を見下ろすミーティアは無表情のまま口を開く。
「動かないで、まだ完治はしてないから。」
「ここは医務室だよ。貴女はお腹を刺されたから治療してたの。」
そして、一切の無駄を排して端的に状況と要求を伝える。
「感謝します、ミーティア様。」
「⋯⋯あんま喋んない方が良いよ。」
掠れ切った声を聞いたミーティアは、冷たいながらも彼女の身を案じた言葉を掛ける。
「⋯⋯もうし、わけない。」
生真面目な性格の彼女は、それでもなお謝罪の言葉を口にしようとするが、言葉の代わりに溜め込まれた鮮血だけが頬を伝って落ちていく。
しかし、ミーティアはそんな状況の彼女を見て、一人何か納得したような表情で手を離す。
「⋯⋯じゃあ引き継ぎよろしく。」
そして近くにあった布巾で血の付いた手を拭いながら、脱力した声で呟く。
「⋯⋯ミーティア様?」
あまりにもあっさりと、そして唐突に治療を止める彼女の姿に、残されたスフィアは疑問の声を上げる。
「魔力使い過ぎたし、あとは私じゃなくても出来る、貴女も適当な所で切り上げな。」
彼女は暗に、危ないところは抜けたと伝えると、そのまま近くにいた回復魔法の使い手と思われる魔法師に目配せをする。
「⋯⋯分かりました。」
周囲に魔法師が集まり、回復魔法の光が幾重にも交わる中でも、スフィアは回復を止めることはせず、代わりにそんな返答だけをする。
「⋯⋯スフィア様も、ありがとうございます。」
「気にしないで下さい。私はまだこのくらいしかできませんから。」
せめてもの感謝を伝えようと視線を向けると、スフィアは必死に笑顔を向けて答える。
その笑みに、肉体に走る激痛が少しだけ和らぐのを感じる。
そうか、これが聖女なのか、などと考えていると、モルドレッドの耳に聞きなれた声が響き渡る。
「⋯⋯おや、目が覚めたのですね。」
丁寧ながら軽薄な声、つい最近聞いたばかりのその声は、顔を向けずとも誰のものなのか理解できた。
「貴方は、えっと。」
「銅章騎士クシャト・アルテリアです。彼女に用があるのですが、よろしいです?」
一方で、困惑するスフィアの問いかけに、その騎士は淡々と自己紹介をした後、目配せをして問いを投げる。
「はい、少しなら大丈夫ですよ。」
容体が安定したことを理解していたスフィアは、控えめに安静を促しながら許可を出す。
「先程、賊の行方を追っていたローラ様と、副団長が帰還いたしました。」
そんな言葉を聞いた瞬間、モルドレッドは大きく目を見開いて身体を動かす。
「⋯⋯っ、それは⋯⋯ぐっ!?」
しかし、反射的に起きあがろうとした肉体は、激痛ですぐに抑え込まれる。
「落ち着いてください、どちらも生きています。」
「良かった⋯⋯。」
少し呆れながら答えるクシャトの言葉に、隣で治療をしていたスフィアが安堵の声を上げる。
「お二人とも重症ですが、副団長は意識がはっきりしていますし、ローラ様も命に別状はありません。」
そしてクシャトは、ため息混じりにそんな言葉を口にし、淡々と事実を述べていく。
「戦闘の規模からして、おそらく交戦したのはアレス・イーリオスと⋯⋯ん?」
そうやって彼が自分なりの分析を伝えようとした瞬間、ふとその言葉を止める。
同時に治療にあたっていたスフィアも不思議そうに首を傾げる。
「モルドレッド様?」
「⋯⋯そう、ですか。⋯⋯ありがとう、ありがとうございます。」
主は生きている。
そんな言葉を聞いた瞬間、モルドレッドの胸には、強い安堵が広がる。
そしてそれと同時に、彼女の頬に一粒の滴が落ちる。
この場にいないもう一人の聖女への感謝を口にしながら、彼女は歪んだ視界のまま天を仰ぐ。
それを見たクシャトは、困惑するスフィアを横目に、小さく穏やかな笑みを浮かべて言葉を止める。
「⋯⋯とにかく、今は身体を休めて下さい。モルドレッド卿。」
そんな言葉を聞き届けると、モルドレッドは、安らかな表情で再び瞼を閉じる。




