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告解


 私の宣言に、ローラは反応を示さない。


 ただ静かに燃える殺意だけが、私の全身を貫く。



 ずぶ濡れの私と、自らが放つ炎に包まれる彼女は、ジリジリと距離を詰める。



「⋯⋯決着をつけましょう?クソビッチ。」




「殺してやるわ、ドブネズミ。」




 直後、私たちは同時に駆け出す。



 彼女はこちらへ、私は再び滝のある方へと。



 言いたくないが、ただでさえ魔力量に差がある上に、こちらは不調も不調。火力勝負じゃ話にならない。



 故に地形や環境を最大限に活かすしかない。



「フラムスパーダ!」



 そんな詠唱と共に、彼女の手のひらから炎の剣が現れる。


 そして螺旋を描きながら蛇のように蠢く炎の剣が私の元へと延びてくる。


 水場まではまだ距離がある、故に私は先程同様、手を伸ばして防御の構えを取る。



「⋯⋯アンバー⋯⋯っ!?」



 しかし、力を込めた右腕から飛び出したのは、あまりにも弱々しい光の塊。


 魔法とも言えないような魔力の残り滓。


 そう、コレはよく知っている。魔力を使い果たして不安定化する、魔力切れの兆候だ。



「⋯⋯っ、かはっ!?」



 そして彼女の攻撃は、無常にも私の背中を直撃する。



 熱い、痛い、熱い!!



 地面を転がりながら、激痛で乱れた思考の中で、私は必死に視線を動かす。



 次が来る。そんな思考だけでローラに視線を向けた瞬間、私はとある違和感を覚える。



 追撃が来ない?



 いや、それどころか、彼女はこちらを見てすらいない。



「⋯⋯⋯⋯エリサン?」



 彼女の視線を追っていくと、森のはるか先で、巨大な火球を携えて構えるエリサンの姿を見つける。


 そして、少し遅れて地面から迫り上がる氷の柱が視界に映った瞬間、私の身体を得体の知れない〝予感〟が突き動かす。



「⋯⋯ッ!!」



 火球と氷の柱の衝突の直後、生ぬるい熱を纏った暴風が木々を薙ぎ倒しながらこちらに迫る。



「⋯⋯やばっ!?」



 私は軋む身体を奮い立たせて駆け出すが、少し遅かった。



「「⋯⋯ッ!!」」



「⋯⋯なっ!?」



「⋯⋯わぷっ!?」



 熱と冷気の衝突の余波が私たちの身体を容赦無く宙へと突き上げる。



「⋯⋯ちぃ!」



 空中で私達の視線は交差する。



「「⋯⋯っ!!」」



 同時、互いに魔法の構えを取ると、彼女の魔法が先に展開される。



「バーンメテオ!」



 高速で放たれる火球に、私は手を交差して防御の構えを取る。



「ぶなっ!」



 しかし魔法は大きく進路を逸れて私の後方で嵐に巻き上げられていた巨木に衝突して燃え上がる。



「⋯⋯っ、なるほど。」



 この暴風の中では、いかに彼女の火力であっても、正確に狙いを定められないのか。


 それに気がつくと、私は即座に体勢を立て直し、地面を蹴って距離を詰める。



「バーン——」



 それと同時に彼女は両手で魔法の構えを取る。


 おそらく威力を犠牲にしてでも速射広範囲の魔法で引き剥がしにくる。



「アンバーレイ」



 それを一点読みした私は、一切減速することなく魔力の障壁展開。



「——メテオ!」



  そして読み通り放たれた魔法を、大幅に威力を減衰させながら身体に受ける。



「⋯⋯っ、ああ!!」



 しかしそれでも私は止まらない。


 勢いのまま魔法を放った彼女の手を掴んで、反対の手を思いきり振り抜く。



「⋯⋯ぶあ!?」



 骨が砕けるような音と共に、私は拳を振り抜くと、彼女の身体が大きく後方に仰け反る。



「⋯⋯もう、一発!」



 しかし私は掴んだ腕を引き寄せて、追撃でそのまま蹴りを放つ。



「かはっ!?⋯⋯っこの!スラム育ちが!!」



 絶叫と共に、彼女の身体から炎が吹き出す。



「⋯⋯っ、弱い。」



 咄嗟に距離をとりながら、私はその魔法の威力が先ほどまでのそれとは明確に弱体化していることに気がつく。



 私はもう〝聖女の祝福〟を維持できる魔力すら残ってない。



 しかしそれは、息を切らしながら片膝をつく彼女もおそらく同じ。



 もはや互いに魔法をポンポン打てる程の魔力は残っていない。



 そして、生まれつき魔力の少ない私が見出せる勝ち筋は、もはやラスティ・ネイルしか残っていない。



 それを理解しているのか、ローラも歪んだ表情で笑ってみせる。




「打ってきなさいよ、ラスティ・ネイル。その薄汚い光、叩き潰してあげる。」



 出血で口を真っ赤に染めながら呟く彼女の姿は、およそ聖女には見えない。



 いや、きっとそれは私も同じだ。



 元から私達に、聖女の資格なんてないんだ。



 私達は、彼女・・のように高潔ではいられない。だからこうやって殺し合うしかない。



 そんなことを考えているうちに、私の心臓の鼓動は静かに落ち着いていく。



「⋯⋯よし。」



 やることは決まった。



 私は息つく暇もなく駆け出す。



 ラスティ・ネイルの有効射程十五メートルを目指して。



「フラムスパーダ!」



 対するローラが取った対策は、先ほどと同じ炎の剣。


 迫る狂刃を私は地面を転がりながら回避する。


 それと同時に指先を構える。



「ラスティ・ネイル!」



 炎の剣の隙間を抜けて、私の魔法は彼女の身体に迫る。



「バーン・プロテクト」



「⋯⋯ッ!!」



 しかし、その攻撃は、胴体を包むほどの大きさの障壁に阻まれる。


 魔力切れのせいで威力が落ちてきている。まさかあの大きさの盾すら貫けないとは。



「⋯⋯っ!」



 そんな思考すら切り裂くように迫る炎の刃を今度は後方に飛び退いて回避する。


 周囲に舞う土煙の中に紛れながら、私は再び指先を突き立てる。



「⋯⋯フラムスパーダ、ね。」



 手動操作で敵を追尾する炎の剣、確かに強力で厄介な魔法だ。



 けれど、弱点も見つけた。



 あの魔法は見た目以上に繊細な手先の動きを要求される。



 それ故、彼女はあの魔法を使う時、一歩たりとも動けていない。



 風に飛ばされている時も、普通の火球よりも有効と思われる場面で使わなかったのは、おそらく狙いが定まらないからだ。



 だから、土煙の中からでも狙える。



「——ネイル」



 息を殺すように呟いた詠唱。


 直後、土煙を抜けて光の一閃がローラへ迫る。



「バーン・プロテクト」


 彼女は先程と同様、自らの上半身全体を守るように障壁を展開する。



「⋯⋯かかったわね。」



 瞬間、私は頬を釣り上げて笑みを浮かべる。



「⋯⋯ッ!」



「⋯⋯っ、あ!」



 直後、放たれた光がローラに届く直前に真下へ屈折して彼女の足を貫く。



「——ミスティ・ネイル」



 ラスティ・ネイルと同じ構え、同じ見た目で放たれる、騙し討ちの一撃。


 ラスティ・ネイルの倍の魔力を使う代わりに、一度だけ軌道を曲げられる魔法。


 これだけは、編み出してから一度たりとも人前で見せたことがない、正真正銘、私の切り札。



「⋯⋯っ、ラスティ・ネイル!」



 ふらつく彼女の姿を見て、私はさらに畳み掛ける。



「⋯⋯っ、ああっ!?」



 防御の隙すら与えず放たれた魔法は、彼女の逆足を貫く。


 両足を貫かれて地面に伏せる彼女に、私はふらつきながら歩み寄っていく。



「⋯⋯詰みね。」



「⋯⋯フラム——っ!」



 私の言葉に反応して彼女は魔法を展開しようとするが、現れた炎は形を成す前に霧散する。



「聖女の寵愛、でしょう?アレは祝福よりも魔力の消耗が不安定でリスクが大きい。」



「大方あんたは考えなしに追い始めたタイミングからエリサンにそれをかけっぱなしだった。」



 対してこっちは少ないなりに発動タイミングをギリギリまで遅らせて、戦闘でも魔法は極限まで出し惜しんだ。


 だから魔力の少ない私とほぼ同時に魔力切れを起こした。



「結局、勝敗を分けたのはココの出来の差だったわけね。」



 頭を指差しながら呟く私の言葉に、彼女の表情はさらに怨嗟に歪んでいく。



「⋯⋯なんで、お前なんかにっ⋯⋯私は、伯爵の娘なのにっ、なんでっ!」



「⋯⋯呆れた。まだ言ってるのね。」



 この期に及んで口をついて出るのが貴族だの生まれだの、どこまでこの女は自分が可愛いのだろうか。



「⋯⋯もう黙りなさいよ。」



 私が魔力を込めた指を突き立てると、彼女の表情は徐々に弱々しく崩れていく。



「⋯⋯いや⋯⋯死にたくない。」



「死んだ方がきっとマシよ?」



 恐怖に歪む彼女の顔が私の目に映る。


 なのに何故だろう、ザイオンを終わらせた時とは違う、どこか胸に引っかかるものがある。



「⋯⋯主君!!」



 直後、私の耳に聞きなれた声が響く。


 アレス、ずいぶん元気みたいで安心したけど、なんともタイミングが悪い。



「⋯⋯た、たすけ⋯⋯。」



 この期に及んで命乞いとは、つくづく小物だ。


 同時に私は、とある言葉を思い出す。



——ありがとう…………優しい、人。どうか…………あの子を…………。



 これでは彼女を思って死んでいった姉が、あまりにも報われない。



——守りたいです。あんな性格でも、幼いころから見守ってきた主ですから。



 これでは危険を冒してでも彼女を守ろうとした騎士が、あまりにも報われない。



 ここで殺してしまうことはできる、けど。



「——ラスティ・ネイル」



 小さなため息の後、私は彼女の顔面に向かって魔法を放つ。


 そしてその閃光は、彼女の頬を裂いて後方の地面に突き刺さる。



「⋯⋯カッ⋯⋯っ!」



 直後、彼女は白目を剥いて崩れ落ちていく。



 そんな彼女に、私はゆっくりと歩み寄って、胸元から一つのお守りを取り出す。



 ヘレン・ギルバートから押し付けられた、小さくて血のついたお守り。



 私はそれを気絶した彼女の頭に投げつける。



「貴女のお姉様も、貴女の騎士も、みんな、みんな。誰かを思って戦ってた。貴女を思って倒れた。」



 聞こえるはずのない言葉、聞いているわけもない言葉を、私は長々と彼女に投げ掛ける。



「けど貴女はずっと、失う恐怖しか見えてない。」



 意味の無い戦い、意味のない言葉、けれど言ってやらないと気が済まなかった。



「貴女だけがずうっと、独りよがりね。」



 皮肉混じりのただの暴言、それを言い終えると、私は踵を返して彼女に背を向ける。



「——悔い改めなさい。」



 乱れた髪を掻き上げながら、私はそう言ってその場を立ち去る。




——復讐、執行完了。




 と、しておこう。


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