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陽炎に翔ける


 帝国から離れた森の奥、主君の戦闘の余波を感じ取りながら、俺は炎の中に揺らめく剣を捌いていた。




「⋯⋯ちっ。」



 消えては現れる幻妖の斬撃が、副団長の名に恥じない練度で迫る。


 視覚情報と、炎の奥に微かに感じ取れる気配を頼りに反射で剣を弾く。


 集中力が深まっていく感覚に身を委ねるこちらとは対照的に、エリサンの顔には笑みが浮かぶ。



「ははっ、これも防ぐかっ!」



 そして跳ね上がるテンションに呼応して、その鋭さが増していく。



「強いねぇ!本当に嫌になるよ!」



 速く、鋭い。しかしそれ以上に、あの魔法が厄介だ。


 景色が揺らめくような感覚の直後に、その姿を消し、瞬きの瞬間に現れる。


 そんな視覚的な変化と、遅れて吹き荒れる熱風に俺は覚えがあった。



「⋯⋯っ。」



 何度目かの打ち合いの後、攻撃は止まり、エリサンは距離を取ってこちらの出方を窺うように剣を構える。



 そんな静寂の中で、俺たちの視線は交わる。



 すると、彼は剣を構えたままふっと笑ってみせる。



「凄いだろう?風と炎の複合魔法、昔一度見ただけなんだけど、上手くできてるだろう?」



「それも彼女の力か?」



「そうだね。細々とした炎の扱いはあまり得意じゃないから、サポートありきだね。」



 得意げに語る彼に、俺はそんな問いを投げかけるが、返ってくるのは涼しげな笑みと芯を食わない回答ばかりであった。



「⋯⋯⋯⋯。」



 〝聖女の寵愛〟それが俺が今主君から受けている〝祝福〟とどう違うかは分からない。


 だが、サポートで火属性魔法が使いやすくなっているということは、〝祝福〟ともかなり近い性質があることは想像できる。



「さあ、あっちも派手にやってるみたいだし、こっちもアゲて行こうか!」



 その言葉の直後、再び俺の視界から彼の姿が消える。


 しかし、タイミングは見切った。


 今度は止められる。



「⋯⋯ッ!!」



 一瞬の間の直後、振り上げられる剣を俺は鍔迫り合いのような形で受け止める。



「⋯⋯これを止めるか。」



 火花が散る剣の先で、彼の顔がわずかに引き攣るように歪む。



「はぁ!!」



 一瞬の動揺が生み出した隙を突いて、俺は全身に魔力を流し込んで強引にその剣を弾き返す。



「初見でこの対応力、流石と言うべきだね。」



 姿を歪ませながら再び距離を取るエリサンは、その笑みを再び貼り付けてそう呟く。


 しかし俺はそれを否定する。



「いいや、違う。」



「⋯⋯?」



「その技の名は陽炎疾り(ミラージュ)、風と炎による温度変化によって肉体周囲の光を屈折させることで、相手の距離感を乱す技だ。」



 見えないのは速さが原因ではなく、視覚的に見えなくなっているから、と言うわけだ。



「⋯⋯初見ではない、と。」



 その問いに俺は首を縦に振る。



「それの使い手を知っている。——正しい使い方もな。」



 その言葉と同時に、俺は深く腰を落として剣を下段に構える。



 そう、この技は、熱による視覚的な干渉を利用して、姿を消す歩法。



 だが、それだけではまだ半分。



 この魔法は、消えている間に風の魔力で急加速する事で、タイミングを掴ませない超高速の一撃を叩き込む技だ。



「⋯⋯っ!?」



陽炎疾り(ミラージュ)



 瞬間、俺の視界は急加速し、一瞬で眼前にまで肉薄したエリサンの身体を捉える。



「⋯⋯ッ!!」



 目を見開く彼の胴体に向け、俺は少しだけ刃を傾けて振り切る。



「⋯⋯っ、ぶぁ!?」



 同時に、エリサンの身体は激しく跳ね飛ばされながらも、魔力による肉体強化を施したその身体は大きなダメージを受けていなかった。



「っは、なるほど!本家の使い手かっ!」



 鎧が砕かれ、剥き出しになった肉体が凄まじい内出血で真っ青に染まっている。


 どうやら峰打ちにした判断は間違いでは無かったようだ。




「本家ではない。ただ誰よりも長く本物を見てきた。」



「限りなく本物に近い模倣ということか。⋯⋯なら!」



 俺の言葉を聞いたエリサンは、地面を蹴って飛び上がると、高速で剣を十字に振る。



 一瞬遅れて、その風圧が巨大な竜巻となる。



 そして左手に構えた炎の球体に竜巻の風が注ぎ込まれ、火球は天を包むほどに巨大化していく。



「⋯⋯っ、それが全力か。」



 凄まじい。



 思わずそんな言葉が出てしまいそうになるほどに、強烈な熱が広がる。



「本当は使いたくなかったんだけどさ、このまま借り物の力で負けるのも癪なんでね。」



「この森ごと、燃え尽きてくれ!!」



 なるほど、これが本来の彼の戦い方。そして、これまでは森を気遣って発揮できていなかった、この男の〝全力〟の姿か。




といい、この国の騎士は本当に強いな。」



 クシャトとの戦いで分かってはいたが、彼らはつくづく侮れない。



「——だが、この森も主君も、俺が守り抜く。」



 故に、俺も本気で迎え撃つ。



『集え。』



 唱えるは一節の詠唱。



 言霊に呼応して、周囲の水分が一気に俺の剣の先へと流れていく。



 そうして生み出された濁流と共に、肉体に流れる魔力を引き出していく。



 天から降り注ぐ熱気を、俺の魔力が生み出す冷気で押し返す。



 空に黒い雲が掛かる。



 そしてその瞬間は訪れる。




「⋯⋯っ、バーンガイア!」




「セロ・エタニティ」




 降り注ぐ巨大な火球と、地面から迫り上がる氷の柱が、中空で交わり爆ぜる。


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