終章9
なんだかんだで、結局警察組織の船が迎えに来た。
航宙警備隊なる組織の船は、ループで経験したものとは別物だった。
真新しく洗煉された外見。機械について知識がある武蔵としても、見覚えのない装置が多数搭載されている。
武蔵は感銘を受けた。これは、100年後の宇宙船なのだ。
工業系の学生だと言って、許される範疇で船内を楽しく見学した武蔵。
しかし、船はすぐにセルフ・アークに到着してしまう。
なんということか。新型船は、巡航速度もまた早かった。
褐色火薬のパルスエンジンで20日かけて地球に向かったオンボロ船とは段違いである。
捕虜のような扱いをされていた以前と違い、民間人として丁重に扱われた武蔵は宇宙港に辿り着く。
見覚えがあるようなないような、不思議な感覚を抱かせる海上港。
そこで待っていたのは、一人の少女であった。
「ふん、ようやく来たか。100年も待たせおって」
「三笠?」
それは三笠であった。
いつもの未来世界では黒幕の目を躱すため、そして天皇という偽りの立場からして気軽に出歩けなかった彼女だが、今回はそうではない。
カジュアルな洋服姿の三笠は、不機嫌そうに腕を組んで武蔵を見上げる。
「お久しぶり」
「うむ。死ね。いや死ぬな。やることやってから死ね」
相変わらずそうで、武蔵も安堵である。
三笠にケツを蹴られ、車に押し込まれる武蔵。
武蔵は慌てて案内してくれた警備隊の人間に別れの挨拶とお礼を伝え、車に乗り込んだ。
車がふわりと浮き上がる。
「うおおおおっ。エアカーだ、SF定番のアレだ!」
「うるさい。このくらい今どき珍しくもない。浮遊機関の小型化が達成されて、今は猫も杓子も飛ぶ時代だ」
「猫が飛ぶのか?」
「猫は元々飛ぶ生き物だったな」
空を駆けるエアカー。二人きりの密室となったことで、三笠は話を始める。
「今回時間を飛んだのは、ORIGINAL UNACTから開放されなかったのはお前だけだ。他の者たちは普通の生活に戻った」
「おいなんだあれ、船の形が変わってるぞ! UNACTか?」
「聞け。あれはユーティリティーフォグ技術を使った船だ。ナノマシンによって船体形状を最適化出来るのだ。それより話を聞け」
三笠に睨まれ、武蔵は座席に腰を落ち着かせる。
「えっと、なんだ。未来に飛んだのは俺だけなのか? なんでまた?」
「ふん、胸糞悪い! この世界の知り合いがどうなったかなどどうでもいいだろう? 薄情な男だ」
そんなことはないと言いたいところだが、先程までのはしゃぎっぷりからして言い訳も出来ない武蔵であった。
「お前はお前のやるべきことをしろ」
「なんだよ、俺のするべきことって」
「アリアは、結局お前の曖昧な態度に不安を払拭しきれなかったのだ。だからお前だけ開放しなかった。これ以上は言わん! 死ね!」
武蔵はなんとなく、何が起きたかを察した。
そしてこうも考える。
それ悪いのアリアじゃね。
俺悪くなくね。
口に出したら怒られそうなので、大人しく未来世界の変化について聞くことにした武蔵であった。
「お前反省してないだろう」
結局怒られる武蔵である。
「ここ、学校か?」
武蔵が連れてこられたのは雷間高校だった。
3ヶ月しか通っていないが、武蔵達の母校である。
なぜこんな場所にと訝しむ武蔵。
彼の肩を押し、三笠はエアカーから武蔵を追い出した。
「お、おいっ? なんなんだ?」
「はは、滅べ」
そう言ってエアカーは発進する。
別れ際の言葉が酷かった。
困惑し、とりあえず校門に入る。
警備ドローンが飛んできて武蔵を取り囲んだ。
「そういえば俺、今は学生じゃない」
当たり前の結果であった。
どうしたものかと困っていると、やはり女性が現れる。
「ま! 久しぶりね、元気だった?」
声に振り向く。
そこには、気さくそうに笑うスタイル抜群の美女がいた。
「妙子?」
「ええ。なに、忘れちゃったの?」
拗ねたように上目遣いで訴える妙子。
若いままの姿だが、現在の年齢は皇寿超えである。
「いや、なんかお久しぶりです」
その雰囲気に、武蔵は思わず頭を下げた。
彼としては本当に久々に感じた。なぜかと悩み、すぐに察する。
彼女の雰囲気は、100年前のそれに近かった。
足柄妙子は悩み多き女性だ。彼女の精神性の変化は数パターンあったが、今の彼女は100年前の彼女に一番近い。
成長が見られない、というわけではない。
かつての危うさが消えている雰囲気はあった。
「いい女になりましたね」
「いきなり口説きにかかる君にびっくりだよ!」
目を丸くする妙子。
驚きつつも、突然そんなことを言う子だったな、とどこか納得する。
「ここにいるってことは、この世界でも先生をやってるんですか?」
「敷島さんから聞いたわ、武蔵くんが何度も時間をループしてきたこと。他の世界の私も教師になってたの?」
敷島って誰だっけと思い、三笠の名字だと思い出す。
偽名の名字なので、会話にもめったに出てこなかったのだ。
「そうですね。確か小学校の先生やってました」
「ああ、なるほどね。分からなくもないわ」
なにやら納得している様子の妙子。
武蔵としては、自分の心残りを聞いてみることにした。
「100年の間に、ちゃんと恋はできましたか?」
「……私は、君を恨んでもいいと思うんだ」
恨めしげに武蔵を見る妙子。
どうにも、彼女は相変わらず不器用であった。
今は放課後らしく、授業のない妙子は武蔵を案内してくれた。
歩きつつ、無関係な者には聞きづらく、関係者の三笠から聞き出すことが出来なかったあたりを訊ねる。
「俺の真珠湾での戦いって、どんな扱いになってるんですか?」
「ああ、あれね。一応歴史の教科書にも載ってるわよ」
武蔵、教科書デビューである。
曰く、あの決戦の詳細について政府は非公開にしているらしい。
なので教科書には幾つか有力な説として上げられており、主流は「いい宇宙人と悪い宇宙人が争っていた」という内容になっていた。
戦場伝説というか、オカルト話の類である。
「地球を守るべく遣わされた純白の騎士の宇宙人と、地球を脅かすべくやってきた漆黒の宇宙人……みたいな感じね」
「なんでバイパーゼロの方が悪い宇宙人なんですかねえ」
二人は校舎に入らず、建物を回り込むように進む。
道中も色々な変化が見られたが、変わらないものもあった。
「秋津島、未だにここにあるんですね」
「ええ。ちゃんと飛べる、現役の船よ」
部室船となった秋津島。
過去世界で武蔵達が自衛隊基地に駆け込むために持ち出したが、その後に返還されていた。
「アリアちゃんは復学して、今は高校3年生をやってるわ」
「ですか」
アリアの精神年齢については計算がややこしいが、武蔵より2年早く目覚めるのはいつものことだ。
よって、計算は何も間違っていない。
「ちゃんと高校生をやれたんですね、アリアは。ちょっと羨ましいです」
「あら。武蔵くんって、そういう弱音みたいのは人に聞かせないタイプだと思ってたわ」
「……ちょっと気が緩んでいることは否定出来ません」
ハカセを倒し、三笠が全ての問題をクリアしたことを宣言した。
多少ややこしい状況になっているが、それでも肩の荷は大いに降りたと言って良かった。
「今はアリアちゃんが空部の部長よ。ちなみに顧問は私ね」
「はえー。頼りねえ」
「もう、そんなこと言っちゃ駄目よ。あの子はちゃんとやれているわ」
秋津島のタラップをカンカンと登る。
そこから先を案内する気はないのか、妙子は道を武蔵に譲った。
武蔵は歩く。空を目指すように、一歩一歩登っていく。
やがて、艦橋に入る鉄扉の前に立った。
一つ、深呼吸。
ドアノブを押す。
「アリア」
「……武蔵?」
セーラー服を着た、もうずっと昔に見たアリアの姿があった。
未来の世界では髪を伸ばしていることが多かったが、今の彼女は学生時代と同じく短いまま。
多少背も伸びて、身体の起伏も豊かになったかもしれない。
「いや変わんねえな。貧乳だ貧乳」
「おっといきなりの宣戦布告ですねエアレースで勝負しましょうか叩きのめしますよ買いますよ喧嘩」
他にも部員らしき人物が数人いるが、彼等の顔は知らない。
きっと、この歴史で初めて生まれる子供達なのだろう。
「アリア」
「あ、えっと、その?」
再び名前を呼ぶと、気まずそうに視線をそらすアリア。
その様子から、彼女がどうして自分と武蔵がここにいるのかを把握しているのだと武蔵も察する。
武蔵はまず、この奇妙なサドンデスが生じたことを侘びた。
「あー、なんだ。俺も、悪かった」
「武蔵……」
「でも一番悪いのはお前だ。間違いない」
「武蔵……」
同じように名前を読んだだけだが、アリアの言葉は前者と後者で随分とニュアンスが違った。
「帰るぞ」
「どこに、ですか?」
「家だよ。どうせお隣さんなんだ、同居と言っても過言ではないだろう」
武蔵が手を伸ばすも、アリアは手を取らない。
コレは、本格的に言葉にしなければならないのだと武蔵は痛感した。
「面倒くさいなあ! こいつ、面倒くさいなあ!」
「む、武蔵がそれを言いますか!? ほんと信じられない男なのです! どうしてこんな男に……!」
「俺と、結婚してください! ずっと一緒にいろ!」
やけくそのように放たれた言葉。
あまりにあんまりなプロポーズに、困惑し、驚愕し、そしてアリアは泣き出した。
「うっ、ううっ、ほんとうに、嘘じゃないですか……?」
「俺がお前に何百年振り回されたと思ってる。ここではいサヨナラなんて、周辺被害的に恐ろしくて出来ない。俺の監督下にいろ」
「亭主関白なんて、今どき流行らないのですよ……」
「ここまで面倒なことに巻き込まれて、それでもお前のことが嫌いになれないんだ。もう逆説的に恋といって過言ではない」
怯えたように、ゆっくりと武蔵の手に自らの手を伸ばすアリア。
武蔵はじれったくって、無理矢理に華奢な彼女の手を引いて抱きしめた。
「おかえり」
「た、だいま、なのです」
しばし抱擁し合う2人。
気づけば、周囲の空部員達がきゃあきゃあ言っていた。
囃し立てる周囲の部員達に、アリアは深々と頭を下げる。
「あ。あの、皆さん……これまで、お世話に、なりました」
「えっ、部長、どこか行っちゃうの?」
部員の1人が驚く。
どこかで見たような顔の少女に、しかしアリアは顔を横に振った。
「また、ここに戻ってくるのです。私の居場所は、ここだから」
「―――そっか。じゃあ、私達が空部を守ってるね!」
「お元気で、部長」
「お疲れ様でした、若葉部長!」
溌剌と答えた少女達に、アリアも笑顔で頷く。
そして武蔵とアリアの視線が絡んだ瞬間―――
―――世界は、あの日の真夜中に帰還した。
「―――っ。」
目覚めた武蔵。行動は早かった。
すぐに隣の家に飛び込んで、アリアの布団を引っ剥がす。
何度も見たパジャマ。何度も見た寝相。山のような人形の配置も、寝癖の形も覚えている。
息を飲み、武蔵は静かにアリアの肩を揺する。
「アリア、アリア」
変化は、あった。
静かに開かれる瞼。長いまつげが揺れ、焦点が武蔵に定まる。
「おはよう、ございます」
「ああ、おはよ」
にへら、と笑うアリア。
呑気な笑顔に、武蔵はどこまでも愛おしく思ってしまう。
「ずっと……」
「うん」
「ずっと、長い夢を見ていた、ような気がします」
「……夢オチで納得したら怒るぞ」
長い長い旅。
何度も戦い、何度も死んだ。
ようやく、ようやくアリアをこの時代に連れ帰れた。
身を起こしたアリアを、武蔵は再び抱き締めたのだった。




