エピローグ
世界は平和だった。
否、世界は争いと憎しみが満ちている。常にあらゆる形態の戦争が起きて、誰かが悲しんでいる。
だが、少なくとも宇宙怪獣が暴れて世界が滅ぶなんてシナリオは、映画と漫画の中でしか起きていなかった。
武蔵達が目覚めた日。
再会した2人は、とりあえずその日の地区予選第三試合を棄権した。
ループする世界の記憶を持つ二人には、とてもそのような気分にはなれなかった。
「ちょっと武蔵、どういうことよ? この期に及んで試合をやめるなんて―――」
突然の棄権に困惑する鋼輪工業のチームメンバーに侘び、彼女達の様子が変わりないことに安堵する。
あの戦いの日々の記憶は泡沫の果てに消え、彼女達の中にはもうない。
それでいいと武蔵は思った。戦いの記憶など、わざわざ想起せねばならないことではない。
「武蔵くん、どうしたのよ急に。あんなに気合を入れて練習していたのに」
部長の妙子としても、急に選手達が試合を放棄するとあっては混乱するしかない。
「お兄さん……昨日の約束は……?」
とっておきのプロポーズをすると予告されていた由良としては尚更。その突然の奇行に訝しむしかない。
しかしやはり順序というものがある。武蔵は由良に謝り倒し、ループの事後処理に奔走した。
武蔵の基本的なスタンスは、あの日々をなかったことにする、というものだ。
ただ、全員に「なかったことにする」という対応を取るわけにもいかなかった。
「というわけで、現状生き残ったUNACTはアリアだけになったわけだ」
武蔵とアリアは三笠を喫茶店に呼び出して、これまでの出来事を全て語った。
長い長い話だった。途中三笠は頭痛を堪えるようにしていたが、口を挟むことはなかった。
「……事情は判った。黒幕についてはこちらでも、今確認をした。確かに我に対する監視が失われている」
三笠は深々と溜め息を吐く。
「頑張ったな」
「おう」
世にも奇妙で珍しい、三笠のねぎらいの言葉であった。
ほとんどの問題は片付いた。残るは、ひとつ。
「ORIGINAL UNACTをどこに隠すか、だ。あれが死んだらアリアも死ぬ、そういうわけにもいかん。人類に手出しが出来ない場所に隠さなきゃならない」
三笠もその点については同意見であった。
彼女にとって、アリアが死ぬという選択肢は死んでもない。
「とはいえ、本体は相応の大きさだ。さてどこに隠すかな」
「今更だが……アリアとORIGINAL UNACTの通信速度って、タイムラグはあるのか?」
「いや、並行プレーンを介する超光速通信で制御している。宇宙の果てに安置したとしても、美少女の方のアリアには支障はない」
そうだろうな、と武蔵は頷いた。
これまで散々本体と子機が離れた状態で行動してきたのだ、光速に縛られた様子がないのは理解していた。
「なら深宇宙にでも放り投げるか?」
「しかし、何か用事が出来た時に困るぞ。小惑星帯にでも紛れ込ませるか」
火星と木星の間に浮かぶ小惑星地帯、アステロイドベルト。
数百万に達する小惑星の浮かぶここに紛れ込ませれば、確かに見付かる可能性は低く、用事があれば接触しやすい。
だが、武蔵は同意出来なかった。
「この宇宙開拓時代に、小惑星帯じゃ近すぎないか? いつか誰かが発見しかねない」
小惑星は有力な宇宙資源だ。
現にセルフ・アーク他、ほとんどの宇宙コロニーは曳航してきた小惑星を特殊なセメントで固めて作ったものである。
船舶ほどの大きさのオリジナルUNACTは、普通に資源目当てで発見されかねない。
「遥か彼方に放り投げるのも心配だが、近すぎるのも心配、か」
「もう少し遠くて、発見される可能性の小さな小惑星帯とかないか? 実質的に宇宙の果てと言っていいレベルの距離で、でも最悪必死に頑張れば接触出来なくもない距離。例えば―――」
2人は同時に、宇宙を見上げた。
「「オールトの雲」」
太陽系の外縁を覆う、散乱円盤天体である。
その距離は太陽から地球への距離、その一万倍。
冥王星すら近場に思えるほどの、人類にとっては未だ遥か宇宙の果てである。
人類が最も遠方に飛ばした物体、ボイジャー1号ですらその100分の1しか進んでいないといえばその距離が判るだろう。
「とはいえ、UNACTを無人で運ぶ分には現実的な距離だ。第1世代宇宙船の時代ではない、やろうと思えば出来る」
「ま、それにしたって、そのうちって話だな。学生の現時点じゃ無理だ」
「確かにあまり多くの人間の目に触れないように実行したいところだが……大人になれば、当てがあるというのか?」
武蔵はいやらしく笑った。
「提案なんだが。ORIGINAL UNACTの能力、ちょっと使おうぜ」
10年後、大和武蔵は小さな会社を設立し、とある装置を公表する。
それは小さなブラックボックスだった。
決して開くことの出来ない箱。しかし、その機能に誰もが驚愕した。
その箱には、慣性制御や超光速航行といった、人類が未だ辿り着けていないはずの数々の機能があったのだ。
『箱』は物理的に破壊するのは困難であったし、契約上でも中を開くのは許されていなかった。
それでも契約を破り内部を解析すべく箱を開いた者達が見たのは―――ただの暗号通信機。
その端末には特に目新しい装置はない。
つまり本体は別にある。この子機を解析しても仕方がない。
国が、企業が、あらゆる組織がブラックボックスの本体を探ったが、それを見つけることは出来なかった。
率直に本体の場所を問われた武蔵は、鼻で笑ってこう答えたという。
「この宇宙がどれだけ広いか、ご存知ですか?」と。
いかに宇宙開拓時代であろうと、宇宙船が発達しようと、それでも尚宇宙は広すぎる。
この男が銀河の彼方にブラックボックスの本体を設置したというのなら、もう誰にも発見出来ない。
やがて人々は本体を探すことを諦め、現存するブラックボックスを活用し、そして奪い合うようになった。
ブラックボックスの秘密を知るのは武蔵とその側にいた数人だけであり、彼等が用意した限定的な「本体」へのアクセス権限は人類文明が滅亡するまで、再現不可能なロストテクノロジーとして宇宙開拓時代を支えた。
こうして、人類は宇宙時代に挑むべく必要となる、最後の技術を得たのである。
武蔵の傍らにいた小柄な女性こそが、限定的ではない最上位アクセス権限そのものであることに、ついぞ誰も気付くことはなかった。
―――時系列は人類史の果てから遡り、武蔵が大学生である時代。
少しだけ大人びた武蔵と変わらぬ姿の三笠が、ブラックボックス試作一号機の前でバンザイしていた。
厳密にいえば、万歳をしているのは武蔵だけだ。
「これで未知の宇宙を旅しつつ、ハーレムを満喫出来るぜ!」
「日帰りで太陽系外惑星の探査が可能となるとは……超技術満載なスペースオペラとて、もう少し慎みがあるぞ」
数多のSF小説でも、ワープには多くの制約がある。
それはリアリティを出すためであり、あまりにも便利すぎるワープだと話が破綻するからでもある。
だがこの装置は違った。何せ元が、余波で100年を繰り返すような世界の書き換えを可能とするような超次元生命体である、UNACTの能力を流用しているのだ。
宇宙船をワープさせたり重力を発生させたりなど程度では、ほとんど本体の負担にはなっていない。
「まあ流石に時間移動能力は厳重に封印するけどな。うへへっ、これで大家族も充分に養えるぜ」
「宇宙の法則に介入する超技術が、まさかハーレム願望の為に開放されたなど歴史書には絶対書けんな」
武蔵は自分のハーレム願望に制約を課していた。
無責任なことはしない。自分が養えない女性と結婚はしない。
やや時代錯誤であるが、それくらいの意気込みがハーレムには必要だと考えていたのだ。
故にこれまでハーレムに加えていたのは雷間高校の女性達に限定されていたが―――その制約を、破棄する時がきた。
「さあ―――鋼輪工業の娘達を口説くぞ!」
既に嫁の確約を得ている雷間高校の娘とは別に、資産的限界から保留していた他高校の娘達へのアプローチを再開するでのあった。
「ワープ装置の販売で巨万の富を得られるだろうからな。遠慮なくハーレムを拡張出来る!」
「ふん、これだから男という奴は。卑しい豚め」
三笠は言葉とは裏腹に、カラカラと快活に笑う。
武蔵の手に収まるのは無数の指輪。
「それは?」
「見ての通り、指輪―――婚約指輪だ」
学生の頃、あの運命の日の前日。
チタンから削り出した、手作りの婚約指輪。
「あの日、ハカセに手伝ってもらって作ったんだ」
「……そうか」
半ば冗談のつもりで、多めに作っておいた婚約指輪達。
武蔵はこれを使う決意をしていた。
あえて、武蔵を、多くの人々を散々に苦しめたあの男の手を借りて作った指輪を。
「やっぱり、俺は憎めないから。俺にとってあの人は、兄みたいなものだから」
「別に心の内を矯正などせん。赴くがままにすればいい」
三笠は武蔵の手から指輪を取り上げた。
「迷惑料だ。一つ貰っておくぞ」
「お、おう」
更に数年後。
タキシード姿の武蔵は、柄にもなく緊張していた。
なにせ一生に一度の儀式。自分以上に、彼女達に恥をかかせるわけにはいかない。
どきまぎぎくしゃくとしている武蔵の元に、10人の女性……1人男の娘がいるが……が現れる。
大和 信濃。
五十鈴 由良。
足柄 妙子。
朝雲 花純。
白露 時雨。
如月 秋月。
如月 冬月
最上 鈴谷。
敷島 三笠。
アリア・K・若葉。
それぞれに絢爛なウエディングドレスを着飾っており、彼女達各々が今日の主役であると雄弁に語っていた。
「――――――。」
さしもの武蔵も、この光景には言葉を失う。
それは男の夢。夢の最果て。ハーレム結婚式の前奏曲だった。
「あの、何か言ってほしいのですが……」
もじもじと自身の金髪を弄り、感想を求めるアリア。
「お兄ちゃん、どうかな! そそる? たぎる?」
いつものペースをまったく崩さない信濃。
「お兄さん―――末永く、よろしくお願いします」
なんなら一番の美女じゃないかと思うほどの妖艶さを醸す由良。
「武蔵くん、駄目よ、こういう時は思いっきり褒めなきゃ。ね?」
パチコンと愛らしくウインクをする妙子。
「この日を一日千秋の思いで待っていました、御主人様」
気品と愛らしさを兼ね備える微笑みで武蔵を支えることを誓う花純。
「まさか、本当にハーレム結婚するとはねぇ。逆に関心だわ」
黒髪を靡かせ、誰よりも近しい距離感で笑う時雨。
「「美人姉妹をまとめて手篭めにするなんて、ムサシンにはびっくりですよぉー」」
手を重ね、鏡合わせのようにあざといポーズを取る秋月と霜月。
「えへへ。どうでしょう、悪くないと思うですよねっ」
いつものひねくれもなく、照れた様子で頬をかく鈴谷。
「は」
平常運転の三笠。
10人の花嫁達を前に、武蔵は―――
「うおおおっ。俺は、俺はあぁー!」
感涙した。
花嫁達はドン引きして一歩退いた。
10人の異性と結婚しようという豪鬼な男の注目度は高く、結婚式には多くの人が集まっていた。
呼ばれざる者がいないわけではないが、そこは花純がうまくマネージングしている。
情報操作もあり、彼等の結婚式はおおよそ世間からも肯定的な受け取られ方をしていた。
武蔵は思い出す。
結婚式よりおおよそ8年前に、自分達に降り掛かった大いなる出来事を。
突如として奪われた日常。突然に背負わされた世界の命運。
その対価として得た人類の可能性を示すべく、起業する準備はほぼ整っている。
「っと、いけない。仕事のことを考える日じゃなかったな」
武蔵頭を振って、考えを振り切った。
武蔵はあの日々のことを、彼女たちの前で語ろうとはしなかった。
自分が話して楽しくないというのもあるが、ある可能性が脳裏をよぎってしまうのだ。
―――果たして、本当に彼女達はあの日々の記憶がないのだろうか、と。
「おい、どうした」
武蔵の様子に、シャンパングラスを持った三笠が短く訊ねてくる。
「いや、お前もループの記憶は失っているんだよな?」
「うむ」
「でもよく考えたら、別にお前がループ失敗する要素ないだろってツッコんで良いものか」
「またそれか、しつこい奴だ。それより今日の『生まれてきてごめんなさい』がまだだぞ?」
優しく聞き返され、武蔵は思う。
こいつは死んでも変わらんから、ループの有無関係ねぇな、と。
大和武蔵が世界を救ったことを知るのは、この世でただ1人―――アリアだけ。
最後のループに参加しなかった鋼輪工業の少女達は、旅の記憶を全て失った。
それで構わないのだ。この程度のことは、きっと日常なのだから。
世界はいつでも危機を迎え、そして名もなき英雄によって救われている。
その末席に並べたことが、武蔵には少しだけ誇らしかった。
「どうしたのです?」
歓談の時間。
10人も花嫁がいれば常に誰かしらが側にいる。
武蔵の遠い目に気付いたのはアリアだった。
「いや。これからは、お前達のことを守らなきゃなって」
こんな日くらいはいいだろうと、武蔵は格好をつけて言う。
アリアは自衛官経験もあってか、妙にさまになった敬礼で答えた。
「その時は、私も貴方を守ってあげます。私だけじゃない、お嫁さん皆で貴方の世界を護る末席に立つのです」
地上と宇宙。
生物と機械。
過去と未来。
様々な事柄が変わりゆく黎明のような世界において、それでも誰もが今を生きている。
一列に並んだ花嫁達。
司会者の合図とともに、数えきれないほどのブーケが人工の重力に抗い宙に舞い上がった。
完
これにて黎明世界の白銀騎士は完結となります。長らくのご愛読、ありがとうございました。
もしもう一度読み直してみようと思ってくださった場合は、前章における伏線を気にかけてもらえると興味深いかもしれません。




