終章7
「【な―――だ―――そのザマは―――!】」
途切れ途切れの無線。
ハカセは武蔵の現状に、思わず苦い声を漏らす。
言う彼のX―29も無傷ではない。荷電粒子の剣は光を失い、外装は幾つか脱落している。
「《るぜぇ―――飛べれば―――んだよ―――!》」
対するF―2もまた、人造物として道を更に踏み外していた。
F―2のシルエットはほとんどが失われ、ハカセへの対抗心か、脚のような物が構築されている。
黒々としたグロテスクな鴉、と称すべき怪物。
仲間達の時間稼ぎの末に、彼もまた再飛行可能となるまで修復を果たしていた。
炎と瓦礫が吹き荒れる地獄の底で、2機は主機出力を限界以上まで上げる。
開始の合図となったのは、直上より落下してきた細長い物体。
護衛艦やまとより脱落した、41センチ電磁速射砲の砲身であった。
それを触手で掴み取り、ランスのように構えてF―2が突撃する。
砲身はすぐにF―2と融合し、砲口がX―29へと向けられた。
臓器の一つとなった縮退炉から3500メガワットの過電圧が供給され、レールガンが何発も放たれる。
猟犬のように海を割り、飛翔する1トンの巨大砲弾。
その脇を、F―2は超加速で追い越してパスする。
「【―――ッ】」
自分が撃った砲弾を追い越すなど、ハカセの想定外であった。
最初の砲撃など、ただの牽制。
武蔵の狙いは自分自身をぶつけること。
伊勢がしたのと同じだ。0距離ならば、この怪物も回避出来ない。
ハカセは考えるより早く、両者の間に剣を差し込む。
切る、などという考えの余裕はなかった。
ただ突き入れただけの剣。
それはF―2に深々と突き刺さり、胴体を切り裂き、飲み込まれた。
無数の触手が二分されたF―2の機体を繋ぎ止め、更に剣を、X―29を飲み込もうとする。
「《捕まえた……!!》」
急上昇に転じるF―2。X―29はなすすべもなく持ち上げられ、天上へと貫いていく。
先程の力比べはX―29に押し負けた。
だが今回は違う。武蔵に後先を考えるつもりはない。
全ての動力を、バーニアの出力を後方へ志向させ噴射する。
一帯の空気がプラズマ化し、きのこ雲の半分が吹き飛ぶ。
吹き飛んだ雲すら蒸気となって白煙化し、それすらも水蒸気に気化して消し飛ぶ。
「【なっ、これは、踏ん張れな―――】」
先程は下に向かって押し込んだことで、人型兵器の利点を活かし脚で踏みとどまられた。
ならば逆だ。踏みとどまる地面がない、上に向かえばいい。
鳥も飛行機も存在を許されない殺戮の空で、2機は鍔迫り合いする。
「《うおおおおおおおおおおっ!!!》」
「【うらあああああああああっ!!!】」
―――拮抗!
全ての後先を捨てて、それでもなお届かない純白の機体。
その瞬間、武蔵は確信した。
―――勝った。
レールガンの砲口が、機体の後方へと向く。
ドォン、と砲炎を吐き出す砲身。
反作用でF―2が更に加速し、X―29の胸部に、F―2の機首が突き刺さる。
「【っ―――!?】」
次々と放たれる砲弾、その衝撃でX―29は破砕していく。
腕部が、腰部が、脚部が。
撃つごとに亀裂が入り、部品が脱落する。
紫電が空に走り、蜂の巣状に広がって亀裂となる。
弱点を狙う、なんて狡い方法ではない。
F―2は真っ向勝負で、X―29を宇宙へと向けて押し潰していた。
崩壊していく敵機に、武蔵は視線だけで問う。
こんなことがお前の望みだったのか、と。
男達の視線が交わる。
武蔵には、返答が聞こえた気がした。
そこに、不思議と殺意はなかった。
レールガンの砲弾が尽きる。
武蔵は最後に砲身を鉄杭のように敵機に突き刺す。
蒼い空、天上のキャンパスに磔とされたX―29。
「《頼むぜ戦場の女神様》」
コックピットの隅に追加されたトリガーを引く。
激しい戦いに固定は外れていたが、トリガーのラインは辛うじて繋がっていた。
時雨が残した小細工。縮退炉の前面にUNACTの時間制御能力が限定的ながら作用する。
望むのは時間停止。
縮退炉の炉、その一面だけの時間を停止させる。
するとどうなるか。分子の振動までもが強引に停止し、熱伝導が起こらなくなるのだ。
縮退炉も原子炉と同じ炉心だ。本質は熱を閉じ込め制御することにある。
その制御が失われ、縮退している物質の熱エネルギーが行き場をなくす。
炉心が融解し、陽子や中性子の運動エネルギーが開放される。
理屈の割に結論は簡単。
それは、極短距離に放たれるエネルギー兵器となった。
クレイモア地雷のように、融解した炉心前面に放たれる短距離かつ絶対的威力の破壊。
閃光―――膨大な熱エネルギーと運動エネルギーが開放され、真珠湾直上の空は完全に破砕された。
TNT換算50トンクラスの指向性爆発。
周囲直径100メートルの海水が消滅し、それと同じ高さの津波が上がる。
海水がエネルギーを受け止めるとはいえ、それだけで高波が生じ海が荒れ狂う。
まさに天変地異。人が辿り着いていいはずがない、神の力。
その直撃を受けた相手が、無事であるはずがなかった。
余命数分だろう、と武蔵は他人事のように思った。
僅か数分間の、勝者に与えられるにはあまりに儚い残心であった。
上昇の末、F−2は深い蒼に染まった高度にまで昇っていた。
武蔵はふと思った。むかし、こんなことがあったな、と。
がむしゃらに空を目指し、自らの限界に屈した日。
あの日に見上げた空の続きに、今、自分がいる気がした。
―――残骸だか肉塊だか判らない状態で低軌道の宇宙を漂っていた武蔵。
そこに、1機の小型宇宙機が接近する。
凰花だ。
不用意に近付いてきた凰花に武蔵は迷う。
先程まで戦っていた港湾を保有する国は、この機体を運用していただろうか。
騒動の犯人としてひっ捕らえられるのも、この状態で実験動物にされるのも武蔵としては御免だ。
だがそれは杞憂だった。凰花には、赤い丸の国籍マークと、宇宙作戦隊の文字。
漂うF―2にランデブーした凰花は、武蔵にゆっくりと接近する。
そして、キャノピーが開いた。
「ふむ。元気そうで何よりだ」
お前にはそう見えるのか、と武蔵は抗議の視線を送った。
もう声も出せなかった。
キャノピーから飛び出して武蔵の残骸に飛び乗ったのは三笠だ。
場違いに工業高校の制服などを着ており、それが戦いが終わったことを印象付けさせる。
「随分と男前になったな。原型がないぞ」
今の武蔵はどこまでがF―2なのか、どこまでが自分なのか判らない。
無機物と有機物が混ざったナニカに成り果てている。
なんでお前が来るんだよ、とギョロギョロと眼球を動かして他の者がいないか探すと、三笠は呆れた様子で答えた。
「我一人だ。お前達が暴れまわったのだ、ここは色々と汚染されている。この身体もこの凰花も放棄する予定でここに来たのだ」
それもそうか、と武蔵は納得した。
縮退炉の暴走は原子炉の暴走と大差ない。生身の生物には荷が勝ちすぎる環境だ。
「ああ、一応伝えておく。護衛艦やまとは大気圏突入前に、小型艇で下士官や非戦闘員を逃した。クーデターを起こして暴走した護衛艦から隙を見て脱出したというシナリオだ。花純は無事だぞ。時雨と鈴谷は死んだがな」
三笠は説明しつつ、武蔵の肉塊をつんつんと触る。
脇腹を突かれているようでくすぐったく身悶える武蔵。
「やめろ気色悪い。ふむ、これはそう長く持ちそうにないな。話を進めよう」
言って、武蔵の上に腰を下ろす三笠。
女の子相手なら椅子にされても喜ぶと思ってるのか舐めるなありがとうございますと触手をうねうねさせている武蔵の傍ら、三笠は説明する。
「あの男はループしているが、肉体の改造はしていない。あの男の主義なのかは知らんが、何かしらのバックアップなどはないと考えられる。つまり、ループ中に死ねば、そのまま白紙のデータが過去に飛んで廃人となる」
うねうねうねうね。
「ふん、汚らしいものを見せおって。どうせ戻って生き返るのだ、さっさと死ね」
そう言いつつも、三笠は武蔵から離れない。
死ぬまでは見届けるつもりであった。
「一つ疑問が残る。あれほどの化物じみた天才が、一度でも死ねば破綻するループの仕組みを構築するだろうか。奴にしては爪が甘いと思わないか?」
それは疑問であり、しかし大した問題ではなかった。
少なくとも、武蔵にとっては。
なんとなくだが、彼の意図は読めていたのだ。
「貴様の見解は知らないが、我はこう考えた。奴はおそらく、自分を止めてほしかったのではないか?」
武蔵は触手で首肯した。
彼もずっと、そう考えていた。
「大和武蔵。貴様は、奴はただの虐殺者だと思うか?」
それも否定出来ないだろうと考える武蔵。
「人類を切り捨てると同時に、奴は別の可能性の未来に生まれた人々を守っていた。我々が見たことも聞いたこともない、名も知らぬ者たちを。そんな軋轢に苦しみ、やがて死を願っていたのかもしれん。世界を救う英雄が現れることを」
ハカセは武蔵について親身であった。時に兄のように共に笑い、時に父のように嗜め。
そして遂には、縮退炉というオーパーツすら譲渡してしまっていた。
ハカセは武蔵に期待して、武蔵はそれに答えたのだ。
面倒くさい男である。
超面倒くさい男である。
「ふん。似た者師弟ということだろうさ」
武蔵の憤りを感じ取ったのか、三笠は鼻で笑う。
そして、武蔵の上に仰向けに寝そべった。
「見ろ。いや、見えるか? まあ見ろ」
言われ、武蔵は三笠の視線を追った。
空と宇宙の間。上は藍色で、下が青色の、混ざった色。
視界いっぱいに広がるのは蒼穹。どこまでも青い無限の空。
激戦の余波も既に大気に飲み込まれ、そこには清浄な蒼だけが広がっていた。
「ようやく辿り着いた。ずっと求めてきた、伝説の空に」
さしもの三笠も感慨深そうに遠い目で語る。
「……眠いのか? いいぞ、休んでも。あとは任せておけ。帰ろう、大和武蔵」
三笠がコマンドを使用する。
時雨が残した、この世界を終わらせるコマンドを。
そして世界は、雪のように真っ白な光に染まっていく―――




