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終章6


 その日、真珠湾の軍事基地は混乱に見舞われていた。

 この1ヶ月で出現した海上の巨大怪獣。既に本土の海岸都市が幾つも壊滅し、貧困層では暴動殺人強盗が日常風景となっている。

 海上を標的とした兵器が枯渇する中、島の直上より申請もなく急降下してきた2つの飛翔体をレーダーが捉えたのだ。

 あまりに尋常ならざる機動を描く2つの物体に、基地司令官はマニュアル通りに迎撃ミサイルを放った。

 それがあっさりと突破され、既存兵器を遥かに超える速度で落下してくる。

 どこの国の秘密兵器か。この混乱に乗じて攻撃を仕掛けてきたのか。

 考える暇はない。


「待機状態の迎撃ミサイルを30放て! この状態で街が攻撃を受けては後が続かないぞ!」


 彼は、対空用のありったけのミサイルを放つことを命じた。

 カモフラージュした状態で待機していた大型車両から、何本ものミサイルが同時に昇っていく。

 旧式の化学燃料方式のロケット。だが1度の使い切りであれば、こちらの方がコストパフォーマンスが優れている。

 次々とリフトオフしていく巨大な火の槍が、壁となって空に突き進む。

 空より舞い降りた悪夢は、人類既知の兵装など知ったことかと、それらを無視して迫ってきた。

 レーダー上では、それはワープしているかのようだった。

 2つの光点は次のタイムスケジュール上では別の場所に移動しており、更に次の画面が更新した際には別の場所に居た。

 旧式の機械式レーダーではないのだ。走査の感覚は0,5秒にも満たない。

 ならば、何がおきているのか。

 オペレーターは理解して、震えた。


「速い、こいつらミサイルを全部避けてやがる……!」


 正面から迫る、現時点で相対速度マッハ40以上ですれ違う槍。

 それを回避出来る兵器が、基地に迫っていた。

 猶予はない。地上到達まで8秒。

 高度60キロという長大な距離を、一呼吸の時間でそれらは飛び越えてきた。

 舞い降りた火球。海面に突入したそれらは、海の水をクレーター状に薙ぎ払い君臨する。

 そして、基地の者達は見た。

 それらは、明らかに人工物であった。

 それらは、どうやら有人機らしかった。

 ある意味皮肉なことに、知る者としては、それらは彼等の国家が生み出した戦闘機と実験機に見えた。

 2機の戦闘機が海上で僅かに静止し向かい合い、そして加速、交錯する。

 戦いは、次のラウンドへと移っていた。







 海上を超低空飛行で疾走する2機。

 上を取る余力があるならば、その前に相手に攻撃を叩き込まんという闘志滾る激闘。

 F―2がレールガンを放てば海が裂け、X―29が剣を振るえば海が割れる。


「【そういえばなんでF―2なんだ、ゼロだからかっ!?】」


「《んなロマン重視な理由なわけあるかっ! あの場の設備でF―5なんて改造出来ねーよ!》」


 悠長な問いに、怒鳴り返して答える武蔵。

 武蔵が亡霊戦艦を作る上で、ベースとしてF―2を選んだのには理由がある。

 当然、愛称がバイパーゼロだから、なんて理由ではない。

 実は、護衛艦やまとには最新鋭のF―5心神も積み込まれていた。

 宇宙空間から海中まで対応する超高性能機。だが、武蔵はF−5をベースとはしなかった。

 最新鋭の戦闘機は、強化複合材をプリンターで出力して、ひとまとめになった巨大なフレームで作られている。

 ようするに超高価なプラモデルだ。

 こうすることで製造工程による強度の妥協を行わずに済み、軽量かつ強固なフレームを安価に大量生産出来る。

 優れた技術ではあるのだが、大規模な改修を行おうと思えば不利な点も多い。切ったりくっつけたり、穴を開けたりがしづらいのだ。

 そこで武蔵が目をつけたのは、型落ちのF−2戦闘機であった。

 主翼は炭素繊維強化複合材製だが、胴体はアルミニウムやチタンの合金が多用されており、艦内設備でも加工が可能。

 少し古い機体だからこそ、1ヶ月での改造計画も現状の人員で達成出来るという判断だった。


「《質問するなら俺だって訊くぞ! なんで俺に縮退炉を託した、結局こうして敵に回ってるじゃねえか!》」


「【あの時点でお前がここまで邪魔になるなんて予想してねーよ! 気まぐれだ気まぐれ!】」


 武蔵は敵機の圧倒的パワーから、X―29にも縮退炉が搭載されていることを察していた。

 それも、F―2のような付け焼き刃ではない。しっかりと設計され最適化された上での搭載だ。

 武蔵のF―2に搭載された縮退炉の発電能力は1000メガワットだが、あるいはX―29の縮退炉は更に高性能なのかもしれない。

 何にせよ、F―2が41センチ電磁速射砲を運用するにはこの発電能力が必須となる。

 ハカセは完全に敵に塩を送っていた。

 なお、縮退炉の搭載箇所は本来前輪の降着装置が収まっている空間だ。

 武蔵のF―2は軽量化のため、降着装置をオミットされている。

 前輪部分はコックピットにも近い為、まとめて守るにはちょうど良かった。

 コンデンサにチャージされた電力と縮退炉から供給される電力を束ね、3000メガワットのレールガンが再び砲炎を吹き出す。

 それだけで周囲一帯の大気が球状に水蒸気の煙となり、弾殻は1気圧の大気を圧縮して赤熱化しながらX―29へ向かう。

 その速度もあって、攻撃は常人の肉眼ではレーザーやビームの類にしか見えない。

 対UNACT用として日本の上層部が予め用意しておいた、人類史上最強クラスの砲。

 再び回避された流れ弾はオアフ島の山の中腹に着弾し、その一面を薙ぎ払った。


「《あっやべ。大丈夫たぶんあそこらへん民間人はいないと思うたぶん》」


 コオラル山脈のどこかに着弾した41センチ砲弾。

 大気圏内ということもあり速度は急激に減じ、その威力はかなり小規模となっている。

 それでも気化爆弾に準じる威力となっており、山肌と植生は大きく焼け飛んだ。

 ハカセはそれを見て、真珠湾に本格的に突入する。

 武蔵は察した。剣を振り回すX―29はともかく、あの中ではF―2はすこぶる戦いにくいであろうことを。

 だがこのままでは逃してしまう。武蔵は内心歯ぎしりしつつ、X―29の後を追った。







 真珠湾は軍港だが、多くの例に漏れず多数の軍属や民間人も生活している。

 その日、国連対策機関が『UNACT』と名付けた怪物に怯え、内陸に疎開しようとする民間人はその飛行機達を見た。

 絶対不可侵であるはずの、軍事超大国の軍事基地。

 そこにあまりに無遠慮に飛び込んだ2機の戦闘機は、無数の対空砲やミサイルを無視して殺し合っていた。

 慣性を完全に無視した鋭角的な機動で飛ぶ2機は、時に海面に突き刺さり、時に空を薙ぎ払う。

 まるでジャパニメーションで描かれるような未来の戦闘機が、そこには実在した。

 無数の触手を伸ばし、血肉を撒き散らしながら獰猛に戦う黒蒼のF―16。

 鋭角的な人型に変形し、大剣を振るい敵機と切り結ぶ純白のX―29。

 それらは軍港の住人ともあって、目撃者としても見覚えのあるシルエット達だった。

 我らが祖国が開発した新兵器なのか。どこかの国が改造した秘密兵器なのか。あるいは、現在地球上で暴れまわる怪獣と関係があるのか。

 わけも分からぬまま、軍の避難指示も十全に伝わらず人々はその戦いを観戦していた。

 純白の機体が剣を薙ぐと、黒蒼の機体が切り裂かれる。

 縺れ回転し、地面に突っ込んだ黒蒼の機体。

 人々は歓声を上げた。常識的な感性を持つ者としては、異形の黒蒼よりヒロイックな純白の方が正義に見えたのだ。

 地面に突っ込んだF―16に似た戦闘機は何度も転がり地面を削る。

 しかしすぐに数本の触手が地面を支え、姿勢を安定させた。

 その様は、まさに神話に登場する神殺しの獣。

 毛が逆立つように蠢く血管に、人々は生理的な恐怖を覚える。

 獣が咆哮する。まるでこの軍港の沖に眠る戦艦の主砲が放たれたかのような、航空機に許されざる砲撃だ。

 周囲の建物のガラスを吹き飛ばしつつ放たれた砲弾は、しかしX―29の剣によって再度両断される。

 しかしその砲弾は今までとは違った。機体のみならず砲弾まで侵食した異形の力は、徹甲弾を榴散弾として変質させていた。

 無数のぶどう弾がX―29を襲う。

 さすがにこれは想定外だったのか、X―29はその腕で身を守る体勢を取った。

 不意打ちのエアインテークへの攻撃は、この飛行機の数少ない弱点なのだ。

 航空機ならば容易に切り裂く無数のベアリングだが、しかし見た目に反する重装甲を持つX―29には通じない。

 純白の機体を多少傷物としただけで、攻撃は終了した。

 だがそれは時間稼ぎであった。X―29が攻撃を凌ぐ間、F―16は触手をバネのように撓らせて自分を宙の放り投げる。

 即座に光の尾を残し、異形の機体は再度空へと戻った。

 呆然とする人々。それはとても、地球人類の戦いには見えなかった。

 だがそれらは戦闘機であり、誰かが乗っているのだ。

 謎の怪物に好き勝手に襲撃され、滅亡へと突き進む黎明の世界で。

 誰かが、何かと強い意志を以て戦っていたのだ。

 悲鳴が上がった。

 何事かと視線を向ければ、一人が海に向かって指を指していた。

 指の先には、無数の黒い影。

 誰もが理解した。遂に来たのだ。

 世界を滅ぼさんとする巨大怪獣が、この港に、しかも複数で。

 人々は絶望する。それの速度は自動車程度だが、ひたすらに突き進む彼等から逃げる方法は乏しい。

 この場にいるのは、逃げ遅れて疎開手段を喪失した人々なのだ。

 海上を悠々と航行するUNACT、その数は実に11体。

 1体で町を軽く滅ぼす無敵の怪物が、二桁も迫っている。

 必死で軍事基地の武力も攻撃を試みるが、この時代に彼等の装甲を貫ける手段はない。

 無駄な足掻き。迫る絶望。







 ――――――邪魔をするな!!!







 そんな男達の声が、聞こえた気がした。

 迫るUNACTなど知ったことかと戦っていた2機。

 それが進路を変え、瞬時に加速してUNACT達に迫る。

 純白の機体は剣を振う。

 黒蒼の機体は咆哮する。

 UNACT達は、次の瞬間には全ての個体が弾け飛んでいた。







「【俺が6体切ったぞ!】」


「《いーや、最後の1体をやったのは俺の砲撃だ!》」


 UNACT殲滅後、武蔵はハカセへの肉薄に成功していた。

 人型となったX―29に突き刺さるように突撃し、彼女を海面へ押し付けるF―2。

 指向性重力波発生器官が眩い光を放つと、周囲の海水が吹き飛んで数十メートルの半径で海底が露出する。


「《ちょこざいなぁ!》」


 闇雲にレールガンの引き金を引く武蔵だが、直撃しないことは最初から判っていた。

 X―29はマニピュレーターで突撃してくるF―2を支えると同時に、レールガンの主砲を自分から逸していたのだ。

 海底だった土壌に着弾した41センチ砲弾は周囲一帯に莫大なエネルギーを伝播させ、海水のみならず土まで吹き飛んでクレーターとなる。

 その最奥で超重圧を受け止めるX―29。その人型の脚部はかなり海底に埋まっている。

 だがしかし、屈することはない。


「【舐める、なあぁーッ!】」


 X―29のエンジンも人類文明の枠の外にあるものだ。機体からアームが展開し、エンジンを囲む籠のように展開することで、エンジン出力は更に増していく。

 僅かに発生している張力場は浮遊機関のそれに近く、その技術を応用したものであると思われる。

 エアインテークがあることから何かを燃やしているエンジンであることは確かだが、それは明らかにジェットエンジンという定義を超えた新動力であった。

 轟々と火柱を吹き、海を焼きながらF―2に対抗するX―29。

 ハカセの思想なのか趣味なのか、武蔵の見てきたかぎりX―29にはUNACTを組み込んではいない。純粋な人間の工業技術によって作られた航空機だ。

 それは、人が技術の果てにUNACTを超えうる可能性を示唆するオーパーツ。武蔵のF―2が外法による強化なら、X―29は純粋な人間の可能性を垣間見せていた。

 そんなメイドインピュアヒューマノイド製のエンジンが、超重力によって押し潰そうとしているF―2を押し返していた。

 信じがたい光景。これまで何度も抱いてきた感想を、武蔵は再び強くする。


「《こいつ、やっぱりスーパーロボットだろ!》」


 徐々に押し返されたF―2は一転、逆にX―29に迫られる。

 こうなっては、この距離は不利なだけだ。明らかに剣の間合いなのだから。

 武蔵は破れかぶれに1発だけレールガンを放ち、それを目眩ましにしつつ、その反動すら利用して反転する。

 バク宙するようにクルビットを一回転。機首が側面を向いたタイミングで一気に加速。

 半ば海に突っ込みつつ、機首を引いて水平飛行へと移行する。


「【逃げるな!】」


「《いいや逃げるね!》」


 挑発を無視してF―2は加速し、海上に存在した白い箱の裏に隠れる。

 隠れた後で、なんだこれ、と首を傾げた。

 真珠湾の中に建設された、海上の謎の白い箱。

 何かしらの装置か設備ならばこのそっけない白いデザインも納得だが、どうにも白い箱は芸術的意図を感じさせた。

 ハカセの現在位置を見つつ何物だろうと観察して、武蔵は思い出した。


「《戦艦アリゾナの記念館か。なら―――》」


 武蔵は周囲を見渡し、見付けた。

 この記念館の近くにいるはずの、記念艦となった戦艦を。

 すぐにその巨体は見つかった。F―2は戦艦に飛びつき、触手を侵入させて同化を図る。

 モスボール処理されていた戦艦ミズーリ。最も新しいタイミングでは湾岸戦争にすら参戦した、最後の純海上戦艦。

 構造自体はF―2などよりずっと簡単だ。工学知識のある武蔵なら、多少ゴリ押しで理解は達した。

 ミズーリの主砲砲塔が回り、甲板に埋め込まれたミサイルセルの蓋が次々と開く。


「【ちょ、おま、それは】」


 ハカセの焦った声色。


「《俺のカネじゃないんでな。オールウェポンズフリーだ!》」


 武蔵は構わず、全門及び全ミサイルの掃射を行った。

 40,6センチ主砲弾とハープーンミサイルの驟雨。

 人様の兵器だからと、武蔵は一切ケチる気がなかった。

 幾条もの白煙と砲火が、たった1機の小型機へと伸びていく。

 無数の超音速兵器がハカセのX―29に迫る。

 そんなものが今更通用するはずがない。ないが、行動は限定される。

 ハカセはそれが露骨な誘導であると知りつつも、回避を行わざるを得なかった。

 更に、開いた空間に追い込まれたX―29を見逃す武蔵ではない。

 武蔵はF−2の亡霊戦艦としての力をフルで絞り出した。

 浮き上がるミズーリの巨艦。

 満載半水量58000トンに達する鉄の塊。

 それが、海上から確かに持ち上がったのだ。

 ハカセですら、その強烈な違和感に背筋が凍る。

 全長16メートルの飛行機が、全長270メートルの戦艦を持ち上げているのだ。

 それが可能なのがUNACTという宇宙生物であるが、いざやられると困惑が勝った。

 そして、F−2は投げた。

 戦艦ミズーリを、投槍のように。

 ハカセは逃げ込んだ空間に、逃げ場のない場所に投げ込むように投擲した。

 否、正確にいえばミズーリは、触手の腕力というより横方向に落ちていったのだ。

 重力を操れるF―2にとって対象の重量など関係ない。それそのものが鉄槍となった戦艦ミズーリは、X−29に迫る。


「【――――――ッ!】」


 ハカセは思った。

 この流れはいけない、と。

 だが、それ以外の選択肢はない。自分が選べる選択肢は一つしかないと知っていた。

 ハカセはX―29を操り、剣を構える。

 尋常ではこの鉄塊を切り裂けない。

 達人の剣豪であっても、城は切れない。

 大和武蔵は、圧倒的出力に対して圧倒的質量をぶつけてきた。

 圧倒的サイズを前に、剣を持ってどう抗しようというのか。

 X―29のコックピットにて、一つのスイッチが開放された。




 純白の騎士が握る、巨大な両手剣。

 それに幾本も亀裂が入り、分解していく。

 薄い剣身に収まるように格納されていた部品が、巧みなリンク機構によって組み上がり、変形する。

 剣の切っ先より伸びる光の刃。

 金属の金切り音を伴いながら、大剣は更に巨大な光の剣となった。

 光の剣が振るわれる。

 ただ一閃。ただ一太刀。

 それだけで戦艦ミズーリは中心線より両断され、背後の海面が両断され、F―2が両断され、ついでに陸上の軍事基地まで両断された。

 武蔵にとってそれは、理解が追い付かない現象であった。

 剣がたった一度振るわれただけで、世界が両断された。

 斬撃を飛ばす、などというフィクションがあっていいはずがない。少なくともX―29はそういう飛行機ではない。

 ならば、なにか直進する性質を持つものを剣先から放ち、チェンソーのように切断したのだ。

 なにか、などと煙に巻く必要はない。

 それが何なのか、武蔵は見えていた。

 光、否。


「《荷電粒子、剣だと》」


 正式名称がビームなサーベルかライトなセーバーか、そんなことはどうでもいい。

 現在の技術では、製造可能だが小型化不可能とされる技術。

 それを実現するには、町に匹敵するサイズの加速器と、複数の原子力発電所を必要とする。

 膨大な予算とエネルギーを投じて初めて、それらしいものが出来る。

 そういう技術の刃が、目の前に、たった10メートルほどの剣として存在していた。


「【これを使うのは想定外だ。面倒かけやがって】」


 苛立った様子のハカセ。

 その様子から、これは彼としてもデメリットが多い武器なのだと武蔵も察する。

 そうでなければ、この場に至るまで出し惜しみをするはずがない。

 だが、だからなんだというのか。

 既に武蔵のF―2は切られたのだ。これからハカセのX―29がどれだけ不利益を背負うことになっても、全ては今更だ。

 悪戯に羽を毟られた蝶のように、F―2は風に煽られて落下していく。

 その様は、先程までの暴力的なドッグファイトとはあまりに裏腹で、見るものの印象に残った。

 ひらひらと落下していく、その身を半ばまで断ち切られたF―2。

 レールガンは脱落し、コックピットも半分が抉られた。

 縮退炉もダメージを受けており、辛うじてアビオニクスを動かすのは補助発電機だけだ。

 それでもなお、何度か機首を持ち上げようとしたF―2は―――しかし、X―29に追撃の飛び蹴りを食らい、地面に突っ込んだ。

 土煙を上げて港のコンクリートに落ちたF―2。

 再生能力はあれど防御力は普通の戦闘機に近しいF―2は、その衝撃でバラバラに分解した。

 血肉の飛沫が飛び、フレームが露出したその死骸を見て、それがただの戦闘機だなどと思う者はいない。

 怪物が地に落ちたという感想しか出てこなかった。


「【――――――。】」


 ハカセは何かを言おうとして、やめた。

 彼は武蔵を過小評価などしてない。最大級の敵と認識している。

 余計なことを言って時間を与えれば、ここからでも逆転されかねない。

 故に、油断も怠慢もない最短の殺害を試みる。

 振り下ろされる剣。

 それを、天上より貫いた光弾が吹き飛ばした。


「【上っ、何が、今更!】」


 ハカセは慌てて上を確認する。

 そして、そのあまりに巨大な影を認識した。

 ハカセも知っていた。先のループでは亡霊戦艦大和の撃破に重要な役割を果たした、この世界唯一の対UNACTを前提とした兵器を。


「【護衛艦やまと、重力の底まで降りてきたか……!】」


 全長400メートル超える巨艦。

 24門の41センチレールガンと、400基のミサイルセルを並べた現代の超兵器。

 軍事大国ですら建造を躊躇した、本物の『宇宙戦艦』。


「【今更っ……! 数百年の戦いの決着だ、部外者が割り込むな!】」


 ハカセは焦っていた。

 荷電粒子剣は使用を渋るだけあって、その運用に重大な時間制限がある。

 雑兵にかまってなどいられぬとばかりに、再度F―2へ切っ先を向けるX―29。


「《それは失礼した、黒幕殿》」


 しかし、雑兵には雑兵のプライドがあった。

 片舷12門から放たれる、無数の砲火。


「《だが我々も、子供相手に全てを押し付けるような恥知らずではない―――!》」


 艦内の8基の核融合炉から供給される電力を貪り、護衛艦やまとは最強の主砲を放った。

 宇宙空間では見られない、船の側面が全て炎で包まれるような熱量と衝撃波。

 夾叉などという腑抜けた言葉は護衛艦やまとにはない。

 放つ限りは必殺必中。当たらねば主砲に存在意義はない。

 迫る12発の極超音速の弾頭に、さしものハカセも退かねばならなかった。

 退いた後にはF―2だけが残る。

 F―2は無数の着弾が目の前に生じ、余波で吹き飛んだ。


「《構わん、撃ち続けろ! あの化け物は余波程度では死なん!》」


 護衛艦やまとの艦長が叫ぶ。

 縮退炉ですらフルスペックを発揮出来ない超兵器、41センチ電磁速射砲。

 それが12門、立て続けに咆哮する。

 いつまでも保つものではない。それは、砲雷長から最初に伝えられていた。

 護衛艦やまとは宇宙艦なのだ。浮遊機関すら積んでいない、空気のない場所で運用する前提の船なのだ。

 レールガンは大気圏外用であり、船の冷却装置もまた宇宙用。

 艦内のエアコンは正常な作動を果たせず、今や護衛艦やまとの中は焼き鳥状態。

 このまま運用すれば機材の限界が来ることは明らかだったが、今の彼等は敵に徹甲弾を撃ち込むことだけを考えていた。

 絶え間なく何度も放たれるレールガンに、沿岸部の地形が粘土のようにみるみる変わっていく。

 砲弾の雨に晒され、速度に乗れずに一帯から逃げ出せないハカセ。

 しかしそこは人型兵器。ジェットエンジンによるトップスピードには至れずとも、彼の機体には2本の脚があった。

 地上を疾駆し、縦方向からの攻撃を機敏な横移動で回避するX―29。

 軽業師のように飛び回る動きは、それが10メートル以上の巨体だとは感じさせないほど機敏。

 本来、巨大人型兵器はこのように機敏には動けないはずだ。

 ロボットアニメで重量感あふれる緩慢な動きで表現されるが、実際には歩く為に脚を上げれば、その反作用で機体が浮いてしまう。

 物理法則の定数が擬似的に違うのだ。挙動も異なってくる。

 だというのに、X―29の動きは機敏だった。

 機体各部に搭載されたスラスターが機体を押さえつけ、浮かび上がることを阻止している。

 しっかりと脚部が地面に設置することでリニアモーターの出力が地面を蹴り、見た目よりはるかに重い機体を加速させる。

 いうなれば、一歩一歩が空母のカタパルトのようなものだ。その俊敏さは等身大の人間としても最大級であった。

 だが、だからこそ、やはり横方向からの攻撃を回避は出来なかった。

 側面から殴りつけてきたのは、無数の40式艦対艦誘導弾。

 あらゆる船舶の竜骨をへし折れるように設計された機械仕掛けの槍が、高度な電子制御によってコンマ2秒以下の時差で集中着弾する。

 1発で大型船が買えるとすら言われる、国家特有の採算度外視による性能重視のミサイル。

 それが、14発一気にX―29を貫いた。




 ―――否、貫いていない。




 なんということか、それらは確かに直撃したというのに―――ダメージには至らなかった。

 防御姿勢をとったX―29はしかし吹き飛ばされ、翻弄され、それでも形を失わない。

 武蔵はおぼろげな意識の中で関心した。

 果たしてそれが、100年の劣化を経験せずにフルスペック状態で力を振るう護衛艦やまとに対してか、それともその火力に晒されてもなお有効打を許さない敵機に対してかはわからない。

 あるいは、この戦場に護衛艦で殴り込みをかけてしまった自衛官達に対してか。

 彼等はここに来てはいけなかった。

 いいはずがない。他国の軍事基地に主力戦闘艦が殴り込みをかけるなど、宣戦布告以外の何物でもない。

 この戦いで仮に勝利したとして、日本はかなり厳しい外交を求められるであろう。

 護衛艦やまとの乗員など、重罪に問われた上で一生涯後ろ指を刺される。

 だが、彼等はそれを承知の上で降りてきた。

 必要とあらば必要なことをする。

 それが職業軍人。

 全員かは武蔵の知るところではないが、士官クラスはこの時の為に護衛艦やまとに乗り込んでいた。

 一撃一撃が大型艦をへし折るミサイルとレールガンの乱打を受け、それでも倒れないX―29。

 それはもう、ただ耐えるだけの的ではない。

 X―29は人型である強みを活かして、迫る無数の弾頭を躱し、いなし、捌いていた。

 統制されほぼ同時に殺到する弾頭だが、まったくの同時ではない。

 ならばハカセには充分。一度見切ってしまえば、杓子定規に迫る砲弾などハカセにとって流れ作業で処理可能だった。

 要するに、縦に加えて横からの攻撃にも彼は慣れた。

 最後の1発まで荷電粒子剣で切り捨て、崩壊した大地で悠然と佇むX―29。

 そして、頭上に高く光の剣を構える。

 まるで英雄譚の勇者のように、剣を大上段に掲げ。

 刃が振り落とされると同時に、海中から複数の飛行機が飛び出した。

 湾内を静かに侵入していた機体が、海から奇襲を仕掛けたのだ。


「【むさ―――】」


「《武蔵様じゃなくて、ごめんさいです!》」


「《武蔵に全部丸投げするわけにもいかないのよ、あたしにも意地があるんだから!》」


 ハカセももう、剣を止める事は出来なかった。

 斬撃が空を駆け、護衛艦やまとを両断する。

 最強であるはずの宇宙戦艦。

 400メートル級の船を、ただ一太刀で両断する。

 前から尾まで切り裂かれた宇宙船が、左右に分かたれて落ちていく。

 そんな悲劇的結末など、ハカセの困惑の前には些事であった。

 海中から飛び出してきたのは日本製のF―5心神。

 宇宙対応機だけあって、海中での限定的な作戦行動も可能。

 そんな機体が猛攻撃のどさくさにまぎれて接近する。

 ハカセの判断は、振り下ろした剣を無理矢理に引き戻しての横薙ぎだった。

 多数の心神は切断され、その場で脱落する。

 だが全てではなかった。

 1機だけ切り抜けて、X―29に接近。

 不意を打ち、遂に0距離まで迫った。


「【その機体の兵装など、こいつには効くものか!】」


「《だろうな。だから、こうするんだ》」


 最後の心神に乗っていたのは伊勢日向だった。

 F―5心神はX―29に真正面から体当たりを敢行。機首を潰しながら、その重量級の機体を強引に持ち上げる。


「【な、馬鹿なっ!?】」


 エンジンを崩壊させながらも急上昇する伊勢の心神。

 背後には、先程ハカセが両断した護衛艦やまと。

 迫る壁に等しい鉄塊に、さしものハカセも焦りを声に孕む。


「【やめっ―――】」


 そのまま、2機は護衛艦やまとに突っ込んだ。

 宇宙護衛艦としては重装の外装を貫き、2機はズブズブと船内に突き進んでいく。

 パイロットである伊勢は既に死亡している。

 だが、毎分50000回転で唸るジェットエンジンがそう簡単に止まるはずがない。

 主翼もアビオニクスも喪失した金属の筒は、それでも健気に燃焼し、炎を吐き出してX―29を護衛艦やまとの残骸に押し込んでいく。

 ハカセにはもう、逃れる術はなかった。

 2機を内包したまま、海へ落下していく護衛艦やまと。

 海面に落ちた瞬間、自重でくしゃりと潰れた船体は、光に包まれた。

 大爆発だ。

 大量の可燃物を載せた軍船は、湾を覆うような超光を伴い爆散した。

 衝撃波が全方位に壁となって伝播し、オアフ島全域に地震のような激震を走らせる。

 轟音、あらゆる物を吹き飛ばし、あらゆる物体を破壊して周囲一帯を薙ぎ払う。

 後に、高々と雲が昇っていく。

 それは日本人ならば生理的嫌悪感を抱かせる、おぞましい巨大なきのこ雲であった。

 めくれかえるように上昇していく雲。爆心地たる海上では、未だにケシロンの赤青の炎が渦巻く。

 生物のようにうねる焔。

 地獄の烈火の中、2機は再び対峙した。


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