Story.97【宴の準備】
―――……どうして、こんな事になってしまったんだ……
俺はその時、目の前に広がる光景を……受け入れられずにいた。
「何故、こんな……ッ―――デルフィノーム様ぁあ!!」
「オイ! しっかりしてくれよ! グウェンの兄貴! ローソゥの兄貴ぃい!」
「いやぁあ!! ユリオス姉様ぁあ!!」
「ビオニア様! お気を確かに! ビオニア様ぁあ!!」
「―――……どうして……何で……」
地に倒れ伏せる各種族の大将達の哀れな姿。
顔を蒼白とさせ、小刻みに震える体。
皆、虫の息で、中には口からおどろおどろしい色の液体を吐き出す者も居る。
「そんな……あのビオニアすら、敵わないというのか……ッ」
毒々しい煙が立ち込める器を握る俺の右腕が、予期せぬ恐怖に震える。
「俺の決断は、間違っていたというのか……!!」
俺は絶望に打ちひしがれて、その場に膝から崩れ落ちた。
そんな俺達を見下ろす様に佇む―――お玉を握ったサクラの姿を前に……
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時は、一週間前まで遡る。
俺は首座会談の末に新たな仲間となったビオニアと彼が率いる北方連合の幹部を引き連れて、俺達の帰りを待つサクラ達の許へ帰還した。
「大将の御帰還だー!!!」
帰って来た俺達の姿を確認し、里中から歓喜の声が上がった。
続々と里の奥から仲間達が姿を見せる。
俺達の一行が里の入り口を超えた頃には見渡す限り感極まった仲間達に包囲されていた。
「ヨウ様!」
密集する仲間達の奥から、一際鈴音の様な声が耳に届いた。
後方から左右に分かれる仲間達の間から駆け寄って来るサクラ。
更にその後ろからグウェンも駆け寄って来る。
「あ、サクラ―――!」
俺が彼女の姿を視認したと同時に、小柄なサクラの体が懐に飛び込んで来た。
後ろに倒れそうになるのを堪え、サクラの体を抱き留めた。
「ッ……よくぞ、ご無事で…!」
「―――うん。ありがとう」
俺の胸元に顔を埋めて涙するサクラの背をぎこちない手つきで撫でながら落ち着かせる。
後ろからユリオスのムス~ッとした顔が覗き込んできたが、目を合わせない様にして気にせず背を撫で続けた。
そんな俺の前にグウェンが歩み寄る。
俺の胸に顔を埋めたままの妹の頭をポンポンッと軽く叩きながら、長い牙がハッキリ見える程の笑みを浮かべた。
「流石だな、ヨウ。やっぱりお前は凄い奴だよ」
「皆が信じてくれてたお陰だよ」
「お前だから信じられたんだ」
グウェンが穏やかな笑みを浮かべて右手を前に差し出した。
俺も右手を差し出して握り返す。
周囲の仲間達から、ほぼ同時に歓声と拍手が沸き上がった。
「それと……」
握手を交わし終えたグウェンと、落ち着いて俺の懐から離れたサクラの視線が、俺の後ろで口を開かず待っていたビオニアに注がれる。
二人に限らず、俺達の帰還を喜んでくれていた仲間達も、自然とビオニアの存在を目に留めていた。
中には、その神々しいいで立ちに目を奪われている者。
中には、未だ尚も警戒の眼差しを向けている者。
中には、ただ純粋にこの大森林で最強の魔族たる三魔将が集結した事を喜んでいる者。
思う所はそれぞれある事だろうが、この大森林の三大勢力が募った事は喜ばしい事だ。
「改める必要も無いだろうが紹介する。この度、俺達の同盟に加入してくれる意思を示してくれた三魔将“将軍・ビオニア”と、配下の北方連合の幹部達だ。互いにここまで色々あったが、昨日の敵は今日の友! これからは仲間として共に意志共有して今後起こり得る問題を解決していくぞ!」
「「「はい!」」」
俺の言葉に、二種族同盟の皆は前向きな返答を返してくれた。
皆の反応を受けて、俺もようやく心から安堵する事が出来た。
「ほら、お前も一言」
「うむ…」
俺はビオニアを仲間達の前に押し出した。
押されて渋々と言った感じで、ビオニアが小さく咳払いをする。
「この度、盟主ヨウとの首座会談の中で二種族同盟に加盟する運びとなった。末席ではあるが、配下となったからには我等も身を置く同盟の為、遺憾無く力を使わせて頂く所存故に我ら一同への指導鞭撻の程をお頼み申す」
そう言いながら深々と頭を下げるビオニア。
その後ろでヘリオットと他数名の幹部達も同じく頭を下げた。
あの“将軍”がこういった行動を取る事に、同盟の皆も驚きが隠せていない。
だが「そりゃそうだろう」と、俺は内心で納得していた。
何せ今まで恐れ戦いていた程の強敵が味方になったのだ。
それも支配者としてでなく、ほぼ同列に並ぶ立場として。
とは言え、ビオニアがその外見も相まって疑われやすい性格なのは対話してみてよく分かった。
今後少しずつでもビオニアの内面性が浸透していく事を祈るばかりだ。
「さぁ! 今日は新たな仲間が加わった記念すべき日だ! 今夜は北方連合が同盟に加入した祝いと、連日続いた戦いの終幕を祝った宴会をするぞ! 夜までに集められるだけの食材を確保して大いに盛り上がれー!!」
「「「おぉー!!!」」」
ここ最近で一番の歓声が上がり、里の中を木霊した。
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宴会の準備に急かされる鬼人族の里。
鬼人族の里だと言うのに、その里内部の様子は傍から見れば実に稀有な光景だろう。
里の中を走り回る鬼人族と同様に、蛇の下半身を忙しそうにうねられて移動する女蛇族の姿もある。
何より、この大森林に住まう魔族や近隣国からしてみれば正に信じ難い光景―――あの“将軍”が配下と一緒になって隅っこの方で座り込んでいるのだ。
―――シュ……シュールだ……
俺はただ、今はまだ客人待遇をさせてもらうから宴会の準備が整うまでゆっくり休んでてくれ―――って言ったんだけど……
「……あのさ?」
「何だ?」
「そんな隅っこでじっとされてたら、逆に気になっちゃうからさ? 準備が終わるまで、里の中を散策してくれてて良いよ? 何なら俺が案内しようか?」
「いや。気遣いは感謝するが、我々が歩き回っていてはそれこそ宴会準備の邪魔をしてしまう」
「あ、そう…?」
いやいや周りの視線に気づいて?
お前等の目の前を行き交う奴等が皆して「怖ぇ…」て顔してるから…
「じゃ、じゃあ、せめて場所を変えよう。会議所が一番広いし、そこで今後の話をしながら時間潰そう」
「ふむ。それもそうだな」
俺の提案を受けたビオニアと幹部勢が立ち上がる。
俺の後ろに続いて会議所に移動する。
移動の最中、やはり里の様子が気になるのか至る方面に視線を送っている。
「何か気になるか?」
「あぁ。確か、この里は少数の鬼人族を残して壊滅したと聞いていたのだが、短期間の間によくぞここまで復興したものだとな…」
「まぁな。実際里の修繕は大変だったよ。二つに分断してた鬼人族が一つになって、加えて女蛇族の協力もあって、ようやく最低限の生活が出来るまで戻す事が出来たんだ」
「結局、壊滅した理由は何だったんだ?」
あぁ、そうか。
壊滅した話は大森林中に広まっているが、何故壊滅したのかは重要ではないから追究してこなかったのか?
いや……仮にも三魔将の領土に手を出して剰え壊滅にまで追い込んだ存在だ。
寧ろ調査をしまくったはずだ。
「北方連合の情報網でもその理由は分からなかったんだな?」
「あぁ。広大な大森林内とは言え、そこまでの所業を働く者が居ればある程度の特定は出来るはずなのだ」
「でも特定出来なかった。つまり犯人は、大森林に住む魔族じゃないって事だ」
「あぁ。察しはついている」
ビオニアの言う、察しが付く相手。
俺と交戦した時の事もあり、その勘は確信に変わりつつあるのだろう。
険しい表情を浮かべるビオニア達を会議所内へ案内して話を続けた。
ビオニア達はその姿の形状から椅子に座る事は出来ないから敷物の上に膝を折りたたんで座り、俺は手近な椅子を持って来て腰かけた。
「お察しの通りだ。鬼人族の里の壊滅も、女蛇族が俺達と同盟を結ぶきっかけになったのも、全ての元凶は―――“加虐の魔王”と、その手下だ」
「魔王アザミの手下か。それが先の戦いで、我々の邪魔をした不埒者だな……」
「あぁ」
俺は、序でとばかりに今までの経緯を話した。
転生者である俺自身の事も含め、“加虐の魔王”が俺を手中に収めるべくして、俺の仲間達に手を出してきている事を―――
話を終える頃には、俺の素性について主に驚きを露わにしていた北方連合組。
この世界では同じ世界の中で死んだ魔族が“終焉ノ洞窟”内で魔王級の魔族に転生する事はあるが、全くの別世界から転生者が現れる事は前代未聞だ。
その事は師匠から聞かされた話で俺も周知の事実として頭の片隅に置いていた。
「成程な。強大な魔力と不滅の体を両立させる半人半魔を兵器として手中に収められれば、この大陸全土を手中に収められる事に繋がる。アザミはこれを機に、冷戦状態の四方国戦争に終止符を打つつもりだったか」
「そうだろうが、当然俺はアザミの思惑に利用されてやるつもりはない。仲間達や、これから関わって行く者には迷惑をかけるだろうが、絶対に護り抜くと決めたんだ」
だから許さない。
アジェッサも、魔王アザミも―――俺の大事な仲間に手を出す奴等は絶対に…!
「まぁ、そういう事情だから、仲間になってもらったビオニア達にも迷惑かけると思うから先に謝っておく。ごめん!」
俺は椅子に座ったまま。ビオニア達に頭を下げた。
「……」
北方連合組は口を閉ざしたが、間も無くビオニアが口を開いた。
「我々としても、北方国家の魔王には思う所が多々ある。彼方の思惑を打破出来る機会に立ち会えるのであれば、願ったり叶ったりだ」
ビオニアはその黄金色の瞳で真っ直ぐ俺を見つめ返し、薄い唇を小さく弧の形に作る。
「我等、北方連合は貴殿の進む道を支持する。その道が茨の道であれ、花の道であれ、存分に我等の力を使うと良い」
これ以上に心強い台詞が有るだろうか?
俺はこの言葉を受け止め、再度思ったのだ―――
「ありがとう。やっぱりお前が仲間になってくれて良かったよ」
―――とね。




