Story.96【首座会談―理想の同盟―】
ビオニアの口から発せられた―――“盟主は誰か?”という問い。
その問いに対して、期待に満ちた視線を、各々が使える主に期待の視線を向ける。
後ろに控えるアング、デルフィノーム、ユリオスのギラギラした視線を受け、俺は背中に冷たい汗が伝う。
「大森林の三大勢力を束ねる同盟ともなれば、三魔将の誕生以来となる前代未聞の偉業となる。そんな同盟を纏め上げる盟主もまた、数多の偉業を成し遂げた者が就任するのが必定だ」
「そう、だな。うん。三大勢力を束ねる盟主を誰にするか……納得のいく人選をするのは当然―――」
決着が着きそうな所で話の腰を折られ……てはないが、調子を崩された俺は引きつった顔しか出来なかった。
それでもビオニアの言う事に一理あると思って話を進ませようとした時―――
「「「当然! 俺達/私達の主だ!!」」」
俺の言葉尻を食う勢いで、双方の配下達が声を上げる。
真っ先に主張を始めたのは二種族同盟だ。
「この同盟は元々俺達がヨウを主体に発足したんだ! 故に盟主は変わらずヨウだ! 今更盟主が変わるなんぞ納得出来るか!」
「そうじゃ! 旦那様の偉業を無視して誰が妾達を纏められようものか!」
「うむ! マスターこそ至高なり!」
と、俺に盟主を継続させたいデルフィノーム達の激しい主張が始まる。
「否! 盟主とは全ての魔族を超越する実力を持つ者が就任する! 三魔将随一の実力を有するビオニア様こそが盟主となるに相応しい!」
「そうだ! ぽっと出の木っ端なんぞに任せられるものか!」
「ビオニア様万歳!」
と、同じく激しいビオニアが盟主に就任させたい北方連合の主張も始まった。
「いいや! 実力を言うなら一人当千のヨウが盟主を務めるべきだ!」
「ビオニア様は冠前絶後の才能で数多の種族を束ねられた実績も持つ! 」
「旦那様は徳高望重な故に人望も厚き御方よ!」
「寛仁大度なビオニア様は我等の忠誠心に応えて下さる!」
「マスターこそ至高無上なり!!」
「ビオニア様は百戦百勝だ!!」
「………あ、あの…そろそろお前達、止めない?」
「…………」
間に挟まれて褒め殺しの刑に合う俺とビオニア。
恥ずかしいやらむず痒いやら、物凄く居た堪れない空気に取り残されていると、先に痺れを切らしたか、ビオニアが咳払いをする。
それを合図に、激しい言い争いが静まる。
「配下の主張は別として、互いに意志表明しておく必要があるな」
「あ、あぁ。そうだな…」
どれだけ周りが必死に推薦しようが本人の強い意思が其処に無ければ意味が無い。
「元々同盟を率いていたのはお前だ。その同盟に参加するとなれば、お前が盟主の座を継続するのが道理。魔力の大きさも、本気を出した私よりも勝る」
「そりゃそうだろ」
「お前ちょっと黙ってて」
ビオニアの言葉にすぐ様にデルフィノームが悪態を突く。
それを睨みつけて黙らせる。
そもそも気にも留めていない様子のビオニアは更に続けた。
「だが正直に言えば、お前が盟主として今後も我等や大森林の魔族を束ねていく事に、多少の不安もある。上に立つ者として、お前は少々未熟な面が多すぎる」
と、ビオニアは淡々とした口調で言い放った。
瞬間、背後からピリッとした妖気を三つ感じたが、俺はこの発言に怒りを感じない。
何せ俺自身が、その通りだと自覚しているからだ。
転生前は人の上に立つ所か、人よりずっと劣っていた。
この世界に転生して二年間は師匠の許で常識と魔術についての最低ラインの知識を得た。
そんな俺が、師匠の許を離れて数ヶ月そこらで鬼人族と女蛇族に支えられつつ、二種族同盟の盟主となったのだ。
その場の空気感に流されるまま盟主を引き受け、一応は責任を感じつつ、胸の内の不安を誤魔化しながらここまでやって来た。
流されたと言っても悪い気はしていなかったし、俺も皆が居れば大抵の事は何とかなるだろうと言う意気込みがあった。
今思えば、上に立つ者として甘い考えだったと思う。
それを一戦交えただけで見抜いたビオニアにそう言われてもしょうがない事だ。
―――だけど……
俺は早くなる鼓動を、一息吐いて落ち着かせる。
真っ直にビオニアを見つめ、目を逸らさない。
「お前の言う事は尤もだ。俺も、俺は盟主に向いてないと思ってる」
これは紛れも無い俺の“本心”だ。
俺より盟主に向いた誰かが名乗り出してくれるなら、仲間達の為にもこの座を引き渡した方が良いのかもしれない。
それこそ、目の前の盟主に相応しい者に……
「………そうか」
ビオニアは何処か残念そうに目を伏せた。
俺の言葉に、アング達も今まで開いていた口を閉ざした。
その場が一瞬にして静寂に包まれる。
「―――だけどな」
「!」
―――だけど、俺はそんな“本心”が大嫌いだった。
俺は静寂を破り、再び口を開く。
再び全員の視線が俺に注がれる。
膝の上に乗せた拳を強く握る。
「里に残ってる仲間達と、ここまでついて来てくれた三人が信じてくれているのは―――“俺”だ!」
例え“本心”を“嘘”で塗り固めても、俺は仲間達の信頼に応える。
「俺を盟主として認めて、命を預けられると信じて送り出してくれた仲間達の決断を信じる。血の繋がりも無ければ種族も違う。ましてや出会って数日ばかりのアイツ等を俺は“家族”だと思ってる。一緒に笑って、泣いて、怒って、また笑って、これからも一緒に楽しく暮らしていきたい。傷付けるのも、傷付けられるのも嫌だ。これからもずっと―――」
仲間達に……信頼される存在であり続けたい。
「俺が、コイツ等と一緒に居る事を許される場所を、誰にも譲りたくない!」
―――これは我儘だ。寂しがり屋で、孤独が嫌いな俺の……
「結論を言うと、俺は“盟主”の座を譲るつもりはない。仲間の信頼を『盟主としての素質が無いから辞退します』なんて理由で裏切る訳にはいかない。それこそ、盟主失格だろ?」
―――“盟主”の座に居続ける事。それが皆への俺からの感謝の形だ。
俺の意志に揺るぎは無い。
アング、デルフィノーム、ユリオスの粗ぶっていた妖気が静まり、代わりに背後からご満悦そうな笑みが零れ聞こえた。
振り返りでもしたら其処に緊張感に欠けた顔をしてる三人の姿が有るのは明白だ。
照れ臭くなってきたから、今は絶対に振り返らない。
代わりに驚いた表情をした北方連合の兵士達の顔を正面に見据える。
ビオニアの事も一緒に……
「その意志は固いか?」
たっぷり間を空けて、ビオニアが俺に意志の確認を行う。
「あぁ」
それに対して、俺は空かさず返答する。
ここで気圧されるような相手の配下になれる訳もない。
向き不向きじゃない……―――仲間意思の強さで、ビオニアに負けない!
「では最後に、もう一つだけ聞かせてもらうが……」
「まだ何かあるのか?」と思う俺を他所に、ビオニアが最後の問いとやらを口にする。
「お前は、仲間が好きか?」
「……は?」
「「「???」」」
「「「!!?」」」
意外過ぎる問いだった。
俺はおろか、後ろの三人も、更には配下の北方連合の兵士たちすらもポカン…と口を開いて固まった。
失礼かもしれないけど、ビオニアの口から「好き」って単語が出て来る所が最早……否、皆迄言うまい。
何せ突拍子も無い事を言い出した張本人は相変わらず涼しい顔で俺の答えをじっと待ち続けているのだから。
「…………」
俺は目を伏せて、深く息を吐いた。
そして満面の笑みを浮かべた。
「おう! 大好きだね!」
「これこそ俺の“本心”だな」などと思っていると、突如体に衝撃を受けた。
言い終えたと同時に後ろから柔らかい何かに背中を圧迫されて前のめりに倒れた。
俺の肩を抱くように回された腕の主はユリオスだ。
感極まったユリオスが涙目で俺の頭に頬擦りしてくる。
アングも尻尾を振り乱して俺の顔を舐め回すし、デルフィノームに至っては俺の後ろで腹を抱えて笑い転げている始末だ。
正面を向けば呆気に取られるヘリオット達と、全く心情が読み取れない表情のまま固まっているビオニアが此方のやり取りを見守っていた。
……自分で言った事だが、今更物凄く恥ずかしい……
「―――……そうか。ならば、これ以上は諄いな」
間を置いて、ようやくビオニアが小さく呟く。
心成しか、俺に向ける眼差しが変わった気がする。
鋭さが柔らかくなったと言うか、安らかになったと言うか……
雄々しかった王者の風格が、普通の魔族に戻っている感じだ。
「お前は私の様に合理的に配下を支配する気は無いのだな。どうやら私では理解し得ない……いや、私では到達し得なかった統率者としての在り方を諭してくれそうだな」
「どういうコト?」
「私はこれまで、力で全てを捻じ伏せ、私の命令のみに従う兵を作り上げて来た。中には不満を持つ者も居ただろうが、有無を言わせなかった。その所為か、どれだけ強兵を生み出そうが“加虐の魔王”に力が及ばなかったのは、私が兵士達の自立心を削ぐ事で戦いに対する意欲を削いでしまっていたのかもしれないな……」
唐突にビオニアは弱気な心の内を吐露し始めた。
それは強者として君臨し続けたビオニアの本当の気持ち―――“本音”だろう。
心の内を吐出した後、黄金色の瞳が真っ直ぐ俺を見据える。
「盟主殿……いや。ヨウ、だったな。私は先の戦いで既にお前に敗れている」
「………ッえ!?」
「どこで?」と言う疑問が脳裏を過る。
「この会談に賛成したのは、今後使える主がどの様な人物か、見定めたかったからだ。実力で完全に敗北したと言えど、私も一勢力の長として最後まで“主”の役目を全うしなければ……」
ビオニアは綺麗に足を折り畳んだ姿勢のまま、更に姿勢を正して俺に向き合った。
「お前の意志、しかと理解した。ならば私も今後はその意志にあやかろう。我等、北方連合は今日より二種族同盟に加盟し、お前の配下の末席に加わる。今後はお前の意思に従い、誠心誠意の忠誠を誓う」
「ビオニア…!」
「っしゃー!!!」
俺達、二種族同盟は歓声を上げた。
普段は仲の悪いデルフィノームとユリオスがハイタッチする程に喜んでいるし、アングも俺の膝の上に飛び乗って顔を舐め回してきた。
勿論、俺も心から喜んだ。
思わず涙腺が緩んだが、そこは意地で引っ込めた。
そんな俺達を他所に、北方連合側は騒然としている。
「ビ、ビオニア様!? 本気で御座いますか!?」
「愚問。私は本気だ。私とお前達は今日から二種族同盟の一員となり、共に大森林の魔族を手中に収めるのだ―――異論は?」
「あっ…い、いいえ…」
「ございま、せん……」
一度引っ込めた覇気を再発させて、後ろに控える兵士達を圧する。
主が自ら他組織の傘下に下ると宣言した事に驚愕したヘリオット含む三名の兵士達は覇気に圧されるまま口を閉ざす。
彼等からしてみれば、そりゃあショックも大きいだろう。
「ヨウ。配下に下る身の上で盟主に請願するのは無礼と承知しているが、どうか私の要望を一つ聞き届けてもらいたい」
「おう。もう俺達は仲間だ。俺に出来る願いなら出来る限り叶える努力をするよ」
「感謝する。では、現在北方連合に所属する魔族の中に、同盟参加を拒む者が居たら……その者の同盟不参加を許してやってほしい」
つまりは、北方連合が二種族同盟に参加し、俺の配下になる事は決定事項だが、今の内に異を唱える者が居れば北方連合からも二種族同盟からも独立させて自由にさせる事を許してほしい……という事か?
「ここまで私について来てくれた者達へのせめてもの感謝と詫びだ。この無礼を通す事こそが私の主としての最後の務め…!」
「ビオニア…」
北方連合の兵士達が今までビオニアの許でどの様な生活をして来たかは分からないが、ビオニア本人は圧政を強いていたと思っているらしい。
彼らを統括する主が交代する機に自由にさせてやりたいと、思う程に。
「今ある兵力を減らす様な事を言ってすまない。だが、どうかその願いだけは聞き届けて頂きたい。何卒…何卒―――」
「あ―――」
ビオニアが、その王者の風格を醸し出す体を前のめりに倒し始めた。
その行動が何を示すのか俺は瞬時に理解した。
理解して、直ぐに体が動いた。
周りが驚愕する中、俺は頭を垂れようとするビオニアの肩を抑え、その行動を制した。
下げかけた頭を上げ、目を見開くビオニアと目が合った。
「ヨウ…?」
「えっと、何て言うか……コレはする必要ないんじゃないか? 此処まで来て何だけど、俺は別に同盟参加を強制したい訳じゃないんだ。このままいがみ合う関係でいるより、仲良くなった方が互いに利益になる事の方が多いと思ったんだよ。同盟関係無しに北方連合が俺達と敵対しないって約束してくれるならそれでも良いんだけど、口約束じゃ信用に欠ける所がある。だったら同盟者として関係を築いて、その上で自由にしてもらったら良いと思うんだ」
まぁ同盟に参加する以上は、裏切りと思しき行為を犯す者には重罰を科すつもりだけど。
「俺が目指す同盟の形はそんな感じだ。俺に不満があるならそれで良い……と言うか絶対不平不満は発生するんだ。俺は自他共に認める未熟者だ。そんな時はビオニアの言う事だけを聞いてくれたって構わない。その上で、やっぱり同盟から抜けたいって言うならもう一回話し合おう」
「しかし…」
「言ったろ? 俺は仲間を“家族”だと思ってるって。“家族”の自由を奪うなんてある種の暴力だ。最低限の規定を皆で一緒に決めて、円満な家庭みたいな同盟を築こうぜ!」
それは俺が前世でも夢に見た理想の“家庭”の姿。
しかも一万人を超える大所帯だ。
想像しただけで胸が躍る。
「良いのか?」
「ダメなのか?」
「………いいや」
柔らかい笑みを浮かべて、ビオニアは折り畳んでいた馬の四足を立ち上がらせた。
俺も同様に立ち上がったが、頭三つ分は体格差があるビオニアを見上げる形で向き合った。
それぞれの付き人達も立ち上がり、その場に居合わせる全員が起立した。
「お前は未熟かもしれないが、その理想には私も賭けてみたくなった。これから我等、北方連合を―――どうか宜しく頼む」
「あぁ。こちらこそ宜しく頼むよ、ビオニア!」
俺とビオニアは互いに右手を差し出し、握手した。
この日、大森林で前代未聞の―――三魔将率いる三大組織による、一人の半人半魔が盟主の同盟が締結されたのであった。




