8話 呼び方を決めるのは距離を縮める第一歩
「って、やばい。あんまり時間ないんだった」
「この後に何か用事でもあるんですか?」
「六時からバイトが入ってて」
今は四時をちょっと過ぎたくらいだが、買い物を済ませて帰って飯作ってってなると、そんなに悠長にはしていられない。
「そうなんですか? それなら雪ちゃんと二人で代わりに買い物して――って、もう大分買われているみたいですね」
「ああ、うん。あとそこの卵で終わり」
「その量と食材……あんた料理するの?」
雪奈がすごく不審そうな顔を向けてくる。
ミノムシ姿しか見せてないから無理ねぇな。明日から気を付けよう。
「一応は。でもそんな凝ったものは作れないよ」
卵の賞味期限をチェックしつつ、良さそうなパックを一つ取る。
今夜のメニューはオムライスにした。
ハンバーグとかも考えたが、副菜が色々必要になるし温め直すと肉が硬くなる。
俺はオムライスの卵は上に乗せず巻く派なので、多少柔らかさが失われても許容範囲だ。それにメインがこれだと他はスープくらいで済む。
「二人の分も作ろうかと思ってたんだけど、外食がよければ自分のだけ作るよ」
「「えっ」」
ユニゾンしてビックリ顔で固まる双子。
その反応にこっちも「え?」ってなる。なんだこの語彙力のない会話。
また何か失敗したのかと思い始めた時、氷奈が興奮気味に喋り始めた。
「本当ですか!? ぜひ食べたいです! ね、雪ちゃん?」
「ま、まあ興味はあるわね」
興味ってなんだよ。
あー、なるほど。俺の料理スキルを量ろうってとこか?
……残念だったな。
ごく普通なものが出来上がるぞ! 一番コメントに困るクオリティなのが!
「分かった。じゃあ三人分作るよ」
「やったー♪ ちなみにメニューは何ですか?」
「オムライスでもいいかな?」
「ええ。いいわ」
即答する雪奈の目がキラキラと輝いている。まさか好物……なのか?
やべえハードル上げないで、マジで。
「俺は会計行くけど、二人はゆっくり買い物していきなよ……」
これ以上疲弊するのを避けるべく、さり気なくフェードアウトを宣言してみたものの。
「いえ折角なので一緒に行きたいです! 氷奈たちは卵をメインに買いに来ただけなので、あと必要なものは飲み物くらいですし。レジに向かう途中でかごに入れられますから!」
逃亡失敗。雪奈も異論はないのか特に何も言わない。
なぜここで素直じゃない発言をしないんだよ。オムライス効果か。
「それなら行こうか……」
結局、双子と行動を共にすることになってしまった。
並ぶと俺だけアンバランス感がひどい。
絶対破滅ルートだろこれ。
* * *
案の定、とでも言うべきか。
店の通路を進んでいると他の客の視線が自然と集まってくる。
違ぇよ。別に双子をはべらせてるんじゃねーよ。二股でも浮気でもねーよ!
そんな身分になってみてぇわコラァ!
「どうかした?」
「ふふぉ!? い、いや何も! どうもしないけど!?」
思わずメンチ切りそうになっていたところを斜め後ろから覗きこまれ、思わず変な声が出た。ふふぉってなんだ。
「あ。そこのお水、取ってもいいですか?」
「え、はい。どうぞ」
いかん。あまりの視線にうっかり素が出そうになってしまった。
落ち着こう。深呼吸だ深呼吸。
「ちょっと。本当に大丈夫なの……?」
いきなりスーハ―し始めた俺を怪訝そうに雪奈が見てくる。
氷奈も手を止めてキョトン顔だ。
確かにこんな美少女を二人も連れ歩いていたら、目立つなって方が無理あるな。
椿もかなりの美少女だけど、椿自身の近寄んなオーラが全開過ぎてこんな露骨にガン見されることはあまりない。スーパーサ●ヤ人ぐらいオーラ出すからあいつ。
「二人と一緒にいると目立つから落ち着かなくて」
「双子が珍しいだけじゃないの?」
「双子が珍しいだけじゃないですか?」
同じタイミングとセリフで首を傾げる二人。すげえ息ピッタリ。
「そういえば気になっていたんですけど」
手に持った買い物かごにペットボトルを入れ、再び歩き出しながら氷奈が話を振ってくる。
「なっ、何が?」
「ずっと氷奈たちのこと『二人』ってまとめて呼んでますよね?」
「あ、ああ。確かに」
ビビった! 偽装に勘付かれたのかと思った……。
「お互い呼び方なんて決めてなかったわね」
同居してから数日。
頭の中ではずっと呼び捨てにしていたが、実際に言ったことはない。
それは双子も同じで。
雪奈は俺のことを「あんた」と呼び、氷奈も「あの」とか「ちょっといいですか?」とかそんな感じだ。
互いによそよそしい。
母さんや直純さんがいる間はそんなに気にならなかったが、両親不在で直接話す機会の増えた今、そのことが露見し始めた感がある。
「言おうとは思っていたんですけど、やっぱり緊張というか、まだどこか遠慮しちゃってまして……」
……なんだ、そうだったのか。
こういうことは男である俺が先に言うべきなんだろうが、そんな気の利くやつではないので許して欲しい。
結構いっぱいいっぱいなんだよ。
「でも、もうやめます! せっかく家族になったんですもんね!」
「うおっ、びっくりした」
ちょっと大き目の声と同時に、胸の前で手をキュッと握り気合いを入れる氷奈。
なんだかやる気に満ちている。可愛らしいがどうしたんだ。
「というわけで、何て呼んだらいいですか? 『お義兄ちゃん』とかですか?」
ガスンッ、グシャッ。
あまりの変化球に買い物かごを落とした。
た、卵があ……ッ!!
良かった、他の食材がクッションとなってか奇跡的に無事だ。
俺の精神は全く無事じゃねぇけど。
「ちょっと、なに動揺してんのよ変態!」
「今のは仕方ないって……」
男ならあるあるだろう『妹に「お兄ちゃん」と呼ばれたい願望』をいきなり突かれたんだ。動揺するだろ!
…………いやでも待てよ?
冷静に考えると同級生なんだよな。
ってことはつまり、クラスメイトに呼ばせるようなもんで――。
どんな変態プレイだ。ねーよ。
だからさっきのセリフをリプレイして祝杯を挙げんのはやめようぜ頭の中の俺!
「それはなしの方向で」
「ずっとお兄ちゃんも欲しかったんですけど、ダメですか? 凌大お義兄ちゃん?」
こてんと首を傾げた氷奈の潤んだ上目遣い。
再び買い物かごを落としそうになった俺は悪くない。
遠慮をやめた途端にこれかよ……ッ!
女子って恐えええ! 椿が言ってた通りじゃねーか!
うっかり新たな性癖がコンニチハしそうなのでやめてほしい。
そして何より雪奈の無言の圧がすごい。腐った生ゴミを見るような目で見てくる。
……こっちは別の意味で恐ろしいな。
「呼び捨てでいいから。うん」
「ええー。素直じゃないのは凌大お義兄ちゃんもですか?」
「本当にやめてくださいお願いします!」
「気持ち悪い。ニヤけてんじゃないわよド変態。近寄らないで」
店内のどこよりも冷めきった雪奈の視線と声が俺に刺さる。ガチなやつだぞ。
「仕方ないですねぇ。じゃあ凌ちゃんって呼びます」
「いや凌でいい……」
「ダメです。雪ちゃんとお揃いです!」
「ちょ、ちょっと氷奈! なんでこいつと同列なのよ!」
「んー。雪ちゃんと同じくらい大事にするという決意表明?」
なにそれ嬉しすぎて泣ける。
「こんなやつ呼び捨てで充分でしょ!?」
「あれ? 雪ちゃんヤキモチ?」
「ち、違っ!」
「ふふっ。大丈夫。氷奈は雪ちゃんのことずーっと大好きだよ?」
「……もう、違うって言ってるのに」
ジト目で睨む雪奈をむぎゅーっと抱きしめる氷奈。
どっちがお姉ちゃんだか分からんな。
そしてそれを見せつけられる俺の立ち位置が迷子。
こうして仲の良い二人を眺めていると、改めて思う。
氷奈も雪奈もすごく良い子なのだ。
直純さんは初めて対面した日に「甘やかし過ぎた」と言っていたけど、全然そんなことはない。むしろどうやって育てたんですかって感じだ。
正直、再婚すると聞かされた時「誰がお前なんか認めるかよ」ってスタンスで来られることも覚悟していた。
積極的に関わるつもりもなかったから、別にそれでもいいと思っていた。
だけど実際会ってみると二人は初めから友好的で、両親不在の今だってその態度は何一つ変わらない。
温かくて優しくて、本当に良い子で――。
そんな二人を欺いていることに、俺はこの時初めて罪悪感を覚えた。




