7話 直球な言葉が一番刺さる
放課後を知らせるチャイムが鳴った。
素の俺でいられる時間の終了である。
シンデレラの魔法が解ける合図かよと、ガラにもないことを思うくらいには愕然とした。
早すぎる……。こんなに学校が短く感じたことねぇ……。
大半寝てたせいもあるけど。
連休中にずっと気を張っていた疲れが一気に出たのか、ほとんどの授業は睡眠学習になってしまった。おかげで多少スッキリしたが、成績への影響は免れない。
そしてなぜ誰も起こさない。
「先帰るわ」
開放的な空気が流れ始めた教室で、悪友二人に宣言する。
それから解いていたネクタイを鞄から取り出して締め、椅子にかけっぱなしだったブレザーをキッチリと羽織る。
偽装用優等生スタイルの完成だ。
今日から登下校はこの格好。双子と通学路が同じなので、いつどこで見られてしまうか分からない。その為の備えである。
髪は高校受験前に黒く染めて短くしたし、ピアスの穴も塞いだので完璧だろう!
ちなみに校内にいる時の俺は上ボタン二つを外したシャツ出し、ノーネクタイ、袖捲りとラフさ重視である。チンピラ言うな。
学校でも好青年を演じていればより完璧なのかもしれないが、それだとさすがに身がもたないのでしないことにしている。
「その格好の凌大くん、僕には違和感しかないで……」
「ええ。ちゃんとしているのに却って不快だわ……」
「おい、残念なものを見るような目はやめろ」
「残念なものを見ているのよ」
揃って向けられる憐れみの目。こいつら酷ぇ。
「最強と言われた不良がこないなるとは、人生分からんもんやなぁ」
「人生の途中で関西弁にギアチェンジしたお前に言われたくねーよ!」
きっかけ作ったの俺だけど!
「頭が最弱なのは何一つ変わっていないのにね」
「せやな……」
「だからその目をやめろ泣くぞ」
文句を言いたいがこの点だけは反論できない。俺の成績は下から数えた方が圧倒的に早いレベルだ。
この学校に受かったのだって、奇跡だ天変地異だと周りが狂喜乱舞したほど。
死ぬほど勉強した俺の努力はガン無視された。解せん。
「朝の飲み物代も請求を忘れたまま放課後だし。脳の代わりに綿菓子でも詰まっているのかしら」
「あ。」
すっかり忘れていた俺はアホで間違いない。納得。
「ほら返しておくわね」
「痛い痛い、小銭を顔に押し付けんな。俺は貯金箱じゃねえ!」
「あら、空っぽだからつい」
「マジで怒るぞ。……もういい返さんで」
「そう? ありがとう」
「おおきに凌大くん」
「司は今度何か奢れよ」
「差別やん……。ほな回らん寿司でええ?」
「刺身嫌いだっつってんだろ! じゃあ寄るとこあるしもう行くわ」
「はいよ。気ぃ付けて帰りやー」
「また明日」
いつも通り冗談交じりに挨拶を言い終え、大して中身の入っていない鞄を引っ掴んで教室を出て行く。
廊下で偶然、忘れ物でも教室に取りに戻って来たのか担任とすれ違ったが、俺の格好を見るなり「え? 瀬名く……じゃなくて吾妻くん? えっ!?」と驚愕した。
なんだそのUMAにでも遭遇したような反応は。
けどここは無視一択。構っている時間はない。
捕まって面倒なことになならいよう、歩くスピードを更に上げる。
俺はガラスの靴を残す代わりに担任を置き去りにした。
俺のじゃないので探さないでください。
* * *
学校帰りに立ち寄ったスーパー。
そこでまさかの事態に直面してしまった。
お一人様一パック限定特価と宣伝された卵売り場で、客の視線を一身に集めている双子に遭遇したのである。
言わずもがな、雪奈と氷奈だ。
なぜこのタイミング……。あとは卵を選べば買い物終了だったのに。
向こうは今来たところらしく、買い物かごには何も入っていなかった。
とりあえず好青年スタイルにしといて大正解! と切実に思う。
目が合ってしまったので無視をするわけにもいかず、気まずさを覚えつつも話しかけることにした。
「や、やあ。偶然だね」
「はい。そちらも買い出しに来ていたんですね」
声を掛けると氷奈がニッコリと微笑み応じてくれたので、一安心。
隣にいる雪奈はというと無言。なんか難しい顔をしている。
朝の段階で「失敗しすぎて材料がない」と聞いたから来たんだが、こんなとこで出くわすかよ……。
確かにこの店は吾妻家から一番近いスーパーではあるのだが、双子が普通に食材を買いに来たりするとは予想外た。
てっきりネットスーパー派かと勝手に思っていた。
偏見かもしれないが、金持ちってなんか宅配させそうなイメージがある。重たいものなんて自分で持ちませんけど何か? みたいな。
まあそれはどうでもいいか。
この次どう行動すべきなのかが問題だ。
出会った以上、一緒に買い物をした方がいいのか。
先に帰るとより気まずくなったりするのか。
ゲームみたいに選択肢や好感度が目の前に現れないので悩む。
ゲーマーだったかつての仲間に今すぐ電話で正解を仰ぎたい。
あいつ元気にしてんのかな。中学卒業の日「……嫁と卒業旅行に行って来る」と言って、美少女のイラストが描かれた等身大抱き枕を抱えて旅立ったきりだ。
俺の周り変なやつ多いな。
「……あ、あのさ」
思考が脱線していると雪奈が話しかけてきた。
今朝話を一方的に打ち切られて以来、初めての会話だ。
雪奈は洗い物の最中もずっと無言を貫き通していて、必要なことは全部氷奈が答えていたので、何を言う気なのか思わず少し身構えてしまう。
「今朝はつい嫌な態度を取っちゃって……わ、悪かったわ!」
「…………は?」
恥ずかしいのかちょっと顔を赤くしながら唐突に謝罪してくる雪奈。
すぐに顔を背けたものの、不安そうな視線が時々こっちに一瞬だけ向けられる。
まるで俺がどう出るか様子を窺っているみたいに。
思ってもいなかった言葉を掛けられて思わず雪奈を凝視してしまう。
目が合うとビクッと肩が跳ね、さらに顔を赤くする。もう真っ赤だ。
「ああ、えっと……うん?」
どういうことだ。
なんか、アッサリ仲直り(?)だぞ……?
ここはあれじゃないのか。なんやかんや問題を解決して距離が縮まるパターン。
アニメや漫画フリークでもあった件のゲーマー仕込みの知識が、そう予測した。
……俺、まだ何もしてねぇ。
炭を完食したぐらいだ。え、それ? そんな好感度アップアイテムだったの?
「『うん』って、それだけ? 怒るとか、文句言うとかしないの?」
「なんで? 謝ってくれたのに」
「だって普通、八つ当たりされたら嫌味の一つも言いたくなるでしょ!」
「あー……。いや、すぐに謝ってくれて驚いたぐらいだけど。すごいなって」
「え……」
面と向かってその言葉を言うのは案外難しい。
悪いことをした自覚とプライドが大きいほど。これは人の受け売り。
そういえば、雪奈に謝られるのは確かこれで二度目だ。
一度目は顔合わせをした日。
となると、俺が何かするとかは全く関係なく、雪奈は自分が悪いと思ったらきちんと謝る性格なのだろう。炭はやっぱただの炭だ。現実にそんな便利アイテムは存在しない。
普段はツンツンしててもそういうとこだけ素直とか、さすが育ちが良いと言うか何と言うか。
雪奈を見れば一瞬目が合った後、思いっ切り顔を背けられてしまった。
揺れた長い髪から覗く頬や耳は相変わらず赤い。
「はい、これで仲直りですね!」
事態を見守っていた氷奈が、胸の前でパチンと手を叩き終結を図った。
なんだか妙に嬉しそうで、店内の照明以上に笑顔が輝いている。
「雪ちゃん学校にいる間、ずっと気にしてたんですよ」
「そうなの?」
「ばっ、バカ言わないで! そんなわけないじゃない!」
「えー? 一人で百面相したり落ち着きなかったもん」
「見てたなら止めなさいよ! って、違う! 違うからね!?」
「もー、ほんと謝る時以外は素直じゃないなぁ。そのギャップが氷奈的には可愛いけどー」
いたずらっぽい笑顔に変わり、雪奈の頬をぷにぷにと突く氷奈。
雪奈はされるがままになっていたが、次第に氷奈へ反撃を開始すると二人揃って笑い始めた。
もうすっかり気まずい雰囲気はどこにもない。
二人が楽しそうにしているのを見て、思わずほっと息を吐いた。
なんであんな態度を取ったのか気にはなるが、折角持ち直した空気を悪くするのはご免だ。
この話題は一旦頭の隅に追いやろうと思う。
とりあえず家政婦の話はNG、ということだけ記憶しておけばいいだろう。
まあ触れて欲しくない話題の一つや二つ、誰でもあるよな。
俺なんて過去から現在進行形で地雷だらけだ。
もう黒ひげ危機●髪ぐらい危機。




