36話 再スタート
「し、知ってた……?」
え? は? マジで?
「初めて会った時は髪だって黒かったから、そういうのはもうやめたのかと思っていたんだけれど……。無理してくれていたんだね」
「もう凌大ったら。だから最初に言ったじゃない、必要ないって」
母さん、そういう大事なことはちゃんと言ってくれ。主語述語を加えてハッキリと具体的に!
「なんだ。拍子抜けだったわね」
「でも何も問題なくて安心したよー」
ここ数カ月の俺の努力は一体……。
ただのひとり相撲だったらしい。くそダサいにも程がある。
すっかり脱力してしまい、情けなくもその場にへたり込んでしまった。
「凌大くん」
俺と目線を合わせる為か直純さんが床に膝を着き、肩にそっと触れてくる。
「私は全てを受け止める覚悟で凜子さんにプロポーズをしたんだ。勿論、凌大くんのことだって含まれている。伝わっていなかったのは残念だけれど、もう少し私を信用してくれたら嬉しいな」
「直純さん……」
「血の繋がりがなくても、他の子よりケンカが強くても、きみは凜子さんの大事な息子。私も同じ思いだよ」
「っ、……今まで、すみませんでした……」
土下座する勢いで頭を下げる。
だけど床に額が着く前に直純さんの手が阻止した。
「顔を上げてくれないかい? 凌大くんが謝る必要は何もないよ」
「けど……」
「そんな悲しい顔より、私は笑った顔が見たいな」
「……良い話のとこ悪いけど、なんでお父さんっていちいち口説き文句みたいなの……?」
「た、確かに!」
「雪奈ちゃん、氷奈ちゃん。直純さんたら会社でもこうなのよ。だからファンの子が多くて……。どうしましょう」
おい、凜子。何をどさくさに紛れて相談してんだ。
「凜子さん、それは私のセリフだよ! いつも傍で甲斐甲斐しく動いてくれる君がいることに、社内外の人間からどれだけ羨ましがられているか!」
「直純さん……!」
……なんだこの告白大会。大事故だぞ。
「ら、ラブラブなのは分かったから後でやって!」
「見せつけてくれるねー」
ほんのり頬を染めてツンとする雪奈と、ニコニコ笑う氷奈。
ようやく直純さんは我に返ったのか、ゴホンとわざとらしく咳払いをした。
「すまない。話が逸れてしまった」
「いえ……」
「凌大くん。もう過度に良い子でいようと無理をすることはないよ。ありのままの君でいて欲しい。そうしてくれるかい?」
「……はい」
静かに頷いた俺に優しく笑いかける直純さん。
――母さん、今度は凄く良い人を選んだな。
肩の荷が下りたその夜、俺は泥のように眠った。
翌朝、母さんが起こしに来るまで。
「凌くん、朝よ。起きなさい」
「どわあっ!?」
至近距離から囁かれ、思わず飛び起きた。は!?
「おはよう。そろそろ支度をしないと遅刻するわよ?」
「……はよ。頼むからもうちょっと普通に起こしてくれ……」
「最初は普通に声掛けたわよー? でも全然起きないんだもん」
もんとか言うな。年を考えろ。
「きっと気を張っていた疲れが出たのね」
「……そうだな」
「ごめんね」
急になんだと思い見れば、珍しく落ち込んだような様子の母さんが映る。
「私の所為でそんなに追い詰められていたなんて、母親失格よ」
「違う! 俺が勝手にやったことだ」
「凌くんはずっと変わらないわね。人の為に自分が傷付いても構わない……。とても凄いことだけど、優しすぎて母さんは心配だわ」
まるで祈るように両手を握ってくる母さん。
その手は少し震えている。
「そんなことねぇよ。優しいのは俺の周りに居る人たちだ。……母さんを含めてな」
「凌くん……」
「だからいつもみたいに笑ってくれよ。調子、狂うだろ」
能天気でいてくれないと、こっちまで元気が出ない。
「……うん」
母さんは俯いて数秒そのままになる。
握られたままの手の上に水滴が落ちて来たが、何も気付かなかったフリをした。
「いつまでもこうしてると本当に遅刻するわね! 着替えたら降りてらっしゃい」
顔を上げニコッと笑う母さんは、明らかに泣いたのがバレバレだ。
でもその事には触れず、ああと返事を返せば頭をグシャッと撫でてくる。
「ありがとう。大好きよ」
「……、いいからもう行けって」
思春期の息子に返事は期待しないでくれ。
しかし母さんは穏やかに微笑むと部屋を出て行った。
まあ、きっとあの感じではお見通しなんだろう。
そうして一人になった俺は、身支度を整えるべく行動を開始することにした。
顔を洗い、歯も磨いて制服に着替える。
今日からはネクタイをきっちり締める必要もない。
シャツのボタンを留めるのは上から三番目以下、袖も適度に捲るラフさ。
そのまま鞄を肩に担ぐと一階を目指した。
ダイニングに顔を出せば母さん以外が揃っていて、口々に挨拶をされた。
「おはよう。凌大くん」
「お、おはよう」
「おはようございます!」
変わらない様子の三人に、無意識にホッと吐いてしまう息。
……夢じゃなかったんだな。
この場にいない母さんは泣いた痕を消しているのだろう。この人たちに見られないように。
「って、ぼ、ボタン開け過ぎじゃないの……!?」
「凌ちゃんが爽やか系からセクシー系になっちゃいました!」
「? これぐらい普通だろ?」
「この露出狂! 変態!」
「喋るとワイルド感もプラス……。やりますね!」
氷奈はさっきからよく分からないが、雪奈は言いたい放題だ。服着てるぞ!
「うーん。ちょっと若い女性には目に毒かもしれないね」
二人の様子に苦笑しつつ、朝食の配膳をする直純さん。
素に戻った俺を見ても嫌悪感を示すことはないようだった。
一晩寝て気が変わったらどうしようかと思っていたのだ。
……駄目だな。俺も直純さんのことを信じないと。
直純さんがしてくれたみたいに。
それから戻って来た母さんも加わり賑やかな朝食を終え、会社へ行く直純さんと母さんと玄関先で別れる。
母さんは直純さんの運転する高級車で通勤、俺たちは徒歩で通学だ。
直純さんは車庫へ向かう前に足を止めると、双子と俺を無理矢理まとめてハグしてきた。
「三人とも良い子でね」
「ちょ、ちょっと!」
「スーツがシワになっちゃうよー」
「可愛い子ども達とコミュニケーションを取ることの方が大事だよ」
い、居た堪れない……。
「あれ? 凌大くんには振り解かれるのを覚悟していたんだけれど」
「……次からは遠慮してくれると助かります」
「ふふっ。そんな照れた顔で言われても無理かな」
照れてるんじゃなくて、恥ずかしいんだよ。察してくれ。
「じゃあ次は私の番ね!」
交代とばかりに母さんが両手を広げてくる。すっかり元通りだ。
「おい、凜子。やめろ」
ならこっちも遠慮はしない。額をガッと押さえて阻止した。
「凌くん酷いわ! 直純さんはよくて私は駄目なの!?」
「どっちも嫌だよ! 俺を巻き込むな!」
「ケチー。いいじゃない、減るもんでもなし」
「精神力がゴリゴリ減るだろ」
なんて普段通りのやりとりをしていれば、三人分の視線に気付いてハッとする。
引かれたか……?
「いいなぁ。私にも遠慮なく絡んで欲しいよ……」
「やっぱり荒い口調の方がイキイキしてます!」
「そうね」
っ、そんな微笑ましい目で見ないでくれ。
「……先行くから」
逃げ出すように門扉を開け通学路を先行すれば、雪奈と氷奈が追い掛けて来て横に並ぶ。
「ほら、何の心配も要らなかったでしょ?」
「むしろ溺愛度が増した気がします」
「……ああ。参った」
こうもアッサリ受け入れてもらえるなんて、思いもしなかった。
直純さんの懐の深さを舐めてたよ。
思わず苦笑すると、雪奈と氷奈の頬がほんのり朱に染まる。
「やっぱボタン開け過ぎ!」
「み、妙に色っぽく見えてドキドキします」
「氷奈。それは風邪か不整脈だ」
「乙女のときめきを勘違いで一蹴されました……!」
いや、ときめきって。
「義兄妹でそれはないだろ……」
「んー。義理だから無くはないですよ?」
「え?」
「ね? 雪ちゃん」
「は、はあ!? 知らないわよ!」
おい、なんで否定しないんだよ。
「も、もう置いてくから!」
「あっ、待ってよー!」
目が合えば急に早足で歩いて行く雪奈と後を追う氷奈。
それを数歩遅れて見守る俺の立ち位置は、もう迷子じゃない。
とはいえ向こうからは『兄』として認識されていないらしい。だからこそ起こる勘違いだろう。
まだまだ距離が遠い証拠だ。
偽の自分で接していたのだから当然と言える。
……これから少しずつ詰めて行けたらいいな。
今歩いている程のスピードでもいいから――。
「おはよう、瀬名くん。ボーッと歩いていると邪魔になるわよ」
「ほんまやで。って、どないしたんやその格好! まだ学校の外やで!?」
学校が近付いた頃、唐突に聞き馴染みのある声がツッコミを入れてきた。
こいつらに説明するのが残ってたわ。締まらねぇ……。
次で完結です。
長くなったので前後編に分けて同日更新予定です!




