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26話 安心と不安

「ただいま帰ったよ!」

「ただいま~!」

 ついに直純さんと母さんが出張先から帰ってきた。

 二人ともそれほど疲れた様子はなく、むしろテンションが高いぐらい。

 元気な姿を見た途端、安心して肩の力が抜けるのを感じた。無事で何よりである。


「良い子にしてたかい?」

「ちょ、ちょっと!」

「お父さん、苦しいよー」

 高そうなトレンチコートを脱ぎもせず、ぎゅうぎゅうと双子を力強く抱きしめる直純さん。

 なんだかんだ双子も嬉しそうだ。実に微笑ましい光景――。

「ふぉっ!?」

「凌くんも良い子にしてた?」

 油断していたらオカンが急に背後から抱き付いてきた。おい、やめろ!


「あら。少し痩せたんじゃない?」

 は、腹をまさぐるな! Tシャツの裾から見えてるだろ!

「おや? なかなか鍛えてるね、凌大くん。何かスポーツをしていたんだったかな?」

 直純さんが感心したように言ってくるけど、「ケンカです☆」なんて答えられるわけがない。

「と、友達とプロレスとか格闘技ごっこをよくしてました」

 リアルファイトという事実を抜かせば比較的嘘じゃないな。うん。


「それはまた楽しそうだね」

「ははは……」

「凌ちゃん、あの美人さんともプロレスごっこを……!?」

「……最低」

 あらぬ誤解を生んだ!

 対椿に関しては一方的に技をかけられる側です。反撃も許されない。


「氷奈ちゃんと雪奈ちゃん、凌くんのお友達に会ったの?」

「はい! 公坂くんと立花さんにお会いしました」

「まあ。留守中に随分と仲良くなったのねぇ」

 少し驚いた後、嬉しそうにニコニコ笑う母さん。

 一瞬の隙をついて腕から脱出した。まったく、歳を考えてくれ……。


「私も距離が縮まっている気がするよ。何かあったのかい?」

 そうだな、色々あったよ。

 寝起きドッキリの逆飯テロからのすれ違いに始まり、元・家政婦による暴行事件、同級生には脅迫状と首輪まで貰った。

 これが十日の間の出来事だったことに戦慄する。

 俺まだ高一なのに人生濃すぎないか。何倍濃縮だよ。薄めて行こうぜ。

「まあちょっとね」

「ふふっ。今までで一番楽しい留守番だったよねー?」

 顔を見合わせる雪奈と氷奈。

 それを見た直純さんの眉間がどんどん寄っていく。


「わ、私だけ仲間外れにしないでくれないか……! そうだ、凌大くんのお友達をうちに招待したらどうかな!」

 却下だ!

 共通の話題を探るのに必死なのは分かるが、それは愚策というかマジで無理。

「あの、俺もバイトがありますし、友人も何かと忙しいので」

「そうかい? それは残念だ……」

 しょんぼりする直純さん。

 悪いがこれだけは譲れない。長時間あいつらが傍にいたら俺は確実に気が緩むし、質問攻めにされたら堪らない。

 ボロが出てしまう。

 双子との食事会で実感した。

 だから断固拒否させてもらう。


「それよりお茶にしませんか? お疲れでしょう。何か淹れてきますから」

 強制終了すべくソファーを勧めれば、直純さんの目が潤んだ。は?

「なんて良い子なんだ。ハグしていいかな!?」

 よくない。

 って、もうしてんじゃねーか! 訊いた意味は!?

「息子にも恵まれるなんて、私は幸せだ」

 ハネムーン明けでハイなのか、元々コミュニケーションおばけなのか。とにかく耳元でうっとり囁かないで欲しい。鳥肌が凄い。

 まあ嬉しそうだから振り解いたりはしないが……。


 だけどもし血の繋がった息子ができたら、俺へのこの気持ちも変わるのだろうか。


 ……なんて、俺が言えた義理じゃないな。

 つい直純さんのストレートな父性に、余計な感情をかき立てられてしまった。

「ほら、お父さん。凌大が固まってるじゃない」

「やり過ぎると嫌われちゃうよ?」

「そ、それは駄目だ! すまない、ついやってしまった……!」

 バッと勢い良く離れ、あわあわする美中年。

 そのあまりの似合わなさに思わず吹き出してしまう。


「……凌大くん、ようやくちゃんと笑ってくれたね」

「え?」

「凌大くんていつも穏やかだけど、なんだか心から笑っていない気がしてたから」

 ちょっと待て。嘘だろ。

 直純さん、そんな風に見てたのか?

 だとしたら偽装だとバレているんじゃ――?

「ただ緊張してただけよねえ? この子あまり賑やかな家族に慣れていないから、戸惑っちゃったのよ」

 母さんがバシバシと背中を叩いてくる。

 やばい。俺は今、顔を上手く取り繕えているか自信がない。

 足元がフラリと揺れる。


「私の気配りが足りなかったようだね……。すまない、凌大くん」

「…………いえ。俺の方こそ、すみません」

 なんとかそれだけを絞り出す。

 何についての謝罪かは、とても言えないけど。


「えーっと、じゃあ今日から仕切り直すのはどうでしょう!」

「そうね。もう長期出張は当分ないんでしょ?」

 氷奈と雪奈が絶妙なタイミングでフォローすれば直純さんは目を瞬かせ、柔らかく微笑む。

「凌大くん。そうさせてもらえるかい?」

 同時に差し出される右手。

 無防備に向けられるこの手を取るのが、心苦しい。

 握り返すのを躊躇っていると、母さんが強引に繋ぎ合わせた。


「はい、これで直純さんも凌くんも遠慮はなしね」

「……。」

「凌大くん」

 言葉を返せない俺に、直純さんは慈愛に満ちた顔を向けてくる。

「何があっても私は君の味方だよ。ずっと傍にいる」

「っ!?」

 ……やっぱりバレてるのか?

 いや、まだ実の父親のことを言っている可能性もある。

 落ち着け。動揺するな。


「凌大くんが病める時も健やかなる時も、いつ如何なる時でも私が付いているよ。だから安心して甘えて欲しい」

 うん、それは凜子だけにしてください。浮気反対。

「もー、お父さん。それじゃあプロポーズみたいだよ」

「口説き落とす方向が間違ってるわね……」

「え!? そ、そうか。難しいな」

「やだ私、息子に夫を奪われちゃう!?」

 とりあえず母さんは黙れ。


「言いたいことは何となく伝わりましたから」

「ほ、本当かい? 引いたんじゃないかい……?」

 ドン引きだよ。

 少しだけ嬉しいと思ってしまった自分にも。

 俺は知らない内にどこかで優しい父親を求めていたんだろうか。

 首を横に振り否定すれば、直純さんがホッとしたように微笑んだ。

「遅くなってしまったけど、座ってお茶にしようか。お土産を買ってきたんだ。留守中のことも聞かせて欲しいな」


 色々な気持ちがぐちゃぐちゃでまとまらない中、背中に触れられた手がやけに大きく温かく感じた。

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