19話 サプライズ
予期せぬ事態はいつも突然やってくる。
その時、冷静に行動ができるか否か。
度量が大きく試される。
つまり何が言いたいかというと、移動教室から戻って来たら俺の席に美少女の抱き枕が鎮座していたという話。
「……はあ!?」
なん、ええ!?
突然の珍事に、クラスメイトたちも「え、何あれ……」と完全にドン引いている。
俺もそっち側に入れてください。当事者扱いしないでくれ。被害者だよ。
「なんや凌大くん。変な声出しよ……はあ!?」
トイレに寄っていた為、遅れて教室へ戻って来た司が俺と同じリアクションをした。さすが悪友、反応が同じとは。
しかし困ったことにこの抱き枕、見覚えがあるぞ……。
誰かさんが『嫁』と公言していたキャラクターだ。
名前は何だったか忘れたが、とにかく巨乳。あとゴスロリ衣装なのに肝心なところの布面積が足りてない。
なんてことを考えながら見下ろしていれば、微かに抱き枕がモゾッと動いた。
それを見て恐怖まで混じるクラスメイトの視線。無理もない。
このまま無言で窓から投げ捨てたいが、不法投棄をしようにも残念ながらここは二階。極めて危険である。
教室の外へ抱えて出るのもリスクがある為、観念して話し掛けることにした。
「…………おい、ルイス。出て来い」
抱き枕に向かって何を言っているんだと思わないで欲しい。
その証拠に普通の抱き枕にはない両面真ん中のファスナーが、ゆっくりと下ろされていく。
教室はもはや阿鼻叫喚だ。
クリーチャーでも出たみたいな空気の中、枕というかむしろ寝袋から姿を現したのは、プリントされたキャラクターにも釣り合いそうな男。
サラサラと流れる金茶の髪、緑がかった薄茶の瞳は少し垂れ気味で、甘さを帯びながら輝いている。
以前に電話したいと言っていたゲーマーでかつての仲間、庵西ルイスだ。
……そういえば、こいつもハーフだったな。
「……久しぶり。凌大」
「おう、久しぶり――じゃねぇよ! 何してんだ」
あまりにマイペースがすぎる登場に、持っていた教科書で頭をスパーンとはたいてしまった。
「……痛い」
強めにツッコんだからな!
若干涙目で訴えてくるルイスにザワつく女子たち。「脱皮したら王子が出てきた……!」ってなんだ。王子は脱皮なんかしねぇ。
「元気そやなルイス。せやけど意味分からん登場すなや……」
「……公坂も相変わらず」
「どうでもいいけれど、次の授業が始まるわよ」
げんなりする司とは対照的に、椿が冷静にしれっと言い放ってきた。
どうでもいいのはルイスのことか授業のことか。どっちにしろ酷い。
知らない仲じゃないのに挨拶もなしかよ。
「ルイス。なんでいきなり来たのか知らねぇが、どこかで待っててくれるか? 話は後だ」
こいつも同じ学校ではあるのだが、クラスが違うとか以前に私服なのだ。
ドレスコード制服はどうした。
一ヶ月以上も学校を休んでいた訳だし、教師に見つかると面倒は避けられないだろう。
卒業旅行から帰って来たと思ったら、なぜ奇襲してくるんだよ。
俺の席まで知っていた理由を問い質すことに加えて、説教してやろうと決めた。
「……分かった。じゃあ、あそこにいる」
ルイスがスッと指差したのは、掃除用具入れ。
うん、待て。
篠宮のことといい、これ以上悩みの種を増やすんじゃない。今日は厄日か。
「って、おい! いそいそと移動するな!」
「……隠れるには鉄板の場所。見つかったら面倒なんでしょ?」
「突撃訪問する前に気付いて欲しかったわ」
とかやっている間に鳴り響くチャイム。
時間切れだ。
「はーい、席についてー。授業始める……何あれ!?」
チャイムが鳴り終わると同時に現れた担任が、教室の後ろを見て驚愕する。
彼女が見たものは、ツタンカー●ンの棺のように直立不動で立つ美少女の抱き枕。
中にはもちろんルイスが入っている。
掃除用具入れまで間に合わなかったせいだ。
「え? え? 今朝はなかったよね……?」
担任こと佐藤先生(二十代・童顔)が教卓前の男子に問い掛ければ、訊かれたやつは「そっすね……」と遠い目で答えた。なんか、すまん……。
「もー。学校に不要なものは持って来ちゃ駄目だよ。誰の?」
一斉に目を逸らすクラスメイトたち。素晴らしい団結力である。こんなことで知りたくなかった。
「すんません。俺です」
名乗り出なければ学級裁判に発展しそうなので、正直に手を上げる。
こういうのは早い方が傷が浅くて済むのだ。……すでに致命傷な気もするが。
佐藤先生はあまりに予想外だったのか目を見開いて驚いたものの、すぐに気を取り直すと怒るどころか菩薩のような顔を向けてきた。
「吾妻くん。その……新しいご家庭とか、悩みがあるなら先生に言ってね……?」
説教される方がマシだよ。
* * *
美少女抱き枕の授業参観を終え、ようやく放課後。
自由を得たと言うのに、うちのクラスのやつらはほとんど居残っていた。
まあ、気になるだろう。授業中みんな明らかに挙動不審だったしな……。
「もういいぞ、ルイス」
外からファスナーを下ろしてやると、蒸れたのか頬を上気させ汗ばむルイスが顔を覗かせた。途端に上がる女子たちの黄色い悲鳴。
こいつがいかにもオタクな外見だったら悲鳴の種類が違うのだろう。世知辛い。
「……通気性に難あり。夏用の嫁にしないと」
「そもそも用途が間違ってるというか夏用の嫁ってなんだ」
「……中がメッシュ構造で――」
「真面目な解説はいらねぇ! ちょっと待ってろ。何か飲み物買ってきてやるから」
話をする前に脱水症状になったら困る。
もし保健室に運ぶことになったら何て説明すんだよ。
「ほな僕が買うてきたるから、場所移しや。屋上でも行っとり」
学校指定ジャージの上着をルイスに向かって放り、教室を出て行く司。
なるほど、これで私服を隠して移動しろということか。
さすが元ハーレム王。フォローがスマートだ。
「……香水臭い。凌大の貸して」
しかしジャージを投げ捨てるルイス。フォロー台無しかよ。
「汗臭いよりいいだろ……。我慢しとけ」
「あら、心配しなくても無臭よ。むしろ洗剤の匂いがするわ」
「なに嗅いでんだ!?」
椿が俺の鞄からはみ出ていたジャージを引っ張り出し、あろうことか鼻を近付け感想を述べてくる。マジで何してんの!?
「逆にフローラルなのが腹立つわね」
ほっとけ。おかんの趣味だよ。
「って、匂いで思い出した。篠宮に放課後付き合えって言われてんだった……」
あまりのことに頭からスポーンと抜け落ちていた。
隣のクラスはまだホームルーム中だろうか。
「……それなら大丈夫。もう解決済みだから」
は?
ルイスお前、いま何つった……?




