18話 作戦会議というより犯行計画
「殺しましょう」
五限目の化学の班学習中、実験をしながら同じ班である司と椿に昼休みの一件を報告したら、椿の一言目がこれ。
「停学うんぬん言ってたのは誰だッ!?」
「瀬名くんで遊んでいいのは私だけよ」
「そこかよ!」
「証拠は残さへんから大丈夫や。凌大くんをイジる楽しみは僕のもんやで!」
「なんでだよ。しばくぞコラ」
目の前の悪友二人から「ズゴゴゴゴ……」と立ち昇る暗黒のオーラ。
こいつらの方がよっぽど悪者っぽい。
手にしている試験管の中身が毒薬に見える。ただの水なのに。
「差出人はクラスメイトではなく、隣のクラスの篠宮アリスだったとはね」
「あれやろ? 『アリス姫』て呼ばれとる、お人形さんみたいな子」
「なんだ有名だったのか」
見たことあると思ったのも、クラスが隣という単純な理由だった。
「まあ、あの見た目やから目立つしな。ふわふわした感じと英国人とのハーフゆうんで、結構人気あるみたいやで?」
「あれが人気ってこの学校はドMの巣窟か……!? 可愛いのは見た目だけで、中身は小悪魔通り越して大魔王みたいなやつだったぞ」
「普段は猫被ってるに決まってるじゃない」
「バカなっ!?」
「馬鹿は貴方よ、瀬名くん。女子なんて他者の前では良い子ぶり、陰では悪口の応酬が基本仕様なんだから」
それは椿の独断と偏見じゃないのか。
と思ったけど、どうやらそうでもないらしい。
「せやな。篠宮の評判は特に悪うない。やっかんだ女の子を除いてな」
「マジか……」
余りある顔のアドバンテージを殺す以上の中身の悪さなのに。
「それにしても厄介なことになったわね」
「ああ。首に変なもんまで着けてくるし」
隠す為に一番上まで留めていたシャツのボタンを外すと、現れるチョーカー。
トイレの鏡で確認したところ、黒い革製の本体部分の先にアルファベットで俺の名前が彫られたシルバーのタグが付いていた。ハッキリ言ってクソだせえ。
「ペットに付ける首輪みたいやな、それ」
「外せないの?」
「やってみたけど無理だった。後ろの留め具には鍵も付いてんだぞコレ」
それも小型のダイヤル錠。
これでは番号を知っている篠宮にしか解除できない。
皮の部分を切ろうにも、異常に固い上に首に密着しているせいで迂闊に手が出せないという、呪いの品である。
「それなら溶かせばいいわ。ちょうど隣の準備室に薬品が山程あるじゃない」
「首ごと溶けるわ」
「瀬名くんの本気が見てみたーい。ほら、一滴、一滴」
「飲み会みたいなノリで言うんじゃねえ!」
薬品棚にも鍵が掛かっているので冗談だと分かっていても怖い。
しかも無表情でそのセリフやめろ。
「真面目な話、どないするつもりなん?」
一人黙々と実験を続けながら司がチラッと俺を見る。
「……ナ、ナントカナルヨ!」
「無策かいな……」
「しょうがねーだろ! つい売られたケンカを買っちまったんだよ……」
「彼女の駄犬になりたかったんじゃないの?」
「んな訳あるか」
俺にそういう趣味はない。犬派だからって自分が犬になりたいやつはいねぇ。
それはドMの人です。
「じゃあ椿が俺の立場だったらどうすんだよ」
「……聞きたい?」
「やっぱいい」
とんでもなくえげつない答えが返ってきそうな顔をしている。
「僕やったら惚れさしてそないな気ぃ失くさすけどなー」
「その薬品ごと爆ぜろ。頼むから」
「残念ながら危険なもんとちゃうでコレ」
「誰か爆薬をここに持て!」
司てめぇ、朝の呼び出しも予想通り遊びのお誘いだったそうじゃねーか。
しかも断るとか何様だこのイケメン眼鏡!
腹にジャ●プでも仕込んどけよ、いつか刺されるぞ!
「そこのハーレム野郎は放置するとして」
「ちょ、椿ちゃむぐっ」
「黙りなさい、司」
椿が司を黙らせた。物理的に。
試験管は口に入れるもんじゃないと思う。なんかタコみたいになってんぞ。
「人を騙そうとするからこんなことになるのよ。最初から堂々とその粗暴さを晒していればよかったのに」
「言い方……」
「事実でしょう」
……まあ確かに。おい。
「だから最初に忠告したでしょう。もし偽装だとバレたらややこしいことになるって。さすがに第三者にそのことをネタに強請られるとまでは、思わなかったけれど」
椿は俺が偽装すると言い出した時、バレた時の危険性を真っ先に指摘していた。
椿だけじゃない。
司も。
それでもやると押し切ったのは俺だ。
「もうこの際だから暴露してしまいなさい。そうすれば解決するわよ」
真っ直ぐに目線を合わせ、静かに提案してくる椿。
その大きな瞳には冗談など一切なく、ただ真剣さが浮かんでいた。
「……それだけはできない。母さんの幸せを奪いたくねぇんだ」
今まで散々迷惑を掛けてきたのに、これ以上辛い思いをさせられない。
だからその選択肢だけは選ばない。
それ以上何も言わないでいると、椿が小さく溜め息を吐いた。
「吾妻さんというのはそんなに度量の狭い人なの?」
「え?」
「実際に知り合ってみて、再婚相手の息子が不良だからと、離婚を切り出すような人だったの?」
「それはない……と思うが、分からねぇ……」
判断できるほど俺は直純さんのことを知らない。
いや、違うか。
知ろうとしなかった、という方が正確だ。
俺は吾妻家の人のことなど考えもせず、偽装計画を立て、実行した。
――それが自分にとって最良だったから。
相手の気持ちなんて微塵も考えていなかった。
椿はそれが間違いだと言いたいのだろう。
そのことはこの前罪悪感を抱いてから、薄々思い始めている。
だけど都合が悪くなったからといって簡単に投げ出すほど、中途半端な気持ちでやっているつもりもない。
一度嘘を吐いてしまった以上、最後まで貫き通すべきだと思っている。
それが嘘を吐いた俺の責任。
だから俺から打ち明けることはしない。
絶対に。
「椿ちゃん、イライラするんは分かるけど、その辺にしといたりや。凌大くんに当たってもしゃあないやろ。というか、朝みたいに仲間外れにせんといて! あと変なもん口に入れるのもあかん!」
「司は大人しくオロオロしながらこちらを見ている化学教師でも口説いてなさい」
「いやオッサンやん。さすがに守備範囲外や」
「己の限界を超えてこそ男でしょう?」
「こういう時に使うセリフとちゃう! もー、凌大くんからも何か言うたってよー」
「……おい今、珍しく真面目に考え事してたんだけど」
何をアホなやり取りしてんだ。気分台無しじゃねーか。
「その表情が悪人面すぎて、教師が泣きそうな顔で見ているわよ」
「は?」
顔を上げれば、あからさまにビビる痩せ型の中年教師と目が合う。
捕食者の前で固まる草食動物みたいに震えながらも、チラチラとこっちの様子を窺ってきていた。どうした。気持ち悪ぃよ。
何か言いたいことでもあるのだろうか?
「先生、何か用すか」
「じゅ、授業終わるので実験結果を書いた紙、提出してくださいぃ……」
なにそれ美味しいの?




