17話 差出人
もう一度言おう。
女子だ!
鎖骨の辺りで内巻きに揃えられた蜂蜜色の髪と、アッシュブルーの大きな瞳。
小柄だけど日本人ではない長さの手足と白い肌。
異国の美少女がうちの学校の制服を着て立っている。
「ねえ、聞いてる~?」
「タイム」
予想を裏切り過ぎた相手に対して感情が追いつかない!
向けるのを躊躇われる敵意はどうしたらいいのか。
というか誰だこの美少女は……!?
一つ確かなのは、同じクラスではないということ。
いくら交流がなくても、クラスメイトの顔ぐらいは把握しているので間違いない。名前はまあ……別として。
話が逸れた。目の前の女子と面識はないが、しかし校内で見たことはあるような気もする。
「女の子に背を向けるのは失礼だよ~」
しゃがみこんで頭を抱える俺のシャツを、グイグイ引っ張る謎の女子。
脅迫状で人を呼び出す方が失礼だろと声を大にして言いたい。
「……誰だ」
「初めまして~。私は篠宮アリス。凌くんと同じ一年生だよ?」
動かないと悟ったのか隣にストンと座ると、甘い香りのする彼女はのん気な自己紹介をしてくる。
篠宮が名字? ハーフなのか?
いや、そんなことはどうでもいい。
俺はなぜこの子に呼び出されたのか。そしてなぜ仲良く並んで座っているのか。
あといきなり下の名前呼びなのは心臓に悪いからやめて欲しい。
「目的は何だ」
ズリズリと後退して距離を取りつつ問い質せば、篠宮はにっこりと微笑む。
「凌くんに恨みはないんだけど~。アリス、雪奈ちゃんと氷奈ちゃんが嫌いなんだよね~」
「……あァ?」
「怖い顔~。やっぱりそっちの方が似合ってるよ~?」
双子の名前を出されて思わず睨んだ俺を、うふふと笑って受け流す篠宮。
普通の女子ならありえない反応。
ゆるい口調や雰囲気とは裏腹に、結構な曲者らしい態度だ。
それに『そっちの方が』という今のセリフ。
やはり俺が双子の前では偽装していることを知っている――。
「二人と知り合いなのか」
「うん。中学まで一緒だったよ~。アリスは桜華女子に落ちちゃったから、別々の高校になったけど~」
双子が通っている私立桜華女子学園は、偏差値も学費もお高いお嬢様校だ。
一般家庭ではまず受けようとは思わないくらい敷居が高い。
そこを受けたということは、こいつも良いとこの令嬢というやつなのだろう。
「面識があるのは分かった。でもなぜそれで俺を呼び出す?」
「だって凌くんは~、二人の『お義兄ちゃん』になったよね?」
「……!」
「黙っててもいいけど身辺調査済みだよ~?」
ニコニコしている篠宮の大きな瞳には、隠しきれない嗜虐心が揺らめいている。
……この手のタイプは相手にすると面倒臭い。
しかし無視をすればもっと面倒臭いことになる。過去の経験則だ。
どうやって躱すべきか。
「そもそも俺のことをどこで知った」
「んーとね、この前偶然料亭で見ちゃったんだ~。雪奈ちゃんと氷奈ちゃんが楽しそうな顔で凌くんと話してるところ。それでちょっと調べてみたらビックリ~! 新しい家族なんだもん」
俺が料亭に行ったのは一度きり。
両家対面の日だけだ。
確かにあの日、耐え切れず部屋から逃げ出した先の廊下で、二人と立ち話をした。
そこを見られていたというのか。
あの店は襖で仕切られた完全個室制。他の部屋から少しだけ戸を開けて見られていたとしても、恐らく気付くことは難しい。
そうでなくてもあれだけ広い建物だ。死角なんていくらでもあっただろう。
「名字が変わるの遅かったね~。最近まで家も別々だったみたいだし~」
「なっ、そんなことまで知ってんのか」
「監視させてもらってたんだ~。こんな面白そうな話、逃すわけないよ~」
…………なんだこいつ。
調べるだの監視だの、異常すぎる行動を何でもないように言ってくる。
金に物を言わせてやったのか知らんが、外れている情報が一つもないことにもゾッとする。
こんなヤバそうな女子、相手にしたくねぇぞ……!
「お前、何がしたいんだ」
「思い付いちゃったんだよね~。二人の大事なもので遊んでやろうって」
天使みたいな容姿の篠宮から発せられる、悪魔のような言葉。
あまりの落差に一瞬理解が追い付かなかった。
って、呆けてる場合か!
……クソッ。案の定、厄介なことになったじゃねぇか。
なんとか諦めさせるべく、悪い頭をフル稼働させる。
「残念だが『大事なもの』ってのは間違いだぞ。俺と双子の仲は、せいぜい最近できた知り合いもいいところだからな」
家族になったとはいえ、少しずつ打ち解け始めたようなスタート地点。
それで大事だと思ってもらえていると考える程、めでたい頭じゃねぇんだよ。
だから無駄だと続けようとした言葉は、篠宮の次の一手で封じられた。
「ふ~ん。別にそう思っててもいいけど~。凌くんは雪奈ちゃんたちの前では良い子のフリしてるんだよね~? 騙されてたって知ったらどうなるかな~? 酷い裏切りだよね~」
「……っ」
「そうそう。凌くんがヤンチャしてた昔の写真もあるよ~?」
篠宮がポケットから出して見せたスマホの画面。
長めの金髪でガラの悪そうな少年が、ケンカをしている光景が写っている。
うん、俺ですわ。
どこから手に入れてきたのか謎だが、しっかり顔が判別できるとか、もう詰んでんじゃねーか。拡大機能が憎い。
「こっちの方がカッコいいのに~」
「うるせぇ……。そんなもんまで見せつけて、俺に何させたいんだ。嫌いな双子の代わりに土下座でもすればいいのか?」
「そんなの一瞬で終わっちゃうからつまんないでしょ~?」
「……お前、マジでいい性格してやがるな」
女子じゃなければ我慢しきれずブン殴っている自信がある。
「というわけで~。凌くんは今日からアリスの下僕ね~」
「あ?」
「アリスの気が済むまで言う事聞いてもらうから~」
「はァ!? ふざけんな!」
「バラされたいの?」
スマホを振りながら挑発的に訊いてくる篠宮の顔には「お前に拒否権なんてない」と書かれているように思えた。
……すげぇ腹が立つ。
目の前の篠宮にも、こんな状況に陥ってしまった間抜けな自分にも。
「――分かった。やってやるよ」
上等だ。売られたケンカは買ってやる。
それにここで俺が話に乗れば、今すぐバラすなんてことはしないはずだ。
従順なフリしてる間に、こいつを黙らせる方法を見つけてやろうじゃねぇか!
「じゃあ交渉成立だね~」
にっこり笑顔に変わった篠宮が四つん這いで近付いて来たかと思えば、するりと首の後ろに手を回してくる。
「おい、ちょっ」
動揺しているとカチリと音がして、何か細いものを首に嵌められた。
何だこれ、チョーカー?
「アリスのものって印~♪ アリス、おもちゃは壊すまで遊んじゃうから気を付けてね?」
今すぐクーリングオフしたい。




