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もし信長が生きていたら ― 本能寺から始まるもう一つの天下 ―  作者: マーたん


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三つの髑髏酒盛り

酒杯のひとりごと


私は一つの酒杯


祝いの席でも使われ


悲しみの席でも使われてきた


武将たちは酒を酌み交わしながら夢を語り


家族を思い


明日を信じて笑い合う


しかし戦の世では、その約束が果たされないことも少なくなかった


今日 私に注がれた酒は勝利のためではない


敗れた者を笑うためでもない


生きた者が散った命を忘れないための酒


敵も味方も関係なく


同じ時代を生きた者たちへ捧げる一杯


その重みを私は静かに受け止めている


願わくば


いつの日か私が満たす酒は


平和を祝う乾杯だけになりますように


――酒杯

第八十九章


三つの髑髏酒盛り


戦場を渡る風が止んだ


激しい戦いの合間


信長は静かに一つの丘へ足を運ぶ


そこには誰もいない


いや


正確には三つの髑髏だけが並べられていた


白く乾いた髑髏


長い年月を経ても、その存在だけは消えていない


信長はしばらく黙ったまま、その三つを見つめていた


「……久しいな」


静かな声が風に溶ける


家臣たちは少し離れた場所で、その様子を見守っていた


利家が小声で尋ねる


「殿は何をなさるおつもりでしょうか」


勝家は腕を組んだ


「信長様には信長様のお考えがある」


信長は腰に下げていた酒瓶を取り出す


栓を抜く音だけが静かな丘に響いた


「今日は祝いの酒ではない」


「別れでもない」


「語り合うための酒だ」


そう言って、三つの杯を髑髏の前へ置いた


一つ目の杯へ酒を注ぐ


「これは勇気を持って生きた者へ」


二つ目の杯へ静かに酒を注ぐ


「これは最後まで己を貫いた者へ」


三つ目の杯へ酒を注ぐ


「そしてこれは、敵味方を越えて散っていったすべての命へ」


信長は自らも杯を持ち、ゆっくりと空へ掲げた


「戦は終われば皆同じ」


「勝者も敗者も土へ還る」


「ならば生きている者だけが憎み続けてはならぬ」


その言葉に道三は静かに目を閉じる


義龍も何も言わず杯を受け取った


利家も勝家も藤吉郎も、一人ずつ酒を手にする


丘の上には静かな時間だけが流れていた


誰も笑わない


誰も泣かない


ただ亡き者たちを思い、酒を口へ運ぶ


信長は三つの髑髏へ向かって語り始めた


「そなたたちも夢を持っていたのであろう」


「家族を守りたかった者もいた」


「国を良くしたかった者もいた」


「それでも戦は、それを許さなかった」


信長は杯を静かに地面へ置く


「余はその繰り返しを終わらせたい」


「人が酒を酌み交わす相手は、敵ではなく友であってほしい」


その瞬間


穏やかな風が丘を吹き抜けた


木々の葉が優しく揺れる


誰かが答えたような、不思議な風だった


信長は小さく微笑む


「そうか」


「聞いていてくれたか」


勝家が静かにつぶやく


「殿は敵であった者にも酒を供える」


「だからこそ皆が殿についていくのだ」


藤吉郎もうなずく


「本当に大きな器を持ったお方だ」


信長は最後に三つの髑髏へ深く一礼した


「安らかに眠れ」


「これからは、生きる者たちが未来をつくる」


夕暮れの光が丘を優しく照らす


三つの髑髏は静かに並び続けていた


そこには恐ろしさはなかった


あるのは時代を越え、命を悼む一人の武将の真心だけだった


そして信長は再び戦場へ歩き出す


亡き者たちの願いも背負いながら、新しい未来へ向かって

静寂のひとりごと


私は静寂


戦が終わると必ず訪れる時間


剣の音も


馬のいななきも


雄叫びも消え


残るのは風の音だけ


多くの人は私を寂しい時間だと言う


けれど私は知っている


静けさの中だからこそ


人は亡き人を思い


今日を振り返り


明日を考えることができる


信長が三つの髑髏へ酒を供えた時間も


誰も言葉を交わさなかった


それでもその沈黙には


どんな言葉より深い想いが込められていた


私はその想いを胸に刻み


次の時代へ運び続ける


戦が終わるたびに


人の優しさだけは決して消えないと信じながら


――静寂

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