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もし信長が生きていたら ― 本能寺から始まるもう一つの天下 ―  作者: マーたん


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本能寺を越えて

歴史書のひとりごと


私は一冊の歴史書


分厚い表紙に包まれ、長い年月を静かに生きてきた


私の中には数え切れないほどの武将たちの名が刻まれている


勝者の名もあれば


敗れた者の名もある


名を残した英雄も


誰にも知られることなく散っていった兵の名もある


人は私を開き


歴史を学ぶと言う


しかし本当の歴史とは


勝った者だけが作るものではない


最後まで諦めなかった者


仲間を守るために立ち向かった者


未来を信じて歩き続けた者


そのすべてが歴史なのだ


私は何度も新しいページを開いてきた


桶狭間という一ページ


長篠という一ページ


本能寺という一ページ


そのたびに涙が落ち


そのたびに新しい希望も生まれた


そして今


私のページはゆっくりと九十枚目を開こうとしている


この一枚は決して普通の物語ではない


これは一人の武将が試される物語


強さではない


知恵でもない


心が試される物語


この先に記される文字はまだ白紙


その白紙へ何を書くのかは信長自身が決める


英雄になるのか


敗者になるのか


それとも誰も見たことのない新しい歴史を刻むのか


私は静かに筆が動く瞬間を待っている


新しい歴史が始まる音を聞くために


――歴史書

第九十章


本能寺を越えて ― 天下人、最後の試練 ―


夜が明けた。


長良川を包んでいた黒い霧はゆっくりと薄れ、東の空から黄金色の朝日が差し込み始める。


しかし、その光が届かない場所があった。


戦場の中央。


そこだけは黒い霧が渦を巻き、大地が不気味に脈打っていた。


信長は静かにその場所を見つめる。


「まだ終わっておらぬか」


道三が槍を握り直す。


「嫌な気配じゃ」


義龍も周囲を警戒する。


「敵はまだ何か隠している」


その瞬間だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


大地が大きく揺れ始めた。


兵たちは立っていられず、次々と膝をつく。


川の水が逆流し、山々では岩が崩れ落ちる。


信長は刀を抜いた。


「来るぞ」


地面が音を立てて裂ける。


裂け目は戦場全体へ広がり、巨大な穴となっていく。


その底は見えない。


まるで地獄へ続く入口だった。


黒い霧が噴き出し、空を覆う。


兵たちは恐怖で後ずさる。


「なんだ……あれは」


「こんな化け物がまだいたのか」


突然、穴の奥から重い足音が聞こえた。


ドン……


ドン……


ドン……


一歩進むたびに地面が揺れる。


やがて巨大な影が姿を現した。


高さは城の天守ほど。


全身を黒い鎧で覆い、その鎧には無数の刀傷が刻まれている。


顔は仮面で隠され、その兜には金色の三日月。


右手には巨大な野太刀。


左手には折れた槍。


背中には無数の旗が刺さっていた。


その姿は、まるで戦国時代そのものだった。


誰も言葉を発せない。


敵兵でさえ震えている。


巨大な武将は静かに信長を見る。


「織田……信長」


低く響く声だった。


信長は一歩前へ出る。


「余を知っているのか」


巨人はゆっくりとうなずく。


「知っている」


「お前は幾度となく歴史を動かした男」


「だからこそ」


「最後の試練を与える」


信長は刀を構える。


「名を名乗れ」


巨人は野太刀を天へ掲げた。


空に黒い雷が走る。


「我が名は」


「戦鬼・修羅丸」


「戦に散ったすべての武将たちの無念」


「すべての怒り」


「すべての悲しみ」


「その魂が集まり生まれた存在」


その名を聞いた瞬間、戦場の空気が凍りつく。


修羅丸は信長を見下ろした。


「お前は天下を目指した」


「その道で何人が涙を流した」


「何人が家族を失った」


「答えよ」


信長は黙っていた。


脳裏に浮かぶ。


桶狭間。


姉川。


長篠。


比叡山。


本能寺。


仲間の笑顔。


敵の最期。


失われた命。


信長はゆっくりと目を閉じた。


「余は」


「多くの命を救えなかった」


「多くの命を失わせた」


「その罪は一生消えぬ」


修羅丸は野太刀を信長へ向ける。


「ならば死ね」


「それが罪人の末路だ」


兵たちは叫ぶ。


「殿」


「逃げてください」


しかし信長は動かなかった。


「逃げぬ」


「逃げれば、この罪とも向き合えぬ」


修羅丸は怒りに満ちた咆哮を上げる。


「ならば来い」


「人の王よ」


巨大な野太刀が振り下ろされる。


大地が真っ二つに裂ける。


信長は紙一重でかわし、一気に懐へ飛び込む。


鋭い斬撃。


しかし修羅丸の鎧には傷一つ付かない。


逆に拳が振り下ろされる。


信長は吹き飛ばされ、大木へ激突した。


利家が駆け出す。


「殿」


勝家も槍を握る。


「皆で戦うぞ」


だが信長は立ち上がり、大きく手を広げた。


「誰も来るな」


「これは余自身の戦いだ」


兵たちは立ち止まる。


信長はゆっくりと修羅丸を見つめた。


「余は天下人になりたかったのではない」


「戦のない世をつくりたかった」


修羅丸は笑う。


「その理想のために戦をしたではないか」


信長はうなずく。


「その通りだ」


「矛盾している」


「愚かな道だった」


「それでも」


「余は人を信じたい」


その瞬間だった。


兵の中から一人の少年兵が前へ出る。


まだ十五歳ほど。


震えながら信長の隣へ立つ。


「殿」


「俺も戦います」


続いて老兵が前へ出る。


「最後まで共に」


さらに利家。


勝家。


藤吉郎。


道三。


義龍。


無数の兵が信長の後ろへ並ぶ。


修羅丸は静かに目を細めた。


「一人ではないか」


信長は笑った。


「最初から一人ではない」


「これが余の宝だ」


その言葉を聞いた修羅丸は、長い沈黙のあと、ゆっくりと野太刀を構え直した。


「ならば見せてもらおう」


「お前たちがつくる未来を」


戦場を揺るがすほどの雄叫びが響く。


信長は刀を高く掲げた。


「皆」


「未来を切り開くぞ」


「進め」


数万の兵が一斉に駆け出す。


修羅丸も大地を蹴った。


二つの軍勢が激突する。


その瞬間、朝日が雲を突き抜け、戦場全体を黄金色に染め上げた。


それは、新しい時代の幕開けを告げる光なのか。


それとも、戦国最後の戦いを見届ける光なのか。


その答えは、まだ誰にも分からなかった。


ただ一つ確かなことは――


織田信長の最後の試練は、今まさに始まったばかりだった。

未来の語り部のひとりごと


私は語り部


名もなき旅人


国から国へ歩き


人から人へ物語を届ける者


子どもたちは私の話を目を輝かせながら聞く


老人たちは静かに目を閉じ


昔を思い出しながら耳を傾ける


私が語るのは勝者だけの物語ではない


敗れた者の涙も


帰りを待ち続けた家族の願いも


友を信じて散った武士の誇りも


すべて語り継ぐ


なぜなら歴史とは


一人の英雄だけでは完成しないから


信長という男もまた


強いだけではなかった


迷い


苦しみ


後悔し


それでも歩みを止めなかった


だから人はその背中を追い続けた


だから家臣は命を懸けた


だから民は未来を信じた


私が旅を続ける限り


この物語は終わらない


百年後も


千年後も


焚き火を囲む子どもたちへ語ろう


あの日


一人の武将が未来を諦めなかったことを


仲間を信じ続けたことを


敵であっても命を敬ったことを


そして歴史とは


過去を知るためだけではなく


未来を良くするためにあるということを


次の章では


さらに大きな運命が信長を待ち受けている


その一歩は


歴史を変える一歩になるかもしれない


さあ


新しい一ページを開こう


まだ誰も知らない物語が


あなたを待っている


――未来の語り部

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