歴史を喰らう者 ― 黒き門から来た侵略者 ―
長良川の一言
私は長良川。
何百年、何千年もの時を流れ続けてきた川です。
私は多くの人々の暮らしを見守り、多くの命を育み、そして多くの戦を見届けてきました。
私の水面には、武将たちの笑顔も映りました。
悔し涙も映りました。
そして、数え切れないほどの血も流れてきました。
斎藤道三が戦った日も。
織田信長が駆け付けた日も。
私は静かに流れ続けていました。
けれど今日、この場所で起きようとしている出来事は、私が見てきたどの戦とも違います。
戦う相手は人ではなく、歴史そのものを消そうとする存在。
もしこの戦いに敗れれば、私という川さえ、生まれなかったことになるのかもしれません。
だから私は願います。
どうか、人の歴史を未来へつないでください。
私は今日も変わらず流れ続けます。
その流れが、平和な時代へと続いていくことを信じて。
――長良川
第七十九章
歴史を喰らう者 ― 黒き門から来た侵略者 ―
長良川の戦場。
先ほどまで敵味方に分かれ、互いの命を奪い合っていた兵たちは、不気味な静寂に包まれていた。
風が止む。
鳥の鳴き声も消える。
川の流れだけが静かに響いていた。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
大地が激しく揺れ始める。
兵たちは立っていられず、その場へ膝をついた。
「な、何事だ!」
「地震か!」
「違う……空を見ろ!」
一人の兵士が震える指で空を指差した。
青空はゆっくりと黒く染まり、まるで巨大な墨を流したように世界全体を覆っていく。
雲は渦を巻き始め、その中心から黒い雷が何度も落ちた。
ドォォォォン!!
雷鳴が山々へ反響し、木々は揺れ、馬たちは暴れ始める。
誰も経験したことのない異変だった。
「天が怒っている……。」
「これは神罰なのか……。」
老兵が震えながらつぶやく。
案内人は青ざめた表情で空を見上げていた。
「まさか……。」
「こんなに早く……。」
「歴史の均衡が崩れ始めている……。」
信長は静かに問いかける。
「何が起きる。」
案内人は震える声で答えた。
「信長様。」
「あなたが歴史を変えたことで、この世界を監視していた存在が目を覚ましてしまいました。」
「歴史を守る者ではありません。」
「歴史そのものを消そうとする存在です。」
その瞬間だった。
空が真っ二つに裂けた。
バリィィィィン!!
まるで鏡が割れるような音が響く。
裂け目の向こうには、光ではなく果てしない闇が広がっていた。
その闇の奥から巨大な門がゆっくりと姿を現す。
高さは山を超え、幅は城下町ほどもある。
門全体には無数の髑髏が彫られ、黒い炎が燃え続けていた。
門が開くたびに、冷たい風が戦場を吹き抜ける。
兵士たちは歯を鳴らし始めた。
「寒い……。」
「夏なのに……。」
「命を吸われるようだ……。」
信長だけは動かなかった。
ただ静かに門を見つめる。
「来るか。」
門の奥から足音が聞こえる。
一歩。
また一歩。
やがて一人の男が姿を現した。
黒い鎧。
黒い王冠。
黄金の仮面。
赤く燃える瞳。
背中には巨大な黒い翼。
その存在だけで空気が重くなる。
男は地面へ降り立つ。
ドン!!
その衝撃だけで地面が割れ、周囲の兵士たちは吹き飛ばされた。
男はゆっくりと信長を見つめる。
「ようやく会えた。」
「織田信長。」
信長は刀を抜く。
「名を名乗れ。」
男は不気味に笑った。
「我が名はゼノス。」
「歴史を喰らい。」
「文明を滅ぼし。」
「世界を無へ還す王。」
「歴史喰らいの皇帝。」
その名を聞いた瞬間、案内人はその場へ膝をついた。
「そんな……。」
「伝説ではなかったの……。」
ゼノスは笑う。
「私は歴史を嫌う。」
「人は何度でも争う。」
「何度でも裏切る。」
「何度でも同じ過ちを繰り返す。」
「だから世界ごと消してしまえばよい。」
信長は一歩前へ出た。
「人は変われる。」
ゼノスは首を傾げる。
「変われる?」
「ならば聞こう。」
「本能寺はなぜ起きた。」
「桶狭間では何人死んだ。」
「比叡山は。」
「長篠は。」
「お前も多くの命を奪ったではないか。」
戦場が静まり返る。
信長は目を閉じた。
確かに否定できない。
過去の自分は、多くの戦を経験し、多くの命を失わせてきた。
だが――。
信長は静かに目を開く。
「だからこそ。」
「余は変わる。」
「過去を悔いるだけでは終わらぬ。」
「未来を変える。」
その言葉を聞いたゼノスは大笑いした。
「面白い!」
「ならば見せてもらおう!」
「人間の希望というものを!」
ゼノスは右手を掲げる。
巨大な黒い魔法陣が空を覆った。
そこから次々と魔物が姿を現す。
骸骨の騎士。
三つ首の魔狼。
漆黒の巨人。
空を埋め尽くす飛竜。
そして最後に。
門の奥から姿を現したのは、一頭の漆黒の古竜だった。
その翼は山よりも大きく、一度羽ばたくだけで嵐が起きる。
「な……。」
「龍だ……。」
兵士たちは絶望する。
道三も槍を握る手が震える。
義龍も息を呑む。
誰も勝てるとは思えなかった。
しかし。
信長だけは笑っていた。
「敵が強いほど。」
「勝った時の未来は明るい。」
道三は笑う。
「さすが婿殿じゃ。」
義龍もゆっくり刀を抜いた。
「父上。」
「信長。」
「今だけは共に戦おう。」
信長はうなずく。
「それでいい。」
そして戦場中へ響き渡るほど大きな声で叫んだ。
「聞け!」
「敵はもう人ではない!」
「今日ここで戦う理由は国ではない!」
「名誉でもない!」
「未来を生きる子どもたちのためだ!」
「守るべきものがある者は!」
「余と共に立て!」
その瞬間だった。
道三軍の兵。
義龍軍の兵。
織田軍の兵。
誰もが武器を握り直した。
敵だった者同士が肩を並べる。
長良川に、一つの軍勢が誕生する。
ゼノスは静かに目を細めた。
「素晴らしい。」
「だが。」
「それでも歴史は滅ぶ。」
漆黒の古竜が天へ咆哮を放つ。
その一声だけで山々が揺れ、空は完全な闇に包まれた。
そして、人類史上最大の戦いが始まる。
それはもはや戦国時代の戦ではない。
歴史そのものの存亡を懸けた、エノワールド最初の大戦争の幕開けであった。
世界樹の一言
私は世界樹。
エノワールドが誕生したその日から、この世界の歴史を見守り続けてきました。
人が生まれ、文明が栄え、争い、そして再び立ち上がる姿を、私は何度も見てきました。
歴史とは、不思議なものです。
正しい者だけが生き残るわけではありません。
強い者だけが勝つわけでもありません。
時には、一人の優しさが世界を救い。
時には、一つの選択が世界を滅ぼします。
織田信長。
あなたは今、歴史を変える道を歩いています。
その一歩一歩が、新たな未来という枝を伸ばし、新たな運命という葉を芽吹かせています。
ですが忘れないでください。
枝が大きく伸びるほど、嵐もまた強くなります。
あなたが変える歴史を、快く思わない者も現れるでしょう。
それでも歩みを止めないでください。
あなたが信じる未来は、決して一人のためではなく、多くの命のためにあります。
私はこの大地に根を張りながら、あなたの旅路を見守り続けます。
いつの日か、この世界に争いではなく、希望の花が咲き誇るその時まで。
――世界樹




