歴史の扉 ― 最初に正すべき運命 ―
エノワールドの案内人より
ようこそ、歴史の神殿へ。
ここは過去を懐かしむ場所ではありません。
未来を選び直す場所です。
戦国の世で起きた数々の悲劇。
失われた命。
叶わなかった約束。
伝えられなかった想い。
そのすべてが、この神殿には記録されています。
ですが、歴史を変えるということは、決して正しいことばかりではありません。
一人を救えば、別の誰かが苦しむかもしれない。
一つの戦を止めれば、新たな戦が始まるかもしれない。
だからこそ、この世界は問い続けます。
「あなたは、その未来を背負う覚悟がありますか?」
織田信長様。
あなたが最初に向き合う相手は、敵ではありません。
あなたが敬い、そして救えなかった一人の武将。
斎藤道三です。
その選択が、新たな歴史の始まりとなるでしょう。
どうか、ご自身の信じる道を歩んでください。
――エノワールドの案内人
第七十五章
歴史の扉 ― 最初に正すべき運命 ―
エノワールド。
朝焼けが世界樹を黄金色に染め上げていた。
信長は案内人の少女とともに、世界樹の根元へ立っていた。
目の前には、巨大な石造りの神殿。
高さは天守閣をはるかに超え、その壁一面には見たこともない古代文字が刻まれている。
入口には十二本の白い柱が並び、それぞれが淡い光を放っていた。
「ここは……。」
信長が見上げる。
案内人は静かに答えた。
「歴史の神殿です。」
「ここには、あなたの世界で起きたすべての歴史が記録されています。」
重厚な扉が、音もなくゆっくりと開いた。
ゴゴゴゴゴ……。
中へ足を踏み入れると、無数の光の結晶が宙に浮かんでいた。
一つ一つの結晶には、人々の姿が映っている。
笑う者。
泣く者。
戦う者。
別れを惜しむ者。
まるで歴史そのものが生きているようだった。
「これが……歴史。」
信長は思わず息をのむ。
案内人は一つの結晶へ手を伸ばす。
すると結晶が大きく輝き、戦国時代の風景が映し出された。
燃え盛る本能寺。
炎の中に立つ信長。
涙を流す家臣たち。
光秀の軍勢。
信長は静かに目を閉じた。
「やはり……忘れることはできぬな。」
案内人は優しく言う。
「ですが、今日ここへ来た理由は、本能寺だけではありません。」
「信長様。」
「あなたには最初の試練があります。」
神殿の奥から、一冊の巨大な書物がゆっくりと浮かび上がる。
表紙には黄金の文字で刻まれていた。
『運命の書』
信長が手を伸ばれると、書物は自然に開いた。
最初のページに映し出された名前。
『斎藤道三』
その瞬間、若き日の道三の姿が映し出される。
美濃を見つめる鋭い眼差し。
娘・帰蝶(濃姫)へ向ける優しい笑顔。
そして……。
長良川で命を落とす、あの日。
信長は拳を握った。
「義父上……。」
案内人は静かに語る。
「あなたが最初に向き合う歴史は、この方です。」
「救うことができるかもしれません。」
「ですが、救えば歴史は変わります。」
「新たな未来が生まれます。」
「その未来が幸せとは限りません。」
信長はしばらく黙っていた。
やがて静かに口を開く。
「余は。」
「歴史を壊したいのではない。」
「後悔を減らしたいだけだ。」
案内人は微笑んだ。
「その答えで十分です。」
突然、運命の書がまばゆい光を放つ。
神殿全体が揺れ始めた。
「第一の歴史が始まります。」
「準備を。」
信長は刀の柄を握る。
「義父上。」
「今度こそ……。」
「あなたを死なせはしない。」
眩い光が信長を包み込む。
次に目を開けた時、そこは戦国時代の美濃。
長良川の戦いが始まる直前だった。
信長に与えられた最初の試練。
斎藤道三の運命を変える戦いが、今、幕を開けようとしていた。
斎藤道三の一言
人は、過去を変えたいと願うものだ。
「あの時こうしていれば。」
「あの言葉を伝えていれば。」
誰しも一度は、そう思うだろう。
わしも同じだった。
美濃を守りたかった。
娘・帰蝶の幸せを願っていた。
そして、信長という若者に、この国の未来を託した。
歴史では、その願いを最後まで見届けることはできなかった。
だが、この物語では違う。
もう一度、信長殿と語り合える機会があるのなら、わしは迷わぬ。
命を惜しむためではない。
未来を次の世代へ託すためだ。
信長殿。
おぬしが歩む道は、決して楽なものではあるまい。
だが、おぬしなら、人ではなく「時代」を動かせる。
それほどの器を、わしは初めて会った日から見抜いておった。
この先、おぬしの前には数え切れぬ試練が待っている。
救える命もあれば、どうしても救えぬ命もあるだろう。
それでも立ち止まるな。
迷いながらでも前へ進め。
それが、乱世を終わらせる者の務めじゃ。
わしは、この新たな歴史を見届けよう。
そして今度こそ、おぬしが築く「もう一つの天下」を、この目で見たい。
――斎藤道三




