長良川への帰還 ― 義父を救う戦い ―
斎藤義龍の一言
私は父を憎んだ。
世の人は私を逆臣と呼ぶ。
親に刃を向けた愚かな息子だと。
だが、人は私の心までは知らない。
父・斎藤道三は、あまりにも偉大だった。
私は何をしても父と比べられた。
家臣たちの視線。
民の期待。
そのすべてが、私には重荷だった。
だから私は、自分の国を自分の手で築きたかった。
そのために剣を取った。
しかし、もしあの日。
織田信長という男が戦場へ現れたなら。
私の運命は変わるのだろうか。
父との決着も。
美濃の未来も。
そして、私自身の生き方も。
この戦いの先にある答えを、私はまだ知らない。
――斎藤義龍
第七十六章
長良川への帰還 ― 義父を救う戦い ―
眩い光が信長の全身を包み込んだ。
目を開けた瞬間、鼻を突く土の匂いが広がる。
冷たい風が甲冑を揺らし、遠くから法螺貝の音が響いてきた。
「これは……。」
信長はゆっくりと辺りを見回す。
目の前には見覚えのある山並み。
蛇行する大河。
そして、その向こうに広がる美濃の大地。
「長良川……。」
信長は静かにつぶやいた。
忘れるはずがない。
ここは、義父・斎藤道三が息子・斎藤義龍との戦いで命を落とした場所だった。
「まさか、本当に戻ってきたというのか。」
背後から足音が聞こえる。
振り返ると、エノワールドの案内人が静かに立っていた。
「はい。」
「ここは過去です。」
「ですが、あなたが知る過去とは少しだけ違います。」
信長は案内人を見つめる。
「違う?」
「歴史は固定されたものではありません。」
「あなたがこの時代に存在した瞬間から、新しい歴史が動き始めています。」
信長は静かに刀へ手を置いた。
「ならば急がねばならぬ。」
その時だった。
一人の足軽が血相を変えて駆け寄ってきた。
「織田様!」
「大変でございます!」
「斎藤道三様が、長良川で義龍軍と戦を始められました!」
「敵は何倍もの兵でございます!」
信長は迷わなかった。
「馬を用意しろ!」
「はっ!」
馬へ飛び乗ると、信長は一気に駆け出した。
土煙が舞い上がる。
道中、村人たちは驚きの表情でその姿を見送る。
「織田信長様だ!」
「尾張の殿様が美濃へ!」
「まさか道三様を助けに行くのか!」
信長の耳には何も入らない。
ただ一つ。
「義父上を救う。」
その想いだけが胸を満たしていた。
やがて長良川へたどり着く。
そこには、壮絶な戦場が広がっていた。
槍と槍がぶつかり合い、馬が駆け抜け、兵たちの叫びが空へ響く。
川の水は赤く染まり始めていた。
そして、その中央。
傷だらけになりながらも戦い続ける一人の武将がいた。
斎藤道三。
老いてなお、その眼光は鋭く、最後まで退く気配はない。
「まだだ!」
「美濃は渡さぬ!」
その声を聞いた瞬間、信長は叫んだ。
「義父上ぇぇぇ!」
道三が振り向く。
「信長……!」
「なぜ、おぬしがここに!」
信長は馬を走らせながら答える。
「今度こそ!」
「あなたを死なせはしませぬ!」
その瞬間、義龍軍の兵が一斉に信長へ向かって突撃してきた。
無数の槍が迫る。
信長は刀を抜く。
鋭い一閃。
敵兵の槍が弾き飛ばされる。
「織田信長だ!」
「討ち取れ!」
敵軍の大将たちが叫ぶ。
しかし信長は止まらない。
一歩。
また一歩。
義父のもとへ。
「歴史は変える!」
「今度こそ!」
戦場に響くその叫びは、長良川の空を震わせた。
歴史を正す最初の戦い。
織田信長と斎藤道三。
二人が肩を並べる、誰も見たことのない新たな戦いが、今まさに始まろうとしていた。
一人の足軽の一言
私は名もない足軽です。
戦があれば槍を持ち、命令があれば前へ進む。
歴史に名が残ることなどありません。
ですが、あの日の長良川だけは忘れられません。
誰もが「道三様はもう助からない」と思っていました。
敵は多く、味方は少ない。
勝てる戦ではありませんでした。
そんな時、一頭の馬が土煙を上げて戦場へ駆け込んできたのです。
「義父上!」
その声は、戦場中に響き渡りました。
織田信長様でした。
あの姿を見た時、私は初めて思いました。
英雄とは、強い人ではない。
助けられないと分かっていても、大切な人のために駆け出せる人なのだと。
歴史では語られない私たちのような者も、その姿に勇気をもらいました。
もし歴史が変わるのなら。
私たち名もなき兵の未来も、少しだけ変わるのかもしれません。
私は、その瞬間をこの目で見届けたいと思います。
――長良川で戦った一人の足軽




