エノワールドへようこそ ― 歴史を正す者、織田信長 ―
今宵の宴は?
第七十三章
エノワールドへようこそ ― 歴史を正す者、織田信長 ―
本能寺を包み込んだ炎は、すべてを焼き尽くした。
天下人・織田信長。
戦国時代を駆け抜けた一人の武将は、その炎の中で歴史から姿を消した――。
それが、人々の知る歴史である。
しかし、その物語は本当に終わっていたのだろうか。
燃え盛る本能寺の奥で、誰にも知られることなく開かれた一つの扉。
それは、生と死の狭間でもなく、天国でも地獄でもない。
歴史そのものを見つめ直すために存在する世界。
その名は――エノワールド。
そこでは過去も未来も交わり、英雄も罪人も、王も兵士も、すべてが平等に試される。
歴史を変える資格があるのか。
未来を託す覚悟があるのか。
その答えを求める世界だった。
白い光が静かに消えていく。
信長はゆっくりと目を開いた。
見渡す限りの草原。
風に揺れる黄金色の花々。
空には青く輝く太陽と、昼間でありながら淡く浮かぶ二つの月。
遠くには空へ届くほど巨大な世界樹。
その枝の周りを、光の粒をまとった精霊たちが舞っている。
見たこともない巨大な鳥が大空を滑空し、七色の滝が山肌を流れ落ちていた。
信長は静かにつぶやく。
「……夢か。」
「いや。」
「夢にしては、あまりにも現実だ。」
その時。
草原の向こうから、一人の少女が歩いてきた。
雪のように白い髪。
透き通る青い瞳。
純白の衣をまとい、足元には光の花が咲いていく。
少女は信長の前まで来ると、深く一礼した。
「ようこそ、織田信長様。」
その声はどこか懐かしく、温かかった。
信長は少女を見つめる。
「お主は何者だ。」
少女は穏やかに微笑む。
「私は、この世界の案内人。」
「あなたをここへ導くために待っていました。」
「ここは――エノワールド。」
「歴史と未来が交わる世界。」
「失われた想い、果たせなかった願い、そして人々の運命が交差する場所です。」
信長はゆっくりと周囲を見渡した。
どこを見ても戦国には存在しない景色ばかりだった。
「……奇妙な世界だ。」
少女は静かに続ける。
「ここでは、歴史を学ぶのではありません。」
「歴史を考え、そして正す世界なのです。」
その言葉に、信長の表情が変わる。
「歴史を正す……。」
少女は静かにうなずいた。
「あなたの世界で起きた数々の出来事。」
「救えなかった命。」
「止められなかった戦。」
「叶えられなかった願い。」
「失われた未来。」
「そのすべてが、この世界で新たな試練となってあなたを待っています。」
信長は腕を組み、静かに問い返した。
「歴史を……正すだと。」
「人の運命を変えることができるというのか。」
少女は迷うことなく答える。
「できます。」
「ですが、その代償は決して小さくありません。」
「一つの歴史を変えれば、新しい歴史が生まれます。」
「一人を救えば、別の誰かが苦しむこともあります。」
「あなたは、そのすべてを受け止める覚悟がありますか。」
信長は答えなかった。
ただ静かに目を閉じる。
脳裏によみがえる数々の記憶。
桶狭間。
長篠。
姉川。
比叡山。
本能寺。
父・信秀。
母・土田御前。
弟・信行。
生駒吉乃。
濃姫。
道三。
家臣たち。
そして、本能寺で刃を向けた明智光秀。
誰もが信長の人生を形作った存在だった。
もし、やり直せるのなら。
もし、もう一度だけ選べるのなら。
長い沈黙の後、信長はゆっくりと目を開いた。
「余は。」
「天下が欲しいわけではない。」
「人々が笑って暮らせる世を守りたい。」
「それが叶うなら。」
「何度でも剣を取り。」
「何度でも立ち上がろう。」
少女は静かに微笑んだ。
「では、お聞きします。」
「織田信長様。」
「あなたは、この世界で何を望みますか。」
信長は迷わなかった。
「救える命は、すべて救う。」
「無駄な戦は終わらせる。」
「敵も味方も関係ない。」
「皆が笑って生きられる国を築く。」
そして少しだけ空を見上げる。
本能寺の炎が、一瞬だけ脳裏によみがえった。
「そして――。」
「誰も、本能寺のような裏切りに苦しまぬ未来を、この世界に刻みたい。」
少女は深く一礼する。
その瞳には、どこか安堵の色が浮かんでいた。
「その答えを待っていました。」
「ようこそ、織田信長様。」
「あなたこそ、この世界が選んだ希望です。」
その瞬間。
世界樹がまばゆい光を放ち始めた。
七色の光の柱が空へ伸びる。
大地が静かに震え、精霊たちが一斉に舞い上がる。
遥か彼方では巨大な竜が天へ咆哮を響かせ、森に住む魔物たちまでもがその光を見上げていた。
世界が、新たな英雄の訪れを歓迎しているかのようだった。
信長は刀の柄へ静かに手を添える。
「戦国は終わった。」
「だが。」
「余の戦いは、まだ終わってはおらぬ。」
こうして――。
本能寺で終わるはずだった織田信長の運命は、新たな世界で再び動き始める。
歴史を知る男が。
歴史を変えるために。
そして、誰も見たことのない「もう一つの天下」を築くために。
エノワールドの物語は、ここから本当の幕を開けるのであった。
次回も楽しみに




