中国大返し
登場人物
織田信長
本作の主人公。史実では本能寺の変で命を落としたとされるが、密かに脱出して生き延びる。「死んだ天下人」として身を隠しながら、天下奪還を目指して動き始める。
明智光秀
信長に謀反を起こした武将。「敵は本能寺にあり」と号令をかけ、本能寺を襲撃する。信長を討ち取ったと信じ、新たな天下人として政権を築こうとする。
羽柴秀吉
中国地方で毛利氏と戦っていた織田家の重臣。本能寺の変を知ると毛利氏と和議を結び、光秀討伐のため「中国大返し」を開始する。
徳川家康
信長の同盟者。本能寺の変の報を受けて冷静に情勢を見極める。やがて信長からの密書を受け取り、歴史を左右する決断を迫られる。
森蘭丸
信長に忠誠を誓う近習。本能寺から信長とともに脱出し、最後まで主君を支え続ける。
服部半蔵
徳川家に仕える伊賀忍者の頭領。家康の密命を受け、本能寺から信長を救い出す重要な役割を担う。
黒田官兵衛
秀吉の軍師。冷静な判断力で毛利氏との和議をまとめ、中国大返しを成功へ導く知将。
第三章 中国大返し
「上様が討たれた。」
その報せを受けた羽柴秀吉は、備中高松城を包囲する陣で静かに目を閉じた。
陣中には重苦しい空気が流れる。
家臣たちは誰一人として口を開かなかった。
やがて秀吉は立ち上がり、黒田官兵衛を呼ぶ。
「官兵衛、毛利との和議を急ぐ。」
「殿、それでは……。」
「時間がない。」
官兵衛は秀吉の表情を見て悟った。
これは天下の形が変わる戦である、と。
その日のうちに毛利方との和議は成立した。
秀吉は全軍に命じる。
「これより京へ向かう!」
兵たちは昼夜を問わず進軍を開始した。
後に「中国大返し」と呼ばれる強行軍である。
山を越え、川を渡り、疲労を押して進む兵たち。
秀吉は先頭に立ち、一度も歩みを止めなかった。
「光秀を討つ!」
その言葉だけが兵たちを突き動かしていた。
一方、京では明智光秀が諸大名へ書状を送り続けていた。
「織田信長は討たれた。
新たな世を築くため、我が陣へ加わられよ。」
だが返事は少なかった。
多くの武将は様子をうかがっていた。
勝つのは光秀か。
それとも秀吉か。
誰も確信を持てなかったのである。
その頃、山奥に身を潜める信長のもとへ、一人の忍びが戻ってきた。
「上様。」
「申せ。」
「秀吉は毛利と講和し、京へ向かっております。」
信長は静かにうなずく。
「やはり猿は動いたか。」
さらに忍びは続けた。
「光秀は上様が討死したと信じております。」
信長は口元に笑みを浮かべた。
「よい。」
「奴らには、まだ余は死人のままでよい。」
森蘭丸が尋ねる。
「このまま秀吉に光秀を討たせるのでございますか。」
信長は少し考えた後、答えた。
「いや。」
「天下は他人に任せるものではない。」
「決着は余自身がつける。」
その目には、以前にも増して鋭い光が宿っていた。
その夜。
一羽の伝書鳩が密かに飛び立つ。
宛先は徳川家康。
書状には、わずか一文だけ記されていた。
『余は生きている。』
家康のもとへ届くその書状が、新たな歴史の扉を開くことになるとは、まだ誰も知らなかった。
後書き
信長の一言
「天下は一度失ったくらいで終わるものではない。
余が生きている限り、戦国の世はまだ終わらぬ。
光秀よ、秀吉よ、家康よ。
この乱世の行く末を決めるのは、おぬしたちではない。
最後に天下へ旗を掲げるのは、この織田信長である。」
――次章へ続く。




