海上決戦
第百十九章の前に
今回は、これまでの物語の中でも、かなり大きな転換点となる回です。
三人の信長が集まり、四人目の信長が現れ、そしてついに――「原点の信長」まで姿を見せました。
四人目の信長は、ただの敵ではありませんでした。
彼が生きた世界では、戦国時代が終わらなかった。
天下を統一しても戦は続き、平和を作ろうとして自由を奪い、最後には自分自身が作った世界に苦しめられていました。
そんな四人目の信長に対して、現在の信長が示した答え。
それは、
「過去は変えられなくても、これからは変えられる」
というものでした。
この言葉は、今回の物語において非常に重要な意味を持っています。
信長たちはこれまで、歴史を変えようとしてきました。
しかし、歴史を変えるということは、必ずしも過去を消すことではありません。
失敗した過去。
後悔した過去。
選ばなかった未来。
それらを抱えたまま、それでも次の一歩を踏み出す。
それこそが、この物語における「歴史を変える」ということなのかもしれません。
そして、四人目の信長はついに現在の信長と敵対することをやめました。
二人は敵ではなくなった。
同じ「信長」でありながら、違う人生を歩んだ二人が、初めて同じ方向を向いたのです。
しかし――。
そこで終わりませんでした。
時空の亀裂の向こうに現れた、謎の信長。
彼は自らを「最初の信長」と名乗りました。
さらに最後には、
「六人目は、すでに日本にいる」
という謎の言葉まで登場しました。
一体、何人の信長が存在するのか。
なぜ信長だけが、これほど多くの歴史に分岐しているのか。
そして、「原点の信長」とは何者なのか。
まだ答えはありません。
むしろ、ここからが本当の謎です。
そして舞台は――。
再び日本へ戻ります。
ただし、信長たちが日本へ帰るということは、平穏な帰国を意味しません。
日本にはすでに、何者かが待っています。
六人目の信長。
その正体とは――。
第百十九章
海上決戦――四人目の信長、壊れた歴史のすべて
夜明け前の海は、不気味なほど静かだった。
風はほとんどない。
波も穏やかだった。
空には雲が広がり、月明かりさえも薄い。
二隻の船が、海の上で向かい合っていた。
一隻は、信長たちが乗っている船。
もう一隻は――。
三十年前に消えたはずの船。
そして、その船の甲板には一人の男が立っている。
織田信長。
いや。
四人目の信長。
現在を生きる信長と同じ顔。
未来の信長とも同じ顔。
第三の信長とも同じ顔。
しかし、その右目には大きな傷がある。
その傷は、ただの刀傷ではなかった。
まるで長い年月を戦い続けた者だけが持つ、深い傷だった。
四人目の信長は、ゆっくりと刀を抜いた。
月明かりが刃を照らす。
「来い」
その一言が、海へ落ちた。
現在の信長も刀を抜く。
「余に命令するとは、随分と偉くなったものだな」
「お前と私は、同じ信長だ」
「だからこそ分かる」
「何がだ」
「お前は、私と戦わなければならない」
信長は黙った。
四人目の信長が続ける。
「私が見た未来を、お前はまだ知らない」
「だから止める」
「たとえ、お前が私を憎んだとしても」
信長は刀を構えた。
「余は、お前を憎まぬ」
四人目の信長の目が細くなる。
「なぜだ?」
「お前もまた、信長だからだ」
「……」
「そして、お前にも、お前なりの理由がある」
「だから聞こう」
信長は刀を向ける。
「戦う前に言え」
「何を?」
「お前は、何を見た?」
四人目の信長は答えなかった。
その代わり――。
刀を振った。
「ならば、戦いながら話そう」
「上等だ」
信長も踏み込んだ。
――ガキィィィンッ!!
二本の刀がぶつかった。
海の上に、金属音が響き渡る。
幸村が叫ぶ。
「信長様!」
天狼が叫ぶ。
「手を出すな!」
「しかし!」
「今は二人の戦いだ!」
ルーカスは時の鍵を握っていた。
鍵が激しく震えている。
「まずい……」
アレクシスが聞く。
「何がだ?」
「時間の歪みが、さらに大きくなっています」
「この戦いのせいか?」
「違います」
ルーカスは空を見上げた。
「四人目の信長が存在しているだけで、時間が不安定なんです」
「このままでは?」
「このまま戦い続ければ――」
ルーカスは言葉を止めた。
幸村が尋ねる。
「どうなる?」
「海が……」
「海が?」
「消えるかもしれません」
「何だと?」
⸻
一方。
二人の信長は激しく刀を交えていた。
四人目の信長は強かった。
現在の信長と互角。
いや。
それ以上だった。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
刀が何度もぶつかる。
信長が後ろへ跳ぶ。
四人目の信長は追撃する。
「どうした!」
「それで天下を取ったのか!」
信長は刀を受け止める。
「天下を取るために戦っているのではない!」
「ならば何のためだ!」
「生きるためだ!」
四人目の信長の動きが一瞬止まった。
信長はその隙を逃さない。
刀を横へ振る。
四人目の信長は身をひねってかわす。
「生きるため?」
「ああ!」
「お前は、天下を目指していないのか?」
「天下は目的ではない!」
「ならば、何だ!」
信長は答える。
「人が自分の人生を選べる国だ!」
四人目の信長の表情が変わる。
「……」
「余は、天下そのものが欲しいのではない」
「天下を取った後、何をするかが重要なのだ」
「戦を終わらせる」
「人々が明日を恐れずに暮らせる国を作る」
「そして、余自身も生きる」
四人目の信長は笑った。
「甘いな」
「何?」
「私も、最初はそう思っていた」
「だが――」
刀を振り下ろす。
信長が受け止める。
「戦は終わらなかった!」
さらに一撃。
「敵を倒しても、次の敵が現れた!」
さらに一撃。
「領地を広げても、反乱が起きた!」
さらに一撃。
「国を統一しても、内部で争いが始まった!」
信長は押し返す。
「だから何だ!」
「だから――!」
四人目の信長は叫んだ。
「人間を信じることをやめた!」
その瞬間。
信長の刀が止まった。
四人目の信長は続ける。
「人間は、必ず争う」
「誰かが豊かになれば、誰かが妬む」
「誰かが力を持てば、誰かが奪おうとする」
「平和を作れば、その平和を壊す者が現れる」
「だから私は――」
四人目の信長の目が赤く光った。
「自由そのものを消そうとした」
信長が目を見開く。
「……」
「すべての人間に、同じ未来を与える」
「誰も争わない」
「誰も逆らわない」
「誰も失敗しない」
「それが私の作ろうとした世界だった」
信長は静かに言った。
「それは――」
「地獄だ」
四人目の信長は笑った。
「そうだ」
「今なら分かる」
「だが、分かった時には遅かった」
⸻
四人目の信長は、刀を下げた。
「私は、国を守ろうとした」
「だが、国を守るために、人間を壊した」
「私は、戦を終わらせようとした」
「だが、戦を終わらせるために、自由を奪った」
「私は、未来を作ろうとした」
「だが、未来を作るために、現在を捨てた」
信長は黙って聞いていた。
「だから、お前を見た時――」
四人目の信長は信長を指差す。
「怖くなった」
「余が?」
「ああ」
「お前は、私が捨てたものを持っている」
「仲間」
「自由」
「未来」
「そして――」
「希望」
信長は少し驚いた。
「だから止めるのか」
「そうだ」
「お前が私と同じ道へ進む前に」
「お前を止める」
信長は刀を構え直した。
「ならば、余はお前に言おう」
「何だ」
「余は、お前とは違う」
四人目の信長が笑う。
「そう言い切れるか?」
「言い切る」
「なぜ?」
「余には仲間がいる」
幸村が一歩前へ出る。
「信長様!」
「幸村」
「はい!」
「お前は、余が間違った時に止められるか?」
幸村は一瞬も迷わなかった。
「止めます!」
信長が笑う。
「天狼」
「はい」
「余が道を間違えたら?」
「斬ります」
「物騒だな」
天狼は真顔だった。
「ですが、それが必要なら」
信長は笑った。
「ルーカス」
「はい?」
「余が世界を壊そうとしたら?」
ルーカスは困った顔をする。
「その時は……」
「その時は?」
「全力で説得します」
「斬らぬのか?」
「できれば斬りたくありません」
信長は笑った。
そして四人目の信長を見る。
「これが余の仲間だ」
四人目の信長は何も言わなかった。
⸻
その時。
海が大きく揺れた。
ドォォォン!!
船体が傾く。
「うわぁぁっ!」
幸村が手すりを掴む。
アレクシスが叫ぶ。
「何だ、この揺れは!」
ルーカスが時の鍵を見る。
「始まった……」
「何がだ!」
「第四歴史の侵食です!」
「第四歴史?」
「四人目の信長が生きた世界が、こちらへ入り込んでいます!」
空に亀裂が走った。
まるで巨大なガラスが割れるように。
バキバキバキッ――!
その亀裂の向こうに、別の世界が見えた。
荒れ果てた街。
燃える城。
無数の軍旗。
そして――。
日本。
しかし、現在の日本とはまったく違う。
巨大な城壁。
黒煙。
軍隊。
戦火。
幸村が息を呑む。
「これが……」
「四人目の信長の世界」
ルーカスが答えた。
「はい」
四人目の信長は、その光景を見つめていた。
「私が作った世界だ」
現在の信長は、亀裂の向こうを見る。
そこには、無数の人々がいた。
戦っている。
逃げている。
泣いている。
叫んでいる。
信長は拳を握った。
「……」
四人目の信長が言う。
「見ろ」
「これが私の未来だ」
「これが、お前が進めば辿り着く未来だ」
信長は首を横に振る。
「違う」
「何が違う?」
「これは、お前の未来だ」
「余の未来ではない」
四人目の信長は黙った。
「余は、お前と同じ道を歩むとは限らぬ」
「人は、過去から学ぶ」
「お前の失敗を知った余が、同じ失敗をすると思うか?」
四人目の信長は答えられなかった。
「だから――」
信長は刀を構える。
「お前の未来を、余に押しつけるな!」
⸻
突然。
亀裂の向こうから、大量の兵士が飛び出してきた。
「敵だ!」
天狼が叫ぶ。
「迎え撃つ!」
幸村が槍を構えた。
「行くぞ!」
船上で戦闘が始まった。
黒い兵士たちが次々と乗り込んでくる。
幸村の槍が敵を弾き飛ばす。
「うおおおおっ!」
天狼は二人、三人と連続で倒していく。
アレクシスも剣を振る。
「船を守れ!」
ルーカスは時の鍵を操作する。
「このままでは時間の亀裂が広がります!」
幸村が叫ぶ。
「閉じられないのか!」
「簡単には!」
「何が必要だ!」
「四人目の信長の時間軸を、元の場所へ戻す必要があります!」
幸村は四人目の信長を見る。
「つまり――」
「信長様と四人目の信長の戦いを止める必要がある」
「そういうことです!」
幸村は二人の信長を見る。
二人はまだ戦っている。
だが――。
その戦いは、次第に激しくなっていた。
四人目の信長が叫ぶ。
「お前は何も分かっていない!」
「分かっている!」
「ならば、なぜ止まらない!」
「止まる理由がないからだ!」
「お前が私を倒せば、私の未来が消えるぞ!」
「ならば消せばいい!」
四人目の信長が目を見開く。
「何?」
「お前の未来が間違っているなら、変えればいい!」
「私が変えられると?」
「変えろ!」
信長が叫ぶ。
「過去は変えられぬ!」
「だが、これからは変えられる!」
「それが生きるということだ!」
四人目の信長の刀が止まった。
信長も止まる。
二人の間に、静寂が生まれた。
「……」
「……」
四人目の信長は、初めて刀を下げた。
「私は……」
声が震えていた。
「まだ、やり直せるのか?」
信長は答える。
「ああ」
「本当に?」
「何度でもだ」
四人目の信長の目から、一滴の涙が落ちた。
「……そうか」
しかし――。
その瞬間。
背後から声が響いた。
「甘いな」
四人目の信長が振り返る。
「……!」
黒い軍服を着た男が立っていた。
ルーカスが青ざめる。
「ヴァルディア帝国……」
男はゆっくり歩いてくる。
「四人目の信長」
「貴様……」
「お前は、我々との契約を忘れたのか?」
四人目の信長は刀を握り直す。
「私は……」
「お前は日本を手に入れる」
「我々は、そのための力を与える」
「それが契約だった」
現在の信長が男を見る。
「貴様が、四人目の信長を利用したのか」
男は笑う。
「利用?」
「違う」
「我々は彼に未来を与えた」
四人目の信長が叫ぶ。
「嘘をつくな!」
「私は、お前たちに未来を奪われた!」
男の笑みが消える。
「黙れ」
「お前は我々がいなければ何もできなかった」
「違う!」
四人目の信長が斬りかかる。
男は簡単に受け止めた。
「弱い」
「……!」
男が四人目の信長を吹き飛ばす。
「信長様!」
幸村が走り出す。
しかし天狼が止めた。
「待て!」
「しかし!」
「今は――」
天狼が男を見る。
「俺が行く」
天狼が走る。
男と天狼の刀がぶつかる。
ガキィィン!
男が笑う。
「ほう」
「少しはできるな」
天狼は無言で斬り込む。
二人の戦いが始まった。
⸻
四人目の信長は、甲板に倒れていた。
現在の信長が近づく。
「立て」
四人目の信長は顔を上げる。
「なぜ助ける?」
「お前を殺すためではない」
「では?」
「お前自身の未来を取り戻すためだ」
四人目の信長は信長を見る。
「私は……」
「もう一度、選びたい」
「ならば選べ」
「私には、もう何もない」
「ある」
信長は言った。
「お前自身がいる」
四人目の信長は黙った。
「それだけで十分だ」
「……」
「余も、本能寺で死んだはずだった」
「だが、生きた」
「そこからすべてが始まった」
「だからお前も始めろ」
四人目の信長はゆっくり立ち上がった。
そして――。
信長の隣に立った。
「ならば」
「共に戦おう」
信長は笑った。
「ようやく信長らしくなったな」
⸻
その頃。
天狼とヴァルディア帝国の男の戦いは激しさを増していた。
天狼が斬る。
男が受ける。
男が斬る。
天狼がかわす。
「なぜだ!」
男が叫ぶ。
「なぜ、我々に逆らう!」
天狼は答える。
「簡単だ」
「何?」
「俺は、命令で戦っているのではない」
「守るために戦っている」
「くだらぬ」
男が笑う。
「守る?」
「そんなものは弱さだ」
天狼は刀を構える。
「ならば――」
「弱さで、お前を倒す」
次の瞬間。
天狼の一撃が男の肩を斬った。
男が後退する。
「ぐっ!」
天狼は追撃する。
しかし男が黒い装置を取り出した。
「ならば、これを使う」
ルーカスが叫ぶ。
「それは!」
装置から黒い光が広がった。
時間の亀裂が一気に巨大化する。
空が割れる。
海が逆流する。
船が宙に浮き始める。
「うわぁぁぁ!」
幸村が叫ぶ。
「何だこれは!」
ルーカスが叫ぶ。
「時空崩壊です!」
「あとどれくらい持つ!」
「数分!」
「数分!?」
「それ以上は、この海域そのものが消滅します!」
信長は空を見る。
巨大な亀裂。
その向こうに、無数の世界。
過去。
未来。
別の日本。
別の世界。
そして――。
何人もの信長。
一人。
二人。
三人。
四人。
さらに――。
「……何だ、あれは」
信長の目が止まった。
亀裂の向こうに、巨大な城があった。
その城の最上階。
一人の男が立っている。
顔は見えない。
しかし――。
その男が、信長たちを見ていた。
四人目の信長も、その男を見た。
「……まさか」
「知っているのか?」
四人目の信長は震えた。
「知っている」
「誰だ」
「私の世界を作った男だ」
現在の信長が問う。
「ヴァルディア帝国の皇帝か?」
「違う」
四人目の信長は首を横に振る。
「皇帝ですらない」
「では?」
四人目の信長は、信じられないような顔で言った。
「あれも、信長だ」
幸村が絶句する。
「また……?」
「五人目……」
ルーカスが呟いた。
しかし四人目の信長は言った。
「違う」
「五人目ではない」
「では?」
四人目の信長は答える。
「最初の信長だ」
信長が振り返る。
「最初?」
「私たちより前に存在した信長」
「すべての歴史の始まりになった信長」
「歴史の原点」
「本当の――」
四人目の信長は言葉を失った。
その男が、ゆっくり顔を上げる。
そして――。
笑った。
⸻
その瞬間。
時の鍵が爆発的な光を放った。
「全員、伏せろ!」
信長が叫ぶ。
ドォォォォォォォン!!
世界が白くなった。
音が消えた。
時間が止まった。
幸村も。
天狼も。
ルーカスも。
アレクシスも。
四人目の信長も。
そして現在の信長も。
すべてが静止した。
ただ一人。
その「原点の信長」だけが動いていた。
彼は、亀裂の中からこちらへ歩いてくる。
一歩。
また一歩。
そして――。
現在の信長の前に立った。
顔は、完全に同じだった。
しかし、その目だけが違った。
現在の信長の目には、人間らしさがある。
未来の信長には、後悔があった。
第三の信長には、迷いがあった。
第四の信長には、傷があった。
だが、この男には――。
何もなかった。
感情がない。
迷いもない。
恐怖もない。
ただ、冷たい意思だけ。
男は信長を見た。
「ようやく会えたな」
信長は動けない。
男は続ける。
「お前たちは、歴史を変えすぎた」
「だから――」
男は時の鍵へ手を伸ばす。
「私が終わらせる」
その瞬間。
時間が再び動き出した。
「信長様!」
幸村の声。
信長は反射的に刀を振った。
ガキィィィン!
原点の信長が刀で受け止める。
二人の刀がぶつかる。
そして――。
原点の信長が笑った。
「やはり、お前は私だ」
現在の信長も笑う。
「ならば――」
刀を押し返す。
「余も、お前を超える」
原点の信長は後退した。
「面白い」
「ならば見せてみろ」
「お前が作る、新しい歴史を」
そして彼は亀裂の向こうへ消えていった。
時空の亀裂も、少しずつ閉じ始める。
ルーカスが叫ぶ。
「今です!」
「時の鍵を!」
信長と四人目の信長が同時に動いた。
二人で時の鍵へ手を伸ばす。
「行くぞ!」
「おう!」
二人の意思が重なる。
時の鍵が強烈な光を放った。
亀裂が閉じる。
別の世界が消えていく。
四人目の信長の世界も――。
「待て!」
四人目の信長が叫ぶ。
「私の世界が!」
信長が言う。
「消えるのではない!」
「戻るだけだ!」
「本当に?」
「信じろ!」
四人目の信長は時の鍵を見る。
そして――。
頷いた。
「分かった」
光がさらに強くなる。
亀裂が完全に閉じる。
海が静かになる。
空が戻る。
そして――。
二隻の船だけが残った。
ヴァルディア帝国の兵士たちは、消えていた。
敵の男もいない。
ただ、四人目の信長だけが立っている。
彼は自分の手を見る。
「……」
「消えていない」
信長が笑う。
「ああ」
「お前は、お前の未来を取り戻した」
四人目の信長は、初めて笑った。
「ありがとう」
しかし。
その直後。
空から一枚の紙が落ちてきた。
幸村が拾う。
「何でしょう、これ?」
ルーカスが見る。
「……」
顔が青ざめる。
「どうした?」
「これ……」
紙には、たった一行だけ書かれていた。
『六人目は、すでに日本にいる』
全員が凍りついた。
幸村が呟く。
「六人目……?」
信長は空を見た。
「……」
四人目の信長も、紙を見つめていた。
「これは……」
「何だ?」
「私の世界では、そんな記録はなかった」
「つまり?」
四人目の信長は答えた。
「私たちが知らない歴史が、まだ存在している」
信長は刀を納める。
そして、日本の方向を見る。
「ならば――」
幸村が聞く。
「帰りますか?」
信長は頷いた。
「ああ」
「日本へ」
「今度は、何が待っているか分からぬ」
「それでも帰る」
幸村は笑った。
「分かりました」
天狼も頷く。
ルーカスはため息をついた。
「また、とんでもないことになりそうですね」
信長は笑った。
「それが、余たちの旅だ」
船は進み始めた。
海の向こうへ。
日本へ。
しかし――。
誰も知らなかった。
日本の、とある小さな町。
誰もいない古い屋敷。
その地下。
一人の男が目を覚ます。
男は鏡を見る。
そこに映っている顔は――。
織田信長だった。
男は静かに笑う。
「やっと帰ってくるか」
机の上には、六枚の肖像画。
一枚目。
原点の信長。
二枚目。
現在の信長。
三枚目。
未来の信長。
四枚目。
選ばれなかった信長。
五枚目。
戦国が終わらなかった信長。
そして――。
六枚目。
顔が黒く塗りつぶされている。
男はその六枚目を指でなぞった。
「もうすぐだ」
「すべての信長が集まる」
「その時――」
男は笑う。
「本当の歴史を始めよう」
その瞬間。
地下室の奥で、巨大な扉が開いた。
その向こうには――。
無数の刀。
無数の旗。
そして、無数の「織田信長」の肖像画。
男は静かに言った。
「さあ」
「第百十九章は、ここまでだ」
「次は――」
日本全土を巻き込む、信長同士の戦いだ。
⸻
第百十九章の後に
……とんでもないことになりました。
四人目の信長との戦いだけでも大事件だったのに、最後の最後で、さらに大きな謎を残しました。
まず、四人目の信長。
彼は「敵」として登場しました。
しかし、実際には彼自身もまた、過去と未来に苦しめられていた人物でした。
自分の世界を守ろうとして、自由を奪ってしまった。
平和を作ろうとして、逆に人々を縛ってしまった。
そして、自分が犯した過ちを、現在の信長にも繰り返させたくなかった。
だから戦った。
つまり四人目の信長が現在の信長を止めようとしたのは、単なる敵意ではありません。
「自分と同じ未来へ進ませたくない」
という思いがあったのです。
そして現在の信長は、その思いを理解しました。
「お前の未来は、お前の未来だ」
「余の未来は、余が決める」
この考え方こそ、今回の大きなテーマでした。
過去の自分と同じになる必要はない。
誰かが失敗したからといって、自分も失敗するとは限らない。
未来は一つではない。
それが、信長が四人目の信長に示した答えでした。
そして二人は、敵から仲間へ。
これは今後の物語にも大きく影響していくことになるでしょう。
しかし――。
その直後に現れた「原点の信長」。
これがまた、とんでもない存在です。
現在の信長。
未来の信長。
選ばれなかった信長。
四人目の信長。
そして、原点の信長。
それぞれが違う人生を歩んでいます。
では、原点の信長はどんな人生を歩んだのか。
なぜ彼だけが、他の信長たちを知っているのか。
そして、なぜ彼は「歴史を終わらせる」と言ったのか。
ここには、この物語そのものの秘密が隠されている可能性があります。
さらに――。
最後に登場した六枚目の肖像画。
顔は黒く塗りつぶされていました。
名前すら分かりません。
しかし、その人物はすでに日本にいる。
つまり、信長たちが帰国した時には――。
もう戦いは始まっている。
しかも、敵がどこにいるのか分からない。
誰が六人目なのかも分からない。
もしかすると、信長たちがこれまで出会った人物の中にいるのかもしれません。
あるいは――。
まだ一度も登場していない人物なのかもしれません。
そして、六人目の信長が何を目的としているのか。
それすらも分かりません。
ただ一つ分かっていることがあります。
これまでの敵とは違う。
ヴァルディア帝国とは違う。
過去から来た敵とも違う。
六人目の信長は――。
日本そのものを舞台にして動いている。
信長たちが日本へ帰る。
その瞬間、日本の歴史は再び大きく動き出します。
農民たち。
武士たち。
大名たち。
そして、信長たちを知らない人々。
すべてが巻き込まれていく。
次の戦いは、海の上ではありません。
次の戦場は――。
日本全土。
そして、その中心にいるのは、
「信長」なのか。
それとも――。
信長を超えた、何か。
物語は、さらに危険な領域へ入っていきます。
ここから先は、今まで以上に歴史が壊れていきます。
そして、その壊れた歴史の中で――。
信長たちは、自分自身の答えを探すことになります。




