未来の信長
未来へ到着した信長たちを待っていたのは、想像を超える世界でした
そこには、信長が知らない日本がありました
そして、未来にも織田家は残っていました
時の門を守る者として、長い年月を生き続けていたのです
しかし、未来で出会ったのは信長の子孫だけではありません
もう一人の織田信長
自分と同じ顔を持ち、同じ声を持ちながら、まったく違う人生を歩んだ信長です
彼は国を守ろうとしました
戦をなくそうとしました
誰も傷つかない世界を作ろうとしました
けれど、その願いは少しずつ変わっていきました
人々を守るために、人々の自由を奪う
争いをなくすために、人々の行動を管理する
未来の信長は、かつて自分が目指した理想とは違う場所へ進んでしまったのです
過去の信長と未来の信長
二人の天下人が出会ったことで、歴史はさらに大きく動き始めます
そして、その二人の前に現れるのは――
歴史そのものを名乗る謎の存在
信長たちは、未来で最後の戦いへ向かいます
第百十三章
未来の信長 ― 二人の天下人
空が黒く染まっていた
未来の街を覆う巨大な飛行船
その下から、無数の黒き兵団が降りてくる
人々は逃げ惑い、街の警報が何度も鳴り響いていた
信長はその光景を見つめながら、刀を抜いた
「これが……余の知らぬ未来か」
隣に立つ幸村が槍を構える
「信長様、あの上にいる人物を見てください」
信長は空を見上げた
巨大な飛行船の中央
黒い霧の中に、一人の男が立っている
顔は信長と同じ
目元も
口元も
輪郭も
まるで鏡を見ているようだった
しかし、その男が身につけている衣装は信長のものではない
黒い外套
胸には見たことのない紋章
腰には刀
そして、その目には長い年月を生きてきた者だけが持つような深い疲れがあった
「……余か」
信長が呟く
男はゆっくりと顔を上げた
「そうだ」
その声まで信長と似ていた
「私は、お前だ」
幸村が一歩前へ出る
「信長様に似ているだけではない」
「声まで同じ……」
天狼が刀を抜く
「罠かもしれません」
少女が叫ぶ
「違います!」
信長たちが少女を見る
「彼は……」
少女は言葉を詰まらせる
「彼は、未来の織田信長です」
信長は眉を動かした
「未来の余」
「はい」
「では、余は未来で何をしている」
少女は答えない
代わりに空の男が口を開いた
「国を守っている」
「だが――」
男は少し笑った
「守りすぎた」
信長は黙って男を見る
「どういう意味だ」
「お前なら分かる」
「余なら?」
「そうだ」
未来の信長は空からゆっくりと降りてきた
地面に足が触れる
黒き兵団が左右に並ぶ
まるで王を迎える臣下のようだった
「私は未来を守ろうとした」
「戦をなくそうとした」
「飢えをなくそうとした」
「国同士が争わない世界を作ろうとした」
信長は黙って聞いていた
「それの何が悪い」
未来の信長は答える
「最初は悪くなかった」
「だが、人は自由を求めた」
「自由を与えれば争う」
「争えば国が壊れる」
「だから私は、すべてを管理した」
幸村の表情が険しくなる
「すべてを……管理?」
「人の住む場所」
「仕事」
「食料」
「移動」
「情報」
「すべてだ」
天狼が吐き捨てる
「それでは国ではない」
「檻だ」
未来の信長は天狼を見る
「その通りだ」
「だから私は、いつしか天下人ではなく、管理者になった」
信長は未来の自分を見つめた
そこにあったのは、勝ち誇った顔ではなかった
疲れ切った男の顔だった
「ならば、なぜ余を呼んだ」
未来の信長は答える
「お前に選ばせるためだ」
「何を」
「私の未来を」
信長は眉をひそめる
「未来は変えられるのか」
「お前が来た時点で、もう変わり始めている」
その言葉を聞いた瞬間
時の鍵が光った
少女が驚く
「また……!」
空中に巨大な映像が現れる
そこには二つの日本が映っていた
一つは、信長が生き残った世界
もう一つは、信長が本能寺で死んだ世界
二つの世界は途中まで同じだった
しかし、ある地点から大きく分かれている
「分岐点です」
少女が説明する
「本能寺の変」
「そこから歴史が二つに分かれました」
信長は映像を見る
自分が生き残った世界では、織田家が続いている
戦国時代は早く終わり
日本は統一され
海外との交流も盛んになっている
一方、信長が死んだ世界では
秀吉が天下を取り
その後、徳川の時代が続き
長い年月を経て、別の日本になっている
信長は二つの世界を見つめる
「どちらが正しい」
少女は首を横に振る
「正しい世界はありません」
「どちらも、人々が生きた世界です」
信長は黙った
すると未来の信長が言った
「私は、自分の世界を正しいと思い込んだ」
「だから他の未来を消そうとした」
幸村が尋ねる
「他の未来を消す?」
未来の信長は頷く
「時の門を使えば、歴史の分岐を消すことができる」
「つまり――」
天狼が言う
「自分に都合のいい歴史だけを残そうとしたのか」
「そうだ」
未来の信長は認めた
「だから黒き兵団を作った」
信長は驚く
「黒き兵団を?」
「彼らは人間ではない」
「歴史を守るために作った兵士だ」
ルーカスが口を挟む
「歴史を守るため?」
未来の信長は笑う
「私にとっての歴史だ」
信長は未来の自分を睨んだ
「それでは、歴史を守っているのではない」
「歴史を支配しているだけだ」
未来の信長の表情が変わる
「……やはり、お前はそう言うか」
「当然だ」
「余は、人間を支配するために天下を取ろうとしたのではない」
「国を変えるためだ」
「だが、お前は国を変えた後、人間そのものを変えようとしている」
未来の信長は黙った
長い沈黙
そして、笑った
「だから、お前を呼んだ」
「余を?」
「私が忘れてしまったものを、お前なら持っている」
「何だ」
未来の信長は自分の胸を指した
「人を信じる心だ」
信長は何も言えなかった
その瞬間
街の奥から爆発音が響いた
ドォォォン!
建物の一部が崩れる
黒い煙が上がる
少女が叫ぶ
「敵です!」
「敵?」
「黒き兵団の反乱軍です!」
未来の信長が振り返る
「反乱だと?」
別の方向から、白い旗を掲げた兵士たちが現れた
黒ではない
白い鎧
その中央には、織田家の家紋
未来の信長が驚く
「なぜだ」
少女が叫ぶ
「あなたの命令に従わない者たちが立ち上がったんです!」
白い兵士たちは街の人々を守りながら進んでくる
先頭に立っているのは、一人の老人だった
老人は未来の信長を見る
「もう終わりにしましょう」
「長かった」
未来の信長は刀を抜く
「余に逆らうか」
老人は答える
「あなたに仕えた時間が長かったからこそ、分かるのです」
「あなたは、もう昔の信長様ではありません」
その言葉に未来の信長の手が止まった
信長はその様子を見ていた
老人が続ける
「昔のあなたは、人の話を聞いた」
「間違えば認めた」
「負けても立ち上がった」
「ですが今のあなたは、間違いを認めることを恐れている」
未来の信長は刀を握る手を震わせた
「黙れ」
「私は未来を守った」
「誰も死なせないために――」
老人が叫ぶ
「違う!」
「あなたは、死ぬことを恐れているだけだ!」
未来の信長は動けなくなった
信長は、その姿を見ていた
自分自身だった
自分が未来でこうなる可能性がある
天下を取る
国を守る
戦をなくす
そのために、人々の自由を奪う
信長は静かに口を開いた
「未来の余」
未来の信長が見る
「お前は、何を恐れている」
「……」
「答えよ」
「失うことだ」
未来の信長が初めて弱い声を出した
「私は、何度も失った」
「家臣」
「友」
「家族」
「国」
「だから、もう誰も失いたくなかった」
信長は黙った
その気持ちは分かる
戦国を生きた者なら、誰でも分かる
だが――
「だから人の自由を奪ったのか」
未来の信長は答えない
「余も多くを失った」
「だが、失うことを恐れてすべてを閉じれば、人は生きているとは言えぬ」
幸村が静かに頷いた
天狼も刀を収める
信長は続ける
「人は間違える」
「裏切る」
「争う」
「それでも、もう一度信じる」
「それが人だ」
未来の信長の目に涙が浮かんだ
「……お前は強いな」
「違う」
信長は首を横に振る
「余も何度も迷った」
「だからこそ、お前にも迷ってほしい」
「迷うことを恐れるな」
未来の信長は刀を落とした
カラン……
地面に金属音が響く
その瞬間
空に異変が起きた
巨大な時の門が現れる
少女が叫ぶ
「門が開いています!」
ルーカスが時の鍵を見る
「違う」
「これは誰かが開けているんじゃない」
「未来そのものが変化している」
二つの世界を映していた巨大な映像が揺れる
そして、二つの世界が少しずつ重なり始めた
信長は驚く
「何が起きている」
少女が答える
「分岐した歴史が……一つに戻ろうとしている」
幸村が叫ぶ
「そんなことをしたら、どうなるのです!」
「分かりません!」
「過去も未来も混ざってしまうかもしれません!」
その瞬間
時の門の奥から、巨大な黒い影が現れた
未来の信長が顔を上げる
「……来たか」
信長が尋ねる
「何者だ」
未来の信長は答える
「私が最も恐れていた存在だ」
「名前は?」
未来の信長は、しばらく黙った
そして言った
「歴史そのものだ」
黒い影が門から出てくる
人の形をしている
だが、顔はない
声だけが響く
『織田信長』
『二つの歴史は、一つにならなければならない』
信長が刀を構える
「誰が決めた」
『歴史が決める』
「ならば、余が抗う」
『抗えば、すべてが消える』
信長は一歩前へ出る
「それでもだ」
幸村が隣に立つ
「信長様」
天狼も並ぶ
「私も」
ルーカスも時の鍵を握る
「私も最後まで付き合います」
そして、未来の信長も刀を拾った
「……私もだ」
信長は未来の自分を見る
「敵ではないのか」
未来の信長は笑う
「今だけは、な」
二人の信長が並んだ
過去から来た信長
未来を生きた信長
二人の天下人が、同じ敵へ刀を向ける
黒い影が動き出す
未来の街に轟音が響く
そして――
信長の長い旅は、ついに最大の敵との戦いへ入ろうとしていた
未来の信長は、すべてを守ろうとしていました
誰も死なせないために
国を争わせないために
二度と大切なものを失わないために
しかし、そのために自由を奪ってしまった
信長は未来の自分を責めるだけではありませんでした
なぜなら、その気持ちが分かるからです
戦国を生きてきた信長自身も、多くのものを失ってきました
だからこそ未来の信長が抱えていた恐怖も理解できました
失うことを恐れすぎれば、人はすべてを自分の手で握ろうとしてしまう
未来の信長は、そのことに気づき始めました
そして二人の信長は、初めて同じ場所に立ちました
過去の信長
未来の信長
本来なら出会うはずのなかった二人が、同じ敵へ刀を向けます
しかし、二人の前に現れた謎の存在は、自らを「歴史そのもの」と名乗りました
二つの歴史は一つにならなければならない
もしそれが本当なら、信長が生き残った世界も、本能寺で死んだ世界も、すべてが消えてしまう可能性があります
信長は、これまで何度も歴史に抗ってきました
そして今度は、歴史そのものとの戦いです
果たして信長たちは、自分たちの生きてきた歴史を守ることができるのか
二人の信長が選ぶ未来とは何なのか
物語は、さらに大きな最終局面へ進んでいきます




