初詣の日のピンクの着物
【前回までのあらすじ】
2024年12月28日。キョウラはコンビニでホットココアを買い、誰もいない公園のベンチに座った。そこに現れたのは幼なじみのナユキ。彼女はキョウラに「帰ろう」と言い、一緒に歩いて家まで送った。
ナユキが去った後、キョウラは胸の奥に広がる違和感を感じる。何かを忘れている。でも、それを思い出すのが怖い――。
今日 2025年1月1日。午前7時。
本来なら、両親と一緒に初詣に行っているはずだった。しかし、突然襲ってきた胃の痛みで、僕は諦めることにした。両親には先に行ってもらい、「後で追いかけるから」と伝えた。
しばらくして痛みが治まったので、僕はすぐに準備を始めた。肌を刺すような冷たい水で顔を洗い、厚手のジャケットを着込む。両親をあまり長く待たせたくなかった。
しかし、家の門に鍵をかけ終わった瞬間、道の向こうからゆっくりと歩いてくる人物が見えた。
立ち止まる。
静かな住宅街の中で、その姿はひときわ目立っていた。
ナユキだった。
彼女はゆっくり歩いていた。優しいピンク色の、花模様がとても美しい着物を着ている。髪はシンプルなピンでまとめられていて、いつもより大人びて見えた。草履がアスファルトの上でコツコツと小さな音を立てていた。
「えっ、キョウくん?」
彼女が僕の存在に気づき、声をかけた。彼女は僕の家の門の前で立ち止まった。
「偶然だね。今から行くところ?」
僕は静かにうなずいた。まだ少し、彼女のいつもと違う姿に驚いていた。
「うん。両親は先に行ってる。君は…一人で?」
「うん、うちの家族ももう向こうに着いてるよ。せっかくだし、一緒に行こうよ。」
彼女はそう言って、埼玉の冷たい空気を吹き飛ばすかのような、明るい笑顔を見せた。
僕たちは並んで神社へ向かって歩き出した。
道中、朝日が彼女のピンクの着物を照らし、キラキラと輝いていた。ナユキは小さな歩幅で歩きながら、時々白いマフラーを首元に引き寄せる。
彼女をこうして見ていると、ここ数日感じていた胸の奥の苦しさが、少しだけ和らいだ気がした。
神社に着くと、空気は一変した。
線香の煙が冷たい空気に漂い、長蛇の列を作る人々の賑やかな声が響いていた。僕たちは並んで本殿の前に立った。ナユキは両手を合わせ、とても深く、静かに目を閉じた。僕も同じようにして、賽銭箱に硬貨が落ちる音が響く中、そっと願いを込めた。
終わると、ナユキは大きく息を吐き、僕に向かって微笑んだ。
「ねえ、お願い事は終わったよ。キョウくん、そろそろ行かなくちゃ。向こうで家族を待ってるから。」
「あ、そうなのか。せっかくだからおみくじでも引こうと思ってたのに。」
「また今度ね!じゃあね、キョウくん!」
ナユキは手を振り、向きを変えて人混みの中へ歩いていった。彼女のピンクの着物は、風に舞う花びらのように見え、ゆっくりと群衆の中に消えていった。
僕はその場に立ち尽くし、彼女が消えた方向をじっと見つめていた。
彼女の温もりがまだそこにあるような気がする。でも、彼女の姿が見えなくなった途端、またあの虚無感が襲ってきた。
パンッ!
突然、肩を力強く叩かれ、僕は驚いて飛び上がった。振り返ると、父がすぐ隣に立っていた。その後ろには、ウールのマフラーを整えている母の姿もある。
「キョウラ?もう着いてたのか?何でぼんやり突っ立ってるんだ?」
「さっきナユキと一緒だったんだ。一緒にお願い事をしてきた。彼女は今、向こうで家族と合流するって言ってたよ。」
僕はそう答えながら、彼女が消えた人混みの方向を指さした。
その名前を聞いて、父は急に黙り込んだ。
父の手が、まだ僕の肩に置かれているのがわかる。少しだけ、その手に力がこもったように感じた。母の方を見ると、彼女もマフラーを整えるのをやめて、どういう感情か読み取れない表情で僕を見つめていた。
賑やかな境内の鐘の音の中で、奇妙な静寂が突然、僕たち家族を包んだ。
父は反論しなかった。肯定も否定もしなかった。ただ、長い間僕を見つめ、小さくため息をつき、そして視線をそらした。
「帰ろう。」
父が小さな声で言った。その声は、いつもより少しだけ重く聞こえた。
「だんだん冷えてきた。長居はしない方がいい。」
僕は父の言葉に従った。
でも、家に帰る道のりはずっと、重たい沈黙が続いた。そして、あの嫌な胸騒ぎがまた戻ってきた。
前よりも強く。前よりもずっと冷たく。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
もう1話、今日中に公開予定です。
1時間後に投稿しますので、ぜひお楽しみに。
次の話もよろしくお願いします。




