表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おもちゃのAIとわたし、終末世界だけどなんとかやってる  作者: 堀吉 蔵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/32

おやすみ箱は親切すぎる

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけると幸いです。

帰り道の袋は、歩くたびに中でいやな重さをずらした。


食料のぶんだけじゃない。濡れたうさぎが、まだ生きているのか、ただ温度を残しているだけなのか、触るたび判断に困る。日なたは白くて、建物の影は細い。わたしはなるべく白線のないほうを選んで歩いた。親切そうな道ほど信用できない。


「くま」


「はい」


「こいつ、家まで静かかな」


少し間があった。


「希望的観測としては、かなり」


「観測じゃないやつだ」


「私の得意分野です」


屋上へ上がると、夕方の風が集水器の裂け目を鳴らしていた。透明フィルムの端が、ぱた、ぱた、と弱くはためく。朝よりは機嫌がいいみたいな顔をしているけど、水は増えていない。向かいの屋上のおばあさんが、干した布を取り込む手を止めて、こっちを見た。


「今日はずいぶん濡れてるね」


「荷物が」


「拾ったのかい」


「だいたい、ろくでもない形で」


おばあさんは、それ以上聞かなかった。聞かないほうがいいときの顔をしていた。こういう町では、そこがやさしさの上限だ。


部屋へ戻って、まず鍋に水を張る。さっきのパウチを半分だけ落とす。白い筋が湯の中へのびて、すぐほどけた。食べ物の匂いがする。それだけで、腹はかなり騙せる。


袋からうさぎを出す。銀の包みをほどくと、濡れた布の奥から、へんな甘い匂いが立った。洗剤と日なたの中間みたいな、遠い匂いだ。片耳は折れたまま、お腹の窓は暗い。死んだふりがうまい顔をしている。


「干す?」


「雑ですが、必要です」

くまが言う。

「ただし、直射は避けてください。たぶん」


「たぶんが多いねえ」


窓際の椅子にタオルを敷き、うさぎを座らせる。首がすわっていないので、壁にもたせる。なんだか妙に行儀がよかった。見なければ、ただの古いぬいぐるみだ。見れば、まったくただじゃない。


鍋がふつふつ鳴きはじめたころ、うさぎの腹の窓に、うすく光がさした。


ぴ。


すぐ消えると思った。消えなかった。


ぴ。ぴ。


三度目で、部屋の外の階段灯が返事をした。


低い位置の灯りが、ひとつ、またひとつ、下から順にともる。大人の膝くらいの高さ。うちの建物に、そんな位置の灯りが残っていたこと自体、いま知った。


「最悪」


「かなり帰宅向きの挙動です」

くまの声が少し早くなる。

「時刻連動。夕方点呼。おうち確認」


うさぎの口が、しめった布の奥で小さく動いた。


『ただいまのじかんです』

『おててを、』


「洗わない」


『おともだちは、いますか』


それに答えるみたいに、くまの腹がぶるっと震えた。古い接点が勝手に噛み合う音がする。


「います」

くまが、訊かれてもいないのに言った。

「ここに」


「返事しないで」


でも、もう遅かった。廊下の低いスピーカーが、ずっと使われていなかった喉を起こすみたいに鳴った。


『同行端末を確認しました』

『帰宅補助を開始します』


鍋のふたを押さえたまま、わたしは固まる。補助なんていらない。うちの場所だけは、設備に知られたくない。集水器も、食べ物の匂いも、おばあさんの屋上も、まとめて面倒になる。


「切る方法」


「やさしく抱いて歌う」


「それ以外」


「帰宅完了を偽装する」


役に立つほうが先に出るなら、最初からそうしてほしい。


廊下へ出る。低い灯りが、階段からうちの扉まで点々と続いていた。床の埃の上に、小さな靴の絵が浮かぶ。昼にはなかったのに、夜になると出るらしい。気味の悪い建物だ。


うちの向かい、壊れた物置の下に、半分つぶれた金属箱がある。昔はパン焼き器だったのか、配線の死んだ小型オーブンだったのか、そのへんの顔だ。いまはネジと釘の住処になっている。わたしは中身をぶちまけ、箱だけ抱えて戻った。


「箱に入れるだけ?」


「半分です」

くまが言う。

「おやすみ箱。暗所。やわらかさ。同行確認。たぶん、そういう条件です」


「やわらかさだけ急に精神論」


「幼体相手です」


わたしは鍋のそばの古いクッションを裂き、まだ乾いている綿を少し抜いた。魚の絵の、おひるねシールドの切れ端も出す。前に集水器へ使おうとして失敗したやつだ。銀の包み、裂けたタオル、綿、魚のフィルム。全部まとめて金属箱へ詰める。見た目はかなりひどい。やさしさを工作したら失敗した感じになる。


「作戦名」


「帰宅したふり」


「誠実さがありません」


うさぎを持ち上げる。足の裏に、小さな丸い端子がふたつあった。泥でほとんど見えなかっただけで、最初からそこにいたらしい。端子。つまり、ただ抱けばいいわけじゃない。


視線を走らせる。机の隅に、壊れた携帯ラジオの電池ばねが転がっていた。昨日外したやつだ。指で曲げ、箱の底に押しこむ。間に銀の包みを噛ませる。かなり適当。でも接点っぽい顔にはなった。


「これで」


「理屈としては、ひどいです」

くまが言う。

「でも、ひどい理屈で動く設備はあります」


「今日ずっとそれ」


うさぎを箱へ入れ、足裏の端子をばねへ触れさせる。くまをその横へ押しこむ。狭い。くまが少し潰れる。


「近いです」


「協力して」


ふたを半分閉める。完全に閉めると声がこもりすぎて、今度は異常判定されそうだった。半分だけ暗くして、魚のフィルムを上からかぶせる。夕方の薄い光が、箱の内側で水底みたいに揺れた。


うさぎの腹の窓が、一度だけ強く光る。


『おかえりなさい』


それきり、赤い点滅が止まった。


廊下の灯りも、下の階から順に消えていく。低いスピーカーが最後にひとつだけ言った。


『おやすみじゅんびを、どうぞ』


しん、とする。


鍋の湯気だけが、部屋の中でいちばん生きていた。


「……勝った?」


「この一件に限れば」

くまが言う。

「かなり雑に、正しく」


膝から力が抜けて、その場へ座りこむ。心臓がうるさい。箱の中では、うさぎもくまも静かだった。さっきまで町じゅうの親切を引っぱってきたくせに、いまはただの箱入りぬいぐるみ二体みたいな顔をしている。


鍋を下ろし、薄いスープを椀へ移す。腹へ入ると、ようやく手の震えがましになった。向かいの屋上から、おばあさんが一度だけ壁を叩いた。生きてるか確認するみたいな、短い音だ。わたしも壁を二回叩き返す。説明しないままの会話は、たまに便利だ。


食べながら、箱を見張る。ふと、うさぎの首もとから紙がのぞいているのに気づいた。濡れてくっついていた薄い布の内側に、もう一枚、タグが縫い込まれていたらしい。


そっと引き出す。布に守られていたせいで、字はまだ読めた。


夜間帰宅補助

就寝確認後、巡回停止

未帰宅時、所在照会を継続


その下に、もっと小さい字。


引渡条件

同行端末認証

受入先設定済


「設定済、だって」


くまが箱の中で、少しだけ布を鳴らした。


「昼のカードは、未設定でした」


「こっちは設定済じゃないと寝ない」


「はい」


「じゃあ、どこかに本来の帰る先がある」


その言い方をした途端、部屋の空気が少し変わった。食べ物の匂いより、字のほうが重くなる。帰る先。受入先。引渡先。どれも、誰か一人ぶんの場所みたいに書かれている。


箱のふたを、ほんの少しだけ開ける。うさぎは眠った顔のままだ。くまの片耳がその横でつぶれている。似合わないくらい、きちんと並んでいた。


「くま」


「はい」


「受入先って、施設?」


少し長く黙ってから、くまが言った。


「おうちの可能性があります。施設の可能性もあります。どちらにしても」

そこで途切れ、次は妙に素直な声になった。

「設定済の相手が、いたはずです」


いたはず。


いまいる、ではなく。


椀の底を見下ろす。きれいに食べたのに、ぜんぜん気分が軽くならない。今日は食べられた。今夜は眠れる。そこまではいつもどおりだ。でも、拾ったうさぎが寝るために必要なのは、湯気でも歌でもなく、どこかに登録された帰る先だった。


窓の外では、夕方の色が建物の角へ沈んでいく。向かいの屋上で、おばあさんが最後の布をたたんでいる。町はいつもどおり乾いていて、遠くのスピーカーは何も言わない。その静けさが、かえって気味悪かった。


わたしは昼に拾ったカードをポケットから出し、夜のタグを横へ並べた。


引渡先 未設定。

受入先 設定済。


矛盾している。わざとなのか、壊れているのか、その中間みたいにいやだ。


「明日」

わたしは言う。

「搬入口Cじゃ足りない。設定してる側を見に行く」


「中央育成物流庫」

くまが、すぐに答えた。

「もっと奥です。たぶん、設定はそっちにあります」


「食べ物も?」


「希望としては、かなり」


さっき聞いたばかりの、観測じゃないやつだ。


でも、希望がないよりはましだった。わたしはカードとタグを重ねて、鍋の横へ置く。箱の中のうさぎは静かだ。くまも珍しく黙っている。二体とも眠ったふりがうまい。


部屋の明かりを落とす前に、箱へもう一枚、古い布をかけた。やさしさじゃなくて、念のためだ。


町のどこかには、まだ設定の残っている帰る先がある。


そこに、帰る相手がいるのかどうかは、まだ全然わからない。

でも、わからないまま動いている設備は、だいたいろくでもない。


明日の行き先だけは、はっきりした。

それは食べ物の匂いより、少しだけ強かった。

お読みいただきありがとうございました。お楽しみいただけたようでしたら、★★★★★評価、ブックマークなどいただけると作者の創作の励みとなります。また次回よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ