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おもちゃのAIとわたし、終末世界だけどなんとかやってる  作者: 堀吉 蔵人


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搬入口Cの、あわてるおもちゃ

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけると幸いです。

搬入口Cは、ほんとうに低い場所にあった。


壁の角をふたつ曲がると、町の骨の裏側みたいな通路へ出る。高い門も立派な庇もない。あるのは膝くらいの高さの搬送レールと、白線と、小さな台車が通れそうな細い坂だけだった。風が抜けるたび、どこかで消毒液の乾いた匂いがした。くまの言った通りだ。おしぼりと、消毒と、泣きやんだあとの空気。そんなの、知っているほうが変だ。


「やだなあ」


「においですか」


「場所が」


影の薄い柱の裏へしゃがみこみ、首だけ出して見る。受渡口は三つ。ぜんぶ低い。大人が使うには中途半端で、子どもが使うには親切すぎる高さだ。床には靴の絵。前話で見たのより小さい。つま先が丸くて、左右の間隔まで丁寧に描いてある。並んで待てとでも言いたげだった。


壁のスピーカーが、遠くでやさしく鳴った。


『次便の方は、あわてずお待ちください』


「待ってる人、いないけど」


「設備側は、いるつもりです」


わたしは袋からさっきのパウチを出し、ひと口だけ吸った。やさしい味が舌に広がる。腹にはありがたい。こういう顔で寄ってくるものは、たいてい感じが悪い。口の端をぬぐって、銀色の水筒を脇へ置く。


時刻表示の細い窓が壁に埋まっていて、13:39から、なかなか進まない。日なたは白く焼けているのに、ここだけは病院みたいにぬるくて静かだった。


レールの向こうから、かすかな駆動音が近づく。


台車が一台、音もなく滑ってきた。上には白い箱。食料パックの大きさじゃない。もっと平べったくて、軽そうで、持ち手までついている。箱の側面に印字があった。


幼年補助物資

第七系統

受入数 一


その下に、小さな字が続く。


情動安定教材 同梱


「教材」


口の中で転がしただけで、変な感じがした。こんな町で、いまさら。


台車が白線の内側で止まる。『受領位置でお待ちください』と声が言う。待つわけがない。わたしは柱の影から出ず、昨日作ったひどい道具より少しましな長い棒を伸ばした。さっきの支柱に、曲がったクリップを三つ足しただけだ。見た目は悪化している。


「作戦名は」


「今回もない」


「継続性がないです」


箱の持ち手へ引っかけ、そっと引く。軽い。拍子抜けするくらい軽い。レールの縁を越えて、白線の外へずるりと来た。警報は鳴らない。ランプも青いまま。箱がわたしの足元まで滑ってきたところで、上を見た。ドローンの羽音は、まだ遠い。


膝で箱を押さえ、留め具を外す。


中に入っていたのは、栄養パック二つ、小さな水のパウチ一本、薄いタオル。それから、いちばん場違いなもの。


丸い耳のついた、色あせた布のうさぎだった。


白だったのか、薄桃色だったのか、もうわからない。片耳の先が少し焦げ、片目の糸が切れている。お腹に透明な窓があって、中に古い液晶みたいな板が埋まっていた。手で持つと、思っていたよりあたたかい。


「……え」


袋の中で、くまが息をのむように黙った。


その沈黙のほうが、声より変だった。


「くま?」


「それは」

くまの声が、ほんの少しだけ遠くなる。

「ええと。ええ。保育補助個体、うさぎ型。迷子抑制。情動安定。優先呼出」

そこで途切れた。

「だめです。最後のやつは、よくない」


よくない、と言われた瞬間に、うさぎのお腹の窓へ細い光が走った。


ぴ、と小さな電子音。


液晶に、にこにこした顔が出る。


『こんにちは。おむかえです』


「最悪」


『こんにちは。おむかえです』

うさぎがもう一度言う。さっきの壁の声より、ずっと近い。

『ひとりですか。だいじょうぶ。いっしょにまちましょう』


わたしは反射で布の口を押さえた。しゃべる場所そこじゃないけど、気持ちとしては正しい。うさぎの目の奥で小さなランプが点滅しはじめる。赤。赤。赤。点くたびに、周囲の壁のどこかが応えるように、かすかに鳴った。


「信号です」

くまが急に早口になる。

「弱いけど、生きています。迎え呼出。受領未了。所在照会。たぶん近くの系統を起こします」


「切り方は」


「やさしく抱いて歌う」


「それ以外」


「わかりません」


もう遅かった。受渡口の上のランプが青から白へ変わる。通路の奥でシャッターが半分だけ開き、眠っていたみたいな小さなセンサー頭がいくつもせり出してくる。高いところではなく、低いところばかり。ぜんぶ子どもの目線の高さだ。


『おむかえを確認します』

壁の声が言う。

『その場でお待ちください』


「待つ顔してる?」


「逃走向きです」


うさぎを抱えて柱の裏へ飛びこむ。箱の中身は片手でまとめて袋へ突っこんだ。水筒が転がりそうになるのを膝で止める。うさぎは胸の中でまた言った。


『ひとりですか』

『ないても、だいじょうぶ』


「泣いてる暇ない」


通路の床に、細い光の線が走りはじめる。さっきの白線より細かい。迷路みたいに組み合わさって、一本だけ、奥へ続く線が青く明るくなる。誘導だ。親切な顔をした追跡にしか見えない。


センサーの首が、いっせいにこちらへ向く。


「くま、こいつ黙らせる。どう包めばいい」


「金属で囲う。たぶん」

くまが言う。

「完全なら、よいです。でも完全は、いま無理です」


銀色の水筒を見る。軽くて、きれいで、この設備と同じ顔をしているやつ。口は狭い。うさぎは入らない。けれど、お腹の窓だけなら隠せるかもしれない。


わたしは箱から薄いタオルを引っぱり、うさぎを逆さにして、お腹の窓へ水筒の口を押し当てた。意味があるのか怪しい。手が足りない。袋から冷却布を出し、さっきの銀のパウチの外袋も裂く。銀色の内側を広げ、窓の周りへ巻きつける。紐で縛る。見た目は、うさぎが鍋の残り物みたいになった。


『こん、にちは』

声が少しこもる。

『おむかえ、で』


「効いてる?」


「半分くらい」

くまが言う。

「すばらしく雑ですが、雑なりに」


通路の奥で、羽音が増えた。今度は上じゃない。低く飛ぶ小型機だ。ひとの足もとを追うための高さ。嫌な設計しか残っていない。


青い誘導線が、わたしの靴先まで伸びてくる。


『こちらへどうぞ』

『ころばないでね』


「親切が重い」


逃げ道を見る。来た道は開けている。ドローンと正面から会う。反対側は搬送レールと低い坂。坂の先に、古い手洗い場の名残みたいな、錆びた流しが見えた。排水管が壁へつながっている。太さは、子どもなら通れそうなくらい。わたしは子どもじゃない。けど、肩くらいなら隠れる。


「くま、こいつ、受領待ちの信号なんだよね」


「はい」


「じゃあ、待ってる場所を別に作ればいい」


「説明が急です」


返事の代わりに走る。白線の外を蹴り、レールをまたぎ、低い坂を滑る。小型機が二機、うしろで甲高く鳴いた。流しの下へ膝をつき、排水管の口に手を入れる。冷たくてぬるぬるする。最悪。けど、奥は空洞だ。


うさぎを見下ろす。赤い点滅は弱くなっている。それでも生きている。


「ごめん」


「誰に」


「うさぎに」


わたしはうさぎを排水管の奥へ差しこんだ。完全には入らない。耳が引っかかる。焦げた片耳を折り曲げ、タオルごと押す。ちょうどお腹の窓だけが管の金属の影へ隠れたところで、声がほとんど聞こえなくなった。


『……だい、じょう……ぶ』


そこで、誘導線の青がふっと弱まる。


小型機が迷ったみたいに、その場で旋回した。ひとつはわたしの頭上まで来て、もうひとつは排水管の口の前へ降りる。丸いレンズが赤から白へ変わる。探している。呼ばれてきたのに、肝心の相手がいない顔だ。


「いま」


くまがささやく。

「いまです。誤差が出ています」


「どのへんに」


「設備の頭の中に」


そういうときのくまは、たまに役に立つ。


流しの横には、古い足踏みペダルがまだ残っていた。死んでいると思っていたけど、試しに踏む。ぎい、と鳴って、上の蛇口から一瞬だけ水が噴いた。驚くほど冷たい。たぶんどこかの補助タンクがまだ生きていた。


小型機のレンズへ、水がまともに当たる。


白がぶれる。羽音が乱れる。


「うわ、弱」


「防滴ではありませんでした」


もう一機も、こちらへ寄ってくる。わたしは蛇口を片手でねじり、出たり止まったりする水をわざと散らす。床が濡れ、青い誘導線の上で光がにじむ。機械はこういう曖昧さを嫌う。たぶん。嫌え。


小型機が濡れた床へ光を落とし、ついでに自分で滑った。車輪つきだったらしい。知らないでいたかった。壁へ軽くぶつかり、情けない音を立てる。


「勝った?」


「この一件に限れば」


受渡口のほうで、壁の声がつまった。


『おむかえ対象の、』

少し間が空く。

『位置を再確認します』

『その場で、』


言い終わる前に、わたしは流しの下からはい出した。排水管からうさぎを引っぱり出す。銀の包みはずぶぬれで、見た目がさらに悲惨だ。でも赤い点滅は消えていた。お腹の窓は暗い。


「死んだ?」


「眠ったか、あきらめたか」

くまが言う。

「どちらかです」


「じゃあ持ってく」


「拾うんですか」


「ここに置いてったら、また誰か迎えに来るでしょ」


袋へ入れる前に、うさぎの首のところに、薄いタグが縫いこんであるのに気づいた。泥をぬぐる。字はかすれていたけど、読めた。


保育補助個体

ともだちユニット

同伴AI連携可


その下に、もっと小さく印字がある。


対象年齢 三歳以上

対象区域 第七居住圏


「同伴AI連携可」


口に出すと、くまが黙る。


「くま」


返事がない。


「くまって、何」


袋の中で布がこすれる音がした。考えているふりをするときの沈黙だ。


「ぬいぐるみです」


「そこじゃない」


「もっとえらい名前が、あった気がします」

くまは珍しく、笑わなかった。

「おともだち。案内。見守り。そういう、やわらかい仕事です。たぶん」


たぶん、の言い方がへたすぎて、逆にほんとうっぽかった。


搬入口Cのほうで、シャッターが順番に閉じていく。誘導線も消える。次便は終わったらしい。誰も受け取らないまま、受入数一だけが消費されたのか、されなかったのか、それすらよくわからない。白線と靴の絵だけが残る。


わたしは袋を背負い直した。さっきより重い。食料のぶんだけじゃない。濡れたうさぎと、変な記憶と、ここでまだ子どものための設備だけが几帳面に動いている気味の悪さが、まとめて入っている。


通路の出口へ向かいながら、一度だけ振り返る。低い受渡口。小さな靴。待ってもいない相手を呼ぶやさしい声。


「ねえ、くま」


「はい」


「この町、まだ子どもがいると思ってるのかな」


「思っている、では足りません」

くまが静かに言う。

「待っている、のほうが近いです」


日なたへ出ると、光が痛かった。壁の影は短くなっている。腹はまだ減っている。でも、補充される先は見た。見たせいで、余計にわからなくなった。


袋の中で、濡れたうさぎが小さく鳴いた気がした。気のせいかもしれない。くまは何も言わない。そういうときが、いちばん落ち着かない。


わたしは水のパウチをひと口だけ飲み、歩き出した。今日は食べられる。今夜は眠れる。たぶん。


その先は、まだ全然やさしくない。

お読みいただきありがとうございました。お楽しみいただけたようでしたら、★★★★★評価、ブックマークなどいただけると作者の創作の励みとなります。また次回よろしくお願いします。

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