表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おもちゃのAIとわたし、終末世界だけどなんとかやってる  作者: 堀吉 蔵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/32

やさしい声の不在票

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけると幸いです。

朝の鍋は、底のほうから先に諦める。


昨夜のゼリーを水でのばし、塩糖の粉を爪の先ほど落とす。湯気だけは立派で、鍋の内側の傷が向こうでゆらいだ。ひとくちすする。甘い。しょっぱい。最後に、消毒液みたいな匂いが鼻へ残る。腹は受け取る。でも満足は座らない。


窓辺のくまの胸で、星型プレートが朝日を返した。古びた毛の上で、新品の黄色だけがまだ浮いている。


「朝食です」

くまが言う。

「分類としては、希望の薄いほうです」


「食べ物に入れてるだけえらいよ」


通りの低いスピーカーが、今日も朝からやさしい。


『移送中の方は、足もとにご注意ください』

『暑い時間の外出は控えましょう』


だれも移送されていない町で、それだけは毎日まじめだ。


向かいの屋上では、おばあさんが空き缶を並べていた。こっちに気づくと、片目だけ細める。


「今日は動く顔してるね」


「物流庫を探す」


「朝飯前に?」


「朝飯が前にないから」


おばあさんは鼻で笑った。

「昼の声が増える前に行きな。親切が多い日は、たいてい面倒も多い」


袋へくまを入れ、昨夜のメモをポケットへ押しこむ。中央育成物流庫、第七系統。名前しかない。でも終末では、名前のあるものはたまにまだ残っている。


通りへ出る。昔の遊歩道らしい細道に、腰より低い手すりが続いていた。魚や星の絵がところどころ剥げ、子どもの足音だけを待っているみたいな縮尺で町が残っている。


「第七系統、心当たりある?」


「あります」

くまが即答した。


足が止まった。

「あるなら最初に言って」


「停留所。受け渡し口。歌。泥。高い影。白い皿。順不同です」


「後半は夢のゴミ捨て場じゃん」


「記憶はときどき高級な事故を起こします」


役に立たないものを、役に立つ順に並べ替えるのはわたしの仕事だ。停留所。受け渡し口。高い影。なら高架下だろう。古いトラムの線路が町の北をかすめている。日陰ができる。設備も残りやすい。


途中、足もとの端末がくまの胸の星を見たのか、小さく灯った。


『おはようございます』


それだけで黙る。昨日まで保護だ回収だとうるさかったくせに、今日は挨拶だけだ。許可されたというより、見て見ぬふりをされている感じがした。


高架の影は昼前でもひやりとしていた。柱のあいだに古い売店や倉庫が並ぶ。シャッターは歪み、ガラスは曇り、張り紙は剥がれかけたまま固まっている。その中にひとつだけ、妙に新しい黄色があった。目線よりずっと低い位置の、手のひらの形。指先だけが薬局の裏を向いている。


「露骨」


「幼体向け案内は、たいてい恥がありません」

くまが言う。

「柵の内側まで親切です」


「朝から言い方が悪い」


薬局の裏口の脇に、小さな扉が埋まっていた。膝くらいの高さ。丸い取っ手。全部の角がやわらかい樹脂で包まれている。上には擦れて消えかけた文字。


第三区画 受渡補助口


喉の奥が少し熱くなった。探していたものが、思っていたよりずっと近い場所でまだ生きていた。


くまを持ち上げる。胸の星がじんわり温かくなった。次の瞬間、補助口の縁に青い線が走る。


『同行許可を確認しました』

『受け取りを準備します』


「準備しなくていいときほど手が早い」


「親切は待てません」


扉が内側へすべり、小さな引き出しが前へ出た。中には銀色のパウチが二つ、細い栄養バーが一本、それから厚紙の札が一枚。どれも軽い。どれも新品だ。角には小さく、対象年齢0〜3。


腹が、品のない音で鳴った。


……やめろ。


「これは持って帰る」


「賛成です。ついでに扉も持ち帰れば、明日から定期収穫できます」


「すぐ犯罪を農業みたいに言うな」


厚紙の札を取る。片面は白、片面は赤。白いほうに細い印字が走っていた。


受領票

第七系統

次便 13:40

中継口B


場所に時刻までついた。名前だけだった明日が、急に具体的になる。


そのとき、補助口の奥で別の機械が目を覚ました。低い駆動音。引き出しの上の小さな画面が灯る。


『受領確認を開始します』

『補助端末を誘導位置へ』

『外部電源を接続してください』


画面の脇に、古い差込口があった。うちのランプ用の変換アダプタと合う形だ。合ってしまうのが腹立たしい。


「地図を出す気だ」


「そして残量を殺します」

くまが答える。

「私を差しこんでも、たぶん少し光ります」


「絶対やらない」


「では私を投げてください。故障は注意を引きます」


「もっとやらない」


袋から小さなバッテリーを出す。残りは半分もない。今夜の灯りのぶんだ。ここで減らせば、夜の鍋は暗い。でも地図が出るなら、見逃せない。


「三十秒だけ」


差しこむ。画面が明るくなった。


古い路線図みたいな線が浮かぶ。第三区画。中継口B。そこから先へ白い線が区画の外まで伸び、終点に短い文字が出た。


中央育成物流庫 第七系統搬入口


本当にある。


その実感より先に、残量表示が目に見えて減った。飲み方が乱暴すぎる。さらに補助口の上で白いランプが回り始める。


『移送補助機を呼び出します』


来る。


どこから。何秒で。


『受領確認まで、その場でお待ちください』


遠くで、聞き覚えのある羽音がした。ひとつじゃない。


「待たない!」


わたしはバッテリーを引き抜く。画面は消えかけながら、それでも最後に中継口B、13:40、搬入口の文字だけしぶとく残した。十分だ。逃げるには。


けれど引き出しが閉まりかけたところで、奥にまだ何か見えた。もう一つのパウチ。栄養バーの下に、薄い封筒。


高架の上を影が横切る。白いランプは機嫌よく回りつづける。やさしい声は、こういうときだけ張りがある。


「くま」


「はい」


「十秒で持って逃げる方法」


「泣く」


「は?」


「設備は泣いている幼体に弱い可能性があります。私が代行します」


「最悪の案から出すのやめて」


視界の端で、厚紙の札が揺れた。白。赤。なんとなく裏返す。赤い面には、太い字でほとんど命令みたいに刷ってある。


不在票

受取不能時は差込口へ


一瞬、頭が止まる。


「……は?」


くまが妙に明るい声を出した。

「不在になれます」


「いまここにいる」


「制度はその程度の矛盾を愛します」


羽音が近づく。白いランプが回る。喉の奥で心臓が跳ねる。


わたしは赤い面を差込口へ押しこんだ。紙は半分ほど入ったところで、機械に噛まれた。ぐっと引かれる。白いランプが一瞬だけ止まる。


『不在を確認しました』


今朝いちばん、ありがたい声だった。


『次便へ振替を行います』

『移送補助機を停止します』

『補助物資は保留できません』


最後の一文と同時に、引き出しがもう一度かたんと前へ出る。奥に残っていたパウチと薄い封筒が、どうぞと言わんばかりに顔を出した。


「保留できないって」


「持って行け、の上品な言い換えです」


「今日は妙に翻訳がうまいね」


「昔、よく怒られた記憶があります」


「だれに」


くまは少し黙った。

「小さい靴の持ち主に」

それから、余計に足す。

「私は列を乱しやすかったので」


聞き返す前に、羽音が高架の向こうへ逸れていった。白いランプも消え、補助口は何もなかったみたいな顔で黙る。高架の影に、自分の荒い呼吸だけが残った。


この町では、いることより、いないことにされるほうが助かるらしい。


「生還」


「加えて、正規手順を踏んだ略奪です」


「その言い方ほんと好きじゃない」


「では、行儀のよい窃盗」


そっちも嫌だった。


帰り道、封筒の中身を確認する。薄いフィルムの地図だった。子どもの手でも破れにくい素材らしく、やけに丈夫だ。描かれているのは町全体じゃない。低い設備と低い通路だけを結んだ、子ども専用の地図。大人の店も家も載っていない。代わりに、休憩所、受渡口、避難筒、日陰、給水、補助機待機帯。そういうものばかりが細い記号で埋まっている。


見慣れた町なのに、知らない臓物をひらいたみたいだった。


「別の町だ、これ」


「別の優先順位です」

くまが言う。

「大きい人間は、後から生えた障害物として処理されている可能性があります」


「その言い方、ぞっとする」


「ぞっとするべき地図です」


高架の外へ出ると、日差しが一気に刺さった。足もとの端末が一度だけ白く灯る。


『お気をつけて』


またそれだけだ。今日は保護も回収も言わない。くまの胸の星が効いているのか、あるいは本来の持ち主に向けた道を、わたしが横から借りているだけなのか。どちらでも気分はよくない。


部屋へ戻ると、おばあさんが屋上の縁で缶を回収していた。


「早かったね」


「親切に追い出された」


「成果は」


銀のパウチを振って見せる。おばあさんの目が細くなる。


「また新しいやつかい」


「先月の日付。地図つき」


「子ども向けだね」


「見ればわかる?」


「見なくてもわかるよ」

おばあさんは缶を袋に落とした。

「この町で新品が流れるときは、だいたい背が低いほうの都合だ」


背が低いほう。


わたしは、その棚に並んだことがない。


聞きたいことはいくつか浮かんだ。でも、いまは腹のほうが強い。鍋に水を張り、パウチを半分だけ落とす。白いペーストがゆっくり溶け、やさしそうな匂いを足した。やさしそう、で止まるあたりが信用ならない。


くまを窓辺に置き、フィルム地図をひろげる。中継口Bから先の線は、町はずれの高い壁のところで消えている。その向こうに小さく、搬入口の記号。


「明日はそこ」


「13:40」

くまが言う。

「受け渡し前に、歌が必要かもしれません」


「なんの」


「整列の歌。私は一番だけ知っています。たぶん危険です」


「危険な歌ってなに」


くまは少し考えてから、妙にきれいな声で歌いかけた。


「よいこはしろいせんのうち」


「やめて」


反射みたいに止めた。自分でも驚くくらい、すぐだった。くまはそこで黙る。窓の外の風が、魚の影を揺らす。


「……続きは?」


「思い出さないほうが安全です」

くまが小さく言う。

「たぶん、並ばせる歌です。並んだあとの記憶が、あまりよくありません」


鍋をかき混ぜる。湯気が立つ。今日のぶんはある。夜の灯りは少し減る。それでも、名前だけじゃなく、時刻と口と道を手に入れた。


通りのスピーカーが、またやさしく鳴った。


『次便の受け取りに備えてください』


だれも受け取らない町で、次便だけは几帳面に来るらしい。


「ねえ、くま」


「はい」


「第七系統、ほんとに動いてるね」


「動いています」

くまは少し間を置いた。

「止められていない、のほうが近いかもしれません」


その言い方は、古い機械より少し冷たかった。


わたしは鍋を見つめたまま、白い線の走る地図へ目をやる。明日は高架の先へ行く。受渡口じゃない。中継口だ。やさしい声の届く範囲より、たぶん少しだけ奥へ。


正解がなくても、次の手は作れる。


問題は、その手がだれのために用意されたものかだった。


――わたしじゃない可能性のほうが、高い。

お読みいただきありがとうございました。お楽しみいただけたようでしたら、★★★★★評価、ブックマークなどいただけると作者の創作の励みとなります。また次回よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ