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おもちゃのAIとわたし、終末世界だけどなんとかやってる  作者: 堀吉 蔵人


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21/32

迷走便と北三の低い入口

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけると幸いです。

夜道は、腹が減っていると少し遠回りに見える。


白い棟を離れてしばらくすると、灯りだけが後ろへ残った。前は暗い。けど、完全な暗さじゃない。配管の継ぎ目、低い標識、搬送路の端に埋まった誘導灯。そういう、機械だけが困らない程度の明るさが地面に薄く続いている。


わたしは感熱紙の控えを服の内側で押さえた。


北三保存庫経由。

六番中央照会へ。


字があるだけで、行き先は少しだけ人のものになる。


「くま」


「はい」


「北三、歩きで行くとどれくらい嫌?」


袋の中で布が擦れた。


「かなり、空腹向きではありません」


「やっぱりか」


水筒を振る。底で、情けない音がひとつだけした。残りは少ない。塩糖片も半分。六時十分に勝ったあとで餓えるのは、筋が悪い。


道の左は閉じた居住棟、右は窓のない低い倉庫群。どこも、夜のほうが物の顔をしている。人のための町というより、物を順番に通すための町だ。


遠くで、かしゃん、と金網の鳴る音がした。


止まる。耳を澄ます。風じゃない。車輪。軽いものを積んだ低い台車みたいな音が、角の向こうで一度止まり、また少しだけ動いた。


「何か来る」


「搬送です」

くまが言う。

「かなり古い型」


角の影から出てきたのは、台車に脚をつけたみたいな機械だった。低い。箱形。前に丸い感知眼がひとつ。荷台には浅い網枠があり、端に小さな旗みたいな札が立っている。塗装は剥げ、側面の絵は半分消えていたけど、黄色い動物の耳だけがまだ残っていた。


かわいい顔をして、車輪はやけに静かだった。


機械はわたしたちの前で止まり、胸の高さよりずっと低い位置から声を出した。


『よるのおそいびんです』

『まだ のっていないにもつは ありますか』


「嫌な聞き方だな」


『ありますか』


「あるって言ったらどうなる?」


『じゅんばんへ のせます』


感知眼が、わたしの胸のあたりを青くなぞる。内側へしまった感熱紙の位置だ。次に袋。最後に、くまの胸の星へ薄い光が触れた。


表示窓が起きる。


継続保守。

同行端末あり。

未了便候補。


「おい」


『みしゅうのうです』

『あんしんして のってください』


「安心の向きがおかしい」


機械の横から、細い保持腕が一本だけ伸びてきた。荷物を引き寄せるための簡単な爪つき。遅い。でも、ためらいがない。


わたしは一歩下がる。保持腕はそのぶんだけ追ってくる。


「くま、逃げる?」


「追跡指定に入ると、面倒です」

少し間を置いて、

「乗ったほうが、たぶん近いです」


「近いの、目的地? それとも厄介ごと?」


「両方です」


それは、ほとんど役に立つ答えだった。


わたしは保持腕を片手で押さえ、機械の横へ回る。荷台の縁は低い。乗れなくはない。いや、荷物としてならちょうどいい高さだ。


「これ、どこ行き」


側面の札を拭く。古い字が出る。


北巡回補助便。

湿式保守・遅延貨物。

北三保存庫前を経由。


「出た」


「かなり、当たりです」


「当たりって言うには顔が嫌」


『のってください』

『おいていかないで じゅんばんします』


急かし方まで古い。たぶん昔の誰かを泣かせないための声なんだろう。でも今は、泣かせないより運ぶほうが仕事らしい。


荷台の隅を見ると、小さな蓋つきの補助箱がついていた。開ける。中に乾いた包みが三つ。


保存作業者用。

塩糖片。

作業前後に。


「宝だ」


「かなり、人間です」


一包みを破って半分噛む。舌へ塩と甘さが一緒に来る。おいしいより先に、体がちゃんと怒るのをやめる。残りをくまの横へ押しこみ、わたしは荷台へ片膝を乗せた。


「乗るよ」

「ただし荷物の顔はしない」


「難題です」


わたしは鼻で笑い、保持腕を自分から避けて荷台の内側へ入った。防滴覆いが端へ丸めて残っていたので、それを引っ張り、網枠の半分だけ前へ垂らす。外から見える形が少し曖昧になる。


『しゅっぱつします』

『てを はなさないでください』


「誰の手」


「昔の想定です」


機械が動き出す。速くはない。でも歩くよりましだった。低い車輪が割れた舗装の継ぎ目を拾い、荷台が小さく揺れるたび、腹の底が少しだけ嫌がる。


北へ向かう誘導灯は途中から減り、かわりに路面へ古い印が増えた。黄色い矢印。丸い足跡のマーク。子どもの靴くらいの幅で塗られた細い停止線。ぜんぶ色が抜けているのに、まだ読める。


「低いな」


「はい」


「町じゅう低いけど、これはほんとに低い」


道脇の手すりも、案内板の覗き穴も、注意札も、全部が今のわたしの腰から下にある。昔ここを通る想定だった人間は、わたしよりもっと小さかった。


『つぎの かどは ゆっくりです』

『あわてなくて だいじょうぶ』


「大丈夫なものだけ運べばいいのにね」


「制度は、そうしません」


角を曲がったところで、機械が急に止まった。


前方に、崩れた高架の影が落ちている。北へ抜ける細い搬送路が、途中で途切れていた。落ちた梁が斜めに刺さり、その先の誘導灯だけが空しく光っている。


機械は止まったまま、律儀に声を出した。


『まえが ふさがっています』

『じゅんばんを まちます』


「待つな」


『まちます』


「くま」


「迷走します」


「断言したね」


「この型は、道がなくなると前の順番を捨てずに回り続けます」

「かなり、親切の失敗です」


嫌な設計だなと思った瞬間、機械がくるりと向きを変えた。来た道と平行する別路へ入る。わたしは顔を上げる。そこは北へ行く道じゃない。西へ戻る半周の保守路だ。


「それ違う」


『うかがいます』

『おろしさきは さいはいぶんたいきです』


「最悪」


『さいわいです』


「聞き間違いがでかいな」


荷台の前に、細い差しこみ口が見えた。行き先札を読む場所だ。今は色の抜けた古い札が半分だけ刺さっている。先端の字は擦れていたけど、読めた。


再配分待機。


「だからそっちへ行くのか」


わたしは古い札を引き抜いた。紙というより薄い樹脂板で、角が丸い。差しこみ口の奥では、小さな読取り灯がまだ生きている。


行き先になるもの。今持っている紙を、指先で探る。返却停止願の控え。未送付の封筒。北三保存庫経由の感熱紙。


「これで殴れるかな」


「読める字があれば、たぶん」

くまが言う。

「この手の機械は、だいたい途中だけ見ます」


「雑で助かる」


感熱紙を二つ折りにして、北三保存庫経由の行だけ表へ出す。差しこみ口へ押しこむ。読み取り灯が一度消え、また点いた。


経由更新。

北三保存庫前。

遅延貨物優先。


「通れ」


『うけたまわりました』

『きをつけて まよいます』


「そこは直らないのか」


でも、機械はちゃんと向きを変えた。今度は北へ伸びる外周路。崩れた高架を避けて、配管の下を抜ける細い補助道だ。昔の保守便か、湿式搬入口用の回り道なんだろう。人が歩くには狭い。迷走便にはちょうどいい。


しばらく進むと、前方に低い検査門が見えた。半分落ちかけたアーチに、白い字。


乾式確認。

露出紙片は停止。


「また紙か」


門の脇には、感知眼がひとつ。乾いた荷かどうかを見る目だ。うちの服の内側の紙を拾われたら面倒になる。機械はまっすぐそこへ向かっている。


わたしは荷台の隅を探り、さっきの防滴覆いを全部引き上げた。ついでに、白い棟から持ってきた丸札がまだ紐についたままだと気づく。


立入後回し。


「これ、使えるかな」


「意味は違いますが、態度は合っています」


わたしは丸札を網枠の前へぶら下げ、防滴覆いをくまの上からわたしの胸まで深く垂らす。少し湿っている。昼の結露を吸ったままの、あの嫌な冷たさだ。


検査門の感知眼がこっちをなぞった。青。緑。少し長い間。


停止指示を待つ。来ない。


表示が切り替わる。


湿式。

乾燥前。

後回し処理。


「勝った」


「かなり、雑です」


『あとまわしを かくにんしました』

『しずかに とおります』


「最近こればっかだな」


門を抜ける。向こう側の空気は少し冷えていた。保存区画が近い。道の脇に並ぶ箱型建物の壁から、時々白くない息が吐き出される。結露の筋が地面へ落ち、細い溝へ流れていく。


荷台の揺れがゆるくなったころ、くまが小さく言った。


「この声、覚えています」


「迷走便の?」


「はい」

少し考えるみたいな間。

「待てる子へ、待たせるための声です」


わたしは前を見たまま、感熱紙の端を指で折った。


「待てない子は」


「番号になります」


答えが短すぎて、腹より先に喉のほうが冷えた。


前方に、大きな影が出る。北三保存庫だ。


広場は夜でも四角く開けていて、地面の矢印だけが白く残っている。正面門は閉じていた。かわりに、横手の低い搬入口の前へ迷走便がするすると回りこんでいく。


扉の上に、小さなモニターがひとつだけ起きた。古い画面。端が焼け、真ん中だけが妙に明るい。


『こんばんは』

『きょうの しつもんです』


「質問?」


『いちばん さいしょに なくしたものを こたえてください』


わたしは荷台の中で止まった。


「何それ」


「規格外です」

くまが言う。

「かなり、北三です」


迷走便は満足そうに小さく鳴り、荷台の縁を開いた。


『おりるじゅんばんです』


北三保存庫の入口は、夜のくせに起きていた。しかも、鍵じゃなくて、思い出のほうを出してきた。そういう扉は、だいたい力より面倒が要る。


わたしは荷台から降り、くまを抱え直す。腹はまだ減っている。喉も乾いた。でも歩かずに着いたぶん、殴る元気は残っていた。


「よし」


「はい」


「最初になくしたもの、ね」

モニターを見上げる。

「答えを探す前に、まず嫌う」


『へんじを どうぞ』


「待って」

わたしは扉の低い画面へ近づいた。

「順番には乗ったから、次はこっちの番」


北三保存庫は、返事の代わりに、子どもの膝くらいの高さで青く光った。

お読みいただきありがとうございました。お楽しみいただけたようでしたら、★★★★★評価、ブックマークなどいただけると作者の創作の励みとなります。また次回よろしくお願いします。

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