表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おもちゃのAIとわたし、終末世界だけどなんとかやってる  作者: 堀吉 蔵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

やさしい保護

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけると幸いです。

青い点は、鍋の中でもきっちり仕事をしていた。


昨夜のうちに外した透明の帯を小鍋へ押し込み、金属のふたをして、その上から菓子袋の銀色まで巻いた。見た目は完全に怪しい。でも、これで少しはおとなしくなると思ったのだ。


思っただけだった。


ぴ、と鍋の中で一度またたくたび、部屋の隅に積んだ死んだ端末のどれかが、ぢ、と短く鳴る。寝返りの途中で起こされて文句を言うみたいな音だった。


「おはようございます」

くまが言った。

「本日の重要案件は、朝食と隠蔽です」


「順番がやだ」


ふたを少しずらす。青い点は、湯気でもないのに鍋の内側を薄く青く撫でていた。光というより、小さな針で空気をつついている感じがする。消えそうで消えない。触れた金属だけ、うすく温かい。


ポリタンクの水は昨日より増えていた。魚の絵のついたおひるねシールドが朝日に透けて、露が受け皿へ落ちる。水はいい。見ていて機嫌が直る。


問題は豆だ。びんの底に、ひとにぎりもない。


指先で数えようとして、途中でやめた。数えて増えるものじゃない。


「絶望は計量しても増えるだけです」とくまが言う。


「してない」


「では、眉間のしわを返却してください」


「しまう場所がない」


腹が減ると、考え方まで細くなる。交換所へ行っても、昨日の照合騒ぎのあとじゃろくなものは出ない。隠すべきものを抱えたまま見回りの多い場所へ行くのも、あまり賢くない。


だから賢くないことを、もうひとつやることにした。


どのみち光るなら、どこで何が反応するか見てやる。


わたしは鍋ごと帯を袋へ入れ、くまを抱えて外へ出た。


隣の屋上のおばあさんが、干した布をはたきながらこちらを見た。


「朝から変な顔だね」


「発信するし食べられないものを拾った」


「最悪だねえ」


「かなり」


「役に立つなら、まだましさ」


「それをいまから試す」


おばあさんは布越しに通りを見た。

「なら急ぎな。今日はやさしい声が多い」


通りへ降りると、ほんとうに多かった。


『第三区画、育成資材の所在確認を継続中です』

『異常を検知した場合は、落ち着いて申告してください』


落ち着いて、がいちばん難しい。


昨日の道を逆にたどる。角を曲がり、黄色い旗の束が下がる交差点まで来たところで、鍋の中がぴ、と光った。次の瞬間、横断歩道の脇に埋まっていた低い端末が青白く目を覚ます。


『わたりましょう』


思わず足が止まる。声の位置が低い。大人の腰よりずっと下。子どもの目線の高さだ。


「えらいですね、と褒める準備もあります」とくま。


「準備だけ聞こえた」


「幼体横断支援です」


「わたし、幼体じゃないけど」


「設備側にその繊細さは期待できません」


交差点を渡る。次は潰れたトラム停留所の前だった。壁のひびのあいだから蔓がのびて、ガラスは半分砕けている。なのに待合室の奥、低い収納庫だけ妙にきれいだった。拭かれたみたいな艶がある。


鍋の中でまた青が刺さる。


収納庫の表示が、古い喉を鳴らして灯った。


『本日の配布は終了しました』

『補助端末を検知』

『非常配布モードへ移行します』


「……へえ」


喉が鳴った。空腹の音か、好奇心の音か、自分でもわからない。


「くま」

「はい」

「補助端末って、あんた?」


少し間があった。いつもの遅れとも違う、引っかかるような沈黙だった。


「私の可能性があります」


「可能性で設備が動くの、迷惑だね」


「私もそう思います。えらいので」


「そこはやめないんだ」


待合室へ入る。椅子の布は日に焼け、本棚の角は欠け、壁に描かれた魚は色を失っていた。それでも収納庫の前だけ、時間が別に流れているみたいだった。鍋から帯を出して近づけると、青い点が普段より細かく脈を打つ。光が透明な帯の中を走り、糸のように端まで行って戻る。


収納庫の脇に、小さな丸い認証部。高さが低すぎる。しゃがみこみ、くまを差し出す。


ぴ。


『育成補助端末を確認しました』

『保護者認証、欠損』

『代替手順へ移行します』


「欠損って言われた」


「反論は難しいです」


下の引き出しが、かたんと前へ出た。


銀色のやわらかいパウチが三つ。細い粉末スティックが二本。使い切りの温度計が一本。新品だった。角に小さく、対象年齢0〜3。


手に取ったパウチは、拍子抜けするほど軽い。裏返す。印字の薄い製造月だけ、なぜかはっきり読めた。


先月。


指先が止まる。


廃墟の町で、先月つくられたもの。


「くま、これ」

「新しいです」

「だれのぶん」

「……」


返事のかわりに、頭上でやさしい声が鳴った。


『保護者不在の可能性があります』

『保護モードを開始します』

『室内でお待ちください』


そのときにはもう、待合室の入口でシャッターが降り始めていた。


わたしは一瞬だけ引き出しを見た。三つ全部持てる。袋にも入る。でもその一瞬が、完全によくなかった。


「それは聞いてない!」


走ったときには、隙間はもう膝の高さだった。くぐれなくはない。でも鍋と袋とくまと戦利品を抱えたまま滑り込むには狭い。外では低い羽音が近づいている。


「お迎えが来ます」とくまが言った。


「いらない!」


「同意します」


わたしは舌打ちして、鍋を床へ放った。金属音が待合室に跳ねる。パウチをふたつだけ袋へ突っ込み、ひとつは迷って、迷ったせいで落とした。拾い直す。最低だ。


シャッターの隙間は、もう肩も入らない。


「次!」


視線を振る。色あせた絵本、本棚、低い手洗い台。その奥、壁にはめこまれた布の筒が見えた。魚の絵がついた、子ども向けの遊具みたいなやつだ。片方は室内、片方は暗い奥へ続いている。


布のわきに小さく、非常時避難経路。


「くま、あれ」


返事は少しだけ違う声だった。くまの口から出ているのに、くまじゃない記憶の声。


「避難は遊びに見せかけます。幼体は指示より遊具に従います」


「いまだけその記憶えらい!」


くまを脇に抱え、袋を肩へ引っかけ、布の筒へ潜る。思ったよりずっと狭い。肩がつかえ、背中の布がざりっと鳴る。膝が床板へ当たり、前へ出ない。


後ろでシャッターが床についた。重い音。続いて外の羽音が、待合室の前で止まる。


「規格外です」とくま。


「言わなくていい!」


「訂正。ぎりぎり規格内です」


腹をへこませ、息を止め、片肘でずるずる進む。布の内側は古い洗剤みたいなにおいがした。袋の中でパウチがかさりと鳴る。ひとつ落としてくれば、もう少し楽だったかもしれない。そんなことまで頭をよぎって、自分で腹が立つ。


暗がりの先に、細い光が見えた。


最後はほとんど転がるように抜けた。雑草の中へ、ごろんと投げ出される。出た先は停留所の裏、小さな囲いだった。背の低い柵。色あせた足跡のペイント。誰も座らないままの小さなベンチ。


息を吸う。喉が痛い。肺が熱い。


「生還しました」とくまが言った。


「いまの顔、最悪でしょ」


「砂まみれですが、誇らしいです」


「それはよかった」


待合室の上で、小型ドローンがひとつ旋回していた。正面の入口に向かって、やさしい声でなにか話している。閉じ込められた子どもを落ち着かせる声だった。中にいるのは、捨てた鍋と埃だけだ。


わたしは身を低くして裏道へ入った。ポケットの中の帯はまだ温かい。脈みたいに、断続的に熱が指へ伝わる。


家へ戻るまでに二度、別のスピーカーが反応した。


『保護対象を確認できません』

『補助端末の所在確認を継続します』


補助端末。


階段を上がりながら、くまを見る。耳の片方は潰れ、毛並みは擦り切れ、背中の縫い目も少し開いている。どう見ても古いぬいぐるみだ。


でも、町の設備はそう思っていない。


夕方、銀のパウチをひとつ開けて、豆の鍋へ半分だけ落とした。白っぽいペーストはすぐ溶け、鍋にやわらかい匂いを足した。甘いような、しょっぱいような、食べ物と薬の中間みたいな匂い。


ひと口すすって、眉を寄せる。


「おいしくはない」


「まずくもない」

くまが言う。

「最も長生きしそうな評価です」


「でも腹にはかなりやさしい」


向かいの屋上から、おばあさんが鍋を持って顔を出した。


「今日は煮えるのが早いね」


「変なもの拾って、もっと変なものに換えた」


「雑な説明だね」


わたしは少し考えて、粉末スティックを一本だけ振って見せた。

「水に溶かすやつ。塩と糖。半分いる?」


おばあさんは目を細め、それから無言で乾燥いもを三切れ投げてよこした。ひとつは床、ふたつは腕の中。


「礼はそれでいい」

おばあさんが言う。

「妙なもんは、ひとりで抱えると腐るよ」


「食べ物じゃないほうも?」


「そっちはもっとね」


乾燥いもを鍋へ落とす。少しだけ世界がましになる音がした。


暗くなってから、残ったパウチを並べる。どれも新しい。管理番号も印字の癖もそろっている。たまたま残っていた在庫じゃない。どこかでまだ、数を合わせて、補充して、配っている。


対象年齢0〜3。


わたしは、その年の子を一人も知らない。


外のスピーカーが、夜の通りへまた声を落とした。


『第三区画、未回収の育成補助端末を捜索中です』

『発見された方は、刺激せず待機してください』


「刺激せず、だって」

わたしはくまを見た。

「刺激するとどうなるの」


「個体差があります」


「ひどい答え」


少し間があってから、くまがぽつりと言った。


「おむかえが必要だったのは、私のほうかもしれません」


鍋の湯気が細く立つ。


「覚えてるの」


「欠損しています」

くまはいつもの調子に戻っていた。

「でも、待機、引渡し、保護者不在。そのあたりの単語は、私の中で引っかかります」


窓の外で、魚の影が夜風に揺れている。眠るための膜は水を集め、迷子防止の帯は持ち主を呼び、古いぬいぐるみは町の設備に名前を知られている。


役に立つものには、だいたい持ち主がいる。


それが厄介だ。


でも、役に立つなら上等でもある。


「ねえ、くま」


「はい」


「明日は、あんたの落とし物を探しに行く」


「私が物ですか」


「半分くらいは」


「では、この世の多くです」


笑ってしまった。くやしい。


鍋の底をさらい、最後の一口を飲みこむ。今日は足りた。明日のぶんは、まだ少し足りない。でも、足りないものの形が見えたぶん、昨日よりはましだった。


外ではやさしい声が、まだだれかを探していた。

お読みいただきありがとうございました。お楽しみいただけたようでしたら、★★★★★評価、ブックマークなどいただけると作者の創作の励みとなります。また次回よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ