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おもちゃのAIとわたし、終末世界だけどなんとかやってる  作者: 堀吉 蔵人


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19/21

番号になる前の棚

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけると幸いです。

地下へ降りる階段は、まっすぐなくせに感じが悪かった。


上から落ちてくる冷気が、足首から順に人を物へ近づける。紙のための冷え方だ。肌にはきついのに、壁や手すりは機嫌がいい。乾いていて、きれいで、長く残すつもりのものの顔をしている。


「かなり、下です」


「感想がずっと地形だね」


「地下なので」


そういう返しができるくらいには、くまの調子は戻っていた。よかったけど、安心はしない。こいつは元気になると、だいたい嫌な正しさも一緒に戻る。


階段の先に、低い扉があった。


地下二

前受入記録班

番号付与前紙票


「親切な顔してる」


「中身は、たぶん違います」


扉の隙間から、台車の車輪が遠くで鳴る。さっき上で見たやつだろう。原紙照会。焼却選別。閉架予定。嫌な単語ばかり元気に働いている。


わたしは扉をほんの少しだけ押し広げて、中を覗いた。


地下二は、書庫というより仕分け台所に近かった。低い棚。低い引き出し。低い作業台。どこまでも低い。大人が使うには窮屈で、子どもを扱うにはちょうどいい高さだ。天井の灯りは白く、棚札だけが色で分かれていた。


同期済。

未同期。

呼称保留。

居室付与前。

再配分待機。


待機、という字がやけに多い。


「くま」


「はい」


「待たせるの好きな町だね」


「動かす順番を決める町です」


「もっと悪かった」


人の気配は右奥にひとつ。さっきの疲れた声の持ち主だろう。台車へ束を積み替えながら、小さく咳をしている。こっちを見ていない。わたしは扉の影から滑り込み、いちばん近い棚の陰へしゃがんだ。冷えた床が膝へ刺さる。


棚札を順に追う。番号じゃない。英字と短い記号と、手書きの追記。部屋番号になる前の人間は、どうも紙の上ですら仮のままらしい。


H-29。

K-04。

M-11。

H-43。


そこで手が止まった。


「これ」


「はい」

くまの声が、少しだけ低くなる。

「近いです」


引き出しは軽かった。中には薄紙が三枚と、硬い札が一枚。いちばん上の紙は、角が何度もめくられた跡で柔らかくなっている。


前受入記号 H-43

居室付与前仮待機

出生許可台帳 未同期

保護者欄 未設定

外呼称制限 要説明


その下に、鉛筆であとから書き足したみたいな字があった。


自己申告呼称 あお

居室外使用 不可

同行端末補助時のみ安定


喉の奥が、少しだけ冷える。


番号より先に、呼び名があった。消されていない。消される途中で、紙のすみへ残ったみたいに。


「いたんだね」


「いました」


くまはそれだけ言って、少し黙った。


二枚目をめくる。


同行端末欄

KM系列 くま型言語補助

外呼称保持補助

移送前後応答橋渡し

単独待機緩和

返却時要注意


「要注意って」


「返したがる側の都合です」


三枚目は、もっと嫌だった。


仮受入処理票

未同期者は番号付与前照会を三回まで継続

同期失敗時、仮居室へ再配分

居室外固有呼称は記録対象外

再引渡候補として管理


人間が、在庫の書き方をされている。


わたしは紙を持ったまま、少しだけ呼吸を忘れた。子どもが少ないんじゃない。少ない形に並べ替えられている。並べ替えやすい名前だけ残して、あとは番号と枠へ落としていく。そういう棚だ。


「くま」


「はい」


「おまえ、呼び名を残す役だったの」


少しの間。布のこすれる音。そのあとで、くまが言った。


「たぶん」

「部屋の外で、なくならないように」

「呼び方と、返事を、つなぐ役でした」


うまく言えないけど、その答えはずるかった。ぬいぐるみがただの道具じゃなくなる種類のずるさだ。


右奥で、台車の音が近づく。


わたしは紙を束ごと胸へ入れかけて、やめた。引き出しごと空にしたらすぐばれる。必要なのはぜんぶ持つことじゃない。次に繋がるものだけだ。


硬い札を裏返す。


移送先控

H-43

東四棟二〇六 仮居室

継続同行端末 KM

統合保管移送候補

西管理線一番統合保管庫

夜間保守便優先


「出た」


「かなり、次です」


でも、その札の右下に、もっと急ぐ字があった。


午後焼却選別対象外に変更するには

照会先札を更新してください


「対象だったんだ」


「はい」

くまが静かに言う。

「残さない紙だった、のだと思います」


足音が近い。台車の網蓋が触れあう軽い音。わたしは反射みたいに周りを見る。棚。札。束。作業台の脇に、未使用の移送先札が差してある。横には小さな打刻器。更新って、これだ。


「雑にいくよ」


「いつも通りです」


H-43の硬札を打刻器の下へ滑らせる。選択窓は三つ。


焼却選別。

原紙照会。

統合保管移送。


ためらう暇なんてない。統合保管移送を押し、札の端へ力をかける。がちん、と音がした。古い赤線の上へ、新しい青い打刻が重なる。


統合保管移送

西管理線一番

夜間保守便


「通れ」


台車の影が棚の端へ伸びる。わたしは札を元の位置へ戻さず、そのまま移送待ちの浅箱へ滑りこませた。ついでに、焼却選別の束のいちばん上にあった別件の札を、空の差し口へ差す。悪いけど、知らない紙に今日の親切を配る余裕はない。


疲れた声の人が、棚の向こうで止まった。


「……あれ」


網蓋が鳴る。紙を確かめる音。わたしは棚の裏で、くまの口を軽く押さえた。しゃべるな、というより、一緒に息を止めるためだ。


「未同期のくせに統合保管回しか」

その人がぼそっと言う。

「上、気が変わるの早いな」


変えたんだよ、と思う。心の中でだけ。


台車がまた動き出す。西管理線一番行きの浅箱も、一緒に持っていかれる音がした。角を曲がる。遠ざかる。ようやく、胸の奥の固いところが少しだけ戻る。


「助かった」


「かなり、紙らしい勝ち方です」


「うれしくないけど、勝ちは勝ち」


引き出しの紙は戻す。順番も、折れ目も、なるべく元通りに。最後に、自己申告呼称の「あお」だけ、頭へしまう。紙を持たなくても、あれは残る。


戻しかけたとき、引き出しの底に、さらに薄い紙片が貼りついているのが見えた。ほとんど剥がれた覚え書き。指先でそっと起こす。


講師追記

同行端末への呼称「くま」を切らないこと

切離し時、自己申告呼称も不安定化

居室外で名を使えない子ほど、端末返却を急がないこと


わたしはそこを二回読んだ。くまが、わずかに布を鳴らす。


「見ましたか」


「見た」


「嫌ですか」


訊き方が少しだけ静かで、前よりまっすぐだった。


「嫌なのは、そう書かなきゃ残らなかったほう」

紙片を胸へ入れる。

「おまえのほうは、助かる」


返事はすぐに来なかった。壊れかけの機械が黙る時間は、だいたい不便だ。でも、今の沈黙はそうじゃなかった。


「はい」

くまが言う。

「かなり、助かりました」


それで、もう十分だった。


外へ出る前に、作業台の上をひとつだけ覗く。今日の夜間便の一覧が置かれている。西管理線一番。統合保管庫。時刻は日没後。搬入口は裏面保守路。札の色まで、昨日見た表示と同じだ。


町はだいたい、一度いやな方法を覚えると何度でも使う。


「行く?」


「夜なら、ましです」


「じゃあ夜」

わたしは立ち上がる。

「紙より先に着けるなら、なおいい」


階段を戻る。上から落ちてくる空気はまだ冷たい。でもさっきより、ただの冷え方だった。番号になる前の棚を見てしまったからだと思う。嫌なものは、正体が少し見えると、少しだけ殴りやすくなる。


扉の手前で、くまが小さく言った。


「あお、という呼び方」

「私は、少しだけ覚えています」


「どんな子?」


少し長い間があった。思い出すたび壊れかける機械は、ほんとうに燃費が悪い。


「外では、ほとんど喋りませんでした」

「でも」

掠れた声が、ほんの少しだけやわらぐ。

「私には、ちゃんと怒りました」


「じゃあ、まともだ」


「はい」

くまが言う。

「かなり」


上へ出れば、また乾いた町が待っている。西管理線一番までは遠い。腹も減るし、日も落ちる。けど、夜間保守便へ乗せた札はもう動き始めている。順番に乗せるのがあいつらの仕事なら、横から抜くのはわたしたちの仕事だ。


そう決めると、少しだけ足が軽くなった。正解なんてまだ遠い。でも、使える答えはひとつ増えた。

お読みいただきありがとうございました。お楽しみいただけたようでしたら、★★★★★評価、ブックマークなどいただけると作者の創作の励みとなります。また次回よろしくお願いします。

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