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おもちゃのAIとわたし、終末世界だけどなんとかやってる  作者: 堀吉 蔵人


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13/39

零番は返すためにある

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけると幸いです。

六の次に零がある町は、朝から感じが悪い。


東管理線の案内板は、七へ伸びる矢印の横で、わざと小さく下を向いていた。白い塗料が剥げた先に、細い階段が沈んでいる。地面の下へ、子ども一人ぶんの幅だけ残したみたいな階段だった。


「親切の向きが、よくないね」


「回収向きです」


袋の中で、くまが言う。


言い方が、朝より少し乾いていた。六番書庫を出てから、あいつは前より静かだ。壊れた機械が黙るときは、だいたい考えているか、考えたくないかのどっちかだ。


階段を降りる。空気が変わる。紙の匂いじゃない。鉄と、古い埃と、長く閉めたままの箱の匂い。壁の低いところに、丸い窓がいくつも並んでいた。のぞくと、奥に小さな保守台車が眠っている。起きていないだけで、死んではいない顔だった。


いちばん下で、灰色の扉が待っていた。


第七居住圏

零番保守庫

返却・退避・保守切替


「やだなあ」


「かなり、私に関係があります」


扉の横には、差込口が三つ。紙。端末。音声片。露骨すぎる。ここへ来る相手が何を持ってくるか、最初から決めている場所だ。


わたしは六番書庫から写してきた薄紙を出す。東四棟二〇六。KM系列。原音声鍵を零番保守庫へ退避。自分の字は汚いけど、こういうときの汚さは本物っぽく見えるから助かる。


紙の差込口へ通す。次に、くまの胸の星形を端末の窓へ押し当てる。


扉は黙ったままだった。


『照合不能』

『原票を提出してください』


「正直だねえ」


「六番のほうが、性格が終わっていました」


横の壁へ目をやる。低い棚に、丸いカードが束で刺さっている。保守用の案内札らしい。字は大きく、角は全部丸い。


かえす

なおす

しずかにする


「しずかにする?」


いちばん右の札を抜く。裏に、さらに小さく書いてある。


情動安定保守

発話・移動機構 一時停止


「くま」


「はい」


「子どもを泣かせない設定だ」


「つまり、だいたいの設備を止められます」


それは助かる。助かるけど、性格がいやだ。


しずかにする札を、紙の差込口へ半分だけ差す。だめもとで、くまの星形をもう一度押し当てる。


今度は、扉の奥で小さく噛む音がした。


『情動安定保守を優先します』

『保守時間は、あわてないでください』


「あわてるよ」


灰色の扉が、ゆっくり横へ滑る。遅い。子どもを驚かせない速度で開く扉は、追いかけられる側にはかなりありがたい。


中は広くなかった。低い棚。低い作業台。低い照会卓。ぜんぶ低い。人がいなくなっても、背丈の基準だけは変わらないらしい。棚には透明な薄箱が並び、その中に、小さな機械片や布の切れ端や、音声片らしい薄い板が収まっている。ひとつひとつへ、部屋番号と系列名がついていた。


東二棟一〇三。

西一棟〇一八。

北三棟一五二。


どれも、ひとりぶんの朝夕を、物みたいに並べた顔をしている。


喉の奥が少し狭くなる。


「多いね」


「子どもが少ない町ほど」

くまが言う。

「返す仕組みだけ、きれいに残ります」


中央の作業台に近づく。上面へ、低い文字が光っていた。


退避物照会

居室番号入力

系列確認

返却先判定


「判定って言い方がもう嫌」


東四棟二〇六を入れる。系列はKM。次の窓で、退避物一覧が浮いた。


原音声鍵

個別応答片

朝確認補助ログ

返却未了端末補助札


「ある」


「はい」


台の下から、細い引き出しが出てきた。思ったより素直だ。引き出しの中に、透明な封袋が四つ並んでいる。いちばん上には、白い字。


東四棟二〇六

受入者補助一式

再引渡し未了保守封緘


封の向こうに、薄い銀色の板が見えた。名札くらいの大きさ。端に、擦れて消えかけた丸い絵。くまの胸の星形に似ている。でも、もっと子どもっぽい線で描かれていた。


袋を持ち上げた瞬間、天井の隅で灯りが変わる。


白から黄へ。黄から、いやな赤へ。


『退避物の移動を確認しました』

『返却先判定を開始します』

『同行端末を提出してください』


「提出しない」


棚の奥で、何かが起きる音がした。六番書庫の台車より重い。紙じゃなくて、箱を運ぶ音。細い保守腕が三本、棚の影からせり出してくる。先端はやわらかい丸で覆われているけど、やわらかいからって追いかけられて嬉しいわけじゃない。


「しずかにする札、効いてないじゃん」


「泣かせないだけで、回収しないとは言っていません」


作業台の端に、もうひとつ窓があった。返却先判定。その下に、選択肢が三つ並ぶ。


居室復帰

上位照会

継続保守


「継続保守」


指が先に動く。でも、その窓が青くならない。かわりに下の行が出る。


音声鍵照合

個別応答照合

同行端末確認


「ああ、順番が重い」


保守腕が一歩近づく。歩くというより、床を這うみたいに来る。低い作りの場所で低く追われるのは、妙に逃げ場がない。


わたしは封袋を破った。銀の板と、薄い半透明の欠片が一枚、滑り出る。個別応答片。そっちには、子どもの字で丸が描いてあった。下に印字された番号の隣に、小さく、ただいま、とある。


「くま」


「はい」


「これ、返すための声?」


少しの沈黙。次に聞こえた声は、いつものくまより低かった。


「帰ったことに、するための声です」


その言い方がまっすぐすぎて困る。


銀の板を作業台へ置く。窓の下に、ぴたりとはまる溝があった。つまり、ここで使えということだ。個別応答片も隣へ差す。


『音声鍵を確認します』


台の奥で、古い音がした。息を吸う前の機械の音。


『……おかえりなさい』


昨日の東四棟の声より近い。もっと個人的で、もっと小さい。たぶん、本当に一人ぶんのために録られた声だった。


保守腕が、ぴたりと止まる。


『受入者さん、こたえてください』


「無理だよ」

わたしは言う。

「本人いないし」


「本人がいないときのために」

くまが、小さく鳴る。

「私は、いたのかもしれません」


袋から引っぱり出す。胸の星形は、いつもより冷たい。作業台のいちばん右、同行端末確認の窓へ押し当てる。


光らない。


「くま」


「朝の続きなら、たぶん」

掠れた声が言う。

「言えます」


『受入者さん、こたえてください』


作業台の向こうで、銀の板がもう一度鳴る。


『……ただいま』


個別応答片の声だった。子どもの声。小さくて、でもはっきりしていて、変に練習された感じのない声。たぶん、本物だ。


その直後、くまが続けた。


「おかえりなさい」

ゆっくり、丁寧に。

「きょうの待ち時間は、ここで終わりです」


いつものくまじゃなかった。東四棟で朝を言ったときよりも、さらにまっすぐで、迷いの少ない声だった。古い仕事を、口の形だけで思い出したみたいな声。


作業台の三つの窓が、まとめて青へ変わる。


音声鍵照合 完了

個別応答照合 完了

同行端末確認 完了


「通れ」


『返却先判定を更新します』


保守腕が、ゆっくり畳まれていく。赤い灯りが白へ戻る。かなりぎりぎりだったのに、設備の声だけは最後まで親切だった。


次に出た表示で、背中が少し冷えた。


東四棟二〇六

再引渡し処理 停止

継続保守へ移行

受入者個別記録 統合保管済


「止まった」


「はい」


「ほんとに?」


「かなり、ほんとです」


膝から力が抜ける。朝のときと同じで、助かった感じが薄い。設備に勝つときは、だいたい負けそこねた顔のまま終わる。


でも、その下の一行は、ぜんぜん助からない顔をしていた。


統合保管照会先

西管理線一番 統合保管庫

個別記録閲覧には上位照会権限が必要


「西管理線」


この町の反対側だ。しかも一番。零の次に一番が来るのは、仕組みとしてかなり嫌だ。


くまはしばらく黙っていた。それから、小さく言う。


「私は」

少しだけ擦れて、

「送り出す前に、待つ時間を減らす仕事でした」

「帰る子にも、移される子にも」


移される。


その言葉だけ、作業台の白さより冷たかった。


棚のいちばん下に、半分抜けたままの薄箱があるのに気づく。引くと、中には布の名札が何枚も並んでいた。名前じゃない。数字と棟番号だけ。東四棟二〇六の札だけ、欠けている。そこに何かあった場所だけが、きれいに空いていた。


戻される前提。移される前提。待たされる前提。


子どもが少ないんじゃない。少ない形に、きれいに並べ替えられている。そういう顔の棚だった。


作業台の横から、細い紙が吐き出される。保守移行票。東四棟二〇六、再引渡し停止、継続保守。今日はこれだけで十分すぎる。


わたしは紙を折って袋へ入れる。銀の板も、個別応答片も持っていく。返したら、またどこかへきれいに戻されるだけだ。


「行こう」


「西へ?」


「うん」

袋の口をきつく縛る。

「返すための場所じゃなくて、残すための場所を見に行く」


零番保守庫の扉は、入ったときより静かに開いた。情動安定保守がまだ効いているらしい。追いかけてくるものはない。けれど背中のうしろで、低い棚と白い箱が、こっちを見ている気はした。


階段を上がる。地上の光は、地下の空気よりずっと乱暴だった。


六の次は零で、その先に一番が待っている。


この町は、順番まで感じが悪い。けれど、悪い順番には、たまに正しい手がかりが混じる。そういうときだけ、少し生きやすい。


袋の中で、くまが小さく鳴った。


「返されなくて、よかったです」


「知ってる」

わたしは言う。

「でも次は、返されなかった理由まで拾いに行くよ」


風が、東と西の案内板をまとめて揺らした。どっちも同じくらい古いのに、西のほうが少しだけ白かった。

お読みいただきありがとうございました。お楽しみいただけたようでしたら、★★★★★評価、ブックマークなどいただけると作者の創作の励みとなります。また次回よろしくお願いします。

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