第2話「暗闇の先に――〜discovery」
翌朝、キョウスケはロビーに行くと、ソファーにチハル――赤いジャージ姿――が座っていて、「おはよう。ねぇ、コマチ見なかった?」と、彼に聞いた。
「おはよう。見てないよ。いないの?」
「うん。朝起きたらいなかった。キミのところに行ったかと思ったけど、見てないか……」
(心配だな)
と、思ったキョウスケは、「ちょっと探してくるよ」
「ありがとう。でも当てあるの?」
(当てか。ないな……)
(体育館――)
「まぁね」と、キョウスケは探しに行く。
ビルの前に出ると、キョウスケはふと足元に何か落ちていることに気づいた。青いクマ――デフォルメされた――のプレートのキーホルダーだった。キョウスケはそれを拾い上げる。新しい。こんなもの、昨日は見かけなかった。どうしてこんなところに落ちているんだろうか?
(コマチの落とし物か?)
(なら持っておくか)
と、しまう。
体育館のコートに入る。
(――いないな)
(うん?)
キョウスケはコートの真ん中辺りに何か落ちていることに気づいた。近寄って見ると、
(またクマのキーホルダー)
それもさっきのキーホルダーとはクマの色が違うだけのものだ。赤いクマのキーホルダーを、キョウスケは拾う。もちろんそれも昨日はなかった。
(これもコマチの物か?)
(なら彼女はここに来たのか?)
(でもいない。彼女はどこに行ったんだ……?)
「キョウスケ」
彼は背後から呼ばれ、振り返る。
(妖怪――じゃないな)
若い男は、黒のスーツを着ていた。コマチが言っていたことが正しいなら、妖怪は白いスーツを着た若い男の姿で現れる。
「誰だ? なぜ私の名前を知っている?」
「私はキミと勝負がしたい」
(答えないか)
(誰だろうと相手をしている場合じゃない)
(コマチを探さないと)
(妖怪じゃないなら)
と、キョウスケは、
(“ABススアピーニクベ”作動)
(なんだ!?)
キョウスケは驚愕する。
(メス……?)
巨大――高さ二メートルくらい――な医療器具が、切っ先を上にして存在している。
(なぜメスになった?)
(変化したなら)
と、キョウスケは半透明の緑色の丸棒を持つ。それをメスに向ける。と、その棒の先からネイビーブルーの光線が出る。それはメスの刃に当たって消えた。
(消えない?)
メスは変化しない。
(どういうことだ? 今の一撃で終わりだと思ったが……メスだからか?)
形状によって攻撃する回数が異なる。そう考え、キョウスケはまた光線を撃つ。
(――まだ駄目か)
「キョウスケ」
と、メスの方向から声がした。その声は、メスになる前の男のものだ。
(形が変わっても話せるのか?)
戸惑うキョウスケに、「少し話をしないか?」と、声は続けて言った。
「必要ない」
「なぜだ?」
と、キョウスケは背後から聞かれた。
振り返った彼は、「妖怪だな?」
「そうだ。キミと勝負がしたい」
「相手をしている暇はない」
「逃げるのか?」
「逃げないさ」と、キョウスケは妖怪を撃つ。
しかし発射したネイビーブルーの光線はすぐさま妖怪とは真逆の方向に曲がり、キョウスケに向かう。その瞬間、光線は消えた。
だがキョウスケの焦りは消えない。
(光線が曲がるなんて……こいつにも光線は効かないのか……?)
「勝負する前に少しは冷静にならないか?」と、妖怪は言う。
「何?」
「後ろのヤツ、元に戻したほうがいい。私との勝負に集中できないだろ?」
冷静になる――確かにそれは必要だ。
「……勝負しよう」キョウスケは冷静になって言った。
「戻さないのか?」
「ああ」
「いいだろう」
妖怪がそう言った時、その前に丸テーブルが現れた。その上には、液体の入ったティーカップが一つ。
「このカップにはコーヒーが入っている」と、妖怪はティーカップを指差して言う「だが毒も入っているかもしれない」
「かもしれない?」
妖怪はうなずく。「私にも分からない。分かったら勝負にはならない。キミはこのカップを飲む。毒じゃなければキミの勝ち。そういう勝負だ。やるか?」
「当たり前だ」と、キョウスケはテーブルに歩いていく。半透明の棒を持ち替えながら、
(この勝負はまぁいい)
(問題は……)
そして、飲む。
「飲んだな。キョウスケ、私の言うことを聞いてくれなるか?」と、妖怪は言った。
キョウスケはカップを置く。「聞くわけない」と、キョウスケは振り返る。
(このメスをなんとかしなければ)
「キョウスケ、油断したな」と、妖怪「まだ勝負は終わっていないぞ」
キョウスケははっとして振り返る。
(左目が!?)
「片目、見えないだろう?」と、妖怪は言った。
「どういうつもりだ?」キョウスケは動揺しながら聞く「勝負は終わったはずだ」
「私は負けを認めていない。キョウスケ、片目を治したいか?」
「当たり前だ」
「ならその方法を探して治せ」
「何?」
「そうして治せたらキミの勝ち。見えないままなら私の勝ちだ」
「分かった。――だが簡単だな」と、キョウスケは棒を左手で持ったままその先を妖怪に向ける「キミを倒せばいいんだから」
妖怪は笑う。「違うな。私を倒しても片目は見えない」
「何? ――試してみるさ」
と、ネイビーブルーの光線が放たれる。
それは、笑ったままの顔に直撃する。
と、妖怪は消える。
(――見えないか)
(なら探すか)
と、キョウスケは落ち込まない。
と、彼は振り返る。
(まずはこいつをなんとかしないと)
と、彼はメスを撃つ。ネイビーブルーの光線が直撃する。何も起きない。
「あははは!」と、メスが笑い声を上げた「キョウスケ、そんなんじゃ私を倒すことはできないぞ? そんな手負いの状態ではな。私に勝ちたければまずその片目を治すことだ」
「片目でも勝てるさ。キミは今倒す」
と、キョウスケは反論する。彼は従わない。片目になったからって相手に勝てないというのがよく分からないし、第一、相手の言う通りにした場合、それは相手から逃げたということになるからだ。
「ふっ、負けたいのか?」
「勝つよ」
攻撃が効かないと思っていた今さっきの妖怪を倒したことで、キョウスケは自信を持っている。
「なら攻撃するといい」と、メスは呆れたように言った。
キョウスケは撃つ。
――十回目を撃つ。
(くっ……)
「……そろそろ諦めて私の言うことを聞けばいいんじゃないか?」と、メスは優しげな調子で言う「今のキミじゃ私に勝てないよ?」
(偉そうに!)
(誰だか知らないが影響されているくせに!)
(影響?)
と、キョウスケはそこで落ち着いて考える。
(……なら、今は五分五分だ)
と、キョウスケの手から半透明の棒が消える。
「勝負を中断する」と、キョウスケは言う「待っていろ」と、歩き出す「そのままでな」
ホテルのロビーに戻ると、キョウスケは、
「コマチは?」と、依然ソファーに座っているチハルに聞いた。
「戻ってきてないわ。その感じだと見つかなかったようね?」
「ああ。――ちょっと出かけてくるよ」
「朝ごはん食べてからにすれば?」
「ちょっとそんな気分にはなれないな」
「……何かあったの?」
キョウスケは自分の左目を指差し、「左目、見えなくなったんだ」
「えっ!? どうして?」
「妖怪にやられたんだよ。で、治すために出かけるんだよ」
「そうなのね。でも当てはあるの?」
「ないな。でも何かしないと」
「そうね。――本屋に行ったら? 治す方法が見つかるかもしれないわよ?」
「ああ、そうするよ。ありがとう」
キョウスケは本屋――泊まっているビルに入っている――に行った。だがすぐにチハルの声を聞くことになる。
「あら? 早いわね」と、チハルは言った「見つからなかったの?」
「ああ」
キョウスケは妖怪にまつわる本を探した。だが、そんな本は置いてなかった。
キョウスケは肩をすくめる。「困ったよ」
「そっか。――なら一緒に考えましょう? ジュンと三人で。何か思いつくわよ。まぁ、朝ごはんのあとでね。じゃないと頭が働かないわ」
「うん。ありがとう」
一階のフードコートで朝ごはんを食べたあと、三人はロビーに行った。
「さぁ、考えましょう」と、チハルはソファーに座った「キョウスケの左目を治す方法を」
ジュンはうなずき、「キョウスケ、妖怪は勝負にタイムリミットがあることを言っていたか?」
「そんなことは言っていない。無制限だろう」
「時間はあるな。――治すために何か試したことは?」
「左目を失明させた張本人を倒したことだけだ。それで治ると思っていたんだがな」
「何か食べる、は?」と、チハルが声を上げる「もしくは何か飲む。風邪を引いたら風邪薬を飲む的な」
「なるほど」と、ジュン「キョウスケ、試そうか?」
「うん。でも何を食べればいいんだ?」
「神戸牛じゃないわね」と、チハル「めちゃくちゃおいしいのにね。残念だわ。あとは紅茶や水も駄目ね」
うなずいたキョウスケに、「何か食べたいものは?」と、ジュンが聞く「好きなものを食べたら治るかもしれない。いい感じになってさ」
「……思いつかないな。朝ごはん食べたばかりだし」
「なるほど。じゃ飲み物にしよう。何が飲みたい?」
「――じゃコーラ」
「じゃ用意する」
「フードコートへ行きましょう」と、チハル「そのほうがいいでしょ? 二人とも」
そこの席に、コーラが置かれる。
キョウスケはそのストローに口をつける。
「どう?」と、向かいに座るチハルが聞く。
キョウスケはコップを置く。「駄目だ」
「なら次だ」と、席のそばに立つジュンが言う「何が飲みたい?」
「――麦茶」
それはすぐに用意された。
「……駄目だ」
「ねぇ、キョウスケ、次はコーヒーにしない?」と、チハルは提案してくる。
「コーヒー?」
「うん。キミ苦手でしょ? 逆にいいのかなって。嫌いなもので治るなんて中々思わないでしょ?」
一理ある。
「……でも、ちょっと早すぎないか? ……まぁいいけど……」
キョウスケはそのカップの取っ手を持ち上げる。
「どう?」顔をしかめているキョウスケにチハルは聞く。
「……駄目だ」
「残念ね。そんな簡単じゃないか。いい案だと思ったけど」
「口直しに何を飲みたい?」と、ジュンが聞く。
「水が飲みたい」
「飲んでも効果ないわよ」と、チハル「別のにしなさいよ。――あっ、そのコーヒー飲み切れば?」
「えっ?」
「また飲めば治るかもよ?」
「簡単に言うなよ。嫌だよ」
「アホか、なんでもいいからやんなくちゃならないでしょ? 片目を治すためにはさ」と、チハルは呆れた顔で言う「せっかく考えてあげてるんだから早く飲みなさい」
「……分かったよ。でも私はアホじゃない」と、キョウスケはコーヒーを再度飲む――
「どう?」
キョウスケは答えず、ため息をついた。
「……ほら、次は何が飲みたい?」
「……飲み物は休憩だ」
「じゃ何が食べたい?」
「それもいいよ。ほかの方法を考えよう」
「そうねー――」
チハルは考え始めた。
その直後、彼女はびっくりする。
「キョウスケ」と、横から話しかけられたからだ。
キョウスケは立ち上がり、「妖怪だな?」
「そうだ」
妖怪? とチハルは不審の目を白いスーツの男に向ける。
「困っているようだな?」と、妖怪。
「ああ、キミの仲間のおかげでな」
「治したいか? その目」
「治す方法を知っているのか?」
「外へ行こう。連れを巻き込みたくはないだろう?」
キョウスケはうなずく。「分かった」
二人はビルの前に出た。
「キョウスケ、スズメを捕まえろ」
「えっ? スズメ?」キョウスケはぽかんとした。
「そうだ。スズメを捕まえるんだ」
「捕まえてどうするんだ?」
聞くと、妖怪は右の手のひらをキョウスケのほうへ出す。
と、その先から茶色い液体が発射される。
キョウスケは横に移り、「なんのつもりだ?」
「キミを行かせはしない。この意味分かるか?」
「……ああ」
左目が見えなくなった。それを治す方法――それにスズメは関係している。だから妖怪は攻撃してきた。キョウスケの片目を治させないために。
「だが分からないな。行かせたくないならなぜスズメのことを教えたんだ?」
「そのほうが面白いからだ」妖怪は笑いながら答える「行きたいのに行けないもどかしさを見ているのは面白い」
(こいつ!)
キョウスケは苛立ち、武器である半透明の丸棒を持つ。
と、妖怪は茶色い液体を撃つ。
キョウスケは横に跳びつつ、棒の先からネイビーブルーの光線を放つ。
それは妖怪の胸に当たる。
と、妖怪は消えた。
(ふっ、あっけないな)
と、キョウスケは辺りを見渡す。スズメはいない。
(よし、スズメを探しに行くか)
そう考えた時、キョウスケはまた声をかけられた。
三人のうちの一人から。
「キミ達、妖怪だな?」
「そうだ。で、何を考えていた? スズメを探しに行こうとしているならやめることだ」
「何?」
「私達三人の相手をするんだからな、片目の状態で」
(くっ、確かに三人相手じゃ辛いな……)
「今の妖怪とは違うぞ、我々は」と、妖怪は誇らしげに続けて言った「歯応えがある」
「そうかもな」
「余裕そうだな?」
「まぁね」
本当は違う。しかしそう見せなけばさらに状況は不利になるだろう。
調子に乗らせないようとするキョウスケは、「どんな勝負をするつもりだ?」
妖怪三人は両手をキョウスケに向ける。
そうされた彼はふっ笑い、「また茶色い――いや、コーヒーを浴びせる気か? そんなんじゃ私には勝てないはぞ?」
「コーヒーじゃなかったらどうする?」
と、三人の手から透明の液体が放たれる。
(なんだ!?)
と、キョウスケは右に走ってかわす。「何を出した?」
「コーヒーに入っていた毒と同じ効果のある液体だ」
「なるほど、そういう勝負か」
「ああ。言いなりになってもらうぞ」
と、三人の手から毒の液体が来る。キョウスケは左へ走ってかわす。
(逃げているばかりでは駄目だ。攻撃しないと)
キョウスケがそう思った時、毒の攻撃が止み、妖怪三人は新たに標準を定める。
と、キョウスケはその三人の真ん中に向かってネイビーブルーの光線を撃つ。と、その妖怪は毒を撃つ。光線と毒はぶつかり、光線が毒を破壊しながら進む。
そして光線は妖怪に当たる。
と、その妖怪が消える。
すかさずキョウスケは撃つ。妖怪に当たったと同時に攻撃先を変えて撃つ。
妖怪二人はあっという間に消えた。
(口ほどでもなかったな)
と、キョウスケは達成感を覚える。
(――こんなことをしている場合じゃない。スズメを探しに行かなくては)
「キョウスケ」そこへジュンが現れた「こんなところで何をしているんだ?」
「ああ、妖怪と戦っていた。ジュン、左目を治す手がかりを見つけた」
「本当か? なんだ?」
「スズメを捕まえることだ」
「スズメ? スズメを捕まえてどうするんだ?」
「分からない。だが何か関係があるはずだ」
「ふーん。――キョウスケ、その前にちょっといいか?」
「うん、なんだ?」
「私もちょっと出かける」
「出かける? 分かった。――あっ、でもコマチが言っていたぞ? 観光は駄目って」
「観光じゃないさ。キミもだろ?」
「まぁそうだな」
「キョウスケ、出かける前にチハルのところへ行ってやれ」
「なんで?」
ジュンは微笑する。「一人で怖がっているんじゃないかと思ってね」
キョウスケはふっと笑う。「まさか」
「分からないよ? ――彼女はロビーに戻っているから」
「ああ、分かった」
一人で怖いのかどうか、キョウスケは彼女に聞いてみた。
「そんなわけないわよ!」と、チハルは怒る「まだ昼間なんだから」
「悪い悪い」
「ならちょっと本屋に行って面白そうな本選んできてよ」
(はぁ? こっちは忙しいのに……)
(まぁ仕方ない)
「分かったよ」
約二十分後、キョウスケは戻ってきた。
「ごくろうさま。どんな本?」
キョウスケは差し出す。「料理の本だ」
「料理? つまらなそうね」そう言いながらチハルは受け取る「なんで料理の本にしたの?」
「勉強になるし、料理の写真を見て楽しむこともできるだろうからだ」
「なるほど」
「じゃ私は行くよ」
「待って」
「何?」
「……まだいて」チハルは恥ずかしそうに言った。
「はぁ? なんで?」
「いいからいて!」チハルは怒ったように言う「別にちょっとくらいいてくれたっていいじゃない? 急がないでしょ? まだ手がかりなんて見つかってないんだろうから」
「見つかってるよ」
「マジ? どんな?」
「スズメが関係しているらしいんだ」
「スズメ?」と、チハルは目を丸くする。
「ああ。だからこれからスズメを捕まえに行く」
「捕まえてどうするつもりよ? ――まさか食べる気? やめなさいよ! 野蛮だわ!」
「食べるかどうかは分からないよ」
「その可能性は高いわよ。きっとスズメを食べることで目が見えるようになるんだわ。ああ嫌だ、信じられない!」
「な、なんでそんなスズメを庇うんだよ?」
「だって可愛いじゃない。キミはそう思わないの?」
(スズメか――)
「――まぁ、確かに可愛いな」
「でしょ? だからスズメを食べるなんて許せないわ」
「――でも、もしスズメを食べないと目が治らないとなったらどうするんだよ?」
「その時は一生片目でいなさい」
「そんな……」
「――まぁ、大丈夫よ。スズメを食べなければいけない時は違う方法を考えればいいんだから」
「……だったら脅かすなよ」
「脅しなんかじゃないわ、本気よ? ――それより座りなさいよ」と、チハルは向かいのソファーを指差す「しばらくいなさい」
「だからなんで?」
「いいからいなさい!」チハルは叱るように言う。と、彼女はふと面白そうに笑い、「そんなに片目が見えなくて不安なの? 小心者ね」
キョウスケは眉をひそめ、「不安なんて感じてないさ。戦いが不利になるから早く治したいんだ」
「ふっ、どっちみち同じことじゃない? 片目が見えないからって何よ? 堂々と戦いなさいよ、小心者」
「うるさいな! 分かったよ、いてやるよ」
と、キョウスケはソファーに座った。
チハルはふっと笑い、「ありがとう。――お腹空いた?」
「えっ?」
「何か食べれば? もしかしたらそれで片目見えるかもよ?」
「ジュンがいないから無理だよ」
「いないってどういうこと?」
「えっ? 出かけたんだよ。聞いてないのか?」
「うん」
(そうなのか? なんでチハルに言ってないんだ?)
「キョウスケ、本一緒に見る?」
「見ないよ」
「あらそう?」と、チハルは本を開く。
と、キョウスケはふと思う。
スズメを捕まえてどうするんだろう? と。
(やっぱり食べるんだうか?)
(スズメって美味しいのか――?)
(――本に載ってたりしないんだろうか?)
と、キョウスケはチハルの本に視線を向ける。
と、彼は内心でふっと笑う。
(スズメの料理のレシピなんか載ってないよな)
そう思った時、「これ美味しそう」と、チハルは本を見ながら言う。と、彼女は顔を上げて、「キョウスケ、明石焼きって知ってる?」
「明石焼き? 知らない」
チハルは本のページをキョウスケに向けて、「ほら見て、美味しそうよ」
「――そうだな。でもそれタコ焼きなんじゃないのか?」
「よく似ているけど違うわ」
「ふーん。――どこの料理?」
「兵庫の名物よ」
「えっ? じゃすぐに食べられそうだな」
「でも作る人がいないんじゃ無理ね。――いや、分からないわ」
「えっ?」
「もし私達以外にも人がいるとすれば。ねぇ、一緒に探してみない?」と、チハルは提案する「スズメ探しのついでに」
キョウスケはうなずこうとしたが、「いや、それだとキミを――いや、いいね、行こう」と、立ち上がる。
「そうこなくちゃね」
二人はビルの前に出た。
「スズメいないわね」と、チハルは辺りを見渡して言った。
「ああ、そんな簡単にはいかないらしい」
「スズメって関西にもいるの?」
「いるんじゃない?」と、キョウスケはふと真面目な顔をする「スズメを探す前にちょっと行きたいところがある。いいかな?」
「明石焼きの店?」
「えっ? 違うよ」
チハルは肩をすくめ、「冗談よ。良いわよ、行きましょう。どこ?」
「体育館だ」
「体育館?」
「ああ、決着をつけたんだ」
「そうはさせない」
と、声をかけられた。
「邪魔をするな、妖怪」と、キョウスケは言う「勝負したいならあとでしてやる。今は決着をつけたいんだ」
すると妖怪は楽しそうに笑う。「それはまだだな」
「何?」
「私の相手をしてもらう」
(だからか)
(妖怪なんて早く倒して行かないと)
「いいだろう。で、どんな勝負だ?」
その瞬間、妖怪の横に屋台が出現した。
(屋台だと?)
その一台――看板や機材もない――に驚くキョウスケ達に、「なんの屋台がいい?」と、妖怪は聞く。
「なんの?」と、キョウスケ。
「そうだ。リクエストをしてくれ。まだ何屋か看板出していないからな」
「じゃ明石焼き」と、チハルが言う「そんな屋台ない?」
「あるよ。ありがとう」
と、屋台に看板が出る。さらに機材も揃う。
「これで明石焼きの店になった。お嬢さん、明石焼き食べる?」と、妖怪はチハルに聞く。
「えぇ? ……毒とか入ってないでしょうね?」と、チハルは警戒する。
「もちろん入ってないよ。キョウスケが食べるなら入れていたが、キミの場合は違う。私はキョウスケと勝負したいからね」
「勝負は明石焼きでの度胸試しか?」と、キョウスケは聞く。
「違うよ」
「違う?」キョウスケは少し驚く「ならなぜ屋台を出した?」
「明石焼きを味わってほしい。ただそれだけさ」
(本当か……?)
「お嬢さん、食べる?」
「――そうね、食べるわ」
「食べるの?」と、キョウスケは驚く。
「ええ。私は妖怪の相手じゃないんだから」
用意して、と彼女は妖怪に言う。
と、妖怪は手のひらを上にして両手を彼女に向ける。
その瞬間、プラスチックの容器に入った明石焼き――丸くて黄色い八個のうちの一つには爪楊枝が刺さっている――が右手に、そしてやはりプラスチックの容器に入った汁が左手に現れた。
「どうぞ」と、妖怪は言う「出し汁につけて食べてください」
聞くと、チハルは妖怪に歩み寄る。彼女は爪楊枝を持ち、明石焼きを汁につけ、口に入れる。
「まずっ!!」
(えっ?)
言った瞬間、チハルは地面に吐き出した。
「何よ? これ!! めちゃくちゃまずいじゃない!!」チハルは妖怪に怒鳴りつける「どういうつもりよ!? 間違えて毒入れたんじゃないの?」
妖怪は戸惑いながら、「毒なんて入れてないよ。――どうやら失敗したようだ。悪かった。明石焼きは美味しい食べ物だ。これで嫌いにならずほかの店でチャレンジしてほしい」
「……そうね。キョウスケ、行きましょう」
「それもまだだ。私とキョウスケの勝負がまだだからね」
「キョウスケ、早くやりなさい」と、チハルは煩わしそうに言う。
「どんな勝負だ?」
キョウスケが聞くと、屋台が消えた。
「足元を見ろ」
(足元?)
「蛇ー!!!」
チハルは悲鳴を上げた。
その声にびっくりしたキョウスケの足先には、体長一メートル程度の黒い蛇が――キョウスケのほうを向いて――いた。
と、チハルはキョウスケの後ろに慌てて行く。
「勝負はその蛇を使う」と、妖怪は言う「その蛇の顔に手を近づけろ。噛まれたら私の勝ち。噛まれなかったらキミの勝ちだ」
「この蛇、毒あるの?」と、チハルはキョウスケの後ろから顔を出して聞く。
妖怪は笑う。「さぁね」
さぁキョウスケ、やるか? と妖怪は付け加える。
ふとキョウスケは思う。
もし蛇に毒があるなら、その毒はこれまでの勝負の毒とは違うものだろうと。
(でも相手は――)
戦いの相手はこれまでと同じ妖怪。
それに気づいたキョウスケは、「やるさ」
「なら手を持っていけ」
キョウスケは緊張しながらしゃがむ。と、チハルも追ってしゃがみ込む。
そして、キョウスケは恐る恐る蛇の顔に手を近づける。
数秒後、
「……どうやらキミの勝ちのようだ」妖怪は平気そうに言う。その途端にキョウスケは立ち上がる。一瞬後彼と同じ動きをするチハルに、「お嬢さん、明石焼きのことは悪かった。早く美味しい明石焼きを食べてね」
と、妖怪は消えた。
「キョウスケ! 早くその蛇なんとかしてよ!」と、その途端にチハルは言う。
キョウスケは蛇を見下ろしながら、「な、なんとかって?」
「掴んででもなんでもいいからどっかにやって!」
(掴むって……)
「早く!」チハルはまた言った。
と、蛇が真っ白になった。
と、その身体が一瞬で横に五分割に分かれた。その断面は白い紙のよう。そしてそこから出血はない。
(なんだ?)
「どういうこと?」と、チハルはキョウスケの隣に行って言う「なんでバラバラになったの?」
「そのスライスは私がやったんだ」
前方から声。
(剣?)
と、キョウスケは驚く。
それを右手に下げる三十代の男――金色の長髪。中背――は、白いスーツを着ていた。
(妖怪?)
(そうは思えないな――)
なぜか強くそう感じるキョウスケは、「キミは何者だ?」
「私は“ヤカツヤトキアナイト”一号だ」
(はっ?)
キョウスケはぽかんとする。
と、そうさせた相手はチハルを見る。「キミか? 今さっき悲鳴を上げていたのは?」
「えっ? そうだけど……」と、チハルは気まずそうに答える。
「そうか」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号と名乗った相手は、彼女に剣を向ける。
キョウスケははっとしてチハルの前に出る。
「なんのつもりだ?」キョウスケが聞くと、
「その少女の悲鳴はうるさかった」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は落ち着き払って答える「姫様の迷惑だ」
「姫様?」
“ヤカツヤトキアナイト”一号はうなずく。
「そうだ。だからその少女を殺す」
同時刻。
姫路城――兵庫県姫路市にあるその城は、白く、美しい。
世界文化遺産に登録されているその城には毎年世界中から観光客が訪れる。
だが現在、そこに人の姿はない。
――姫路城を見渡せる絶景スポットの公園は別だが。
「今日も美しいわね」
と、立って姫路城を眺めながら少女――十代後半。黒いロングヘア。中背の身体に白い長袖ワンピースを着ている――は側近に言った。
「そうですね」側近は答えた。側近はほかにも数名いる。それで公園にいる人は全部だ。
「あと二週間は眺めていたいわね」
「かしこまりました。姫様」
「キミ達は何者だ?」剣を向けたまま、“ヤカツヤトキアナイト”一号は怪訝な表情で続ける「なぜいなくならない?」
「いなくならない?」と、キョウスケ。
「そうだ。そのせいで姫様は迷惑した」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は平気そうな顔で言う。
「――もしかして、キミ達がこの街の人達を消したのか?」
「そうだ」
(なんだって!?)
「どうしてそんなことを?」キョウスケは困惑しながら聞く。
「姫様の観光の邪魔になるからだ」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号はあっさりと答えた「誰であろうと姫様の邪魔になってはならない」と、眉をひそめる「それなのにキミ達はなんだ? 何者だ? 姫様の迷惑をするなんて許せない。だから殺す!」
「はぁ!? ふざけるんじゃないわよ!」と、チハルはキョウスケの隣に立って言い放つ「勝手なことばかり言うんじゃないわよ! キミ達がおかしいだけなのに殺されてたまるか!!」
「うるさい」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は冷静に、叱るように言う「姫様の迷惑になるかもしれない。落ち着け」
「はぁ? 知らないわよ、姫様のことなんて。落ち着いてほしいなら私達の前から消えて。そして二度と現れないで」
「それだとキミを殺すことになるがいいか?」
「いいわけないでしょ!」
「うるさい少女だ。そろそろ殺してやる」
「そうはさせない」
と、キョウスケは言い、掌中に半透明の緑色の丸棒――武器を持つ。
と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は剣を下げる。
「ほう、私と戦う気か?」
「当たり前だ」
「いいのか? 私との戦いはどちらか一方が必ず死ぬことになる」
「死ぬ……?」
「動揺しているようでは私には勝てない。やめておけ。私はその少女を殺せればいい」
「ちょっと、キョウスケ何してるのよ? 戦いなさいよ! ……そりゃ、死ぬのは怖いだろうけど……」
(死ぬ?)
「チハル」と、キョウスケは前方の相手を見ながら呼ぶ「悪い、一瞬迷った」と、武器の先を“ヤカツヤトキアナイト”一号に向ける「私は戦うよ」
「……大丈夫なの?」チハルは気まずそうな声色で聞く。
「ああ、私は死ぬのは怖くないからな」
と、キョウスケは戦いに集中する。彼は分かっている。依然左目が見えないから不利だということを。相手の力も分からないことも。
なら、彼のすることは一つ。
彼は撃つ。
ネイビーブルーの光線が相手に迫る。
相手は動かない。
(よけないのか!?)
その瞬間、光線は相手の胸に直撃し、消える。
「……なるほど」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は静かに言った「その程度か。私の相手にはならないな」
(何?)
キョウスケはむっとする。
そうさせた相手は、「やはりその少女だけを殺す」
「させるか」
と、キョウスケは撃つ。
光線をまた胸にもらった相手は落ち着いて、「がっかりだ、やはりキミには」
(こいつ!!)
「そこまでだ」
横から声がした。
見ると、黒いスーツの若い男が三人並び立っていて、「剣を持っている人、この少年は我々がもらう」と、その真ん中の男が言った「手出しはしないでもらいたい」
(何? こいつらは誰だ?)
「命令しないでもらいたい」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は落ち着いて言う「私は姫様の命令しか聞かない」
キミ達は何者だ? と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は付け加えた。
「その質問には答えられない。我々はその少年に用がある」
「私になんの用だ?」と、キョウスケは聞く。
「我々はキミを捕まえに来た」と、真ん中の男は答えた。
「何? なんのために?」
「知る必要はない」
なんのために捕まえるのか――答えてくれず分からない。だがキョウスケはそれは分かっている。抵抗した場合、三対一で不利だということを。だが抵抗しないわけにはいかない。
男達は、キョウスケを捕まえて何かしようとしている。
悪いことを。
確信しているキョウスケは、
(捕まるわけにはいかない。どうする――?)
「剣の人、どうか我々の頼みを聞いてほしい」キョウスケが考え始めた時、真ん中の男は言った「我々はキミの邪魔をするつもりはない。キミはその少女を殺したいんだろう? 我々はその少女には興味がない。我々は争わないはずだ。我々の頼みを聞いてほしい。我々の邪魔をするな」
「……いいだろう」“ヤカツヤトキアナイト”一号は答えた「早くしろ」
真ん中の男は微笑する。「ありがとう」
と、黒スーツの三人はキョウスケに向き直る。
(まずい。まだ何も……)
「足元を見ろ」と、真ん中の男がキョウスケに言う。
(足元?)
三人を警戒しながらキョウスケはちらっと見る。
(なんで?)
足先には、“ヤカツヤトキアナイト”一号がスライスした白蛇があった。
「これがどうした?」と、キョウスケは真ん中の男に聞く。
「もう一度見るといい」
(もう一度?)
そうした瞬間、五分割された白蛇の一番後ろの部分がキョウスケに飛び、その左腕――前腕の外側――にくっついた。
(なんだ!?)
くっついたが、何も起きない。
だがキョウスケは嫌悪する。何も起きないわけがない。
これから何か起きる――それがなんなのか、彼は説明される。
「その蛇の一部はブレスレットになる」と、真ん中の男は言う。
「ブレスレット?」
「そうだ、残りのパーツも加わってな。ブレスレットになった場合、キミは死ぬ」
「何!?」
(死ぬ!?)
戸惑うキョウスケは左腕の蛇を見る。
(これがブレスレットになると死ぬ? どういうことだ?)
と、黒スーツの男達を見る。
(こいつらは何者なんだ?)
(――やはりかなりの力を――いや、それより!)
と、キョウスケは足元を見る。
(これをなんとかしないと)
と、キョウスケは足元の蛇のスライスに丸棒を向ける。ネイビーブルーの光線が放たれる。
しかし、蛇の四つのスライスはいずれも変化しない。
(破壊できない? 効かないのか?)
もう一度攻撃する。
同じ結果を見る。
と、蛇の、一番後ろになった部分が飛ぶ。
キョウスケはよけようとしたが、速すぎる。
蛇の一部は、キョウスケの左のスネにくっついた。
(なんだ? ブレスレットになるんじゃないのか?)
本当にブレスレットになるのか? と思った時、新たに一番後ろになった蛇の部分が飛ぶ。今度は左足の上につく。
(まずいな、あと二個か)
と、焦るキョウスケは一瞬考え、黒スーツの真ん中の男に武器を向ける。
キョウスケは撃つ。
と、黒スーツの三人は一斉にしゃがんでかわす。その直後、ネイビーブルーの光線が三人の頭上で消える。
(かわした? よける必要があるということか!)
と、キョウスケは高揚する。
と、黒スーツの男達はふいに立ち上がる。
と、黒スーツの男達は振り返って走り出した。
(なんだ?)
(まさか!)
キョウスケははっとする。
三人は逃げる。キョウスケの攻撃から逃れるために。
そして、彼が死ぬまで。
彼が死ぬまで逃げ切って、そのあとに彼を回収する。
(まずい!)
相手の考えに気づいたキョウスケに、新たに一番後ろになった蛇の部分が迫る。左の太ももにくっつかれた。
「無様だな」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は淡々とした調子でキョウスケに話しかける「相手のやり方に対処できず、相手を倒すこともできずに逃げられ、彼女を守ることもできずに死ぬとはな」
「まだだ!」キョウスケは怒鳴る「まだ死んじゃいないし、チハルも守れている!!」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号に武器を向ける「キミを倒せば確定だ!」
相手は表情を変えず、「黙って死ぬといい。それがキミにとって最良の死に方だ。誇りを持って死にたくないのか?」
「ふっ、ならキミを殺して死ぬのが最良だ」
「なるほど。だが相手が悪かったな」
と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は一歩前に出る。
ネイビーブルーの光線が横切る。
その直後に光線は消え、「なんだ!?」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は驚く。
キョウスケははっとした。
(この色の光線は!)
と、キョウスケはそれが来たほうを見る。
右手のひらを前方に向けた、学生服姿の男子――黒い短髪。中背――がいた。
(キミは!)
キョウスケが驚いた時、「何者だ?」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は男子に聞く。
と、男子の右手のひらからネイビーブルーの光線が放たれる。
それは“ヤカツヤトキアナイト”一号に直進する。
顔に当たる。
「何!?」
直撃した瞬間に光線が消え、同時に“ヤカツヤトキアナイト”一号は顔をゆがめて言う。
効いているとキョウスケが思った時、男子は撃つ。
“ヤカツヤトキアナイト”一号は横に跳んでかわすと、「二対一はどうやら不利のようだ」と、落ち着いた様子で口にする「ここは引くとしよう」
と、男子は撃つ。
その瞬間、“ヤカツヤトキアナイト”一号は消えた。彼がいた空間を光線が通り、消える。男子は腕を下ろす。
(消えた……)
(ヤツは何者なんだ……?)
だがすぐにキョウスケは切り替える。
「スギ」と、キョウスケは戸惑いながら男子の名前を呼ぶ。
「動くな」
「えっ?」
その瞬間、男子は撃った。
光線は、キョウスケの足元にある蛇の頭に命中する。
と、蛇の頭は消えた。
と、男子は撃つ。それはキョウスケの左足に――蛇の一部に当たり、それを消し去る。
続けて彼の左スネ、左太ももを撃った男子は、「腕のをこちらに見せろ」
キョウスケは言われた通りにし、彼から蛇が全て取り除かれた。
と、男子はキョウスケに歩み寄る。
そして立ち止まった男子に、「ありがとう」と、キョウスケは言った「でもどうしてキミが兵庫にいるんだ?」
「その前に紹介してくれないか? その女の子を」
「えっ? あ、ああ」意外な返事をした相手に、「彼女はチハル。私達と同じ中学一年生だ」
「キミも中一なの?」と、チハルは意外そうに聞く。
男子――スギはうなずく。「スギだ。よろしく」
「チハルよ。助けてくれてありがとう」
「チハルさんは兵庫の人?」
「チハルでいいわよ。ううん、違う。道民よ」
「道民?」と、スギは怪訝な表情で言うが、「兵庫には観光で来ているんだね?」と、納得した様子で聞く。
「うーん、別にそういうわけではないわ」
「えっ? じゃどうして兵庫にいるんだ?」
聞くと、チハルは呆れた顔をする。「キョウスケにナンパされて無理矢理連れて来られたのよ」
「はぁ!? チハルふざけるなよ! ナンパも無理矢理もしてないだろ!」と、キョウスケ。
「あら? そうだったっけ?」
「そうだよ」
「ごめん」チハルはあっさりと謝った。
(まったく、なんて女の子だ)
「キョウスケ」スギが呼ぶ「なぜ彼女なんだ?」と、不思議そうに聞く。
「えっ? ――別に理由はないよ」
「ない?」
「ああ。それよりキミはなんでここにいるんだ?」
「武器をしまえば? まだ戦う気か?」
(あっ、忘れてた)
と、キョウスケの手から丸棒は消える。
「私はキミの様子を見に来たんだ」と、スギは言った。
キョウスケは耳を疑った。「様子を見に来た? キミがどうして?」
「この格好を見てくれ。遠出する格好か?」
キョウスケはふっと笑う。「分かっているさ」
スギは真面目な顔をする。「キョウスケ、どうやらだいぶうまくいっていないようだな?」
キョウスケはうつむく。「……まぁね」
「さっきの男は何者だ? なぜ戦っていた?」
キョウスケは顔を上げ、「あの男が何者なのかは分からない。ただこの街から人が消えたことに関与しているのは確かだ。で、チハルも狙われた。だから戦った」
「なるほど、彼女のために戦ったのか」
「もちろんだ」
「正しいことをしている。だが、あの程度の男に苦戦しているようでは駄目だな」スギは淡々と言う。
キョウスケがむっとした時、「あら、頼もしいわね」と、チハルをスギを見ながら弾んだ声で言う「これで私のボディーガードが二人になったわ」
「私がキミのボディーガード?」と、スギはきょとんとして言う。
「そうよ。さっきの男はまた私を狙って来そうだからキミもボディーガードになってもらうわ」
「なんで私がキミのボディーガードにならなくちゃいけないんだ?」
「だってキミ、キョウスケの親友でしょ? 親友が困っているなら助けるでしょ? 普通。だからよ」
「親友?」と、スギは怪訝な顔で言う。
「あら? 違うの? てっきり親友かと思ったわ。キョウスケの様子を見に兵庫まで来るんだから」
「親友じゃない」スギはきっぱりと答えた。
「へぇ、違うの? じゃどんな関係? ただのクラスメイトってわけじゃないでしょ?」
「悪いけど答えないよ」と、スギはまたきっぱりと答えた。
チハルは首をかしげ、もう一人の男を見る。「キョウスケは?」
「私も答えたくない」
「ふーん。――で、スギ、私のボディーガードやってくれないの?」
「断る」
「マジで? ――ふーん、さっきはでかい口利いてたのに。ビビったの?」
「何? ――いいだろう、キミのボディーガードを引き受けよう」と、スギは冷静な様子で答えた。
チハルは微笑して、「ありがとう」
「でも長いことはできない。分かるだろう? 私は旅をしに来たわけじゃないんだ」
「ええ、分かっているわ。それでも十分嬉しいわ。キョウスケだけじゃ頼りないからね」
「何!?」
「あらキョウスケ、ごめん」
「ふっ」と、スギが笑う。
キョウスケは彼を睨み、「……チハル、ボディーガードが二人になったんだ、あの男をおびき寄せて返り討ちにしたほうがいいんじゃないか?」と、睨んだまま提案する。
「返り討ち? ――そうね、いいかもしれないわ。スギはどう思う?」
「いいと思う。私の趣味ではないが」
「決まりね。でもどうやっておびき寄せる? キョウスケ、何かアイデアはある?」
「えっ? そうだな……ふっ」
「何がおかしいの?」
キョウスケはにやにやしながら、「さっきのキミの慌てぶりを思い出したんだ。蛇ーって。ふふっ、あははは!!」
「はぁ!? 笑ってんじゃないわよ!!!」チハルはブチキレる「蛇を見て悲鳴を上げて何が悪いんだよ!!」
「あははは!」
「笑うなボケ!!」
「ご、ごめん、ごめん」と、キョウスケは笑いを堪えながら言う「でも思い出すとおかしくてさ」
「全然おかしくないわよ! サイテー!」
「悪かったよ」
「ふんっ! そう思うなら私を狙うサイテー男を早く倒してよ!」
「ああ、そうするよ」
「キョウスケ」と、二人のやり取りを呆れた様子で眺めていたスギが呼ぶ「さっきの男はどうしてチハルを狙ったんだろう? 分かるか?」
「ああ、分かるよ。チハルがうるさかったからだ。蛇ーって悲鳴を上げて――あははは!!」
「笑うな!!!」
「……ふぅ、ごめん、ごめん」
「絶対許さない……」
「ならじきに来るんじゃないのか?」と、スギは呆れてキョウスケに言う「さっきからのキミ達の会話もずいぶんうるさいぞ?」
「その通りだ」
と、横から声。
キョウスケははっとして見ると、二人の男――同じ服装――が立っていた。
(仲間を連れて来たのか)
「やはりキミは始末する必要がある」と、キョウスケの真正面に立つ、さっきの男――“ヤカツヤトキアナイト”一号は落ち着いた様子でチハルに言う「うるさいんだよ、キミは。また姫様の迷惑になった。今度は逃さない。確実に殺す」
と、チハルはキョウスケの後ろに行く。と、彼女は顔を出し、笑みを浮かべ、「あらごめんなさい。でもそんなこと言って大丈夫? また逃げる時惨めよ?」
「余裕があるな? なぜだ?」
「私には二人のボディーガードがいるからよ」
「こちらも二人だ。この“ヤカツヤトキアナイト”二号とのタッグは万全だ」
スギの正面に立つ、黒い長髪の男――“ヤカツヤトキアナイト”二号はうなずく。
(二号だと? “ヤカツヤトキアナイト”って何人いるんだ?)
「そうかしら? やってみないと分からないわよ?」
「理解できないな。キミのボディーガードのうち一人は手負いだろう?」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号はキョウスケを見る「その左目は見えるようになったのか?」
「左目?」と、スギはキョウスケを見る「左目が見えないのか?」
「……まぁね」
「なぜ? いや、理由はあとで聞かせてもらう」と、スギは前を見る「“ABススアピーニクベ”、発動」と、静かにつぶやいた。
“ヤカツヤトキアナイト”一号は首をかしげる。「“ABススアピーニクベ”? なんだ? それは」
スギは答えず、前方に右手のひらを出す。
と、そこからネイビーブルーの光線が放たれる。
それは“ヤカツヤトキアナイト”二号に行く。“ヤカツヤトキアナイト”二号は黙って立っている。
(受け切るつもりか)
キョウスケがそう思った瞬間、光線は相手の胸部に当たる。
その瞬間、“ヤカツヤトキアナイト”二号は消え、追って光線がなくなる。
(消えた? どういうことだ?)
「なるほど」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は落ち着いた調子で口を開く「“ヤカツヤトキアナイト”二号がやられるとは。それほどの威力か」
(えっ? やられた?)
と、キョウスケはびっくりする。
(なにか作戦があって――『それほどの威力か』)
と、キョウスケは“ヤカツヤトキアナイト”一号が言った言葉の意味に気づく。何か作戦があった。その作戦のために“ヤカツヤトキアナイト”二号はスギの攻撃を回避せず黙って食らった。だが、スギの攻撃は彼らの想像以上だった。だから“ヤカツヤトキアナイト”二号はやられた。
ふとキョウスケは歯を食いしばる。
(スギ……)
「何をしている?」と、スギはキョウスケに呼びかける「戦え」
キョウスケは我に返る。「あ、ああ」
と、彼は自分の武器を出す。
「また二対一になった」と、“ヤカツヤトキアナイト”一号は何食わぬ顔で言う「不利だ。引かせてもらう」
その瞬間スギは撃つ。
が、“ヤカツヤトキアナイト”一号はぱっと消えた。
と、チハルはキョウスケの背中から出て、「逃がしたか」と、悔しそうにつぶやく「でも一人やっつけたし、死なずに済んだわ。ありがとう、二人とも」
(二人とも……?)
「キョウスケ? 何落ち込んでるのよ?」チハルは聞く。
と、キョウスケの手から武器が消える。
「……私は何もしてないよ」
「だから落ち込んでるの? 呆れた。私を守ってくれたんだからそれでいいじゃない?」
キョウスケは答えない。
「もう、まったく……。だったら次頑張ればいいじゃない。そうでしょ? ほら、元気出してよ」
「……ああ、分かった」
「確かに次もあるだろうな」と、スギはキョウスケを見て言う「その時頑張ればいいというのも確かだ。だが次は今回よりレベルが上がっているだろう。その時に万全じゃないのは駄目だ。キョウスケ、なぜ片目が見えなくなった?」
立ち直ったキョウスケは、「妖怪にやられたんだ」
「妖怪?」スギは驚きに目を見開く「妖怪に会ったのか? どこで?」と、興奮した様子で聞く。
「この街さ」
「妖怪に興味があるの?」と、チハル。
「別にないよ。どうして?」
「なんか興奮してるから」
「妖怪なんて信じてないから驚いただけだよ。――どうして妖怪にやられたんだ?」と、スギはキョウスケに聞く。
「戦ったんだ。で、油断したんだ……」
「なるほど。妖怪の仕業か――で、その左目を治す方法知っているのか?」
「詳しいことは分からないが、スズメが関係しているらしい」
「スズメ?」
「駄目よ、スギ」と、チハル「スズメを食べたら治るんじゃないかとか考えるの。スズメを食べるなんて絶対に反対よ!」
「別に考えてないけど。――そうか、スズメか。でもスズメが関係しているというだけじゃ完治の道のりは遠いな。キョウスケ、スズメが関係していると誰に聞いた?」
「妖怪だ」
「その妖怪にまた話を聞くことはできないのか?」
「いやできないだろう。倒したから」
「そうか。――なら、この方法はどうだ?」
「なんだ?」
「北海道に戻るんだ」
「北海道に? ――でも治せるかな? 妖怪の仕業を」
「それはやってみないと分からない。可能性は高いと思う。ここで理由も分からずスズメを追うよりいいだろう」
「確かにな……」
「ちょっと待ってよ!」と、チハルは焦った様子で口を挟む「北海道に戻る? 私はどうするのよ?」と、二人に聞く。
「キミも戻ればいいじゃないか? 道民なんだろう?」と、スギ。
「冗談じゃないわ! 私は家出中なのよ!」
スギは首をかしげる。「家出?」
「そうよ」
「キョウスケ、キミは家出中の女の子を兵庫まで連れ出したのか?」と、スギは呆れ果てる「女の子に飢えすぎだろ……そんなに魅力的な女の子か?」
「はぁ? 何言ってるのよ?」
「失礼」
「こっち見て言いなさいよ」
「チハル、北海道へ行こう」と、キョウスケは言う。
「はぁ? 私の話聞いてなかったの? 私は北海道へ戻るの嫌なのよ!」
「大丈夫だよ。私もキミの家に行くから」
「はぁ?」
「そうすればなんとかなるよ。北海道から兵庫までだってちゃんとキミを行かせることができただろう? だから――」
「嫌よ!」チハルは遮る。
「キョウスケ、キミが一人で行けばいいんじゃないか?」
スギの提案に、なるほどとキョウスケは思ったが、「それじゃ戦力が減るじゃないのよ!」と、チハルは反対する。
と、スギはため息をついた。「なら仕方ない。手荒な真似はしたくないが、キミを眠らせて行くしかない」
「ね、眠らせるって何するつもりよ……?」
「だから手荒な真似だ。それで気絶させる」
「平気な顔で言わないでよ! そんなこと許さないわよ!」
(そうだ)
「チハル」キョウスケは呼ぶ。
「何よ?」
キョウスケはジャケットを脱ぐ。
「何してるのよ?」
水色のワイシャツを着ているキョウスケは、「このジャケットを着てくれ」と、差し出す。
「えっ? なんで?」
「頼む、着てくれ」
「……良いけど」と、チハルは受け取る。
彼女がジャケットに袖を通すと、「チハル、そのジャケットをキミに預ける。そのジャケットのポケットには財布が入っている。全財産が入った財布だ」と、キョウスケは話す「キミの家に行った帰りに返してくれ。その時キミは家族ときっと仲直りできている。その対価にジャケットをくれ。だから――」
「長々とうるさいわね」と、チハルは呆れた様子で遮る「分かったわよ、キミの覚悟は。――仕方ないわね、帰りましょう」
「ありがとう」
「その代わりちゃんと私を守ってよね? スギがいなくなって一人になってからも」
「ああ」




