第1話「大いなる旅立ち〜second shining?」
日本 北海道 札幌
令和八年 夏
朝 晴れ
駅のホーム
やはり誰も来ないことで、彼は気分よく並んでいられる。ラッキーだ、こんな気持ちでいられるなんて。
やがて特急列車が来た。彼――黒い短髪。中背。白いワイシャツ、薄い緑のジャケット、紺のジーパンを着用している――は乗り込む。
「どちらまでですか?」
と、隣の席――窓際席――からふいに話しかけられたのは発車してまもなくだった。
「函館です」と、彼は相手――高齢男性――を警戒しながら答える。
「通学のために?」
彼は警戒を解いた。そんなことを聞くんだから。
「違います」
「じゃ観光ですか?」
「乗り換えです。道外に行くので」
「一人で?」と、相手は驚いた様子で聞く。
彼は笑い、「はい。愉快な一人旅です」
愉快と口ではそう言ったが、内面は違う。どちらでもない。席についた頃にはそうなっていた。
「ほう、それなら色々と余裕がありそうですね、キミくらいの年格好で一人旅なら。じゃないと旅は楽しめませんよ。課題とか残っていたら大変だ。キミ、北海道に何か心残りはありますか?」
「ないですね」と、気のない返事をして彼は立ち上がる。彼はデッキに行く。と、アナウンス。まもなく新札幌に停車するそうだ。
その駅で彼は降りる。
と、彼はふと目についた。ホームのベンチに座っている少女を。ぶすっとしている。
と、ふいに少女――黒髪のロングヘア。彼と同じく中背で、白いタンクトップに青いジーパンを着ている――と目が合う。
「キミ、何年生?」と、少女はぶすっとしたまま聞く「私は中一」
「私もだよ」
「そっか。――ねぇ、お金貸してくれない? 私、家出中なの」と、少女は依然ぶすっとしたままで言った。
彼はむっとした。「――家出ってどこか行く当てあるの?」
「ないよ」
「なら一緒に道外へ行かない? これから行こうと思っているところなんだ」
「はぁ? 行くわけないでしょ」
「そう? どうせ家出するならめちゃくちゃ遠くに行ったほうが面白いと思うけどな。あっ、もしかして怖いの?」
「怖くないわよ! ――いいよ、一緒に行ってやるわ。確かに面白そうだから」
「よかったよ」
だからといって彼の気分は上下しない。
そんな彼は続けて、「キミ、名前は?」
「先に名乗りなさいよ、常識でしょ?」
「そっか。私はキョウスケ」
「チハルよ。――ねぇ、本当にこれから道外へ行く気? 手ぶらじゃないのよ」
「そうだよ。荷物は財布だけ。それで十分だ。キミだってそうだよ」
「私も?」
彼――キョウスケはうなずく。「私は財布を持っているんだからね。ドレスでも買うか? お嬢さん」
「ふっ、ご立派ね。で? 道外のどこへ行く予定?」
「キミが決めてくれ」
「はぁ? そんなんでいいの? ――じゃ青森」
「青森? 北海道の隣じゃないか。もっと遠くにしろよ。ビビってるのか?」
「ビビってないわよ! じゃ兵庫よ!」
「ふーん、兵庫か。まぁいいな。じゃ行くか」
「ちょっと待って、何で行くつもりだよ?」
「列車」
「はぁ? めちゃくちゃ時間かかるじゃない。私は嫌よ! 飛行機がいい」
「飛行機? オッケー、じゃ行こう」
約二時間後、二人は兵庫県の神戸市にある空港の出口を出た。空港は人工島の上にあり、海のちょっと向こうには、海と山に挟まれた神戸の街がある。
「キョウスケ」チハル――キョウスケの隣にいる――が呼ぶ「キミ、道外へ出たのはこれで何度目?」
「これが初めてだよ」
チハルはにやりと笑う。「やるじゃん。わずかに見直した」と、前を向く「神戸にいるんだ……」
「緊張しているようだな。安心しろよ、私がいるんだから」
これからどうする? と彼は付け加えた。
「とりあえずお昼ごはんにしましょう。そうね――神戸牛が食べたいわ」
「ちょっと、キミ」
と、キョウスケは声をかけられた。
「握手しよう」と、学生服を着た小柄な少年――キョウスケ達と同年代――は言葉を続けた。
キョウスケは怪訝な表情で、「握手? どうして?」
「怖いか?」
キョウスケはむっとして、「しよう」
二人は握手した。
「戦おう」手が放れると相手は言った。
「ああ」
「はぁ!? キミ何言ってるの?」と、チハルはキョウスケに聞く。
彼は何食わぬ顔で、「戦うことになった」
「だからなんで? ていうか戦うって何?」
その瞬間、彼女は消えた。
キョウスケは、二人しかいない神戸空港にいる。
「説明してあげないのか?」と、握手した少年は言う「どんな関係?」
キョウスケはふっと笑い、「全力じゃ戦わない。いいな?」
「良いよ」
と、相手は消え、一本の白い糸のようなもの――高さ二メートル、横幅十センチメートルくらい――が現れた。
同時にキョウスケの右手は、半透明の緑色をした丸い棒――長さ一メートル程度――の真ん中を握っている。
キョウスケはその棒の先を、動かない、糸のようなものに向ける。
「“白いターゲット”は今日これだけにしたいな」
キョウスケがそう言った途端、棒の先からネイビーブルーの光線が無音で出る。光線は速いスピードで糸のようなもの――“白いターゲット”に向かうが、脇にそれる。それた瞬間、光線は消えた。と、棒の先からまた同じ色の光線が放たれる。またそれる。そうなった時やはり光線は消え、次の光が見える。当たらない。
しかしキョウスケはやめない。
六発目――当たった。
当たった瞬間、光線と同時に“白いターゲット”が消えた。
と、キョウスケは上を見る。
(……“箱”はないか)
と、キョウスケがそう思った時、
「“白いターゲット”って何?」
と、前方から声がした。見ると、戦いを求めた少年がいる。
「便宜上の名前だ、白い糸の」キョウスケは素直に答えた「キミの名前は?」
「私はジュン。キミは?」
「あっ、私はキョウスケ」
と、丸い棒が消える。
「キョウスケ、私の友達になってくれないか?」
「友達? 良いよ。――そうだ、一緒に神戸牛を食べに行かないか? 奢るよ」
「本当? やった!」
「じゃ戻ろうか」
その瞬間、キョウスケはチハルの前にいた。
だから彼はそう答える。
「それより神戸牛を食べに行こう」
「はっ? 戦うんじゃないの?」
「戦いは終わったよ。ジュンも一緒だけどいいよな?」
「ジュンって誰?」
「彼さ」キョウスケは一瞥する。
「なんで名前知ってるの?」と、チハルは怪訝な顔で聞く。
「戦いが終わったあとに聞いたんだ。彼とは友達になった。ジュン、神戸牛が食べられる名店を知っているか?」
「知っているよ、任せてくれ」
「うん」
「……訳が分からないわ……」
約一時間半後、三人は神戸市にある北野町の駅前にいた。神戸の都会の一カ所であるそこには多くの人が行き交っている。
「おいしかったわね、神戸牛」と、チハルは笑顔で隣のキョウスケに言った。
キョウスケも笑ってうなずいた。「確かにおいしかった」
「夕飯も神戸牛にしない?」
「良いよ」
「決まりね。じゃ服を買いに行きましょう」
「緑のジャケットのキミ」
声をかけられ、キョウスケは、「私ですか?」
黒いスーツ姿の若い男は、「私は“ABススアピーニクベ”に選ばれなかった者だ」
チハルは首をかしげ、「“ABススアピーニクベ”?」
「言い方が抽象的だな」と、キョウスケは警戒しながら男に言う「もっと具体的に言ってくれ」
いや、そんなことはどうでもいいな。何しに来た? と、キョウスケは付け加えた。
「答えづらいな。ここは人が多すぎる」
(なら全力でいくか)
そう思った瞬間、周囲に人はキョウスケだけになり、相手は形を変えた。
そのライトブルーの形状は、さっきの“白いターゲット”と同じだ。
その“ライトブルーのターゲット”を見た時、キョウスケの右掌中に、半透明の緑色の丸棒が現れている。
キョウスケはその先端を“ライトブルーのターゲット”に向ける。
と、ネイビーブルーの光線が発射される。音もなく出たその光線は“ライトブルーのターゲット”に向かう。当たった。
その直後、“ライトブルーのターゲット”は消える。
と、キョウスケの手から丸い棒が消える。
(戻るか)
(何!?)
「キョウスケ? 何を驚いているの? ――いない!?」
辺りを見回したチハルは続けて、
「私達三人以外、どこへ行ったの……?」
と、戸惑いながらキョウスケに聞く。
キョウスケも戸惑っている。彼とチハル、ジュン以外に人がいなくなった……。
(どういうことだ……?)
「今さっきキミと話していた男の仕業……?」と、チハル。
「いやそうじゃないだろう」
(もしそうなら形を変えたりしないはずだ)
「なんでそんなことが言えるの?」と、チハルは疑いの目を向ける「キミの仕業だから?」
「違うよ」キョウスケは即答した「私は今さっきの男と戦った。そして勝った。で、負けた相手がこんな事態を引き起こせるとは思えない。だから言えるんだよ」
そもそも私がこんなことをするメリットがないじゃないか? とキョウスケは付け加えた。
「そうね。じゃどうしてこんなことに?」
「二人とも」ジュン――キョウスケの隣にいる――が言った「何をそんな大変そうに考えている? 別に問題ないじゃないか?」
「はぁ? 問題ない?」と、チハル。
ジュンはうなずき、「人がいなくなっただけだ。そうだろ? キョウスケ」
「……確かに」
「確かに!? キョウスケ、大問題よ」と、チハル。
「そうかな?」
「そうよ! もしかしたらこの世界に人は私達以外いなくなったかもしれないのよ!」
「世界に?」
「なんでぴんとこないのよ? 考えられることでしょ」
なおぴんときていないキョウスケは、「ならキミの親に連絡してみれば?」
「それは……遠慮しておくわ」
(家出中だからか)
「キョウスケ」と、ジュンが呼ぶ「この現象は一時的なものだろうか?」
「さぁな。そうあってほしいが……チハル、キミの服を買いに行こうか?」
「はぁ? 今そんなことしている場合?」
「でもないと困るだろ?」
「……そうね」
「私はここで待っているよ」と、ジュンは言った。
約一時間後、二人は戻ってきた。
「お待たせ」と、赤い長袖ワンピースを着たチハル――自分が着ていた服を入れた紙袋を提げた――は言った。
「よく似合っているよ。――なんか吹っ切れた感じ?」
「そうよ。おかげでよく選ぶことができたわ」
話していたホテルに案内して、と彼女は付け加えた。
「分かった」
三人は歩き始め、すぐに広い通りで止まる。
「ここだよ」と、ジュン。三人の眼前には高層ビル――三十七階建て――がある。
「あら? さっき買い物に来た場所ね」と、チハル「ホテルがあるの?」
「四階から上がホテルなんだ」
どの階に泊まる? とジュンは付け加えた。
「四階でいいわ。色々楽だから」
キョウスケもそうしなさいよ、と彼女は付け加えた。
「もちろんそうするよ。何かあった時に別々の階だと不便だし。ジュンもそうするだろう?」
「ああ」
「キョウスケ、それより夕飯はどうしよう?」と、チハル「私、料理はあまり得意じゃないわ。キミはできる?」
「できない」
「大丈夫、私が料理する」と、ジュンはチハルを見て言う「夕飯も神戸牛だよね?」
「ええ、そうよ」
「でもその前にティータイムでもいかが?」
「いいわね。レストランは何階?」
「三十四階」
「遠いな。――一階のフードコートじゃ駄目?」
「良いよ、そこにしよう」
「ちょっと待って」と、キョウスケはジュンを見て言う「ティータイムって何を飲ませる気だ?」
ジュンは微笑して、「もちろんコーヒーだよ」
(コーヒーか……)
「コーヒーは苦手?」と、ジュンは続ける「無理なら紅茶とかにするけど?」
「ああ、頼む」
「ふっ……」
それを聞いて、キョウスケはチハルを見る。彼は眉をひそめて、「悪いか?」
「はっ? 何が?」彼女は面白そうに笑って聞く。
「コーヒーが苦手で悪いか?」
「別に」
「キョウスケ」
彼はふいに背後から呼ばれた。
彼より先に、チハルが驚いて振り返る。
そして彼女は、「キミ、誰?」
キョウスケも後ろを見る。
白いスーツ姿の若い男がいた。
(誰だ?)
「どうして私の名前を知っている?」
「キョウスケ、コーヒーが苦手なのか?」と、白いスーツの男は聞いた。
「それがどうした?」
「否定しない、苦手なんだな」と、白いスーツの男は微笑する「キョウスケ、私と勝負しろ」
「勝負? キミは誰だ?」
「私に勝てば教えてやる」
(いや、どうでもいいな、誰かなんて)
次の瞬間、チハルとジュンが消える。
(“ABススアピーニクベ”作動)
(何!?)
キョウスケは驚愕する。
(変わらない!?)
「どうした? 何を驚いている?」と、白いスーツの男は聞く。
キョウスケは驚いている。
目の前の相手が変化しないことを。
(どういうことだ?)
(“ABススアピーニクベ”が効かないのか……?)
「何もしないならこちらからいくぞ」と、白いスーツの男は両手をキョウスケに向ける。
(なんだ?)
と、キョウスケが警戒した時、相手の両の手のひらから茶色い液体が勢いよく出た。キョウスケはとっさに両腕で顔を覆う。と、そこに茶色い液体が直撃する。
(熱い!)
(この香り、コーヒーか?)
「どうだ? コーヒーの味は?」と、茶色い液体――コーヒーを出しながら白いスーツの男は言う「もっとも分かっている。両腕でガードしているから味なんて分からないことを」
その直後、
(止まった?)
と、キョウスケは両腕を下げる。
「何が目的だ?」キョウスケは聞く。
両手を向けたままの男は、「それも私に勝ってからだな」
「コーヒーを浴びせて私に勝てるつもりか?」
「勝てるさ。嫌いなんだろ? コーヒー」
「だからなんだ? アレルギーとかじゃないんだぞ?」
「勝てるさ。無理矢理飲ませ続ければな」
(そういうことか!)
(まずい!)
白いスーツの男は、「喰らえ!」
「くっ!」
キョウスケは横に跳んでよける。
「無駄だ!」
と、白いスーツの男はコーヒーを出しながら両手をキョウスケに向ける。
キョウスケはしゃがみ込む。
(このままじゃまずい)
すぐさまコーヒーが降りてくるだろう。よけられないと思ったキョウスケは、「キミは誰だ? どうして私を殺そうとする!?」と、相手の注意を逸らそうとする。
「殺す?」と、白いスーツの男はコーヒーを出すのをやめる「殺したりなんかしないさ」
(そうなのか?)
意外に思いながらキョウスケは、「何が望みだ?」と、立ち上がる。
「ここで一つクイズだ」
「クイズ?」
「日本でコーヒーが有名な場所はどこだ? 知っているか?」
「知らないよ」
「知る気はあるか?」
「何?」
「調べる気があるなら待ってやる。明日の朝までな。明日の朝、ここで待ち合わせだ。その時に正解することができればキミの勝ちだ」
(消えた!?)
「キョウスケ」
背後から呼ばれ、見ると、
「男はどうしたの?」と、チハルは続けて言った「なんか消えたんだけど」
ふとキョウスケは自分の両腕を見る。コーヒーで濡れていない。コーヒーの臭いもしない。まったくおかしくない。
(でも、“ABススアピーニクベ”が効かないのは――)
「ちょっと、キョウスケ、聞いてるの?」
思考を中断された彼は、「聞いてるよ。――そうだ、キミ、日本でコーヒーが有名な場所って知ってる?」
「はっ? 何それ? 知らないわよ」
「そうか。キミは?」と、キョウスケはジュンにも聞く。
「分からないな。それがどうしたんだ?」
キョウスケは説明した。
「なるほど」
「ふっ」と、チハルは鼻で笑った。
相手の攻撃方法や“ABススアピーニクベ”、そして“ABススアピーニクベ”がおかしかったことは説明しなかったキョウスケは彼女に眉をひそめ、「なんだよ?」
「力ずくで倒せばいいじゃない? そんなクイズに答えてどうとかなんてダサいわよ」
「ダサいだと!?」キョウスケはかっとなる。
「そうよ。力ずくで倒しなさいよ」
「……違うな」
「違う?」
冷静になっているキョウスケは、「ああ違う。なんとでも言えばいいさ」と、ジュンを見る「携帯を貸してくれないか? ネットでクイズの答えを探したい」
「持ってない」
「持ってない?」
「ああ」
(なんで持ってないんだよ)
と、不満に思いながらキョウスケは、「じゃキミの携帯を貸してくれ」と、チハルに言う。
「私も持ってないわ」
「えっ? キミも?」
チハルは肩をすくめる。「まだ中学生だから駄目だそうよ」
(困ったな)
「キョウスケ、ビルの二階には本屋がある。そこで調べたらどうだ?」と、ジュンは言った。
「そうするか」
夜、キョウスケの部屋――ホテルの――にノックがあった。出ると、白いパジャマ姿のチハルがいた。
「ちょっといいかしら?」
「何?」
「その……一緒にロビーへ行かない?」と、チハルは恥ずかしそうに言った。
「ロビー? 良いけど」
ロビーは四階にあった。
そこに着くと、チハルはソファーの一つに座った。
「キョウスケ、私は怖いのよ」チハルはまた恥ずかしそうに言った。
「怖い?」
「うん、人がいなくなったこの状況。だから……その、一緒にいてくれない? ……眠れないのよ」
「良いよ」と、キョウスケは向かいのソファーに座る「寝ていいよ」
「……ありがとう」
翌朝、キョウスケは待ち合わせの場所に行った。
白いスーツの男はすでに来ていて、「キョウスケ、クイズの答えを聞こうか。日本でコーヒーが有名な場所はどこだ?」
「京都だ」
キョウスケは本屋で答えを探し当てていた。
「京都はどんなところだ?」
「えっ? どんなところ? それは……」
急にそんなこと言われても彼は答えることができない。どんなところ? 全然思いつかない。
そんな彼は、「それよりクイズはどうなったんだ? 正解したのか?」
「キョウスケ、質問に答えろ。――京都のことよく知らないのか?」
「ああ、知らない。京都がどうしたんだ?」
「なぜ知らない? 興味が持てないのか?」
「そうだな」
「残念だ」と、白いスーツの男は両手をキョウスケに向ける「なら戦うしかないな」
(“ABススアピーニクベ”作動)
(駄目か……)
変わらない相手は、両手からコーヒーを発射する。
キョウスケは横に移動して回避する。
と、コーヒーの線も横に動いてついてくる。
と、キョウスケはしゃがんでかわす。
「無意味なことを」コーヒーを出しながら白いスーツの男は言う「これで終わりだ」と、両手を下に向ける。
キョウスケはしゃがんだまま横に転がってかわす。
彼は立ち上がりながら、
(無意味か。確かにそうだ。このままではいずれ……)
ふと、チハルの言葉を思い出す。
「力ずくで倒しなさいよ」
(力ずくか。でも……)
斜め下からコーヒーの線が迫る。
キョウスケは横に移動してかわす。
(このままじゃまずい)
(やるしかないか)
と、キョウスケの掌中に丸い棒――半透明の緑色――が現れる。
と、白いスーツの男はコーヒーを止め、「戦う気か?」
「ああ、このままじゃまずいからな」
すると白いスーツの男は苦笑して、「それもまた無意味だぞ?」
「何?」
「攻撃してみるといい。そうすれば分かる」
ハッタリではないようだ。相手からは余裕が見受けられる。
だがやるしかない。キョウスケは棒の先を男に向ける。
その先からネイビーブルーの光線が出る。
それは相手の顔に直撃した。
と、光線が消える。
白いスーツの男は笑って、「だから言っただろ? 無意味だって」
ふとキョウスケは微笑する。
「何がおかしい?」と、相手に聞かれ、キョウスケは笑みを消した。
「降参だ」
「降参だと?」
「ああ、そうする。キミは私を殺す気はないんだろう? なら――」
「それは困るな」
と、ふいに横から遮られる。
見ると、若い男――白いスーツを着た、緑色の長髪――がいて、「キミと話がしたいな」と、キョウスケを見て言う。
(誰だ?)
「今戦いの最中なんだが……」
「戦い? 誰と?」
(えっ?)
と、キョウスケは対戦者を見る。
いない。
「よかったね、キミ」と、緑髪の男は言う「負けずに済んで」
「キミは誰ですか?」
「警戒しなくていいよ。私はキミの味方だから」
「味方……?」
キョウスケはなお警戒している。味方と言われても、キョウスケはこの男とは初対面だ。だから彼はそう聞く。
「どういう意味ですか?」
「キミをスカウトしたい」
「スカウト?」
「うん。仕事をしてもらいたい。さっきの男のような存在を倒す仕事さ」
「さっきの男は何者なんですか?」
「妖怪さ」
(妖怪?)
(妖怪だから“ABススアピーニクベ”が効かなかったのか?)
(攻撃も……)
「私はアサオカ」と、緑髪の男は名乗った「キミは?」
「キョウスケです」
「キョウスケ君、私と一緒に働いてくれるかな? そうしてくれたらキミは妖怪を倒すことができるようになる」
「本当ですか!?」
「ああ。負けるなんて悔しい思いはしなくて済むだろう。どうかな?」
(妖怪なら倒しても――)
ふとキョウスケは微笑して、うなずく。「分かりました、働きます。社長」
アサオカは笑い、「私は社長じゃないよ。副社長だ」と、手を差し向ける「歓迎するよ」
キョウスケは握手する。「ありがとうございます」
あの、妖怪を倒すにはどうすればいいんですか? とキョウスケは付け加えた。
「大丈夫。もうキミは妖怪を倒せるよ」
「えっ?」
「私と握手したからね」
(へぇー)
「じゃさっそく倒しに行きますか?」
「その必要はないよ。向こうからやって来るから」
キョウスケ君、電話番号教えてくれないかな? とアサオカは付け加えた。
「すいません、携帯持ってないんです」
「そうなの? 今時珍しいね」と、アサオカは携帯電話を取り出す「これ、キミにあげるよ。私との連絡手段」
「ありがとうございます」と、キョウスケは受け取る。
「何かあったら連絡するといい。じゃ私はこれで」
「ありがとうございました」
アサオカが立ち去ると、キョウスケは四階ロビーに戻る。そこのソファーには、パジャマから赤い長袖ワンピースに着替えたチハルが座っていた。
キョウスケはその正面に行くと、「クイズはどうなったの?」と、チハルは聞いた「戻って来れたなら正解した?」
「チハル、相手は妖怪だったよ」
「妖怪!?」彼女はびっくりする「それでどうしたのよ? 倒せたの?」
「それはこれからだ。私は妖怪を倒せるようになったんだ」
「妖怪を倒せる? どうやって?」
「アサオカさんって人がやってくれたんだ。まだ実感はないけどね。倒してないんだから」
「ふーん。――ねぇ、人がいなくなったのは妖怪の仕業?」
「どうだろう?」
「――人がいなくなったこと、そのアサオカさんって人には聞いたの?」
「いや。――聞いてみるか」と、キョウスケは携帯電話を取り出す。
「携帯あるじゃない。どうしたのよ?」
「アサオカさんがくれたんだ。連絡用に」と、キョウスケは電話帳からアサオカの番号を探す。そしてかける。
「もしもし」
「アサオカさん、キョウスケです」
「どうしたの?」
「ちょっと知りたいことがあって」
「何?」
「人がいなくなったことについてです。それは妖怪の仕業ですか?」
「違うよ」
(違うのか)
「原因は?」
「分からない。ほかに聞きたいことは?」
「ないです。ありがとうございました」
「うん。またね」
通話を切るとキョウスケは、「妖怪の仕業じゃないんだって」
「そう。まっ、もう慣れたから別にいいんだけどね」
そこへジュンがやってきて、「キョウスケ、白いスーツの男とはどうなった?」
「決着はつかなかった。でも次は大丈夫だ。相手が妖怪だろうとな」
「妖怪?」と、ジュンは戸惑う。
「ああ」
「妖怪だったのか……。――チハルさん、お昼は何が食べたい?」
「神戸牛がいいわ」
「分かった」
「また神戸牛?」と、キョウスケは笑って聞く。
「あら? キョウスケ、いけない? あっ、いけないのはキミよ、キョウスケ」
「私?」
「そうよ、食事中に妖怪が来たら困るわ。早く退治しに行って」
「分かった」
「キョウスケ」ジュンが呼ぶ「妖怪がどこにいるのか分かるのか?」
「分からない。でも困ることはないだろう。妖怪は向こうからやって来るらしいから」
「なるほど。なら観光しながら戦うといいな」
「そうするか」
それからキョウスケはビルの前に出た。
(さて、どこへ行こう?)
(……思いつかないな)
(観光スポットの一つでも聞いておけばよかったな……)
と、困った時、「こんにちは!」と、キョウスケは明るい声で話しかけられた。
それは白い薔薇の花束を抱えた、学生服姿の少女――黒いロングヘア。小柄。キョウスケと同年代――だ。
少女は続けて、「こんなところで何をしているの?」
妖怪か? と思いながらキョウスケは、「どこへ行くか考えているんだ」
「観光客なの?」
「まぁね」
一瞬、少女は難しい顔をする。「ならオススメのスポットがあるよ! 案内してあげる」
キョウスケは微笑する。
(妖怪じゃなさそうだな)
「ありがとう。私はキョウスケ。キミの名前は?」
「私はコマチ。行こう」
数分後、二人は体育館のコートの上に向かい合って立っていた。
「ここがオススメのスポット?」と、キョウスケは怪訝な表情でまた聞く。体育館の前に着いた時にも同じ質問をしていた。
「そうだよ」と、コマチは笑顔でまたそう答えた「ここはレンタルできる体育館。でも今はレンタルする必要なんてないよね? 人がいないんだから」
「どうしてここへ連れてきた? オススメの観光スポットとは思えないな。目的はなんだ?」
「後ろの出入り口を見て」
キョウスケは警戒しながら言われた通りにする。
白いスーツの男――妖怪が出入り口の前に立っている。
(嵌められたのか!)
と、キョウスケは確信した。
「コマチ、キミも妖怪なのか?」と、白いスーツの妖怪から目を離さずにキョウスケは聞く「そうならどうして私を狙う?」
「私はキミの敵じゃないよ?」と、コマチの悲しげな声が聞こえる。
聞いて、本当のことを言っているとキョウスケは思った。
だがこの状況はどういうことだ? だからキョウスケは聞く。
「ならどうして妖怪が来た?」
ふいに妖怪は両手をキョウスケに出す。
「キョウスケ、どうやら私を倒せるようになったらしいな?」と、妖怪は口を開く「だが私のほうが先に攻撃できる。油断したな」
(しまった!)
(来る!)
だが、妖怪の両手から一向にコーヒーは出てこない。
「何!?」と、妖怪は動揺する「コーヒーが出ない!?」
(出ない? どうして?)
(チャンスだ)
(“ABススアピーニクベ”作動)
(駄目か)
妖怪は変化しない。
自分は本当に妖怪を倒せるようになったんだろうか? キョウスケは怪しんだが、それは一瞬だった。
キョウスケは瞬時に半透明の丸棒を持つ。
その先端を妖怪へ向けると、ネイビーブルーの光線が出る。
光線は妖怪へ向かう――横に跳んでかわされた。
(かわした?)
(やはり私は倒せるのか)
(なら!)
と、キョウスケは二発目の光線を撃つ。
と、妖怪は両手を前に向け、「出ろ!」
出ない。
と、光線は妖怪に当たる。
その瞬間、妖怪は消えた。
(倒したのか?)
「よかったね、キョウスケ」
その明るい声に、キョウスケは振り返る。「よかったねって?」
「倒したんだよ、妖怪を」
コマチは妖怪のことを知っているようだ。
「キミは何者だ?」
そこでキョウスケは気づいた。
少女が、“ABススアピーニクベ”の影響を受けていないことに。
増々怪しくなった少女は、「ごめんね……」
(謝った?)
少女はその表情のまま、「妖怪はまだまだ現れるよ」
「どうして? キミの仕業なのか?」
「違う」コマチははっきりと否定する「でも私には分かる。まだまだ現れること。みんな白いスーツの若い男の姿で来ること。そしてキミを狙っていることを」
「どうして私を狙うんだ?」
「それは――」
「答えなくていい」
コマチの声は、キョウスケの背後の言葉に遮られた。
見ると、白いスーツ姿の若い男がいた。
「妖怪だな?」キョウスケは聞く。
「そうだ。キミと勝負したい。私が勝ったら私の言う通りにしてもらう」
「いいだろう」と、キョウスケは丸棒の先を妖怪へ。
そこから放たれるネイビーブルーの光線が妖怪に迫る。
顔に当たる。
(……なんともないのか)
そうらしい妖怪は、「キョウスケ、キミにプレゼントをあげよう」
「プレゼント?」
その瞬間、キョウスケの目の前に、白い布が被さった丸テーブルが一台現れた。
(これはいったい……?)
戸惑うキョウスケに、「キミの好きな食べ物はなんだ?」と、妖怪は質問した。
(好きな食べ物? なんでそんなことを聞く?)
「どうした? そんなことも答えることができないのか?」と、妖怪はバカにする。
キョウスケはむっとして、「別に好きな食べ物なんかない」
「そうなのかな? テーブルの上を見ろ」
キョウスケは言われた通りにする。
彼の手前に皿がある。
その上には、コロッケが一つ。
「コロッケ?」キョウスケは思わず言った。
「そうだ。それもかぼちゃコロッケだ」
「かぼちゃコロッケだと……?」
キョウスケはその食べ物を見つめる。
「食べたいか? キョウスケ。食べたいなら遠慮なく食べていい」と、妖怪は言う「だがそうした場合、キミは私に勝てなくなる」
「何?」と、キョウスケはふっと笑う「なら勝つまでだ」
すると妖怪も笑う。「だが私に勝った場合、キミはもう二度とかぼちゃコロッケを食べることができなくなる」
「なんだと!?」
「さぁ、私を倒してみろ」
「くっ……」
「キョウスケ君」と、コマチが呼ぶ。振り向かない彼に少女は、「かぼちゃコロッケが好きなの?」
彼は答えない。
「キョウスケ、来ないのならこちらからいくぞ?」
(まずい!)
キョウスケがそう思った時、
「待って」と、コマチが言った「キョウスケ君と話をさせて」
「……いいだろう」と、妖怪は怪訝な顔で言った。
「ありがとう」
その直後、キョウスケは振り返る。
「キョウスケ君、あの妖怪に勝ってもかぼちゃコロッケ食べたいよね?」と、コマチは小声で聞く。
「……まぁね」と、キョウスケは恥ずかしそうに答える。
「かぼちゃコロッケが食べられる勝ち方、思いついてるの?」
「……思いついてない」
キョウスケは考えたが、思いつかなかった。
そんな彼に、コマチはふいに花束を向ける。
「キョウスケ君、この花の匂いを嗅いでみて?」
「えっ? あ、ああ……」
キョウスケは花束に顔を近づける。
(――コーヒーの匂い?)
「どんな匂いがする?」
「コーヒーの匂い」
「うん、そうだね。それはさっきの妖怪が出すはずだったコーヒーの匂いなんだよ」
「出すはずだった? ――キミが妖怪の攻撃を止めてくれたのか? どうして?」
「キョウスケ君、勝ってかぼちゃコロッケが食べたいなら私の言うことを聞いて」
(言うことを?)
キョウスケは考える。
(いや、考えたって仕方ない)
打つ手がない彼は、「分かった。キミの言うことを聞く」
コマチは笑顔になる。「キョウスケ君、あの妖怪を撃って」
「撃つ? 倒してしまうかもしれないぞ?」
さっきのキョウスケの攻撃は妖怪には効いていなかった。だからといって彼の攻撃が無意味にはならないだろう。妖怪は、キョウスケが勝ったあとのことを話したからだ。
「大丈夫だよ、撃って」コマチは笑顔で言う。
(大丈夫なのか?)
(やってみるか)
と、キョウスケは妖怪に向き直る。と、丸い棒の先端を妖怪に。ネイビーブルーの光線が出る。妖怪は動こうとしない。
余裕を感じさせるその顔に、光線が当たる。
と、その瞬間光線が消え、妖怪の驚く表情が見える。
次の瞬間、妖怪は消えた。
(倒したのか……)
だがキョウスケは素直に喜べない。
「よかったね、キョウスケ君」と、コマチは嬉しそうに言う「これでこれからも好きなかぼちゃコロッケが食べられるよ!」
キョウスケはコマチを見る。「そうなのか?」
「うん!」
キョウスケ君、そのテーブルのコロッケ食べれば? と少女は付け加えた。
「えっ?」
「今食べたいんじゃないの?」
ふとキョウスケはそっぽを向く。
「キョウスケ君? どうしたの?」
「……別に私はかぼちゃコロッケ好きじゃないよ」キョウスケはぶすっとして言う。
「えっ? 違うの?」
キョウスケは答えない。
「キョウスケ」
と、彼は背後から呼ばれた。
(また妖怪か?)
と、振り返った彼に、「このテーブルに座れ」と、白いスーツの男は自分の正面にあるテーブルを指差して言った。
ふいにキョウスケは気づいた。依然存在しているテーブルに椅子が三脚――二脚はキョウスケの前に並び、残りの一脚はその向かいにある――添えられ、さらにそのテーブルクロスの上には白い小さなマグカップが三つ並んでいることに。
「キミは妖怪か?」キョウスケは聞く。
「そうだ。キミと勝負がしたい」と、妖怪は椅子――二脚に向かい合う一脚――を引いて座る「座って。そこの彼女も」
キョウスケとコマチは顔を見合わせる。
と、妖怪は、「大丈夫。ただの椅子だ」
キョウスケは、「座ろうか?」
「うん」
二人が席につく――キョウスケは丸い棒を左手に持ち替えてから――と、「この三つのマグカップにはそれぞれコーヒーが入っている」と、妖怪はキョウスケに言う「だがその一つには毒が入っている。飲めば相手を思い通りに操ることができる毒がな。キョウスケ、勝負しよう。キミがコーヒーを二杯飲んで毒をもらわなければキミの勝ち。毒を引き当てればもちろん私の勝ち」
「その毒で私を操りたいようだな? 何をさせたい?」
「それはキミが負けてからのお楽しみだ。どうだ? 勝負を受けるか?」
「ああ、受けるよ」
「よし、ならさっそく一杯飲め」
「ああ」と、キョウスケはマグカップの取っ手を握る。
(コーヒーか……)
彼は一口飲む。
(まずい……)
「飲んだな。なら一つやってもらおうか」
キョウスケは緊張する。もし今飲んだのが毒なら、これから自分は妖怪の思い通りに操られてしまう。
「その変な棒で自分の頭を殴れ」
キョウスケはふっと笑う。「やらない」
「どうやらハズレのようだな」と、妖怪は平気な顔で口にする「さぁ、二杯目を飲め」
キョウスケは再び緊張する。どちらかに毒が入っている。
どちらを選べばいい……? キョウスケが悩んでいると、
「キョウスケ君」と、コマチが呼ぶ。少女は微笑して、「私が選んであげようか?」
「えっ?」
「それ」と、コマチは指差す「それには毒が入っていない。当たりだよ」
キョウスケは指し示されたマグカップを見つめる。
(本当にこれが正解、毒なしなんだろうか?)
(いや、これも考えたって仕方ないことだ)
コマチは助けてくれた。コーヒーの妖怪から、そしてかぼちゃコロッケの妖怪からキョウスケを。
コマチは二つのマグカップから一つを選んだ。進んで、毒なしの当たりを指し示した。
今度も少女は助けてくれる――キョウスケはそう思う。
(よし)
キョウスケは決めた。
「分かった、これにする」と、キョウスケはマグカップを持つ。
そして一口飲む。やはりまずい。
「一つやってもらおう」と、妖怪「このかぼちゃコロッケを手掴みで食べてみろ」
「嫌だ」と、キョウスケは答えた「そんなことはできない」
「……キミの勝ちか」妖怪は悔しそうに言った。
「そのようだな」
「なら私は消えるとしよう」
と、妖怪はぱっと姿を消した。
「よかったね、キョウスケ君」
「ああ、ありがとう。――でもどうして分かったんだ? 毒が入っていないほうのマグカップを」
聞くと、コマチは口をつけてないマグカップを持つ。
と、少女は一口飲む。
「なんで!?」と、キョウスケはびっくりする。
コマチはマグカップを置き、キョウスケに微笑む。
「試してみる?」
「試す?」
「毒を飲んだから、私。思い通りに操ることができるわよ? なんでも言って?」
「しないよ、そんなこと」
(待てよ)
(彼女のことを色々知ることができるチャンスだ)
と、キョウスケは、「キミは何者だ?」
「なんだ、そんなことか」と、コマチは拍子抜けした様子だが、「ねぇ、コロッケ半分こして食べない?」
「えっ? 私はいいよ。食べていいよ」どうなっているんだ? 毒は? と思いながらキョウスケは譲った。
「そう? ありがとう」と、コマチは花束をテーブルに置く。「――うん、おいしい!」
一口食べて笑みを浮かべる少女を見て、
(……まぁいいか)
と、キョウスケが思った時、体育館の出入り口のほうから彼は名前を呼ばれた。
「妖怪だな?」と、キョウスケは立ち上がりながら聞く。
相手はうなずき、「キョウスケ、キミは映画が好きか?」
「映画? 別に。それがどうかしたか?」
「誰が見ても面白い映画を私は知っている」妖怪は得意げな顔で言う「その映画に興味はないか?」
「どんな映画だ?」ちょっと興味があるキョウスケは聞いた「ジャンルは?」
「そんな説明は必要ない。観ればいいんだからな。どうだ? 一緒に観ないか?」
(一緒に映画を観る?)
「何が目的だ?」
「一緒に観たいだけさ」
信じられないキョウスケは、「なぜ一緒に観たい?」
「一人で映画館はきついんだよ」と、妖怪はさりげなく答えた。
「なら仲のいい妖怪と一緒に行け。私は行かない」
妖怪は顔をしかめる。「なら戦うしかないな。力ずくで同席させてやる」
「キミは離れていろ」と、キョウスケはコマチに呼びかける。
「キョウスケ、待った」と、妖怪「戦う必要はない」
「何?」
その瞬間、キョウスケは映画館の席に座っていた。
(なんだと!?)
(武器がない?)
驚愕する彼は追って武器――手に持っていた半透明の緑色の棒――がないことに気づいた。
「あと少しで館内は暗くなる」と、キョウスケは右から話しかけられた。見ると、隣の席に妖怪が座っていた。
「これはどういうことだ!?」
「移動したんだよ、映画館に」妖怪は簡単に答えた。
(移動した!? そんなことはありえない)
「キョウスケ君」
呼ばれ、キョウスケははっとして反対側の席を見る。そこにはコマチが座っていて、「キョウスケ君、落ち着いて。相手のことを考えればこの状況は分かるよ」と、励ますように笑って言った。
(相手のこと――?)
(妖怪!)
キョウスケはすぐに思い当たった。
(そうか、相手は妖怪。私は化かされているんだ!)
(でも、どうやって術を解けばいい――?)
(攻撃すれば――)
(だが、武器はなくなっている……)
(――もう一度)
と、キョウスケは立ち上がる。
と、彼の掌中に武器が現れる。
(よし!)
「何をしている?」と、妖怪は眉をひそめてキョウスケに聞く「映画を観ないのか?」
「観ないよ」と、キョウスケは棒の先を妖怪に向ける「映画はキミだけで観ろ」
妖怪は笑う。「攻撃するのはやめたほうがいい。面倒なことになる」
「何?」
「もっとも攻撃しなければ私には勝てないがな」
「ならやるさ」
と、キョウスケはネイビーブルーの光線を撃つ。
顔に直撃した妖怪はすぐさま消える。
と、キョウスケは辺りを見回す。
(変わらない!?)
映画館から体育館のコートに戻らない。
(どうして……?)
「面倒なことになったね」と、コマチはさりげなく言った。
「どういう状況なのか分かるのか?」
「うん、私達は閉じ込められたんだよ。でも本当の映画館にじゃない」
「妖術の力か?」
「うん」
「どうすればここから出られるんだ?」
ふとコマチは微笑して、「出してあげたら、私の言うことを聞いてくれる?」
(出してあげたら? できるのか?)
(この子はいったい何者なんだ……?)
(いや、それより今はここから出ることが先決だ)
「頼む」
「うん」
次の瞬間、二人はコートに戻っていた。
(戻れた……)
ほっとするキョウスケに、「よかったね、戻れて」と、テーブルの椅子に座っているコマチは声をかけた「私も嬉しい。私もあんな場所にはいたくないから」
座って話さない? と少女は付け加えた。
「ありがとう。キミのおかげで助かった」と、キョウスケは微笑して言い、少女の隣の席につく「約束を守るよ。なんでも言ってくれ」
「じゃ――」
「その前に」
と、その声は、テーブルの席からだ。
妖怪だなとキョウスケが思った時、「今日は私が最後の妖怪だ」と、白いスーツの男は言った。
(今日最後? 仲間の間で回数を決めているのか?)
「キョウスケ、私と勝負しよう。この三つのマグカップの一つには毒が入っている」
「知っている。毒の入っているのがどれかなのもな」
「いや分からないよ。シャッフルしてある。さぁ、毒の入ってないコーヒーを飲め。ルールはさっきのと同じだ」
(またコーヒーを飲むか……)
(仕方ない)
と、キョウスケは選び取る。
(……まずい……)
「キョウスケ、映画館に行け」
一口飲んだ彼に妖怪は言った。
「嫌だ」キョウスケは断った。
(よかった。毒じゃない)
「残念だな、今面白い映画がやっているのに」
「誰が見ても面白い映画ってヤツか?」
「そうだ。興味があるようだな? 行けばいい」
「遠慮しておく」
(それより二杯目だ)
(これだ)
と、キョウスケはマグカップを持つ。どちらにするか彼は考えなかった。どうせどちらかに毒が入っている。考えたってしょうがない。
彼は飲む。ちょっと飲んで、マグカップを置く。
それを見て妖怪は、「キョウスケ、映画館へ行け」
「分かった」
「キョウスケ君!?」コマチは驚く。
「私の勝ちだな」妖怪はにやりと笑って言う。
「映画館ってどこの? どこでもいいのか?」キョウスケは聞く。
「いや違う。今やっている面白い映画は上映している場所が少ないからな。――札幌の映画館へ行け」
その瞬間、三人は映画館の席に並んで座っていた。
「なんだ!?」妖怪が驚く。
と、また景色が戻る。
テーブルの席には、コマチと、
「キョウスケ君、キョウスケ君」
優しい声で呼びかけられ、
「……私は何をしていた!?」
「元に戻ったね、よかった」
「私はどうしたんだ……?」
「勝負に負けて操られていたんだよ」コマチは優しい声で話す。
「負けた……」
キョウスケはショックを受ける。
「でも大丈夫。妖怪はいなくなったから」
「……キミが助けてくれたのか?」
「キョウスケ君、落ち込まないで。リトライすればいいよ」
「リトライって?」
「再挑戦のことだよ。負けてもリトライして勝てばいいんじゃない? もしまた現れたら。だから元気出して?」
「……そうだね」キョウスケは立ち直る「ありがとう」
「うん!」
「――コマチ、キミの言うことを聞くよ。なんでも言ってくれ」
「うん、じゃ、兵庫を観光しないで」
と、コマチはすまなそうな顔で、だがはっきりと言った。
キョウスケはきょとんする。「観光しないで?」
「うん。駄目?」
「良いよ」キョウスケは快諾した「でもそんなことでいいの?」
「うん。ありがとう、キョウスケ君」コマチは満面の笑顔で言う。
「でもどうして観光しちゃ駄目なんだ?」
「それは……」
「あっ、言いにくいなら言わなくていいよ」
「ありがとう」
これからどうする? と少女は付け加えた。
(そうだな……)
キョウスケは考える。今日、妖怪はもう出ないらしい。やることがなくなった。
(そうだ)
「とりあえず泊まっているホテルに戻るよ。キミはこれからどうするの? よかったら一緒にお昼ごはんを食べない?」
「えっ!? いいの? 嬉しい!」
それから二人は、キョウスケが泊まっているホテルの四階ロビーに行った。そこにはチハルがいてソファーに座っている。
「チハル、彼女はコマチ」と、キョウスケは紹介する。
「初めまして!」と、コマチは元気よく挨拶する。
チハルは微笑して、「綺麗な薔薇の花束ね」
「ありがとうございます」コマチは嬉しそうに笑って言う。
「チハルよ。 中学一年生。キミは何年生?」
「私も中学一年生です」
「同級生ね、仲よくしましょう」
「はい!」
「ジュンは?」と、キョウスケはチハルに聞く。
「さぁ? 神戸牛の調理でもしているんじゃない?」
「神戸牛!?」コマチは驚く「もしかしてお昼に食べるんですか?」と、チハルに聞く。
「そうよ。コマチも一緒に食べましょう?」
「はい!」
それからコマチはチハルに勧められ、彼女の隣に座った。
「キョウスケ、妖怪との戦いはどうなったの?」向かいに立つ彼にチハルは聞いた「いい感じ?」
「それは……」
「あら? 駄目なの?」
「……駄目ではないけどあまりよくはないな……」
「ふーん。――じゃ今日まだ出かけるの?」
「出かけないよ。妖怪は今日もう出てこないんだ」
「そうなの?」
「チハルさん」と、コマチが呼ぶ「今後兵庫を観光する予定はありますか?」
「今のところはないわね。どうして?」
「チハル、それは聞かない約束なんだ」と、キョウスケはすかさず言う。
「そうなの? なら聞かないわ」
「ありがとうございます」
「敬語、必要ないわよ」
「えっ? ――うん」と、コマチはキョウスケを見る。
ありがとう、とコマチは目顔で伝えた。
キョウスケがうなずいた時、「それにしても早かったわね。まだ三十分くらいしか経ってないんじゃない?」と、チハルは彼に言った。
(そのくらいか)
「まぁね」
「動き足りないんじゃない? ちょっとジュンを探しに行ってよ。で、私達の紅茶を持ってくるように伝えて」
「はぁ? そんなの自分で行けよ」
「あら、レディーに優しくないわね。お客様もいるんだから気前よく行きなさいよ。そんなじゃモテないわよ?」
キョウスケはふっと笑う。
そこへジュンが来た。
「手間が省けたわね。ジュン、紅茶を頼めるかしら?」と、チハル。
「良いよ」と、ジュンはふとコマチを見る「キミは?」
不思議そうな表情でジュンを見ていたコマチは、「初めまして、コマチです」と、明るく挨拶した。
「初めまして、ジュンです。――キョウスケ、キミの友達?」
「そんなところだ。ジュン、お昼ごはん彼女の分も用意してくれないか?」
「良いよ」
「ありがとうございます、ジュンさん」と、コマチ。
「どういういたしまして」
キョウスケ、妖怪はどうなった? とジュンは付け加えた。
「なんとかしたよ」
(連絡しておくか)
ふと思い、キョウスケは廊下に出る。
「もしもし」
「アサオカさん、キョウスケです」
「どうしたの?」
「さっき妖怪を倒しました」
「そうか、おめでとう」
「それで報告しようと思って」
「ありがとう。でもその報告は一々しなくてもいいから」
「分かりました」
通話を終え、キョウスケはロビーに戻る。
「キョウスケ、コマチと一緒に暮らすことになったから」と、チハルが言った。
「へぇー。よろしく、コマチ」
「う、うん」
「キミとも敬語なしよ、分かったわね?」と、チハルはキョウスケに言う。
「うん」
「それじゃ私達は下の階で買い物してくるから」と、チハルは立ち上がる「行きましょう、コマチ」
「うん」
「キミも行けば?」と、ジュンはキョウスケに言う「私もお昼ごはんの準備でいなくなる。一人じゃ寂しいんじゃないか?」
「いいわね、荷物持ちは助かるわ」と、チハル「ほら、ぶすっとしてないで行くわよ、キョウスケ」
「……ああ」




