第七話 訪日使節団(一)
宗谷岬沖。
ジェプニア共和国海軍装甲巡洋艦 吾妻。
「日本側との待ち合わせは、このあたりか」
「はい。予定では、そろそろ見えてくるはずです」
「12時の方向、二つの艦影を捕捉。白い艦と灰色の艦です」
「八洲、回頭します」
吾妻の艦橋から、前方の二隻を確認する。
「日本側も、予定通り来たようですね」
「そうだな」
白い巡視船が吾妻の前方へ回り込み、進路を稚内へ向けた。
数名の使節団員が甲板へ出て、北海道の海岸を眺めていた。
水平線の向こうに陸地が見える。
やがて、港の施設がはっきりと見えるようになった。
「かなり発展した港町ですね」
しかし、彼らが最も気になったのは、日本側の二隻の船だった。
「……前方の白い船は軍艦ですか?」
共和国の外交官の一人が、日本側の外務省職員に尋ねる。
「いいえ。あれは我が国における海の警察組織である海上保安庁の巡視船です」
「では、先ほどの灰色の艦は?」
「はい。あれは海上自衛隊の護衛艦です」
「護衛艦? 日本では軍艦をそう呼ぶのですか?」
「ええ、まあ。日本の軍艦を特にそう呼ぶと理解してください」
「武装は少なそうでしたが、どれほどの性能なのですか?」
「私は軍事の専門家ではありませんので詳しくは分かりませんが……先ほどの戦艦と同じぐらいの戦闘力では?」
日本側の外務省職員が答えた。
「戦艦と?」
「間違っていたらすみません」
ジェプニア側の一行は、互いに顔を見合わせた。
「……なるほど」
吾妻の前方では、海上保安庁の巡視船が稚内へ向かっていた。その後を吾妻が続く。
一方、遠ざかっていく戦艦八洲の後ろには、日本側の使節団を乗せた護衛艦ゆうだちが続いていた。
ジェプニア共和国訪日使節団は間もなく稚内港に上陸した。
歩いて稚内駅へ向かい、札幌行きの特急列車に乗り込んだ。
「この列車で……札幌という街まで?」
「はい。直通です」
「確か、300km以上離れた距離でしたよね。何時間ほどかかりますか?」
「400kmを五時間ほどですかね」
「五時間……」
ジェプニア側の一人が少し考える。
「我が国の速達列車と、それほど大きな差はありません」
「思ったほどの差ではないな」
列車が動き出し、速度が上がっていく。
「……」
一人の技術担当者が、窓の外を眺めていた。
「どうかされましたか?」
「いや……加速が良いですね」
「そうですか?」
「はい」
隣に座っていた技術担当者も、列車の動きを感じ取る。
「我が国の鉄道院が開発している気動車より、明らかに滑らかな動き出しです」
「ジェプニアでも気動車を?」
「ええ、開発中です」
「そうでしたか」
列車はそのまま走り続ける。
次の駅を出発してからしばらくして、別の使節団員が口を開いた。
「……あまり揺れませんね」
「確かに」
「この速度なら、もっと揺れると思っていました」
「日本の鉄道は、揺れを抑えるように作られていますから」
「車両が?」
「車両にも工夫がありますし、線路側にもあります」
「なるほど」
「雪も積もっているのに、日本の鉄道技術は進んでいますね……」
ジェプニア側の技術担当者は、興味深そうに車内を見回した。
4時間ほど経ち、札幌へ近づくにつれて建物が増えていった。
「随分と街が大きいですね」
「札幌は日本の中でも大きな都市ですから」
「人口は?」
「市内だけだと、およそ200万人です」
「……200万」
ジェプニア側の一人が窓の外を眺める。
「葦原の人口はその周辺を含めて50万人だから、その4倍……」
「日本の人口が1億人を超えているというのも、納得できる」
列車が札幌駅へ入っていく。
ホームでは多くの人が行き交っていた。
「……明るいですね」
「照明ですか?」
「はい」
「あれはLEDですね」
「LED?」
「蛍光灯より、三倍ほど効率が良く、寿命も長い照明です」
「蛍光灯?」
「え、ジェプニアでは使われてないんですか?」
「聞いたことがありません」
「ええと……白熱電球より、おおよそ三倍くらい効率が良い照明です。ただ、水銀を使うので処分が面倒で、今はより効率の良いLEDへの置き換えが進んでいます」
「……なるほど」
ジェプニア側の一人が照明を見上げる。
「つまり、我々が知らない照明技術を、さらに別の技術で置き換えているわけですか」
「まあ、大まかに言えばそうですね……」
「そうですか……」
駅を出る。
目の前に広がる札幌の街を見て、使節団は言葉を失った。
「……高い」
「ここが札幌ですか?」
「はい」
「何階建てですか、あれは?」
「どれですか?」
「あの高い建物です」
「40階ぐらいだったと思います」
「40階……」
ジェプニア側の一行が顔を見合わせる。
葦原にも8階建て程度の多層階の建物はある。
しかし、これほどの高さの建物がいくつも並んでいる光景は、彼らの知る都市とは全く異なっていた。
「人口が多いから、高い建物が必要になるというのは理解できます」
「はい」
「ですが……」
技術担当者が建物を見上げる。
「どうやって建てたんでしょう」
「どうやって、と言いますと?」
「これほど高い建物を都市の中心に」
「日本では、普通に建ってますよ」
「普通……ですか」
一行は車に乗り込み、札幌市内を移動する。
「葦原とは、街の構造が似ていますね」
「そうですか?」
「はい。道路が規則正しく区切られています」
「札幌は碁盤の目のような街として有名ですよ」
「葦原と同じです」
「そうなんですか?」
日本側の職員が少し意外そうな顔をした。
車は中心部へ向かう。
大きな建物が次々と視界に入ってくる。
ジェプニア側は、再び窓の外を見る。
夕方。
使節団を乗せた車は、一軒の大きなホテルの前で停まった。
「本日はこちらにお泊まりいただきます」
「これは……」
ジェプニア側の一人が建物を見上げる。
正面玄関も広く、大勢の客と従業員が行き交っている。
「ジェプニア国立迎賓ホテルより、豪華なのでは?」
「というと?」
「迎賓館として建てられた、我が国で最も格式の高いホテルです。このホテルも、国が建設に関わったのですか?」
「いえ。民間企業が建設し、今も運営しています」
「……民間企業が?」
「はい。皆さんの来訪に合わせて、ワンフロア貸し切ってはいますが」
「……」
使節団一行にはこのホテルが、まるで迷宮への入口のように感じられた。
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