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第五話 二度目の接触

 ジェプニア共和国との最初の接触から三日。


 宗谷岬沖。


 海上自衛隊の護衛艦ゆうだちと、ジェプニア共和国海軍の装甲巡洋艦アヅマが並走していた。


 両艦の間には、一定の距離が保たれている。


 前回とは違い、今回はあらかじめ両国の間で会談の実施が決められていた。


 今回の会談場所は、ゆうだちである。


 ゆうだちの甲板には、外務省関係者と防衛省関係者が集まっていた。


「アヅマからの移乗準備、整いました」


「了解」


 高橋信吾は、甲板の向こうに停泊するアヅマを見た。


 前回は、こちらからあの艦へ乗り込んだ。


 今回は逆だ。


「接舷します」


「了解」


 ゆっくりと、二隻の艦が近づいていく。


 ロープが渡され、係留作業が始まる。


 やがて、両艦の間に通路が設けられた。


「接舷完了」


「ジェプニア側の代表団を迎えてください」


「はい」


 アヅマの甲板に、数名の人影が現れた。


 その中には、前回の艦長とは違う男がいる。


 軍服姿の者たちに付き添われながら、外交官らしい服装の男が通路を渡ってくる。


「日本国の皆様、お待たせしました」


「ようこそ。日本国へ」


 高橋が出迎える。


「本日は、このような機会をいただきありがとうございます」


「こちらこそ」


 サトウはゆうだちの甲板を見回した。


 アヅマとはまったく異なる艦の構造。


 甲板上に並ぶ装備。


 通信設備。


 そして、艦そのものの大きさと形状。


 サトウは興味深そうに眺めていたが、外交官としての表情を崩さなかった。


「それでは、こちらへ」


 高橋が案内する。


 ジェプニア側の代表団がゆうだちへ乗艦する。


 前回とは逆に、今度は日本側の艦艇が彼らの会談場所となった。


 しばらくして、一行は艦内へ入った。


 案内されたのは、会談のために用意された応接室だった。


 両国の代表が席につく。


「改めまして、ジェプニア共和国政府を代表して参りました。共和国外交部の佐藤です」


「日本国外務省の高橋信吾です。本日はよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 互いに挨拶を交わす。


「まず、先日の交流についてですが、共和国政府は日本国との接触を非常に重要なものと受け止めております」


「こちらも同様です」


「率直に言えば、我々にとって日本国という国は、突然現れた未知の存在です」


「理解しています」


 高橋が頷く。


「では、我が国の大統領からの親書ですが……」


「はい」


 佐藤が一通の親書を取り出した。


「内容をご確認ください」


「よろしいのですか? ありがとうございます」


 高橋は親書を受け取り、目を通した。


 文章そのものに、特に問題はない。


 漢字も読める。


 意味も理解できる。


 だが、そこで高橋はふと手を止めた。


「……念のため、読み方も確認しておきましょうか」


「読み方?」


「ええ。漢字の読み方が、こちらとそちらで違っている可能性もありますから」


「なるほど」


「読み間違いの無いように、一応お互いにフリガナを振りますか?」


「フリガナ?」


「読み方を示すものです。漢字の上などに、小さく読みを記します」


「ああ、ルビのことですか」


「ルビ……」


「失礼。ジェプニアでは、そう呼んでおります」


「ああ、日本でもそう呼ぶことがあります」


 高橋は少し考えた。


「では、互いにつけましょうか」


「承知しました」


 日本側の資料には、漢字にひらがなのルビが振られた。


 一方、ジェプニア側の親書にも、同じように読みを示す文字が添えられた。


「……」


「……」


 思った通りのふりがな。


 双方とも、それを見て少しだけ首を傾げた。


「意味が違って伝わったりしませんかね?」


「恐らく無いと思いますが……」


 高橋は親書に目を通す。


「少なくとも、こちらでは問題なく理解できます」


「こちらも同様です」


「親書って、送り先の国家元首が最初に見るものですよね?」


「そうですね」


 佐藤は少し考えた。


「初めてのことですから、例外は付きものです」


「確かに」


 どちらも、不思議そうな表情を浮かべながら親書を確認した。



「次に、自国について可能な限り互いに情報を交換したいと考えております」


「異論ありません」


 高橋が頷く。


「では、こちらから資料を」


 ジェプニア側の外交官が、数枚の紙が束になった書類を手渡した。


「我が国について纏めたものです」


「ありがとうございます」


 高橋は一枚目を手に取った。


 国土面積。


 人口。


 主要都市。


 行政区画。


 基本的な情報が、縦書きで項目ごとに整理されている。


 文字は旧字体だが、問題なく読めた。


「……」


 高橋は特に疑問を抱かなかった。


 日本でも昔は縦書きが一般的だった。


 いくらか見慣れない漢字もあるが、意味を理解するのに支障はない。


「こちらは国土地図です」


「地図ですか」


「はい」


 高橋は次の紙を開いた。


 その上部には、大きな文字で題名が記されていた。


 圖地土國――。


「……?」


 一瞬だけ目が止まる。


 しかし、すぐに気づいた。


「ああ。右から読むのですね」


「はい」


「なるほど」


 それだけだった。


 高橋はそのまま資料を読み進める。


 島の形状。


 主要都市。


 港。


 鉄道。


 いずれも問題なく読み取ることができた。


「ジェプニアの国土面積は、およそ七万六千平方キロメートル」


「はい」


「人口は……五百万人?」


 高橋は数字を確認する。


「かなり多いですね」


「人口は南部に集中しています」


「主要都市は葦原、南泊……」


「はい」


「真岡、西浜、亜庭。それから北部に縫江、北見崎…」


「よくご存じで」


「いえ。今いただいた資料で初めて知りました」


「そうでしたか」


 高橋は地図を見る。


 海岸線は、先日防衛省から提供された写真によく似ている。


 だが、知っている樺太とは違う。


 都市の配置も違えば、国境線も違う。


 そして、この島全体が一つの国家になっている。


「この南泊には、海軍基地が?」


「我が国最大の港湾で、確かに海軍基地もあります」


「あの吾妻も、ここから?」


「ええ」


 高橋は地図を見つめる。


 日本政府が樺太と思っていた島。


 そこには、樺太にないはずの国家がある。


 そして、その国には日本の知らない歴史があった。



「では、こちらからも資料を」


 高橋は日本側の資料を取り出した。


「日本国についてまとめたものです」


「ありがとうございます」


 ジェプニア側の外交官が資料を受け取る。


 そして、ページを開いた。


「……」


 目が止まった。


「これは……」


「何か?」


「本文も横書きなのですね」


「はい。日本では一般的です」


「そうですか」


 佐藤は少し考える。


「我が国ではあまり見られませんが、西側諸国や南東の国々では一般的です」


 佐藤は納得したように頷いた。


「外国ですから、そのような違いもあるのでしょう」


「ご理解に感謝します」


 ジェプニア側の外交官は次のページをめくった。


 そこには日本列島の衛星写真が掲載されていた。


「これは?」


「日本列島の衛星写真です」


「衛星?」


「人工衛星です。地球の周囲を飛んでいる観測機器ですね」


「……」


 佐藤は写真を見つめた。


 海岸線から山地、都市までが、一枚の画像に収まっている。


「飛行機から撮影した写真を繋ぎ合わせたものかと思いました」


「航空写真ですか? 似たようなものではあります。宇宙から撮影したかという違いですから」


「宇宙から……」


「はい」


 佐藤はしばらく黙って写真を見ていた。


「日本の技術は、我々のものよりかなり高いものとお見受けします」


「我々も、そちらの不思議な技術には驚かされています」


「魔法のことですか?」


「……魔法?」


 高橋が顔を上げた。


「先ほどから資料に何度か出てきていますが」


「魔法をご存じない?」


「はい」


 ジェプニア側の外交官も驚いた様子を見せた。


「日本では魔法が珍しいのですか?」


「珍しいどころか、夢物語ですよ」


「魔法とは、主に空間に存在する魔素を利用して発動する技です」


「それは興味深い。魔法以外にも、この世界について伺っても?」


「もちろんです」


 佐藤は資料を一枚取り出した。


「我々の世界には、人類以外の勢力が存在します」


「……」


「魔族です」


 部屋の空気がわずかに変わった。


「魔族……」


「はい」


「そういえば先日の艦長との会談で、魔王領という言葉を仰っていました」


「ええ。魔王領は海を挟んで我が国の北西に広がっています」


「そこには、国家が?」


「魔族は確か……アルヴァール帝国を自称していると聞いたことがあります」


 高橋はその名前を書き留めた。


「アルヴァール帝国」


「魔族のみによって構成された帝国です」


「我々の知る世界にはそのような国家は存在しませんし、魔族という生物自体が存在しません」


「そうでしたか」


 ジェプニア側も頷く。


「だからこそ、我々も日本国の存在を理解できずにいます」


「……」


「日本は、どの国家の支配下にあるのですか?」


「日本国ですが?」


「他国から完全に独立しているのですか?」


「ええ。日本は独立国です」


「なるほど」


 ジェプニア側の外交官は、しばらく考え込んだ。


「では、日本の国家としての成立はいつですか?」


「日本の成立……」


 高橋は少し考える。


「非常に古い国です。少なくとも、1500年ほど。伝承では紀元前から存在していたとされています」


「紀元前?」


「はい」


「その紀年法は?」


「西暦です」


「西暦……」


 佐藤は首を傾げた。


「それは何を基準としたものですか?」


「遠い西の国で、とある聖人が生まれたとされる年です。私たちの世界では最も一般的な紀年法でした」


「我々の国では、共通暦を使用しています」


「共通暦?」


「この世界で最も広く使われている紀年法です」


「それは、現在何年ですか?」


「共通暦1708年です」


「……1708年?」


「はい」


 高橋は一瞬、言葉を失った。


 この世界には明確な時間の尺度が存在している。


「ちなみに、ジェプニア共和国が成立したのは?」


「共通暦1606年です」


「1606年……」


「はい」


「現在から102年前ですか」


「そうなります」


 高橋は資料に数字を書き込んだ。


 共通暦1708年。


 ジェプニア共和国、1606年成立。


 数日前まで、日本人が暮らしていた世界とは、あまりにも違っていた。


 魔族。


 アルヴァール帝国。


 魔法。


 そして、日本人の知らない世界地図。



「高橋さん」


「はい?」


「日本は、これからどうされるおつもりですか?」


「……」


 高橋は窓の外を見る。


 海の向こうに、未知の世界が広がっている。


「まずは、知ることでしょうか」


「知ること?」


「この世界が、どういう世界なのか」


「……なるほど。我々も協力しましょう」


 高橋は頷いた。


「ありがとうございます」

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