第二十七話 魔王領(二)
その日の午後。
東湊の外れのジェプニア側のテントでは、翌日の行程について打ち合わせを行われていた。
「明日の予定ですが、私は日本の研究者の皆さんと同行するということでよろしいですか?」
「はい。移動中にも色々と教えてくださるとありがたいです」
「先遣隊が既に北へ向かっています。野営地を用意していますので、そこまで移動します」
「そこまでは、どのくらいなんですか?」
「ここから、およそ30kmほどです。舗装された道路はありません」
「30kmですか」
「ええ」
「それなら、1時間半ぐらいで着きますね」
「……え?」
鈴木少佐が顔を上げる。
「1時間半、ですか?」
「車両なら、そのくらいでしょう」
「速いですね」
「性能的に問題はないと思います」
「なるほど」
鈴木少佐の表情が少し嬉しそうに見えた。
小隊長はそれを見逃さなかった。
それって、抜け駆けでは……。
「では、明朝出発ということで」
「分かりました」
翌朝。
東湊の外れに、89式装甲戦闘車と日本側の四輪駆動車が並んでいた。
「では予定通り、私は日本の研究者の皆さんと同行します」
「よろしくお願いします」
「少佐、お待ちください」
小隊長が鈴木少佐を止めた。
「友好関係にあるとはいえ、他国の軍隊の中に一人で向かわれるのは都合が悪いです」
「我々も、何かあった時の責任を取りきれません」
「伊藤を連れて行ってください。そのために連れてきているんですから」
「それもそうだな。おい、伊藤」
「はっ!」
「お前も私について来なさい」
鈴木少佐が調査団の方に振り向く。
「ご案内します。ここから、しばらくは北へ向かいます。東湊を出てから、魔王領まではそれほど遠くありません」
「道路は?」
「ほとんどありません。あっても未舗装です」
「わかりました」
89式装甲戦闘車がゆっくりと進んでいく。
その後ろを、ジェプニア軍の兵士たちが歩いていた。
駄馬が天幕や食料などの荷物を背負っていた。
「歩いて移動するんですね」
研究者の一人が車内から尋ねた。
「この辺りでは、それが普通です」
「車は使わないんですか?」
「悪路ですからね。ジェプニアの車ではタイヤが嵌ってしまいます」
「そうですか……大変ですね」
広がっているのは、雪の残る荒野だった。
「まだ雪が残ってますね」
「北の方ですから」
自衛官が窓の外を見る。
ところどころに雪が残っている。
地面は乾いている場所もあれば、ぬかるんでいる場所もあった。
「この辺りも魔王領なんですか?」
研究者が尋ねる。
「まだ北辰国ですかね……。魔王領との境界は、もう少し先です」
「国境みたいなものはあるんですか?」
「ありません」
「ないんですか?」
「北辰国の支配地域は曖昧なので」
研究者は少し考えた。
「じゃあ、どこからが魔王領なんですか?」
「昔から、この辺りより北は魔物が多いと言われています。その範囲を魔王領と呼んでいます」
「かなり曖昧なんですね」
「ええ」
荒野の先に、低い木々が見えてきた。
その向こうには森林が広がっている。
「この辺りからです」
鈴木少佐が言った。
「魔王領ですか?」
「はい」
車内の空気が少し変わった。
研究者たちが窓の外を見る。
自衛官たちも周囲を確認していた。
やがて、先頭の車両が止まった。
「どうしました?」
「ジェプニア軍からです」
無線を受けていた自衛官が答える。
「先遣隊が近くにいるようです」
しばらくすると、森林の手前に数人のジェプニア兵が見えてきた。
鈴木少佐が車両から降りる。
「お勤めご苦労」
「お疲れ様です、少佐」
「野営地は?」
「予定通り準備できています」
「分かった」
鈴木少佐が日本側へ振り返る。
「この先に野営地があります」
しばらくすると、木々の向こうに開けた場所が見えた。
「ここが野営地です」
鈴木少佐が指差した。
地面は広く均され、ジェプニア軍の天幕が整然と並んでいる。
「これは彼らが?」
「ええ。昨日から準備させています」
自衛官の一人が周囲を見回した。
「しっかりしてるなあ」
「まあ、軍隊ですから」
「こちらも設営を始めさせていただきます」
自衛官たちが車両から天幕を降ろしていく。
それぞれが手分けして作業を始めた。
鈴木少佐が呟いた。
「早いな……」
「何か?」
「いえ」
鈴木少佐は自衛隊の作業を眺めていた。
「こちらの先遣隊も、それなりに時間をかけて準備したのですが」
しばらくすると、日本側のテントも形になっていく。
ジェプニア軍のテントと並んで、日本側のテントが次々と設置されていった。
それを見ながら、鈴木少佐は静かに頷いた。
「これで、明日から調査に入れますね」
「はい」
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