第十九話 北辰(三)
一行は一路、北辰国の内陸へ向かっていた。
ナランが馬に乗って先行し、その後ろを残りの三人を乗せた馬ソリが追っていた。
雪の降る中、街道を北西へ進んでいく。
沿岸部から離れてくると、畑はほとんど見られなくなった。
人の姿も見えない。
『ここから先は、人が住んでいません』
ナランが振り返る。
「魔王領に近いんですか?」
『まだ離れています』
「それでも?」
『はい。人が住む場所は、ここまでです』
ナランは前を向いた。
街道は次第に細くなり、森の中へ入っていく。
雪を被った木々が、左右から道を覆っていた。
森の中には獣の足跡がいくつも残っている。
「この辺りでも狩りをしたりするんですか?」
『そうです。毛皮や肉を取ります』
「魔物も出るんですか?」
『出ます』
ナランは短く答えた。
森を抜けると、再び開けた土地に出た。
雪原の向こうには、低い丘が連なっている。
さらに北へ進むにつれて、木々はまばらになっていった。
『この先では、ほとんど人と会いません』
「なぜですか?」
『魔物が多いからです』
「……魔王領じゃないのに?」
ナランは小さく頷いた。
『魔物は、時々魔王領から出てきます』
日本人外交官は北の方角を見る。
「では、この辺りは誰の領土なんですか?」
『誰のものでもないです』
ジェプニアの外交官が補足する。
「北辰の支配が及ぶのは、実質的には人が住んでいる地域と、その周辺までです」
「なるほど……」
日本人外交官は雪原を見渡した。
その先には、まだいくつもの丘と森林が続いていた。
『止まって』
しばらく進んだところで、ナランが制止した。
雪の降る森の奥で、何かが動いた。
『魔物。多分、白牙狼』
ナランが森の奥を見つめる。
「白牙狼?」
「魔狼という魔物の亜種です」
ジェプニアの外交官が説明した。
「魔狼……」
日本人外交官が目を凝らす。
木々の間から、白に近い灰色の毛並みの、角の生えたオオカミが姿を現した。
四人を見つけた魔物は、その場で立ち止まる。
ナランは慌てる様子もなく、猟銃を手に取った。
ナランが銃を構える。
「慣れてるんですか?」
『はい。ここでは珍しくないです』
森の中に発砲音が響いた。
白牙狼は身を翻し、木々の合間へと消え去った。
ナランはしばらく森の奥を見つめていた。
『……行きました』
「倒さなくていいんですか?」
『必要ないです』
ナランは猟銃を下ろした。
『白牙狼は頭が良いんです。勝てないと思ったら帰ります』
「本当に魔物が出るんですね……」
『はい。定期的に』
日本人外交官は森を見回した。
「それなら、さっきの反応は……」
『今日は運が悪かったです』
「……あれで?」
『……』
ナランは再び馬を進めた。
馬ソリも、その後に続いていく。
雪原の先には、まだ北の大地が広がっていた。
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