第十八話 タイムリミット
首相官邸 大会議室。
転移災害の発生から、三週間ほどが経過した。
官邸では、現在日本が直面している最大の問題である資源・エネルギーについて、対策会議が開かれていた。
「現在の物価動向から報告します」
総務省の官僚が資料を提示する。
「燃料価格、電力料金の上昇に加え、食料品価格も上昇しています。特に物流費と生産コストの増加が、広範囲に波及しています」
「国民生活への影響は?」
「現時点では急激な供給不足には至っていません。しかし、エネルギー価格の上昇が続けば、農業、製造業、物流への影響はさらに拡大します」
「エネルギー需給について」
資源エネルギー庁の官僚が資料を引き継いだ。
「ジェプニア共和国から輸入可能な石油は、現時点の試算で年間消費量の約二パーセントです」
「二パーセント……」
「はい。ジェプニア側も、それほどの余裕があるわけではありません」
「北辰国からの調達は」
「工業力自体が、ほとんどありません。地下資源については存在する可能性もありますが、大規模な採掘設備や精製施設がありません」
「つまり、現時点では安定して頼れる資源供給国は存在しない、と」
「その認識でお願いします」
資源エネルギー庁の官僚が次の資料を提示する。
「したがって、国内での対策を急ぐ必要があります」
「原発については?」
「再稼働可能な施設について、安全確認が済み次第、順次再稼働を進めます」
「新設も検討するのか」
「はい。ただし、建設には相応の時間が必要です」
「他の発電方法については?」
「建設中の風力発電設備について、完成時期を前倒しできないか、事業者と協議しています。水力については既存設備を最大限活用します」
「地熱についても調査を進めます。ただし、短期間で大規模な供給源になるとは考えにくい状況です」
「石炭火力発電所の燃料として、国内の炭鉱を再整備することも検討しています」
「コストがかかり過ぎやしないか?」
「燃料の輸入が途絶えているので、他に方法がありません」
「……それでも、供給不足は避けられませんね」
「はい。需要側も抑える必要があります」
「具体策は?」
「企業、行政機関に節電を要請します。都市部では公共交通機関の利用を促進し、自動車による移動を可能な限り抑制します」
「貨物輸送については、生活物資と産業維持に必要な貨物を優先します。長距離輸送は、可能な限り船舶と鉄道へ切り替えます」
「航空輸送についても、旅客便を中心に需要の少ない路線から減便を要請します」
首相が資料をめくる。
「電力を大量に消費する計算資源については」
「AIやスーパーコンピューターについても、利用を制限します」
「全面停止ですか?」
「いいえ。行政、医療、研究、インフラ維持など、必要不可欠な用途を優先します。娯楽目的の利用や、緊急性の低い大規模計算については、電力需給に応じて制限します」
「それで、どの程度まで抑えられる」
「現時点の試算では、需要を一割程度削減できる見込みです」
「一割か」
「はい」
「……十分とは到底言えないな」
首相が資料を閉じる。
「新たな供給源を探さねばならない」
文部科学大臣が口を開いた。
「その件で、経産省とも協議しています」
大臣が資料を提示する。
「現在、日本が保有するロケットには限りがあります」
「当然ですね」
「通信衛星、気象衛星、科学衛星。本来であれば、それぞれに必要な役割があります」
大臣が一度、言葉を切る。
「しかし、現状では優先順位を変更する必要があります」
「資源探査か」
「はい」
「具体的には」
「資源探査衛星を打ち上げ、この世界の地下資源分布を把握します。地球と同じ資源が、同じような場所に存在する保証はありません。しかし、調査しなければ何も分かりません」
「通信機能も必要だ」
「資源探査衛星に、最低限の通信中継機能を搭載します」
「気象観測については?」
「後回しです。当面は地上観測網と航空機による観測で対応します。打ち上げ余力が確保できれば、静止気象衛星を一機投入します」
首相は頷いた。
「……分かった」
首相が資料を見つめる。
「電力、燃料、食料。どれも時間をかければ解決できるとは限らない」
短い沈黙が落ちた。
「使えるものは全部使う。技術も、設備も、人員もだ」
首相が顔を上げる。
「できることは、全部やろう」
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