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第十五話 北辰(一)

 在葦原日本国連絡事務所。


「外務省から正式な命令が来ました」


「北辰国への予備調査、ですか」


「何を調べるんです?」


「政治体制や産業、人口など。それから周辺諸国との関係も」


「結構ありますね」


「まずは現地を見てこい、ということだろう」


「ジェプニア側から案内役は?」


「ジェプニアの外交官がついて来てくれる他に、現地ガイドも用意してくれるそうです」


「北辰国の人ですか?」


「交易商人だそうです。ジェプニアと北辰の間を何度も行き来しているらしい」


「それなら、現地のことは詳しそうですね」


「そう期待しましょう」


「……そういえば、ジェプニア側から贈り物を用意しておいたほうがいいと言われていましたね」


「ええ。北辰国の有力者と会う可能性がある、と」


「もう用意してあるんですか?」


「はい。既にこちらの事務所に届いています。伝統工芸品から選定したそうです」


「分かりました。忘れずに持っていきましょう」



 数日後、日本の外交官二人は、葦原駅で合流したジェプニアの外交官とともに島の北西部の町へと向かった。


 寒さに震えながら尋ねる。


「ここから北辰国へ?」


「はい。この町から海峡を渡ります」


「船ですか?」


「いえ、氷の上を」


「……凍るんですか」


「歩ける程度には厚いですよ」


「そこを馬で?」


「ええ。ソリですね」


 町の外れには、一台の大きな馬ソリがあった。


「これですか」


「はい」


 一人の少女が、馬のそばに立っていた。


「案内役のナランさんです」


「ニホンの皆さん、ヨロシク、お願いシマス」


「お世話になります」


 ナランがソリを指差す。


「これ、私のデス」


「ナランさんの?」


「ハイ。荷物、運ぶです」


「大きいですね」


「人も乗れマス」


「馬は?」


「アレ、ジェプニアから借りマシタ」


 ソリの前には、ひときわ大きな輓馬が繋がれていた。


「立派な馬ですね」


「重いですから」


「何が?」


「今日、人、多いデス」


「なるほど」


「私、自分の馬、乗りマス」


 ナランが自分の馬に跨る。


「皆は、ソリ」


「分かりました」


 ジェプニアの外交官が御者台に座った。


「経験のある私が操ります」


「お願いします」


 ソリが動き出した。


 海峡に出る。


 白い氷の上を、馬がゆっくり進んでいく。


「……寒いですね」


 日本人外交官が言った。


『そうですか?』


 ナランが答える。


「日本よりずっと寒いです」


『日本は暖かいんですか?』


「そうですね」


 外交官は手綱を握ったまま、二人を見た。


 ナランは北辰語。


 日本人は日本語。


 それなのに、会話が成立している。


『……ナランさん』


『はい?』


『今、何語を話していますか?』


『……北辰語です』


「今の、何語に聞こえました?」


「日本語ですけど」


「……日本語?」


「はい」


「ナランさんは北辰語だと言っています」


「そうなんですか?」


『日本の人が話していたのって、北辰語じゃなかったんですか?』


 外交官は前を向いた。


「少し、確認したいことがあるだけです」


「何です?」


『あなたたちは今、普通に会話してますよね?』


「はい」


『はい』


「……不思議ですね」



 しばらくして、ナランが手を上げた。


『止まってください』


 外交官が馬を止める。


『ここ、氷が少し薄いです』


「分かりますか?」


『去年も通ったので』


「右へ行きますか?」


『はい』


「分かりました」


 外交官は手綱を切った。


 日本人の二人が首を傾げる。


「北辰語って、日本語と似ているんですか?」


『北辰語とジェプニア語は似てないですよ』


 ナランが答えた。


「え?」


「でも今……」


「私には、北辰語に聞こえています……」


「……」


 日本人外交官がナランを見る。


「ナランさん」


「はい」


「ジェプニア語、話せますよね?」


「少し」


「……本当に不思議だ」



 やがて、氷の向こうに町が見えてきた。


「あと少しですか?」


『もうすぐ着きます』


「分かりました」



『あれが、北辰です』

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