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第十二話 ジェプニア(三)

 翌朝。


「本日はまず、こちらからご覧いただきます」


 ジェプニアの案内役が説明する。


「自動車工場ですか」


「はい。我が国の技術力をご覧いただくには、丁度良いかと思います」


「ほう」


 赤茶色の煉瓦造りの建物と、その後方に増設されたらしい工場棟が並んでいる。


「……随分と年季が入っていますね」


「古い部分もありますが、増設を重ねています」


 工場の玄関で、背広姿の男性が待っていた。


「お待ちしておりました」


「こちらは?」


「ここの工場長です」


「日本国使節団の皆様をご案内できること、誠に光栄に思っております」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 簡単な挨拶を交わし、一行は工場内へ入った。


 旋盤などの工作機械が並び、作業員がそれぞれの持ち場で部品を加工していた。


「こちらでは、エンジン、変速機、車軸などを製造しています」


「かなりの部分を自社で作っているんですね」


「はい。部品はすべて、国内で調達できます」


「工作機械もですか?」


「はい。特殊なものさえ除けば」


 その答えに、使節団員らは少し驚いた。


「工作機械まで?」


「ジェプニア以外の国では、魔法を使わない機械の方が珍しいですから」


「……なるほど」


 工場内には、完成前の自動車が何台も並んでいる。


 作業員が一台ずつの車体を囲み、工具を使って部品を取り付けていた。


「あの……」


「はい?」


「組立ラインはないんですか?」


「組立ライン?」


「車体が一定の速度で移動して、作業員が工程ごとに部品を取り付けていくような方式です」


 工場長が首を傾げた。


「……申し訳ありません。どういうものなのか、よく分かりません」


「え?」


「車体を移動させながら組み立てるのですか?」


「そうです」


「そのような生産方法があるのですか」


「はい。大量生産ではかなり効率が上がると聞きます」


 工場長はしばらく黙っていた。


「……興味深いです」


「ご存じなかったんですか?」


 工場長が完成前の車体を見る。


「我々は、作業工程ごとに担当を分けてきました。車体を移動させるより、作業員をまとめて配置したほうが効率的だと」


 工場内を見回せば、確かに作業そのものは細かく分業されている。


 ただ、日本で当たり前の大量生産方式とは異なっていた。


「それでも……かなり高度な工場だと思います」


「ありがとうございます」


 工場長が少し笑う。


「ですが、今のお話は非常に参考になりました。日本では、その組立ラインというものが一般的なのですか?」


「大規模な工場では、そうですね」


「なるほど……。検討する価値がありそうです」


 外交官は苦笑した。


「ぜひ研究してみてください」


「そうさせていただきます」



 工場を一通り見学した後、一行は車に乗り込んだ。


「次はどちらへ?」


「水力発電所です」


「ここから遠いんですか?」


「少し、山へ入ります」



 しばらくすると、建物が少なくなり、山が近づいてきた。


「この川は?」


「葦原を流れる川の上流です」


「かなり長い川なんですね」


「ええ。山地もあるので、水力発電には適しているんです」


 さらに山道を進んでいく。


 道路脇に、土に埋もれかけた細長い道床が現れた。


「……あれは線路ですか?」


 日本側の一人が窓の外を指差す。


「以前使われていた建設用の線路です」


「建設用?」


「発電所を建設するときに使いました。資材や機械を山奥まで運ぶためのものです」


「今は使っていないんですか?」


「発電所が完成しましたので、ほとんど撤去されました」


 ところどころに古い橋台や、草に覆われた枕木が残っている。


「大規模な工事だったんですね」


「ええ。山の中ですから、資材の輸送だけでも大変でした」


 しばらく進む。


 やがて、巨大な構造物が見えてきた。


「……あれが?」


「はい。水力発電所です」


 ダムの堤体が山と山の間を塞いでいる。


 その下流側には発電所の建屋があり、送電線が葦原方面へ伸びていた。


 日本側の担当者が立ち止まる。


「これはかなり新しいですね」


「完成したのがおよそ二年前です」


「二年前?」


「はい。この発電所の完成によって、葦原への送電能力が大幅に向上しました」


「それで、あの工場の建設も?」


「ええ」


 案内役が頷く。


「発電所の建設と並行して、周辺の工業地帯も整備されました。電力供給が安定したことで、新しい工場も誘致しやすくなったので」


「なるほど……」


「市電も、この発電所が完成した後の開業です」


「そうだったんですか」


「開業したのは、昨年でしたね」


「葦原の中心部も、意外と新しいんですね」


「はい。現在の都市計画が本格的に始まったのは、それほど昔ではありません」


 発電所の設備を見学しながら、使節団は質問を続けた。


「この発電所の機械も、国内で?」


「主要な設備は国内製です」


「タービンもですか?」


「はい」


「発電機は?」


「同じく、国内で製造しています」


 日本側の担当者が顔を見合わせる。


「……これは想像以上でしたね」


「そう言っていただけると、我々としても嬉しいです」


 案内役は微笑んだ。



 その日の夕方。


 一行は葦原市内へ戻っていた。


 政府庁舎の一室では、ジェプニア共和国の政府高官たち数名が待機していた。


「とても興味深いものを見させていただきました」


「それは何よりです。こちらこそ、本日はありがとうございました」


 席に着く。


「大統領も、日本の使節団の皆様がお越しになったことを大変喜んでおりました」


「ありがとうございます」


 ジェプニア側の代表が資料を取り出した。


「さて……少し実務的な話をさせていただいてもよろしいでしょうか」


「もちろんです」


「日本では、石油の確保が急務だと伺っています」


「はい。大半を海外からの輸入に頼っていましたので」


「我が国の石油生産について、現在分かっている範囲で試算しました」


 資料が机の上に置かれる。


「年間生産量は、およそ800万キロリットルです」


「国内消費が500万強ですか」


「はい。生産変動や我が国での備蓄を考慮すると、現時点で安定して輸出に回せる量は、年間200万キロリットル程度と考えています」


 日本側が資料を見る。


「200万……」


「貴国の年間消費量の……およそ2パーセントです。力になれず、申し訳ありません」


「いえ、それでも貴国とその石油が重要なことに変わりはありません」


 日本側の担当者が即答した。


「現在の我が国にとって、安定した供給源があること自体に意味があります」


「そう言っていただけるなら、我々としてもありがたい」


 代表が別の資料を取り出す。


「もう一つあります」


「はい」


「我が国には、未開発の海底油田があります」


「海底油田?」


「現在の設備では、本格的な採掘は困難ですが」


 日本側の視線が資料へ集まる。


「もし日本に、沖合での資源開発に必要な技術があるのであれば……」


「技術協力ということですか?」


「可能性を検討していただきたい。我が国としては、長期的に日本へ石油を供給できる体制を構築することにも関心があります」


 日本側もすぐには答えなかった。


「こちらも、必要な技術や輸送能力を確認する必要があります」


「もちろんです」


「ただ、協力の可能性について検討することに異論はありません」

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