第十話 初動
ジェプニアの使節団が東京へ向かっている頃、首相官邸では閣僚会議が開かれていた。
「現状を整理しましょう」
「まず、防衛省から報告します。通信障害が発生した翌朝から自衛隊が海保と合同で調査しておりますが、今のところ近隣諸国の領土は確認できていません」
「中国、ロシアに……フィリピンもですか」
「はい」
「周りの国が一夜にして沈んだか、それとも日本が移動したか、か……」
「どちらとも、現実的とは言いづらいな。通信衛星の現状については?」
「はい。通信衛星網は現在も復旧していません。いずれの地上局も、衛星との通信は完全に停止しているとのことです。一方、地上の中継局には、特に問題はありません」
「SNS上で、『天体の配置が以前と異なる』といった内容の投稿が複数ありますが、これは事実と考えて良いのでしょうか」
「天文台や大学、民間の観測施設からも同様の報告がありました」
「そして、ジェプニア共和国の存在です」
「……我々は未知の国家とのコンタクトに成功してしまった」
「あれほどの文明水準の国が、地球上で未発見だったとは考えにくい」
「それに、我々が樺太だと思っていた島が本土だったんだろう?」
「ええ。星空の件を含めて考えれば……我が国が別の惑星に移動したそう考えるのが自然でしょう」
「俄には信じがたいが、認めざるを得ない」
「同感です」
「その前提で考えることとしましょう」
「まず、食料についてです」
「現在の備蓄は?」
「およそ五か月分です。統制を行えば八か月ほど保たせることは可能かと思われます」
「そこから先は?」
「あと半年ほど耐えられますと、早場米の収穫が始まります」
「つまり、そこまで持たせれば一年程度は食いつなげるということか」
「はい」
「本省では、休耕地の転用と耕作放棄地の再整備についての方策を検討中です」
「食料のことは一旦、農水省に任せます。問題は燃料です」
「灯油、軽油、ガソリン。備蓄があるとは言え、どれも余裕がないな」
「発電にも、輸送にも必要ですよ」
「農業機械を動かせなければ、食料の生産すらままならない」
「今年はなんとか乗り越えられそうですが……暖房用の灯油が不足すれば、冬の北海道や東北では凍死者が出かねません」
「そこで、ジェプニアです」
「石油があるのか?」
「はい。かつてのサハリン同様、ジェプニアでも石油を産出するそうです」
「輸入を取り付けられたら、かなり大きい」
「我が国の必要量をかの国だけで供給できるかは、確認する必要があります」
「外交上の最優先事項としましょう」
「承知しました」
「食料と燃料。この二つを確保しなければ」
そこまで確認したところで、別の出席者が口を開いた。
「しかし……もう一つ、大きな問題があります」
「何ですか?」
「国民への説明です」
「……」
「政府として、何も起きていないように振る舞い続けることは不可能です」
「国民に現状を理解してもらわなければならないか……」
「しかし、急に情報を開示しては、国内がパニックに陥る可能性があります」
「既に海外との通信が途絶えているんです。国民も異常には気付いています」
「気付いていることと、この星が地球ではないと知らされることは別です」
「では、何も言わないのですか?」
「そうは言っていません」
「なら、どこまで話すんだ?」
「国土の転移については、かなり可能性が高い。しかし、まだ確定ではありません」
「政府の説明が後になって嘘だと分かったら困る」
「国民からの信頼を失いますよ」
「逆に、情報を隠していたと受け取られても困ります」
「だから、確実な情報から出すべきです」
「確実な情報?」
「現在も外国との通信は途絶しており、回復の見込みが立っていないこと。そして、未知の国家と接触したこと」
「異世界転移については?」
「現時点では公表しない」
「『可能性が高い』といった表現では?」
「それでも、一度にすべてを開示する必要はありません」
「……だから小出しにする、と?」
「はい。確実な情報のみを、社会混乱を引き起こさない程度に」
「状況が分かるたびにその都度説明し、国民には少しずつ現状を理解してもらう、と」
「……ひとまず、その方針で記者会見の内容を検討する」
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